「おとんとおかんが動けるうちにと実家の断捨離が始まったよ!」
と弟からの連絡。
「そっかー!終活いいねー!頑張って!」
と返信すると、
「アニキの部屋の荷物も全部捨てられるよ!」
と返事がきて、
「それはまずい!!思い出がなくなるのはちょい寂しいから、それは待ってくれ。私の部屋は立ち入り封鎖でお願いします🙏」
と伝えて、急遽栃木の実家に思い出の救出に向かいました。
夜な夜な1人でこっそり整理する写真やプリクラと僅かな手紙。
うーん、こんな時代も確かにあったな。。。と早くやれば30分で終わるのに、3時間もかかる思い出ポンコツ。。。
片付けをしながら母と話すと、
私の幼少期は癇癪を起こしていつも泣いていた、弱虫で泣き虫だったので、虫がついているんと虫封じのお祓いにも行ったらしい。
当時の写真を見返すと、確かにとても弱々しい。
そんな弱くてへっぽこだった幼少期の私は、
「敗北はない」
「気合 根性 努力」
「血のしょんべんが出るまでやったか」
という修羅の道に進みました。
そんな修羅の時代を過ごした証も段ボールに入れて処分しようとすると、
「まだ生きているんだから死ぬまでとっとけ!」
と父に言われ残した賞状、メダル、トロフィー。
身体も心も途中で折れて壊れたけど、確かにそんな私もいた。
弱虫で泣き虫の私も、
修羅の道にいた私も、
金色で頭がイカれた私も、
どれも自分なんだとしみじみ感じる実家の片付け。
ファミコン、スーパーファミコン、ディスクシステム、PlayStation、ゲームボーイ...
なんだかんだで楽しんでいたゲームも見つかり、ありがとうさようなら。
片付けも一息ついて、墓参りに出かけた帰り道に麦畑を耕しているトラクターから感じる覇気。
幼稚園〜高校まで同じで、1度も投げることができなかった一つ上の先輩がいた。
「おう!お前は何して生きてんだ!」
「空気と敗北を栄養素に生きてます!」
「そうか。。。何屋をやってんだ?」
「ゴールド・マン屋です!」
「そうか。。。それは何を売ってるんだ?」
「地球人に元気と失笑をプレゼントしてます!」
「.....」
「ゴールド・マン ダイブ!!」
「そこ肥料まいたばかりだぞ!」
「.....」