ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「アンチゴーヌ」

2018-03-03 13:45:39 | 芝居
1月23日新国立劇場小劇場で、ジャン・アヌイ作「アンチゴーヌ」を見た(原作:ソフォクレス、演出:栗山民也)。

アンチゴーヌは、反逆者として野ざらしにされていた兄の遺体に弔いの土をかけたことで、捕らえられてしまう。
王クレオンは、一人息子エモンの婚約者である彼女の命を助けるため、土をかけた事実をもみ消す代わりに、遺体を弔うことをやめさせようとする。
だがアンチゴーヌは兄を弔うことをやめようとせず、自分を死刑にするようクレオンに迫る。懊悩の末、クレオンは国の秩序を守るために苦渋の
決断を下すが・・・。

3年前、新国立劇場研修所の公演を見た。役者たちは全員無名だったが、皆迫力ある素晴らしい演技で、将来が楽しみな人々だった。

今回、アンチゴーヌの叔父にして王クレオン役の生瀬勝久が素晴らしい。
アンチゴーヌ役の蒼井優は期待通りの好演。

かのオイディプス王は自己の呪われた運命を知り盲目となって国を出て流浪の末死ぬ。その娘アンチゴーヌはテーバイの都に帰るが、王位を
争う彼女の二人の兄は、激しい攻防戦の間に刺し違えて死ぬ。空位となった王座には、母方の叔父クレオンがつき、厳しいお布令を出す。
町を守って戦った人々、特に彼女の上の兄をねんごろに葬った一方、攻めて来た敵方、とりわけその将である下の兄の屍は、野ざらしにして
鳥獣の餌食とするよう、哀悼も埋葬も厳禁し、これを犯す者は死に処するとまで宣告した。
クレオンは国家秩序維持のために最善の道を選んだはずだったが、たった一人の小娘の反逆のために、跡継ぎの一人息子を失い、更には
妻をも失うという思いがけない不幸に見舞われる。
彼女さえ意地を張らなければ、そんなことにはならなかったのに。
この芝居は、はっきり言ってよく分からない。
娘はなぜ、かくもかたくなに叔父に反抗するのか。言葉を尽くして彼女を説得しようとする王の方に、どうしても感情移入してしまう。
そもそも兄たちの遺体は激しい戦いのゆえに絡み合っていて、どっちがどっちの体なのか分からなかった。それで、よりきれいな方を
国のために戦った長男として丁重に埋葬し、他方を反逆者である次男のものとして放置したのだった。
それを聞くと、さすがに彼女は動揺するが、それでもなお遺体に土をかける行為に執着する。
ひょっとしてこの娘は死にたがっているのか、と疑わしくなってくるほど、その言動は奇妙で逸脱している。
婚約者エモンに対する態度も理解し難い。

そこで、手元にアヌイの本はないが、ソフォクレスの原作の和訳があるので、読み直してみた。
それでだいぶ視界が開けた。
アンチゴーヌは誇り高い王女であり、かつ生まれながらに暗い宿命を背負って生きてきたのだった。
原作の中で、彼女は叔父に向かって言う(訳は、呉茂一の訳を読み易いようにアレンジした)。
「だって別に、お布令を出したお方がゼウスさまではなし、あの世をおさめる神々といっしょにおいでの正義の女神が、そうした掟を、
人間の世にお建てになったわけでもありません。またあなたのお布令に、そんな力があるとも思えませんでしたもの、書き記されては
いなくても揺ぎない神さま方がお決めの掟を、人間の身で破り捨てができようなどと。」
「だってそれは今日や昨日のことでは決してないのです。・・・いずれ死ぬのは決まったこと、無論ですわ、たとえあなたのお布令が
なくたって。また、寿命の尽きる前に死ぬ、それさえ私にとっては得なことだと思えますわ。次から次と、数え切れない不仕合せに、
私みたいにとっつかれて暮らすのならば、死んじまった方が得だと、言えないわけがどこにあって。」
「ですからこうして最期を遂げようと、私はてんで、何の苦痛も感じませんわ。それより、もしも同じ母から生まれた者が死んだというのに、
葬りもせず死骸をほっておかせるとしたら、その方がずっと辛いに違いありません。」

つまり、彼女にとって、叔父の出したお布令よりも神々の掟の方が、権威としてはるかに上位にあるのだった。そして他の人々は、
暴君である叔父が怖いために口をつぐんで従っているに過ぎない、と彼女はそこまで見抜いている。
彼女にとって叔父はただの成り上がり者に過ぎない。彼女の父はその父親をそれと知らずに手にかけて殺し、その母親と、それと知らずに
結婚してしまった。真実を知った父は自分の両目をつぶし、母は自殺。彼らの息子二人は戦って刺し違えて死んだ。そのため母の弟である
クレオンが王国を継ぐことになったのだった。叔父の権威は言わば棚ボタで手にした権威だから、特に尊重する気にもなれないのだ。
彼女がもしも男だったら、クレオンの代わりに王に即位していたはずだし。

アヌイは短気で愚かで冷酷なクレオンを、知的で心根のやさしい魅力的な人物に変えている。
だから、アンチゴーヌの言動がやたらと反抗的に見えてしまう。
なぜアヌイが原作を、そのように大きく変更したのか、そこが知りたい。
予言者の存在も重要だが、アヌイはそこをバッサリカットしている。

蛇足だが、チラシに掲載されている人物相関図に間違いあり。
クレオンが死体を野ざらしにしたのは、長男エテオークルではなく次男ポリニスです!


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