「申請は国民の権利」とされる生活保護。物価高騰などを背景に申請数は4年連続増加、受給世帯は165万を超えました。一方、制度を
運用する自治体では不適切な対応が相次いでいます。現場でいま何が起きているのか?保護費未払いや支給決定の遅延などが発覚した
群馬県桐生市。幹部が語ったその理由とは。さらに、他の自治体からは運用の難しさを訴える声も。最後の“セーフティーネット”は
機能しているのか、全国自治体への徹底取材で迫りました。
出演者
桜井 啓太さん (立命館大学 准教授)
桑子 真帆 (キャスター)
生活保護でいま何が?
桑子 真帆キャスター:
生活保護の運用を巡っては、これまで、たびたび不祥事が起きています。近年では、神奈川県小田原市で市の職員が「HOGO NAMENNA」
と書かれたジャンパーを着て業務に当たっていたことが発覚し、大きな問題になりました。
2023年3月以降、運用が不適切だとして、第三者委員会が設置された自治体は少なくとも5つに上ります。世間から厳しい批判を浴びる
たびに再発防止が図られてきたはずなのに、なぜ。今、まさに検証が続く現場を取材しました。
相次ぐ “不適切対応”
群馬県桐生市。
2023年11月、生活保護費の未払いが発覚しました。
「(薬を)毎日打たないと、血糖値が上がりっぱなしになっちゃう」
2023年7月、生活保護を申請し、受給することになった60代の男性です。
建設関係の仕事をしてきましたが、持病の糖尿病が悪化し、合併症を発症。仕事が続けられなくなったことが申請の理由でした。
男性
「そこらじゅうガタガタだった、体が。しばらくの間だけ生活保護を受けて、仕事を探すかなと思った」
生活費として男性に支給されるはずの金額は、月、およそ7万円。
しかし…。
男性
「『ハローワークへ毎日行って、確認のはんこを見せてもらえたら1,000円渡しますよ』って。『行けないときはどうなるんだ?』っ
て言ったら、『もらえないですよ』と(市の職員に)言われた。市役所の人は、『1日1,000円でお金をためた人もいますから』と言う
ので」
役所のケースワーカーから、職探しのために、毎日、ハローワークに通うよう指導を受けた男性。
市は、支給の条件だったとはしていないものの、男性が受け取ったお金は月3万円あまり(本来の支給額の半額程度)。この状態が2か
月続きました。
男性
「食べ物なんて半額になったものばかり。薬(市販薬)だって買えなかったよ。苦しいなんてもんじゃない。でも、意地でも生きな
きゃならないから。下手に逆らって、お金がもらえないと生活できないから我慢してた」
生活に行き詰まった男性は、地元の司法書士に相談。長年、支援活動を続ける仲道宗弘さんが実態を調査し、告発したのです。
長年 支援活動を行う司法書士 仲道宗弘さん
「最低限の生活を国が決めて、桐生市では、生活扶助費7万1,000いくらって決めているのに全額渡さない。これだけでも違法」
仲道さんたちの訴えをきっかけに、みずから調査を行った桐生市。少なくとも、11世帯に対し、同様の未払い(2018年以降)を認め、
謝罪しました。
なぜ、市は行き過ぎた対応を行ったのか。
生活保護行政を担う市の幹部が、先週、初めて単独の取材に応じました。
桐生市 保健福祉部 宮地敏郎部長
「組織としての取り組み方に大きな問題があったと思っている。『自立支援を頑張らなきゃいけない』というところに重きを置きすぎ
た」
市が重きを置いたという自立支援。
その背景にあるのは、2013年に国が自治体に出した通知です。働くことが可能な受給者に対して「集中的な就労支援」を行い、生活保
護の「早期脱却」を目指すと記されています。
宮地敏郎部長
「『この人は働ける人だよね』という判断。『頑張ってやろうよ』という、やりとりが恐らくあるんだと思う。ちょっとアグレッシブ
に指導したところはあったのかと思う」
桐生市では、他にも不適切対応の疑いがあったことが明らかになっています。
群馬県が行った特別監査で指摘されたのは、申請する権利の侵害です。
通常、自治体の窓口で行われる生活保護の申請。それを受けて審査をするのが行政の役割ですが、桐生市では、そもそも、その申請す
らさせないケースが複数、確認されたのです。
9年前、市に父親の生活保護の申請を拒否されたという女性です。
父親の申請を拒否されたという女性
「父が最後に暮らしていた場所」
心臓病を患い、職を失った父親。家賃滞納で住む家をなくし、廃屋になっていた、かつての実家で暮らすようになっていました。
女性
「びっくりしました。電気も通ってなかった。お風呂も水道もガスもなかった」
毎週、食料を届けるなど、貯金をとり崩しながら父親を支援したという女性。しかし、出産直後で家計は厳しく、支えきれなくなりま
した。
そこで、福祉課に繰り返し相談しましたが…。
女性
「いくら説明しても認めてくれない。申請書はかたくなにくれなかった。『家族でとにかく支え合え』と、ずっと言われ続けました。
どうしても私も悔しいし、悲しいし、涙が出てきちゃう。そうすると、『泣いたからって生活保護が通ると思わないで』と、毎回そう
でした」
桐生市の人口に対する生活保護受給者の割合です。国や県が横ばいの中、桐生市は、年々、減少。受給世帯は、過去10年で半減してい
ます。
申請拒否を指摘されていることを、市はどう認識しているのか。
桐生市 保健福祉部 宮地敏郎部長
「きちんとした記録もない段階で、あったとも言えない状況。もし、そう相手にとられるような対応があったとすれば、改善していき
たい」
未払い 背景に何が…
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
1日1,000円しか支払われず、桐生市が保護費の未払いを認めたというお話がありましたけれども、受給者の男性がハローワークに、毎
日、行くことが保護費支給の条件だったかどうかは、市と男性の間で言い分が分かれ、現在、裁判で争っています。
ここからは、元ケースワーカーで生活保護制度に詳しい桜井啓太さん。そして、社会部、後藤記者とお伝えしていきます。よろしくお
願いします。
桜井さんにお伺いしますけれども、最後のセーフティーネットと呼ばれる生活保護を巡って、桐生市のようなことが起きた。このこと
は、どういうふうにご覧になっていますか。
スタジオゲスト
桜井 啓太さん(立命館大学 准教授)
元ケースワーカー・生活保護制度に詳しい
桜井さん:
これまで、必要とする人からの申請を受け付けない、「水際作戦」と呼ばれる不適切な対応については、よく言われてきたところなん
ですけれども、「自立支援」の名のもとに受給者の方を追い詰めるような対応が出てきたという意味では、ステージが変わったなとい
うような印象を受けます。ただ、桐生市の職員の方も話していたように、桐生市が組織的に生活保護の抑制に走った背景の1つに、国
が2013年から、就労自立支援や不正受給対策の強化といった、かなり強い方針転換を行ったという経緯があります。国は、桐生市の例
は通知の曲解だと言いますけれども、確かにその側面はありますが、曲解というよりは、そういった方針転換の延長線上にあるという
ふうに理解したほうがいいかなと思います。
桑子:
なぜ、桐生市は行き過ぎた対応を行ってしまったのか。実は、自治体というのは、生活保護の運用にあたって、自立支援も含めて、国
からさまざまなことを求められているんです。
まず、一丁目一番地として求められているのが、「漏れなく救う」ということです。生活に困るすべての人の申請を受け付けて、最低
限度の生活を保障するということです。同時に求められているのが、「不正受給を防ぐ」ということ。さらに、国によって強化されて
いるのが、VTRでもあった、「自立支援」です。働くことができる人は、早期の脱却を目指そうというものです。
これらのすべてをかなえようとすると、例えば、漏れなく救おうとして、本来は必要でない人にも支給されてしまうという不正受給が
生じてしまったり。逆に、不正受給を防ごうとすると、本当に必要な人が漏れてしまったり。さらには、自立支援が行き過ぎると、桐
生市のように受給者を苦しめる可能性があるということ。
桜井さん、すべて最低限度の生活を保障しようというものですけれども、実際の対応を見ると、相反するようなことをしているように
も見えるんですが、これはどう考えたらいいんでしょうか。
桜井さん:
一つ一つの理念や取り組みというのは、もちろん一理あるのですが、不正受給の対策や自立支援みたいなものに傾倒してしまうと、結
果的に困っている人を制度から遠ざけてしまう側面があります。
生活保護
不正受給 0.3%(2022年度 金額ベース)
捕捉率 20%~30%
高齢者世帯 55%
そもそも生活保護の不正受給というのは、金額ベースで全体の0.3%というふうに言われていて、他の制度と比べても、決して多くない
んですね。一方で、本来、必要な人が生活保護をどれぐらい利用できているか、制度の捕捉率というんですけれども、大体、20から
30%程度と言われていて、必要な人の2割から3割ぐらいしか、実は利用できていない。今の生活保護制度は、実は高齢者の方が過半数
を占めていて、若い人たちが非常に使いづらい制度になっている。そのため、就労支援など、自立支援の効果が非常に薄いんですね。
そういった中で、不正受給の対策や自立支援の強化に重点を置くような国の方向性というのは、どれぐらい実質的な効果があるのか
と。結果的に、福祉事務所の現場を疲弊させて、この制度のいちばんの目的である「最低限度の生活保障」というところがおろそかに
なっているのではないかと思います。
桑子:
後藤さんは、桐生市を含めて、全国の自治体を取材したということですが、どんな課題を感じましたか。
後藤 駿介記者(社会部):
私たちの取材に、桐生市の幹部は、背景には“現場の繁忙感”もあったというふうに証言しました。番組では、全国の自治体の監査の
ために、自治体側が国に提出した過去5年分の報告書を開示請求しました。
その結果、繁忙感を理由に、調査に時間がかかって、生活保護の決定が遅れたという事例も多くありました。また、全国のケースワー
カーに話を聞くと、国から求められる理念のバランスを取るのが難しいという声も多く聞かれました。例えば、10年程前には、芸能人
の親族の生活保護受給が明らかになると、「生活保護はずるい」という空気が社会で生まれ、その後、現場には、不正受給を防ぐ対策
の強化が求められました。一方で、リーマンショックなどで、多くの現役世代が生活保護に頼らざるを得なくなるような状況が生まれ
ると、今度は国が自立支援の強化を打ち出し、現場はその対応に追われます。
桑子:
では、実際に自治体の対応はどうなっているのか。
中には、もう運用が成り立たなくなるという声も聞こえてきています。
迫る “運用の限界”
およそ、2万世帯が生活保護を受給している、大阪・堺市。
コロナ対策として、国が家庭に出していた貸付金が終了して以降、申請件数は増加し続けています。
「生活保護のご相談ということでよろしいですか」
対応にあたるケースワーカーの1人、10年目の西智弘さんです。
担当するのは、115世帯。国が定める基準の80世帯を大きく超えています。西さんが特に難しさを感じるというのが、国が重要視する
「自立支援」です。
4月から生活保護を受けている40代の男性です。
就労支援につなげたいと考えていますが、持病の肝硬変の治療が思うように進んでいません。
堺市 ケースワーカー 西智弘さん
「6日も13日も病院、行っていない?」
40代男性
「行ってないですね。基礎体力が異常に落ちとるんで」
西智弘さん
「きっちり通院して、体調戻して、また仕事するならしてほしいから。そこはほんまに、そういう思いを何回もお伝えしに来さしても
らってる」
すぐに働くことはできないと判断。今後、繰り返し家を訪ね、治療を促すことになりました。
この日、行われていたのは就労支援の面談。
コロナ禍で、長年勤めた会社を解雇されたという40代の男性が訪れていました。
就労支援のスタッフ
「魚をさばく仕事なので、鮮魚の調理経験があるとのことで」
面談を行うのは、委託先の民間会社です。
国は、ケースワーカーの負担を減らすため、業務の外部委託化を可能に。堺市でも、面接練習など、一部を委託してきました。
それでも、西さんは、できるだけ面談に立ち会うようにしています。ケースワーカーは受給者の状況を把握することが求められている
からです。
西智弘さん
「工場より、こっちの方が気になるんですね?」
就労支援に来た男性
「魚のほうが楽しいから、自分的には」
西智弘さん
「そうですか」
就労支援に来た男性
「相談できる相手はほとんどいない。西さんが一番対応がいい」
およそ、1か月後。
就労支援のスタッフ
「面接、どうでした?」
男性
「いけそうな感じはあったから」
就労支援のスタッフ
「いけそうな感じ」
男性
「あったんですけどね」
就労支援のスタッフ
「うーん」
結果は不採用。堺市で就労支援を受ける受給者の半数以上が40代から50代。仕事が決まるまでに数年かかる人もいるといいます。
男性
「西さんにちょっと話がある」
外部委託を進めても、受給者が頼るのは、西さんたちケースワーカー。時間をかけて伴走せざるを得ない現実があります。
西智弘さん
「お尻たたいて、就労指導というやり方もあって、ただ、それで本人が望まない仕事とか、やっぱり続かなかった、また保護になりま
すとなったら、結局、本当の意味での自立支援にならないのかな」
ケースワーカーには、就労支援のほかにもさまざまな業務が求められます。
例えば、保護費の算定。月によって各世帯への支給額は変わるため、毎月、1円単位で割り出さなければなりません。
西智弘さん
「9月で金額を変えておかなきゃいけない(世帯)がいて。4円だけやけど」
「4円?」
受給者が最低限の生活を送れているか、状況を適切に把握し、支援するのも重要な仕事です。
60代と30代の親子です。
西智弘さん
「お金、いま、どのくらい残ってます?」
年金と生活保護で暮らしていますが、息子に軽度の知的障害があり、お金の管理がうまくできないといいます。
西智弘さん
「また、お金が無くならへんように、ちょっとだけ、お金、封筒に分けるのはどうです?」
「できます」
西智弘さん
「できる?いまやる?ちょっとずつ、お金の管理を自分でできるように頑張っていきましょう」
国の基準では、こうした世帯への訪問は3~4か月おきとされていますが、西さんは、命に関わるおそれがあると、毎月、通い続けてい
ます。
西智弘さん
「(仕事の)線引きがないというか、どこまでっていうところは、やっぱり難しい、悩ましい」
この日、市では、国に運用実態を報告するための内部監査が行われていました。
幹部同士で交わされたのは、「優先順位をつけなければ業務が回らないおそれがある」という議論でした。
監査側 課長
「ほんまは全部大事だけれど、いまは、ここをせなあかん、絞らなあかんということでしょ」
生活援護課 課長
「分かってます。分かりますけれど、何かが期限内にできないとか、支給しないといけないものができないとか、そんなことを起こさ
ないように薄氷を踏む思いで仕事をしている」
堺市では、この5年間でケースワーカーを40人あまり増員。それでも、申請者が増加するなか、対応が追いつかなくなることを危惧し
ています。
堺市 生活援護管理課 鷲見佳宏主幹
「毎年、いろんな国からの通知を受けて、少しずつ業務がどんどん積み重なっている。生活保護制度に求められてきた理念と現実が、
いま、すでに、かい離してしまっている」
最後のセーフティーネット 守るために
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
こうした声も上がる中で、生活保護制度を取りまとめる厚生労働省に、どう捉えるか聞きました。
すると、「ケースワーカーの人員体制の確保・負担軽減を図ることは重要」だとした上で、「ケースワーカーが単独で対応方針を検討
するのが困難なケースも多数存在することをふまえ、関係機関との支援の調整や 情報共有を行うための会議体の設置規定を新たに設
けている」という回答でした。これ、どういうふうに評価されますか。
桜井さん:
理念としては分かるんですけれども、現場のひっ迫や広がる貧困の実態について、どれだけ真摯に考えているのかなという印象は受け
ます。新しい会議体もそうですが、いろんな取り組みを増やした結果、現場が疲弊しているというところもありますので、そういった
ところも考えていただきたいなと思います。
桑子:
この現場の負担を軽減するために、今、何ができるのか。9月から桜井さんたちが始めた取り組みが、こちらです。
各自治体の生活保護受給者の割合が10年間でどれくらい変化したかというもので、緑は割合が増えている自治体、赤は割合が減ってい
る自治体。これ、どういうふうに使っていきますか。
桜井さん:
まず、緑色のところなんですけれども、生活保護率が上がっているところで、ある意味、自治体の負担が増えているということですの
で、ケースワーカーの配置など見直しが必要なところが見られると思います。反対に赤色のところ、保護率の減少というのは、人口の
動態であったりとか、景気変動の影響がありますので、一概に悪いというわけではないんですけれども、近隣地域に比べて急減してい
るという場合は、不適切な運用が疑われるということで注意が必要。そういった、1つのバロメーターになればいいかなと思います。
桑子:
その上で、生活保護の運用は、長期的にどういうふうにしていけばいいとお考えですか。
桜井さん:
生活保護というのは、生活保護制度だけで考えていてはだめで、いろんな社会保障制度全体であったりとか、私たちの社会の価値観全
体を考えていく中で、制度運用というのを考えていく必要があるかなと思います。
桑子:
私たち一人一人の意識も、やはり関わってくるということですか。
桜井さん:
そうですね。貧困というのを、どういうふうに考えるかというところですけれども、「貧困者」「生活保護受給者」と戦うのではな
く、「貧困」とどう戦っていくのか。そのために、われわれが何を、どういった価値観を持つのか、と考える必要があるのかなと思い
ます。
桑子:
ありがとうございます。桜井啓太さんにお話を伺いました。
生活保護制度を、どう作っていくか。私たちの価値観も大きく関わっているというお話がありましたけれども、“すべての人が最低限
度の生活を送る”、この憲法で認められた権利を、どのように守る制度を作っていくのか。どう血の通った制度にしていくのか。私た
ちは見続けていかないといけないと感じます。
“いまが変わるチャンス” 支援続けた司法書士の思い
「ここが、ふだん仲道さんが使っていた席。半分以上、ここで寝てたかな」
桐生市で起きた生活保護費の未払い問題を告発した、司法書士の仲道宗弘さん。2024年3月、くも膜下出血で帰らぬ人となりました。
妻 仲道さゆりさん
「彼は決まって、『国家資格を持つ者は国民のために働くんだ』」
亡くなる1週間前、仲道さんはインターネット配信の番組で、こう語っていました。
司法書士 仲道宗弘さん
「違法な対応は、なぜ起きたのか。しっかりと認識、把握した上で、常にチェックする必要がある。いま生まれ変わって、本当に制度
を改革するきっかけになるかもしれない。チャンスかもしれない」