耐震性の不足を理由とする契約解除・更新拒絶請求を認めなかった事例
(東京地判平成25年12月25日)
1 事案の概要
建物は昭和53年築の居住用マンションであり、賃借人はその一室を賃借して居住している。賃貸借契約書には、「天災、地変、その他賃貸人の責によらない事由により、賃貸借物件を通常の用に供することができなくなったと賃貸人が認めたときは、本件賃貸借契約は当然に消滅する」という終了特約があった。耐震性能調査では、図面上は耐震壁があるとされているが実際には存在しない、梁の鉄筋本数が耐震基準の2分の1から3分の1程度であることなどから、「震度6弱程度の地震にみまわれた場合、構造体に損傷が発生する可能性が高い」との結果が出ている。
賃貸人は、この調査結果を踏まえて、①終了特約に基づく契約の終了と、②期間満了による更新拒絶(立退料の提供あり)を主張して、賃貸人に対し明け渡しを求める裁判を起こした。
2 裁判所の判断
⑴終了特約による契約解除の主張について
建物の状態については、先の耐震調査結果を踏まえて、「耐震構造上の問題があって、マンションの入居者のほか第三者の生命、身体へ危険を及ぼす危険性を有している」と認めた。しかし、終了特約については、「(賃貸人は)賃貸借の目的物に瑕疵がある場合には、その瑕疵を修繕する義務を負っている(民法606条1項)のであり、終了特約が直ちに賃貸借契約が終了するという賃借人にとって著しく不利益な効果をもたらすことを踏まえると、終了特約の『通常の用に供することができなくなった』状態とは、賃貸人において通常の用に供するための修繕をすることが不可能な状態であることをも要する」と判断した。そして、賃貸人が耐震補強(修繕)工事を行うことは多額の費用を要すると主張している点について、どのような耐震補強工事が可能または不可能なのか、どれだけの費用がかかるのかなどについて「なんら具体的な主張立証をしていない」として否定し、終了特約に基づく契約終了を認めなかった。
⑵更新拒絶の主張について
賃貸人が住居として使用しているだけでなく、生計を維持するための事業(笛の稽古場)としても使用していることから、近隣で同様の使用が可能な物件を探すことは困難が予想され、自己使用の必要性は高い。他方、建物については解体して新たな建物を建築する必要性があることは否定できないとしつつも、(1)で述べた耐震補強工事を行うことが不可能であるか否か等が明らかにされていない状態では、立退料の提示があることを考慮しても、なお更新拒絶には正当事由がないと判断して、契約解除を認めなかった。
3 コメント
ここ数年、建物の老朽化に加えて、耐震性に問題があるとして建物賃貸借契約の更新拒絶を求める事例が増加傾向にあると思われる(本紙565号で紹介した事案(←白石先生ご紹介の東京地裁立川支部判H25.3.38)など)。本事例から、耐震性能検査で建物に問題点が指摘されたとしても、取り壊しではなく補強工事によって対応が不可能か、可能であっても多額の費用がかかることを賃貸人側で具体的に明らかにしなければ容易には契約解除が認められないことが分かる。賃貸人から耐震性能不足を理由とする立退請求を受けた場合、話を信じて簡単に受け入れるのではなく、このような観点から賃貸人側の理由を具体的に精査することが必要であるといえる。(弁護士 松田耕平)
(東京地判平成25年12月25日)
1 事案の概要
建物は昭和53年築の居住用マンションであり、賃借人はその一室を賃借して居住している。賃貸借契約書には、「天災、地変、その他賃貸人の責によらない事由により、賃貸借物件を通常の用に供することができなくなったと賃貸人が認めたときは、本件賃貸借契約は当然に消滅する」という終了特約があった。耐震性能調査では、図面上は耐震壁があるとされているが実際には存在しない、梁の鉄筋本数が耐震基準の2分の1から3分の1程度であることなどから、「震度6弱程度の地震にみまわれた場合、構造体に損傷が発生する可能性が高い」との結果が出ている。
賃貸人は、この調査結果を踏まえて、①終了特約に基づく契約の終了と、②期間満了による更新拒絶(立退料の提供あり)を主張して、賃貸人に対し明け渡しを求める裁判を起こした。
2 裁判所の判断
⑴終了特約による契約解除の主張について
建物の状態については、先の耐震調査結果を踏まえて、「耐震構造上の問題があって、マンションの入居者のほか第三者の生命、身体へ危険を及ぼす危険性を有している」と認めた。しかし、終了特約については、「(賃貸人は)賃貸借の目的物に瑕疵がある場合には、その瑕疵を修繕する義務を負っている(民法606条1項)のであり、終了特約が直ちに賃貸借契約が終了するという賃借人にとって著しく不利益な効果をもたらすことを踏まえると、終了特約の『通常の用に供することができなくなった』状態とは、賃貸人において通常の用に供するための修繕をすることが不可能な状態であることをも要する」と判断した。そして、賃貸人が耐震補強(修繕)工事を行うことは多額の費用を要すると主張している点について、どのような耐震補強工事が可能または不可能なのか、どれだけの費用がかかるのかなどについて「なんら具体的な主張立証をしていない」として否定し、終了特約に基づく契約終了を認めなかった。
⑵更新拒絶の主張について
賃貸人が住居として使用しているだけでなく、生計を維持するための事業(笛の稽古場)としても使用していることから、近隣で同様の使用が可能な物件を探すことは困難が予想され、自己使用の必要性は高い。他方、建物については解体して新たな建物を建築する必要性があることは否定できないとしつつも、(1)で述べた耐震補強工事を行うことが不可能であるか否か等が明らかにされていない状態では、立退料の提示があることを考慮しても、なお更新拒絶には正当事由がないと判断して、契約解除を認めなかった。
3 コメント
ここ数年、建物の老朽化に加えて、耐震性に問題があるとして建物賃貸借契約の更新拒絶を求める事例が増加傾向にあると思われる(本紙565号で紹介した事案(←白石先生ご紹介の東京地裁立川支部判H25.3.38)など)。本事例から、耐震性能検査で建物に問題点が指摘されたとしても、取り壊しではなく補強工事によって対応が不可能か、可能であっても多額の費用がかかることを賃貸人側で具体的に明らかにしなければ容易には契約解除が認められないことが分かる。賃貸人から耐震性能不足を理由とする立退請求を受けた場合、話を信じて簡単に受け入れるのではなく、このような観点から賃貸人側の理由を具体的に精査することが必要であるといえる。(弁護士 松田耕平)