伝統ある英国のTANNOY IIILZで聴く、音楽の父J.S.バッハ音楽を知る喜び・・・

音楽好きのIIILZ Monitor Goldユニットの箱を改良して楽しむダメオヤジ金ちゃんです。

今が一番肝心な時期かも知れない、どこに向かうのであろうか日本丸は・・・・?

2025年03月06日 | 日記


米国トランプ大統領就任後疑問視もしていたが、確かに筆者としては何となく納得できない事が多くあり、現在行われているロシアウクライナ戦争についての情報は真実ではないようにも思う、闇の中が多い様である。
例えば伊藤貫氏が言っている情報と、一般的マスコミ報道とは大幅な違いがあり、事実は何方であろう・・・?しかしロシア対ウクライナに於ける軍事予算は戦争当時10倍ほどロシアが多く、当時プーチンはオリンピック時に近平に対して一週間程でウクライナ問題はカタつくのでと言い侵略を始めたが、キーウは陥落しなかった。此処からが長い戦争になって行った。

トランプ大統領がゼレンスキー大統領に態度を変えたことについて

戦争状態は既に3年越しである。この間トランプ大統領はバイデンに変わり此の戦争は終結しなかった事は事実である。勿論EU諸国もウクライナ援助にそれぞれの国民も相当苦労をしている、勿論米国も莫大な援助に相当の援助疲れをしている事が事実であろう。



一般的に此の戦争の事実は大砲の爆弾消費量である程度の結果が判別する様であり、一般マスコミの報道はやはり間違った方で腕あろう、現在ウクライナはロシアのクルクス州に狙いを変更し砲撃するが、これは一般的にウクライナ停戦に有利に迎う作戦が事実であろう。確かに戦争終了後はロシアは膨大な疲弊が続くであろう。


ここで疑問が、では何故トランプ大統領がEU諸国とも違う事を言い出してのであろう・・・?



答えは支那である、関税問題もマスコミを賑わすがこのままだとやがて支那と米国の戦争になったら大変である。これを妨げるは、今支那を叩くのが一番効果的である。よくよく考えた発信を日本に打診する、日本の防衛費は3%にアップしてくれ、しかし石破総理は日本は日本で考えると突き放した、此処で問題はトランプ大統領を理解することも出来ないのが石破総理でもある。

トランプ大統領からのメッセージ、支那日本の軍事費格差が絶望的だ!10倍近い格差になってる!戦争が起こってしまうぞ

石破の政権中に何かあったら怖い、こんな時になぜこの人が総理なんだろうと思う人は多いのではないのであろうか?
また此の写真を見て感じませんか、68歳の若さで此の老人に姿、背筋を伸ばし緊張気味に立てば少しは年相応に思われる、閣僚揃って全員老人会の記念撮影のようでもある実に情けない。

予算は通過するか心配されたが維新の裏切りで石破は命拾い、これで参議委員選挙で自民、公明、維新が惨敗濃厚になった、これで石破も辞任するであろう、石破を取り巻く議員も最悪な議員で固まっているので一掃できる筈で7月までの辛抱でもある。



中国は今年も5%増しの防衛費増やす、そんな時に米国と西側諸国による強烈な中国封じ込め制裁が始まったらどうなる?近くにいる日本は?しかも日本と中国との軍事費格差が10倍近くと言われているのに。現在支那は老人社会になり徐々に力は弱くなる今限界点でもある、もし支那が暴発したら、抑えることが出来ないであろう、平和ボケした日本人は殆どの国民はお花畑でもある。今改革しなければ日本国の存亡の危機なのである。これで筆者も此の問題に辻褄が合ったがストーリーである。

トランプ大統領はいち早くウクライナ問題をかた付け、日本にも防衛費を増やし日米で支那を芽を摘み安全な社会を考えている様である。
現在日本の財務省予算には国民を騙した多額な金が眠っており、その国民を騙した金を国会で国民に白状し防衛費の特別予算に組み入れる時期は今でしょう!馬鹿な石破には何も出来ない総理ですからね・・・!

此の問題の辻褄が見えなく好きな音楽も浮ついたが、やっとトンネルの中で出口の灯りが見えた瞬間でもあり、今はホットした時でもある。ブラボー!

古いアルバムのPeterson Trioを再聴する、1959年から1960年時代で変化したOscar Peterson Trioの歩みを考察

2025年02月26日 | JAZZ・ボサノヴァ

これは1960年代今となっては希望に満ちた米国ニューヨークの摩天楼であった。

その様な事を思いながら過ごすが、思いもよらないニュースが入る「叔父が創設したUSAIDは軍産複合体によって乗っ取られた、とロバートケネディジュニアが語る真実の物語なのである。保健福祉長官に任命されたロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が、叔父のJFKが創設したUSAIDが軍産複合体に乗っ取られたことにより、「全体主義の邪悪なプロパガンダ機関」になってしまったことを語った」と言い出したが詳しく分かるまでUSAIDの事実が明らかになるのであろう!
現在NHKの報道ではUSAIDでの収賄はデマと言っているそうでが、此のニュースが明らかになればNHK崩壊に繋がるのが見ものでもある!

途中のニュースで驚いたが話は戻します。1960年CBSスタジオでのライブ スコット・ヤノウによるレビュー1959 年に大量の音楽を録音した後、オスカー・ピーターソン・トリオは1960 年にスタジオ アルバムを 1 枚 (The Music from Fiorello) 制作しただけで、1961 年 7 月 28 日まで再び記録されることはありませんでした。
この 1997 年の CD には、カナダ放送協会向けに録音され、数十年後まで商業的にリリースされなかった 10 曲が収録されています。ピアニストのピーターソン、ベーシストのレイブラウン 、ドラマーのエド・シグぺンは、いつものように激しくスイングし、OP が主役です。予想どおり優れたプログラムのハイライトには、ピーターソンの「Blues for Big Scotia」、「My Heart Stood Still」、「How About You」、「Cookin' at the Continental」、「Dancing on the Ceiling」などがあります。このタイトなトリオは、一貫性がなければ無敵でした。



おかしいなあと思いつづけて聴いていたいた筆者にも、少し納得できたのが、シェイクスピアフェスティバルのオスカー・ピーターソン・トリオだった。
此のアルバムだけ聴けば・・・うん、これはさすがに凄いと納得するのですが!
けれど音がずいぶん悪いなあ?当然のように現在のトリオと楽器の設定が違っている、正直このシェイクスピアフェスティバルのオスカーピーターソン購入後余り聴いてなかった。当時は音楽より音質重視の方向性が強かったです。

所が現在の愛機TANNOY ⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 Cabinetのセットで聴くかぎりギターのハーブ・エリス音が実に光る、哀愁を感じるのである。ギタートリオ時代と、エド・シグペンのドラム入りトリオ時代の違いを。



確かに昔読んだ五味康祐の作品に「人間の死にざま」と言う本がある内容の2/3は愛の音楽と称し「西方の音」が書かれている。しかしその内容には・・・
(モーツアルト弦楽四重奏曲K590の文中に五味氏がタンノイのフォンテーン氏に会うのに英国に飛んだが、心臓発作でフォンテーン爺さまは倒れ面会謝絶のため、スピーカー製作工程でも見せて貰おうとロンドンに飛んだ、実見してその工場のチャチなのに二の句がつげなかった。裏町の町工場もいいところだ。銘機と讃えられたスピーカーがこんなむさい場所で造られるのか。もっとも、英国デッカ本社を十年前訪れた時、その規模の小さい事に唖然とした経験がある。天下のデッカが、ヴィントガッセン、ニルソン、フィッシャー・ディスカウと言った一流どころを揃えウィーン・フィルを使ったあの「指輪」を制作する程のレコード会社が、実はハイヤーの運転手にさえ知られぬ小っぽけな建物だったのに比べれば、たかがオーディオ部品のメーカーである、汚い工場でr不思議はない。二の句がつでなんだのは中で働く連中を見たからである。その半数は黒人だった。ちっとも構はしないが、彼女らは下品だった、まるで娼婦が足を洗って工場に勤めるといった、それも自堕落な性分は改まらず、卑猥なお喋りを絶え間なく続けながら、スピーカーの生命と言うべきコイルを巻き、ナットを締めている。兎に角僕らが隋喜しゅ芸術的な・・・教養ある、とも以前に私な言った・・・気品高い音を出すスピーカーを拵える人達とは、どうしても見えない。)
と書かれていたのだった。



との様に思い出を語った五味氏の内容だが、当時から日本の工場での製品管理された工場とは比べ物にもならないと感じた、想像するにその様に価値のある物を製造していると思わず仕事をしてのであろう。その製品は紛れもなくフォンテーン爺さまが考えたヴィンテージ製品でったのであろう。その工場で作られたユニットを今も伝説的なオーディオ神話に犯されたファン達はその品々後生大事に取り扱い、まるで宝物の様にしているが、此のユニットを作った人達はまるでその様な事は夢にも思いもよらなかったであろう。

日本人は昔より三種の神器なる皇位とともに歴代の天皇に伝わる宝物で、鏡と剣、曲玉があります。 剣と曲玉は合わせて「剣璽と呼ばれ、天皇の位と一体のものとされ、皇室経済法が定める「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」と位置づけられています。此の様に物を大切する思い昔ながらあった風習である。



いや日本人特有の物にも魂があると言う昔からの教えの一つの考え方であろう、アインシュタイン博士以降の今後人類が考える量子物理学分野(私たちの体をはじめ、すべての物質は原子から成り立っている。 「量子」とは、原子やそれを形作る電子、陽子、中性子、さらに小さなニュートリノやクォークなど、私たちの暮らす世界とは異なる法則が働く粒子のこと。 その法則は「量子力学」と呼ばれ、物理学の中でもとりわけ難しい分野とされる)の世界が所謂訳の分からない世界の様に思う、基本的に考えれば一番にスタート地点にいるのは日本人が一番近い世界に近づいている人種の様にも感じるのである。自然崇拝をし、物にも魂を宿すとする教えを持つ世界的に見ても数少ない人種でもある。
此の時代1960年当時は、確かにjazzにはジムランの8吋(LE8T)との相性が良いと今も言われるが、ハーブ・エリスのギタートリオ時代の音楽(jazz)の違いは定評あるジムランでしか味わえないのである、特にドラムが加わり乾いたスネアー、タムタムの音はジムランユニットが圧倒する迫力である。

今回五味先生の本の中にある言葉で音楽を聴くと様々な思い入れが広がるが、筆者が思う勿論それはjazz音楽もTANNOY ⅢLZユニットで視聴がより優れているのかの疑問が解けた瞬間でもありました。一般的には音質に疑問のある「シェークピア・フェスティバルのオスカー・ピーターソン」はギターがハーブ・エリスに代わり、ピーターソンのギタートリオ時代の最高傑作と名高い作品と言うことがやっと理解した瞬間でもあった。
シェークピア・フェスティバルは文字通り演劇を中心にシェークスピアに関連する催しをする、毎年イギリスとカナダで行われているフェスらしい。最初、僕はシェークスピアとピーターソンが何の関係があるのかわからず、単にカナダ出身で成功を収めたミュージシャンの凱旋帰国演奏ぐらいに思っていたが、今回調べてみて上記のような関係があることがわかった。



購入当時の感想はまず、音が非常に悪すぎると感じたが。それは録音された時代を考えるといたしかたないことではあるが。だがハーブ・エリスのあの安物のようなギターが聞こえてきたとたん、思わず驚いてしまった。さらにピーターソンのミーミー言ううなり声も耐えられるものではなかった。以来このアルバムは余り聴くことはなく、オーデフィオ機器も現在より数段落ちた機器の事もあった。ピーターソンの目指したジャズの面白さを理解できなかったのかもしれない。今さら言うまでもないが、三人の圧倒的テクニックには脱帽するしかない。技量にまかせて乱暴に弾きとばすことはなく、イマジネーション豊かなソロを聴かせるのもかれらの音楽性の高さを証明している。ピーターソン・ファンならずとも、ジャズ・ライヴの代表的アルバムとして、持っていて損はない。たまにじっくりきけば「名盤」の名に恥じない味わいが楽しめる一枚であろう。



オスカー・ピーターソンは1925年(大正14年)に、前述したようにカナダのモントリオールで生まれました。世代的には26年生まれのトランペッター、マイルス・デイヴィスやテナー・サックス奏者ジョン・コルトレーンとほぼ同世代です。しかしカナダ生まれということと、〝ビ・バップ〟以前のピアノ奏法も取り入れた独自の演奏スタイルゆえ、合衆国の黒人ジャズマンたちとは微妙に違う道を歩むこととなりました。
なんといっても大きな出来事はヴァーヴ・レーベルのオーナー・プロデューサー、ノーマン・グランツとの出会いでしょう。
グランツは、JATP(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)という大物ジャズマンを多数擁した連続コンサートの企画者として有名ですが、彼がカナダを訪れた際、ピーターソンを見いだしたのです。いっぺんでピーターソンの才能に魅了されたグランツは、ピーターソンをJATPのメンバーに引き入れます。〝ビ・バップ〟真っ盛りの49年のことでした。



その後グランツは自身のプロデュースするレーベル(マーキュリー、クレフなど。のちにヴァーヴに統合)でピーターソンのレコーディングを大量に行なっているだけでなく、ピーターソンの個人マネジャー的な立場となり、長きにわたる親密な関係が続くこととなったのです。
実力あってのこととはいえ、アメリカ・ジャズ界に取り立てて人脈がなかったピーターソンにとって、これは大きなチャンスでした。
オスカー・ピーターソンとノーマン・グランツはある時期まで一蓮托生の関係にあって、カナダ出身のピーターソンをアメリカに紹介したのも、彼のデビュー・アルバムをプロデュースして自分のレーベル、クレフから発売したのも、その後のマネジメントを一手に引き受けたのもグランツである。
ピーターソンが1949年9月にニューヨークのカーネギー・ホールで開催されたJ.A.T.P.コンサートに出演してアメリカの聴衆に初めてプレイを聴かせたのは、ベーシストのレイ・ブラウンとのデュオ演奏だった。ドラムレスの演奏となったのは、アサインされていたバディ・リッチが共演を拒否したからである。すでに別のセッションで演奏していたリッチは、「疲れた」という理由で無名のピアニストのバックに入ることを嫌がったのである。
しかしその結果、ピーターソンとレイ・ブラウンの相性のよさがたいへんわかりやすい形で示されることになり、ピーターソンのデビュー・アルバム『テンダリー』(1950年)の12曲中9曲はブラウンとのデュオで録音されることになった。以後1966年まで、17年の長きにわたってブラウンはピーターソンのグループで演奏を続けた。今日オスカー・ピーターソンの名盤、人気盤とされているアルバムのほとんどがこの17年間の中にすっぽり収まる。250枚はあると言われているピーターソンのリーダー作ならびに参加作中、最も高い人気を誇る『ウィ・ゲット・リクエスツ』(日本では『プリーズ・リクエスト』というタイトルで発売された)は、ピーターソンとブラウンの長いタッグの最後期の記録であると記された。



ハーブ・エリス(Herb Ellis 出生名:Mitchell Herbert "Herb" Ellis 1921年8月4日~2010年3月28日)はアメリカ合衆国テキサス州生まれの白人ジャズ・ギタリスト。
CDは制作がユニバーサル・クラシック&ジャズ、発売・販売元がユニバーサル・ミュージック株式会社、レス・カーター(Les Carter)氏による英語オリジナル・ライナーノーツ、小川隆夫氏と星野秋男氏による日本語解説、6曲入り。
(メンバーはギターがハーブ・エリス、オルガンがロン・フェイアー、テナーサックスがテディ・エドワーズ、ベースがモンティ・バドウィッグ、ドラムがスタン・リービーヴィー)
演奏はハード・バップではない、ジャズから解放されブルース、カントリー、ポップス風のハーブ・エリスが、やりたかったサウンド。ちなみにジャケットのハーブ・エリスが持っているギターは「Gibson 91' ES-165 HE VS」ハーブ・エリス・モデルの様だそうです。



レイ・ブラウン(Ray Brown:1926〜2002)
レイ・ブラウン(Ray Brown)はアメリカ・ペンシルバニア州出身のジャズベーシストです。スインギーなリズムや太い音色など、ジャズベースの王道的なスタイルを持つプレーヤーです。1926年10月13日ペンシルバニア州ピッツバーグで生まれます。8歳の頃からピアノのレッスンを受け始め、高校ではトロンボーンを手にしますが、学校のジャズオーケストラのベースパートに欠員が出てウッドベースに転向します。高校時代のレイはデューク・エリントン楽団のベーシスト、ジミー・ブラントンをアイドルとしてベースの研鑽に励み、次第にピッツバーグのジャズシーンで注目の存在となっていきます。



オスカー・ピーターソン・トリオにサックスのスタン・ゲッツが加わったカルテットでの演奏。このころはまだドラムのエド・シグペンがトリオに加入しておらず、ギターのハーブ・エリスとオスカー・ピーターソン、レイ・ブラウンのトリオでした。
1951年、ディージー・ガレスピーバンドのリズムセクションを担当していたブラフォンのミルト・ジャクソン、ピアノのジョン・ルイス、ドラムのケニー・クラークとともにミルト・ジャクソン・カルテットを結成します。翌年にはバンド名をモダン・ジャズ。カルテットと改名し、アルバム「The Modern Jazz Quartet」のレコーディングを行います。レイはこの後すぐにバンドを離れますが、MJQの相性で知られるこのバンドは、メンバー変更等や活動休止を繰り返しながら90年代まで活動します。MJQ加入と同じ頃、レイはピアニスト、オスカー・ピーターソンのトリオにも参加します。1966年まで在籍したこのトリオは、レイの活動の中でも最もよく知られており、特にドラマーのエド・シグペンが加入(これ以前はピアノ・ベース・ギターのトリオで活動)してからのレコーディングには、には名盤と呼ばれている作品が多数あります。



シェークスピア・フェスティヴァルのオスカー・ピーターソン

 1. Falling In Love With Love 恋に恋して
 2.How About You ハウ・アバウト・ユー
 3.Flamingo フラミンゴ
 4.Swinging On A Star スウィンギング・オン・ア・スター
 5.Noreen's Nocturne ノリーンズ・ノクターン
 6.Gypsy In My Soul ジプシー・イン・マイ・ソウル
 7.How High The Moon ハウ・ハイ・ザ・ムーン
 8.Love You Madly ラヴ・ユー・マッドリー
 9.52nd Street Theme 52丁目のテーマ
演奏:
  オスカー・ピーターソン(P)
  レイ・ブラウン(b)
  ハーブ・エリス(g)

Oscar Peterson Trio オスカー・ピーターソン・トリオ
ピアニスト/作曲家のオスカー・ピーターソンが率いたジャズ・コンボ。1951年からの初期メンバーはレイ・ブラウン(b)とアービング・アシュビー(g)。58年までにギターがバーニー・ケッセル、ハーブ・エリスと代わり、翌年よりギターに代わってドラムスのエド・シグペンが参加。この黄金期メンバーはしばしば“ザ・トリオ”と呼ばれる。
オスカー・ピーターソンは、カナダ、ケベック州モントリオール出身のジャズ・ピアニスト。 スイング期の流れを汲む奏法にモダンな和声感覚を取り入れたスタイルで、ジャズ界きっての超絶技巧を誇り、ダイナミックかつ流麗な即興演奏で知られる。強靭なタッチと明快な演奏が身上。ベーゼンドルファー製のピアノを好むシェークスピア・フェスティヴァルの演奏もハーブ・エリスとのやり取りは実に絶妙で此の基盤があってドラムが加わり黄金期に変化した。



オスカー・ピーターソン・トリオ: ライヴ・アット CBC スタジオ、1960 スタンダード・エディション CD バージョン。流石CBC スタジオでの録音の良さ60年代初頭の作品ではあるが、演奏も充実し今後のピーターソン・トリオの新しい幕開けに相応しいさ品でもある。
この特別版は、2006 年 12 月 14 日にカナダの Just A Memory からリリースされました。このアルバムは、ジャズ、コンテンポラリー ジャズ、スウィング、バップのジャンルにわたります。



Live at Cbc Studios (1960)

 1. 心は止まった My Heart Stood Still
 2. ビッグスコシアのブルー Blues For Big Scotia
 3. 秋の紅葉 Autumn Leaves
 4. スウィートジョージアブラウン
 5. あなたはどうですか Sweet Georgia Brown
 6. ナッツはたっぷりある I Got Plenty O' Nothin'
 7. コンチネンタルでの料理 Cookin' At The Continental
 8. 何時だったか分からなかった I Didn't Know What Time It Was
 9. 愛あれ Let There Be Love
 10. 天井で踊る Dancing On The Ceiling
演奏:
  Bass –Ray Brown
  Drums –Ed Thigpen
  Piano –Oscar Peterson

一年で変わったオスカー・ピーターソン・トリオ: ライヴ・アット CBC スタジオ、1960 スタンダード・エディション CD バージョン。
この特別版は、2006 年 12 月 14 日にカナダの Just A Memory からリリースされました。このアルバムは、ジャズ、コンテンポラリー ジャズ、スウィング、バップのジャンルにわたります。
いずれにしても此のメンバーがPeterson Trioのベストメンバーでレコーディングももっとも多い安定したメンバーでもある。ブラボー!


奇人、変人の類か・・・正式名エリック・アルフレッド・レスリ・サティ(Éric Alfred Leslie Satie)についての考察です。

2025年02月22日 | クラシック音楽・オーディオ

春間近である、早朝公園での散歩で公園の梅園の紅梅が満開になっている、白梅も2分咲きといった風情である、散歩を終えMシュナウザーのモジャ君とシャワーを浴びモジャ君の毛を乾かせオヤツと水分補給をさせ、勿論散歩から帰れば自分の部屋にエアコンを効かし朝食後は寛ぐ体勢である。
今週の寒気が終了すれば春が・・・暖房の効いた部屋で朝の珈琲を飲みながらアンプのスイッチを灯す、300B三極管が目覚める、最近気になったサティの作品を聴くが「グノシエンヌ」「ジュ・トゥ・ヴ」のピアノの音が頭から離れない、春の微睡んだ温もりが愛しいのであろうか?

サティの作品の作品を浸る事を思い述べる事にする。
エリック・アルフレッド・レスリ・サティÉric Alfred Leslie Satie(1866年5月17日 - 1925年7月1日)は、フランスの作曲家。オンフルール生まれ、オンフルールおよびパリ育ち。 「音楽界の異端児」「音楽界の変わり者」の異名で知られる。ドビュッシーやラヴェルに影響を与えた。
フランスの街を、いつも同じ黒い山高帽と黒い上着、それにこうもり傘をステッキに歩く丸眼鏡の男。後世に影響を与えながらも、他のどの作曲家にも似ることがなかったそれ故に異端と言われる作曲家。なんとなく興味をそそられませんか?皆さんはサティの曲を聴けば頷く方は多いのでしょうか?「ジムノペディ」「グノシエンヌ」「ジュ・トゥ・ヴ」「ピカデリー」のあたりだとCMなどBGMにも良く使われているので、名前は知らなくても曲を聴くとわかる、という方も多いでしょう。サティの作品の中で、かなり聴きやすい部類ですね。何故聴きやすいのか、といえばこれらの曲の構成がことごとくシンプルだからではないでしょうか。加えてものすごく短かったりします。



今日はフランスのエリック・サティが1900年に作曲したシャンソン。『ジュ・トゥ・ヴー』は、歌詞はアンリ・パコーリによる。元々は歌曲集『ワルツと喫茶店の音楽』のうちの1曲とされているが、現在ではサティ自身によるピアノ独奏版でよく知られている。普通に誰もが知る精神の安らぎを促すような睡眠を導入するような、ゆったりとした三拍子で音の数の少ない静かなピアノ曲。サティ:日本語訳は「あなたが欲しい」とまるで情熱的な意味合いを持つ曲でもある。
の曲が作曲された当時、34歳のサティは音楽界に自身の評価をまだ確立していなかった。それ故、芸術音楽の作曲のみで生計を立てることが困難で、カフェのピアニストやミュージック・ホール、キャバレーのための歌や付随音楽の作曲家を続けていた。約15年間(1890-1905)のカフェ、キャバレー音楽家生活をサティ自身は「大変な堕落」と考えていたが、その間に作曲されたカフェ・コンセール音楽(1860年代頃からフランスで流行した喫茶店のために作曲された音楽)の多くは大変優れた作品と言える。
その代表的な作品が『ジュ・トゥ・ヴー』である。現代でもCMなどで使われるあまりにも有名なワルツ。『あなたが欲しい』、『おまえが欲しい』、『あなたが大好き』などと様々に邦訳されている。もともとは詞(H.パコリー作詞と伝えられている)に作曲した歌とピアノのためのシャンソンで、歌詞には女性版と男性版があるのが特徴。歌曲(シャンソン)は単純な単純3部形式、ピアノ独奏版は歌曲の形式に中間部(トリオ)が加わり複合3部形式。この頃のサティの作品の中では数少ない小節線が引かれている作品で、奇を衒うことのない自然な流れが心地よい。

エリック・サティ:(ジュ・トゥ・ヴ)あなたが欲しい/Je te veuxのジャンルは?歌曲(シャンソン)なのである。

 Je te veux おまえが欲しい
 作詞:アンリ・コパリ
  曲:エリック・サティ
★Ange d’or, fruit d’ivresse,
  Charme des yeux,
  Donne-toi, je te veux.
  Tu seras ma maîtresse
  pour calmer ma détresse
  Viens, Oh déesse.
  J’aspire à l’instant précieux
  où nous serons heureux – Je te veux
金の天使 陶酔の果実 魅惑の瞳
その身を投げてくれ。おまえが欲しい
恋人になってくれ。僕のつらい気持ちをいやすために
来ておくれ、ああ、女神さま
僕は、2人が幸せになれる、かけがえのない瞬間を求めている
おまえが欲しい★
  Tes cheveux merveilleux
  Te font une auréole
  Dont le blond gracieux
  Est celui d’une idole.
  Que mon cœur soit le tien,
  Et ta lèvre la mienne !
  Que ton corps soit le mien,
  Et que toute ma chair soit tienne !
美しいきみの髪は
光の輪をはなっている
それは優美な金髪で、
偶像の髪のようだ
僕の心がきみのものになればいい
そしてきみの唇をぼくのものに!
きみのからだが僕のものになればいい
そして僕の肉体すべてを、きみのものに!
★~★繰り返し
  Oui,je vois dans tes yeux
  La divine promesse,
  Que ton cœur amoureux
  Ne craint plus ma caresse…
そう、きみの瞳のなかに、
すばらしい兆しが見える
きみの愛にあふれた心は
もう僕の愛撫を恐れないという兆しが
  Enlacés pour toujours,
  Brûles des mêmes flammes,
  Dans des rêves d’amour
  nous échangerons nos deux Âmes!
いつも抱き合っていよう
同じ炎に焼かれよう
愛の夢の中で
僕たちは魂を交換しよう
★~★繰り返し



何となく聴くとどこか物憂げ美しく、つかみどころのない旋律。テレビや映画、街中で、エリック・サティの音楽を耳にしたことのない人は、いないといっても過言ではないのではないでしょうか?しかし一度聴けば旋律の美しさは忘れない曲である。クラシック音楽の世界からは「異端児」とされ、一方で「現代音楽のルーツの1つ」と称されるエリック・サティ。1866年フランスに生まれ、59才でその生涯を閉じるまでに、後世へまで影響力を持つ数多くの音楽作品を残しました。
ピアノ作品 3つの「ジムノペディ」 6つの「グノシエンヌ」 「官僚的なソナチネ」 「梨の形をした小品」 「乾からびた胎児」これらのピアノ作品は、シンプルな旋律線と独特の和声進行を特徴としており、多くの作品に風変わりな標題と皮肉に満ちた演奏指示が付けられています。グノシエンヌとはフランス語で「気づき」という意味だそうです。 この作品は、音楽の中に哲学的・精神的な要素を取り入れたものとされています。 サティ自身が「正確に演奏することが重要だが、それ以上に、それを正確に聴くことが等しく重要だ」と語っていたということです。
現代では、サティは単なる「変わり者の作曲家」ではなく、20世紀の芸術に大きな影響を与えた革新者として評価されています。彼の作品や思想は、現代の実験音楽、電子音楽、アンビエント・ミュージックなど、様々な分野に影響を及ぼし続けています。その創造性と先見性は、今なお多くのアーティストたちに刺激を与え、新しい芸術表現の可能性を示唆し続けているのです。
エリック・サティは、その独創的な音楽観と革新的な表現により、20世紀の音楽に大きな影響を与えました。一見単純に見える作品の中に込められた深い思想性と、慣習に囚われない自由な発想は、現代においてもなお、新鮮な魅力を放っています曲を筆者の好きな2015年に『オルガ・シェプス・プレイズ・ショパン』で日本デビューの甘味な魅了あるオルガ・シェプスで聴いています。



オルガ・シェプス(Olga Scheps, 1986年1月4日 - )は、モスクワ生まれの女性ピアニスト。ピアニストでケルン音楽大学の教授でもある父親のイリヤ・シェプスにピアノを学び、6歳のときにドイツに移る。ケルン音楽・舞踊大学でパヴェル・ギリロフに師事。12歳のときから演奏活動を行っており、2007年、ルール・ピアノ・フェスティバルでデビューして以来、ドイツの著名な音楽祭に招かれ、ソリストとしてベルリン・フィルハーモニーほか世界有数の会場でリサイタルを開催。

現在はドイツを中心に活動している。ケルン在住。
演奏活動以外では、2011年以来アウディおよびショパールのブランド大使を務めている。クラシック音楽界における、ドイツの権威ある賞であるエコー・クラッシック賞受賞者であり、魅惑的な舞台での振る舞い、活き活きとしたサウンドと暖かいタッチなど独自の特徴的な音楽により、同世代に評価の高い人気のピアニストが数多く居並ぶ中で、極めて短い期間で独自の地位を確立してきた。



オルガ・シェプス/サティ:ピアノ作品集

エリック・サティ生誕150年記念リリース。「音符を真珠のように輝かせる」「ピアノの詩人」などと評され、2015年の初来日で大きな話題を呼んだオルガ・シェプスの「RCA Red Seal」への最新録音2016年に生誕150年(5月17日)をむかえるサティの最も有名なピアノ曲を収録した「サティ・アルバム」音質も大変優れものである。
「音楽界の異端児」とされ、ドビュッシー、ラヴェルら印象派の作曲家にも大きな影響を与えるのみならず、彼のあとの20世紀の音楽が辿ってゆく方向性に重要な一石を投じた超個性派エリック・サティ。バレエ音楽・歌曲以上に、サティが最も多くの作品を残したのがピアノ曲で、当アルバムには、誰もがそのメロディを知っている「ジムノペディ第1番」や「ジュ・トゥ・ヴ」など、サティの代表作が収められている。

[収録曲]
サティ:
 01. 6つのグノシエンヌ
 02. 「真夏の夜の夢」のための5つのしかめっ面 (ダリウス・ミヨーによるピアノ独奏用編曲)
 03. 3つのジムノペディ
 04. あんたが欲しいの (ジュ・トゥ・ヴ)
 05. 3つのサラバンド
 06. 歌うワルツ「優しく」
チリー・ゴンザレス(ジェイソン・チャールズ・ベック):
 07. ジェントル・スレット

 オルガ・シェプス(ピアノ)
 録音時期:2016年
 録音場所:ドイツ、マリエンミュンスター、コンツェルトザール

オルガの紡ぎ出すピアノ・サウンドの美しさと深い抒情性、開放感はサティの音楽の美質を香り高く表出している。
ボーナス・トラックとして、カナダ出身のピアニストでありエンターテイナーの天才音楽家ことチリー・ゴンザレスによる「ジェントル・スレット」を収録。
オルガはこのマルチ・ミュージシャン、チリー・ゴンザレスとステージでよく共演しており、その成果としてこのボーナス・トラックが収録されることになった。
オルガ・シェプスはモスクワに生まれで、ケルン音楽院で名教師パーヴェル・ギリロフに学んだ才媛。2010年にアリス=紗良・オットとドイツの権威ある「エコー賞」を二分したほどの人気と実力を備えるピアニスト。
ドイツ・クラシック音楽界の大御所評論家ヨアヒム・カイザーをして「オルガ・シェプスは真の発見だ。彼女が弾くようなショパンをこれまで私は聴いたことがない」と言わしめた個性的才能の持ち主。



ラファエラ・グロメス(Raphaela Gromes)
1991年ミュンヘン生まれのチェリスト。4歳より母からチェロを習い始める。2005年にフリードリヒ・グルダ作曲のチェロ協奏曲を演奏してソロデビュー。2012年、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンにおいて開催されたリヒャルト・シュトラウス・フェスティバルの若手演奏家のためのコンクール(チェロ部門)にて優勝。2017年、ソニー・クラシカルの専属アーティストとして初のアルバム『セレナータ・イタリアーナ』をリリースし、高い評価を得た。以降、定期的にリリースを重ね、2023年6月に最新アルバム『ファム〜女性作曲家たちの肖像』をリリース。彼女は、個人的に入手したジャン=バティスト・ヴィヨーム作の1855年頃のチェロを演奏します。



この為に注文した新譜が到着、クラシック界の女性スター、オルガ・シェップス(ピアノ) 、 ラファエラ・グロメス(チェロ)2人がタッグを組み、ショパンの夜想曲を新たに演奏。ピアニストのオルガ・シェップスとチェロ奏者のラファエラ・グロメスがタッグを組み、フレデリック・ショパンの伝説的な夜想曲6曲を斬新かつユニークなアレンジで披露。フレデリック・ショパンの夜想曲は、夢見るようなメロディーと豊かなハーモニーの質感が特徴。クラシックピアノのレパートリーの中で不朽の人気曲となっており、音楽を通して感情を呼び起こすショパンの比類ない才能を示している。



ショパンの夜想曲

フレデリック・ショパン (1810 - 1849): 
 夜想曲 Op. 9: 1 ショパン:ノクターン Op. 9: Ⅱ.アンダンテ (チェロとピアノ編曲: ジュリアン・リーム)04:19 
 夜想曲、作品62: 2 ショパン:ノクターン Op. 62: Ⅱ.レント (チェロとピアノ編曲: ジュリアン・リーム)02:59 
 夜想曲、作品32: 3 ショパン:ノクターン Op. 32: I. アンダンテ・ソステヌート (ジュリアン・リームによるチェロとピアノ編曲)05:00 
         4 ショパン:ノクターン Op. 32: Ⅱ.レント (チェロとピアノ編曲: ジュリアン・リーム)02:45 
 夜想曲、作品55: 5 ショパン:夜想曲集 作品55 第1楽章 アンダンテ(ジュリアン・リームによるチェロとピアノ編曲)05:17 
 夜想曲、作品15: 6 ショパン:ノクターン Op. 15:Ⅱ.ラルゲット (ジュリアン・リームによるチェロとピアノのための編曲)03:19 

合計実行時間23:39
 オルガ・シェップス(ピアノ) 、 
 ラファエラ・グロメス(チェロ) 

筆者が好きなオルガ・シェップスのショパンのピアノ、チェロのDUO最近お気に入りのアルバムでもある。
クラシック界の女性スター2人がタッグを組み、ショパンの夜想曲を新たに演奏。ピアニストのオルガ・シェップスとチェロ奏者のラファエラ・グロメスがタッグを組み、フレデリック・ショパンの伝説的な夜想曲6曲を斬新かつユニークなアレンジで披露。5月10日にソニー・クラシカルから発売される新作EPで発表される。



もともとピアノ独奏用に作曲されたが、クラシック界の女性スター2人による新たなアレンジにより、これらの有名な楽曲に新鮮な色合いがもたらされている。1827年から1846年の間に作曲されたフレデリック・ショパンの夜想曲は、夢見るようなメロディーと豊かなハーモニーの質感が特徴。クラシックピアノのレパートリーの中で不朽の人気曲となっており、音楽を通して感情を呼び起こすショパンの比類ない才能を示している。オルガ・シェップスとラファエラ・グロメスは、ジュリアン・リームとともにアレンジを手掛け、音楽の旋律の質に焦点を当て、原曲に新たな色合いをもたらした。



ピアニストのオルガ・シェップスは、近年、主要なクラシックコンサートの舞台で実力を発揮しています。レコーディングアーティストとして、彼女はクラシック音楽、映画音楽、ポップスの境界を越えた独自のレパートリーコンセプトで知られています。彼女のアルバム「Family」、「Melody」、「Satie」は、世界中で何百万回も再生され、この品質を実証しています。紛れもない解釈と卓越した多才さを持つオルガ・シェップスは、今注目の同世代で最も人気のあるピアニストの一人です。
チェロ奏者のラファエラ・グロメスの演奏は、技巧、情熱、喜びが特徴です。彼女の2023年のアルバム「Femmes」は、9世紀にわたる音楽史 にわたる注目すべき女性作曲家ですね。ブラボー!

幻のヴァイオリニストとも呼ばれるエディト・パイネマンの作品を検証する。

2025年02月17日 | クラシック音楽・オーディオ

年末に用意したヒヤシンスの水耕栽培の花2本がが咲き始める。今秋過ぎれば春間近でもある。
まず水耕栽培も下準備をしないと開花しな様であり、注意書通理に実施する、水耕栽培用のポットに水を入れてヒヤシンスの球根をセットし、根が出るまでは冷暗所に置きます。水の量ですが、最初は球根の下に水が触れる程度の高さにして根が出てくるのを促します。徐々に根が伸びてきたら、少し水の量を減らしてポットの中に空気の層を作りますが、これは活発に呼吸をして成長するヒヤシンスの根に十分な酸素を供給するためです。
根が長く伸びてきたのに水をいっぱいにしていると、根が窒息してしまうので注意しましょう。根が出れば、明るい窓辺などの日当たりのよい場所に移します。



今日はプリアンプとメインアンプのRCAピン及びRCAケーブルの清掃を行う、確かに今までは無水アルコールで拭く程度で終わったが、せっかくピカールを購入したのでジャック関係を丁寧に清掃した、勿論普通の太さと細めの綿棒を取り揃う丁重に清掃し乾いた綿棒で乾拭きして仕上げた、確かに拭き取りに関しては意外と綿棒が黒ずめ汚れの付着が取れるまで拭き取った。勿論RCAケーブルは1910年製の大型コイル使用したWE製のケーブルをRCAケーブルに製作したジャックを使用するが筆者が聴く中でのケーブルは此のケーブル使用が断然音質に優れている様である。今まで欧州製品米国製品等ベルデン、ノイマン等数々比べたが此の大型トランスに使用したWEのケーブルが一番相性が良さそうであった。



筆者愛用のTANNOYⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 Cabinetで聴くには矢張りヴァイオリン曲が一番判別しやすい様に思う、バロックからクラシックのヴァイオリン協奏曲を含めエンクロージャーとの関わりが一番判別しやすく、三極管Zaika5300、ミニ管のSIMENS 6BM8との相性も優れた組み合わせの視聴は実に音楽に没頭できる環境である。

三極真空管について簡単に説明すると、真空管の音響特性について触れれば、「増幅」とは入力信号の拡大コピーを作り出すことですが、原理上、完全なコピーを作り出すことは不可能で、どうしても波形にわずかなゆがみが生じてしまいます。三極管の増幅ではゲインを大きく取るほど、波形のゆがみが大きなり、それに伴って倍音の割合が増え、歪んだ音色になっていきます。また、設計のさじ加減で増幅の波形が多少変わってくるという辺りも、「真空管を作った機器の面白さ」でもあるのではないでしょうか。



筆者の保管する日立製6BM8はテレビのブラウン管時代に音声の出力管と重宝され多くのメーカーが作っていた為に中古品は多い様であるが未使用感は少なくなっているのが現状の様である。
しかし特に最近の三極管は真空管の値上がりが激しく現在使用の真空管は本体価格よりかなりの高額である。
ミニ管の状態は秋葉原電気街を覗くと定番品の陳列しかなく、尋ねるとしかもミニ管も最近は値上がりが激しく未使用品の松下製6BM8に至っては2本で¥12,000で販売されたいた、筆者が購入した頃は2本セットで¥7,500〜8,000でした倍近くの値上がりです日立製はと尋ねると在庫は無いと言われた。

現在ではコルグ社が販売する真空管もどきのノリタケ伊勢電子ブース内にてNutubeも展示される様ですが今後如何になるのであろうか?

確かに擦る楽器の粒立ちの良さ群を抜きヴァイオリンの再現は三極管とTANNOYの相性は抜群と言えよう、思わず聴き惚れてしまうのである、多分この部屋大きさ(約10畳)の環境とも合うのであろう・・・。



ドイツのヴァイオリニスト、エディト・パイネマン(Edith Peinemann、1937年3月3日 - 2023年2月24日)85歳に亡くなったが。残された録音は少ないが、ジネット・ヌヴーらと並んで、戦後を代表する女流ヴァイオリニストの一人として知られていた。
昨年購入したエディット・ペイネマンの1952年から65年に南西ドイツ放送で行った放送用スタジオ録音を改めて視聴する。
1937年、マインツの生まれ。マインツ楽団のコンサートマスターを務めていた父親から音楽の手ほどきを受けた後、ロンドンでマックス・ロスタルに師事した。1956年に19歳でミュンヘンのARD国際音楽コンクールに優勝し、審査員を務めた指揮者のウィリアム・スタインバーグに招かれ、1962年にピッツバーグ交響楽団と共演して米国デビューを飾り、国際的な演奏活動をスタートさせた。



1965年以降、パイネマンの国際的なキャリアは飛躍的に伸び、マインツ出身のこの名手は、オイゲン・ヨッフム、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、ジョージ・セル、ゲオルク・ショルティ、ヨーゼフ・カイルベルト、ギュンター・ヴァントといった指揮者の指導の下、世界の最も権威あるホールや、ザルツブルクやルツェルンなどの最も偉大な音楽祭で演奏し、それまでダヴィド・オイストラフ、レオニード・コーガン、アルテュール・グリュミオーにしか授与されていなかったウジェーヌ・イザイ賞を受賞し、後にマインツ市グーテンベルク賞を受賞しました。室内楽の夕べの彼の定期的なパートナーはピアニストのイェルク・デームスであり、彼は彼と数少ない録音のいくつかも行った。

エディット・ペイネマンは、彼女の取り巻きと大手レコード会社のマネージャーたちの間での一連の誤解のせいで、アルバムをほとんど録音しませんでした。近年、オンラインで公開されている多数のライブ録音に加えて、SWRは2019年にマインツのSWRスタジオでアーティストが行ったすべてのラジオ録音のコレクションを出版することで、そのギャップを部分的に埋めており、これはドイツラジオ放送批評賞を受賞した。彼の商業録音の中で、私の意見では際立っているのは、1966年にドイツ・グラモフォンで録音されたドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲の録音です。これは、めったにインスピレーションを得られないペーター・マーグ指揮の輝かしいチェコ・フィルハーモニー管弦楽団と共演したもので、あらゆる点でこの曲の最も偉大な解釈者たちの録音と比較する価値があります。



公式録音数が驚くほど少なく、幻のヴァイオリニストとも呼ばれる編集・パイネマン(1937-)が、1952年から65年に南西ドイツ放送で行った放送用スタジオ録音がマイクボックス化。回が初めてとなり、ファンにとってずっと歓迎されるものとなるでしょう。その内容も注目に値するもので、父親ロベルト・パイネマン(編集の素材マインツのオーケストラでコンサートマスターを担っていました)のピアノ伴奏による初々しいバロックと、早熟の片鱗を注目したセルレーガーとヒンデミットという、15~16歳の初期の録音も収録しています。得意としたシベリウスなどの協奏曲を二十代の瑞々しい演奏で堪能することが出来るものが魅力。またロスバウトが震えるプフィッツナーは彼の最後の演奏・録音となっており、巨匠はこの直後12月2日ちなみにレーベルの資料によると、初期の録音ではチェコに近いクリンゲンタールのフィエカー製ヴァイオリン、あるいは1720年頃ロンドンのダニエル・パーカー製作の楽器を使用しており、1965年には1732年に作られたグァルネッリ(グァルネリ)SWRが保有しているマスターテープから最新のリマスターが行われており、モノーラルながら聴きたいへん聴きやすい音で 筆者愛用のタンノイのIIILZ Monitor Goldユニットから奏でる音はまさに絶品とも言えるのであろう。



公式録音数が極端に少なく、幻のヴァイオリニストとも呼ばれるエディト・パイネマンが、1952年から65年に南西ドイツ放送で行った放送用スタジオ録音が一挙BOX化。いずれもメディアとして公式に発売されるのは今回が初めてとなり、ファンにとって大いに歓迎されるものとなるでしょう。その内容も注目に値するもので、父親ロベルト・パイネマン(エディトの生地マインツのオーケストラでコンサートマスターを務めていました)のピアノ伴奏による初々しいバロックと、早熟の片鱗をうかがわせるレーガーとヒンデミットという、15~16歳の最初期の録音も収録しています。得意としたシベリウスなどの協奏曲を二十代の瑞々しい演奏で堪能することが出来るもの魅力。またロスバウトが振るプフィッツナーは彼の最後の演奏・録音となっており、巨匠はこの直後12月29日に亡くなっています。ちなみにレーベルの資料によると、初期の録音ではチェコに近いクリンゲンタールのフィエカー製ヴァイオリン、あるいは1720年頃ロンドンのダニエル・パーカー製作の楽器を使用しており、1965年には1732年製グァルネッリ(Guarneri del Gesu)を入手したとのことです。SWRが保有するマスターテープから最新のリマスターが行われており、モノラルながらたいへん聴きやすい音となっています。
(ナクソス・ジャパン)

エディト・パイネマン(1937-)/1952-1965年 南西ドイツ放送スタジオ録音集
【DISC 1】
 1. ヴィターリ(1663–1745):シャコンヌ ト短調
https://www.youtube.com/watch?v=RpvYDLLjyhk
 2-5: ヘンデル(1685–1759):ヴァイオリン・ソナタ ホ長調
 6-11: レーガー(1873–1916):ヴァイオリンとピアノのための組曲 イ短調Op.103a
 12: ヒンデミット(1895–1963):ヴァイオリンとピアノのための瞑想曲
https://www.youtube.com/watch?v=_CPrydaf4ZA&list=OLAK5uy_lVViGFnez9K1MBr5fn5XPX4BxvYqI-iKo&index=13
 13-16:フランク(1822–1890):ヴァイオリン・ソナタ イ長調
   ロベルト・パイネマン(ピアノ)…1-12
   ハインリヒ・バウムガルトナー(ピアノ)…13-16
 録音:1952年12月12日 Mainz,Deutschhaus, Kammersaal…1-5
    1953年6月12日 Mainz,Deutschhaus, Kammersaal…6-12
    1957年1月25日 Stuttgart-Untertürkheim, Krone…13-16

【DISC 2】
https://www.youtube.com/watch?v=hUHJi_GkQ2I
 1-4: J.S.バッハ(1685–1750):無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短BWV1001
 5-7: J.S.バッハ:ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ホ短調 BWV1023
 8-11:ベートーヴェン(1770–1827):ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調 Op.30-2
 12: バルトーク(1881–1945):狂詩曲 第1番 Sz.86
 13: ラヴェル(1875–1937):ツィガーヌ

   ゲオルク・トゥーサン(チェンバロ)、
   ハルトムート・エステルレ(チェロ)…5-7
   ヘルムート・バルト(ピアノ)…8-13
 録音:1957年1月25日 Stuttgart-Untertürkheim, Krone…1-4
    1957年1月31日 Mainz,Staatliches Institut für Musik…5-7
    1962年12月13日 Mainz, SWF, FS…8-11
    1962年12月12日 Mainz, SWF, FS…12、13

【DISC 3】
 1: ラヴェル:ハバネラ形式の小品(ジョルジュ・カトリーヌ編)
 2-5: スーク(1874–1935):4つの小品
 6-8: モーツァルト(1756–1791):ヴァイオリン・ソナタ 変ロ長調 K.378
 9-11:シューマン(1810–1856):ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op.105
   マリア・ベルクマン(ピアノ)…1、6-11 
   ヘルムート・バルト(ピアノ)…2-5
 録音:1962年12月23日 Baden-Baden,Hans-Rosbaud-Studio…1
    1962年12月12日 Mainz, SWF, FS…2-5
    1965年9月18日 Baden-Baden,Hans-Rosbaud-Studio…6-11

【DISC 4】
 1-3:ドヴォルザーク(1841–1904):ヴァイオリン協奏曲 イ短調 Op.53
 4-6:バルトーク:ヴァイオリン協奏曲 第2番 Sz.112
   ハンス・ミュラー=クライ(指揮) シュトゥットガルト放送交響楽団、1-3
   ハンス・ロスバウト(指揮) 南西ドイツ放送交響楽団バーデンバーデン、4-6
 録音:1958年3月5日 Stuttgart, SDR, Villa Berg…1-3
    1957年12月21日 Baden-Baden, Hans-Rosbaud-Studio…4-6

【DISC 5】
 1-3:プフィッツナー(1869–1949):ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 Op.34
 4-6:シベリウス(1865–1957):ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47
   ハンス・ロスバウト(指揮) 南西ドイツ放送交響楽団バーデンバーデン、1-3
   エルネスト・ブール(指揮) 南西ドイツ放送交響楽団バーデンバーデン、4-6
 録音:1957年12月21日 Baden-Baden, Hans-Rosbaud-Studio…1-3
    1965年9月16日 Baden-Baden, Hans-Rosbaud-Studio…4-6

流麗なテクニックと繊細な音色を駆使して旋律を陰影深く描き出す名手にして、類稀な美貌の持ち主。1960年代から70年代にヨーロッパやアメリカ、そして南アフリカで華やかに活躍し、高い評価を獲得しながら、録音が極めて少ないことで知る人ぞ知る存在となっていたドイツの女性ヴァイオリニスト、エディト・パイネマン。これはその空白を埋める極めて貴重な録音集だそうです。



特にバッハ好きの筆者はDISC 2をじっくり楽しみましたが深みもありモノーラル録音でも関わらずバッハらしさを感ずる演奏は素晴らしい、もちろん話題のドヴォルザークのモーツアルト等も見逃せない名曲が詰まったいる。
他にDISC 1でもあの有名な2-5: ヘンデル(1685–1759):ヴァイオリン・ソナタ ホ長調 Op.1 No.15, HWV 373全曲があり是非聴いて頂きたい作品でもある。

エディト・パイネマンが奏るヴァイオリンの音色は、潤いに満ちた美音だが、ラヴェルのツィガーヌを聴くと結構野太い音も出していて、変幻自在とも言える。パイネマンの正規録音は余り多くないようだが、このようにまとまった形で素晴らしい録音が残っていたのは驚きである。南西ドイツ放送局、恐るべし!協奏曲のなかでとりわけ印象に残ったのがバルトークで、恐らく作品との相性が最も良い。もちろん話題のドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲なども見逃せない名曲が詰まったいる、プフィツナーのクラシカルな佇まいも良い。タンノイのIIILZ Monitor Goldユニットから奏でるヴァイオリンの美音を楽しむには全体を通じて音質も極上で、このセットを聴くのは至福の時間となる。ブラボー!

今後の日本丸は如何に・・・と思っていたが、ひとまずホットした、此れで好きな音楽が聴けますね!

2025年02月08日 | 歴史(世界史/日本史)の考察

今朝も愛犬モジャ君と散歩です、公園内ある梅の木があり、紅梅の花が咲き始めました、愈々春の到来間近か季節は毎年変わらなくやって来る様だ。

調べてみると、どちらの色が早いかは品種によります。 咲く時期によって早咲き~遅咲きまで、 2ヶ月ほど開きがあります。 早咲きの品種で代表的なものは『冬至梅』があり12月頃から咲き始めるそうです。



現在日本は戦後最低な総理大臣及び閣僚とも最低の顔ぶれを揃えたわけではあるが、米国は売電からトラさんに大統領が代わり、売電が続けた政策を悉く水に流している、勿論石破も日米会談に馳せ賛辞会談を取り交わすが、その様な事よりトラさんが一枚も二枚も上で前の売電が実施した此のUSAID案件は此処での登場が「ビル・ゲイツ」が最初に言い出し基金をしたUSAID問題を即刻中止を発表し続いてCIAのリストラだった。USAID問題はパリ五輪でのトランスジェンダー選手の悪影響も出たが此で正常運転に戻りそうでもある。


今回の日米会談においてトランプがUSAIDについて論じたが石破は全くわからない様な顔をしていた、何お興味も示してもいなかった!

今は闇組織の様な1961年に開設されたvは健全な組織であったが当時ケネディ大統領の頃発足したUSAIDも時代が移りクリントン政権以降CIAも取り込み闇組織に変貌し米国の税金の闇分配組織の解体化を調印したトランプ大統領である。日本もNHK始め、大手マスコミ、電通、博報堂、政治家、政府関係機構、厚生省、外務省、他に民間大手会社等全て61社に及ぶ闇献金を行い国民には闇を知らせない様に見事な仕組みを維持している、NHK始め大手マスゴミが騒がないコレが大きな理由である。

当時日本の岸田はバイデンと共にUSAIDとつるんでた岸田が責任は重く、即座に議員を辞めるべきだ。詳しきはYouTube内容をはっておきます。是非ご覧ください!

DSの飼い犬が日本の前首相だったという笑えないオチ・・・。最悪の黒幕の岸田文雄、外務省とUSAIDのあいだに入り橋渡し外務省とUSAIDが「外務省と米国際開発庁(USAID)との間の共通の国際保健の優先課題の推進のための協力覚書」を締結していたことに注目が集まっている。



また日本では金儲けには敏感な武見 敬三が進めるUHCとは「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを意味し、すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受することを目指しています。持続可能な開発目標(SDGs)においてもゴール3(健康と福祉)の中でUHCの達成が掲げられておりますが、UHC達成のためには「保健医療サービスが身近に提供されていること」、「保健医療サービスの利用にあたって費用が障壁とならないこと」の2つが達成される必要があることから、2017年7月の国連総会では「必要不可欠の公共医療サービスの適用範囲」と「家計収支に占める健康関連支出が大きい人口の割合」をSDGsにおけるUHC指標とすることが採択されました。UHCを達成するためには、物理的アクセス、経済的アクセス、社会慣習的アクセスの3つのアクセスの改善に加え、提供されるサービスの質が高まることが重要ですと莫大な利益をあげたいる。此の団体もトラさんは容赦なく切った様です。

アメリカ政府の「政府効率化省」を率いるイーロン・マスク氏は3日、対外援助を行う政府機関の「閉鎖」にトランプ大統領が同意したと明らかにしました。



イーロン・マスク氏
「USAID(国際開発局)についても詳しく話し合った。彼(トランプ大統領)は閉鎖すべきだとの意見に同意したんだ」マスク氏は自身のSNSの配信で、外国に対する人道支援や開発支援を行う政府機関・USAID=国際開発局について、不透明な運用が行われていると批判。トランプ大統領が組織の「閉鎖」に同意したことを明かしました。さらに、マスク氏は「閉鎖」の方針について、トランプ大統領に「何度も確認した」が、「イエス」との回答があったと話しました。USAIDをめぐっては、トランプ大統領が政権の外交方針との合致や効率性を見極めるとして、対外援助の90日間の停止を命じています。
アメリカ トランプ大統領
「バイデン政権の間、彼らは狂っていたんだ。渡すべきではない人たちや組織にお金を与えていたことは恥ずべきことだ」トランプ大統領はこのようにUSAIDを批判した上で、「大量の不正な支出を発見している」とマスク氏の仕事を評価しました。



トラさんとの会談では石破は椅子の座り方も教えなかったのか、全く無知であり日本人らしい品位の微塵もない様である。
最後は握手もせずに別れた最悪の首脳会談であった。

日本側も米国大統領トラさんから仕打ちが一番早い方法の様です。参議院選挙前に此の様な石破を始め閣僚並びに親中議委員は全て葬って頂きたい、暮らしやすい平和な日本を取り戻したいものです。これで心配事は少しは先が見えるのではと思う次第です。これで多少は安心して飯が食えるようだ!

しかし此処で問題は団塊の世代以前の日本人はいまだに大手マスコミを信じ基本的には、トラさん嫌いが多いそうである、当然我が家の奥方なども筆者とは政治問題では全く違う意見を言う、しかしUSAIDの事実関係は徐々に知れ渡り間違っていたのかも知れないと疑問を持ち始めているのが実情である。



自称音楽愛好家が思うオーディオについて先日からの実験の続きを実施しました先ずは筆者の愛聴するスピーカー「TANNOY」は、ガイ・ルパート・ファウンテンが創業したイギリスのスピーカーメーカーです。1947年にウーファーの中央にストレートホーン型ツイーターを配置した同軸2ウェイ式ユニットであるデュアル・コンセントリック(Dual Concentric)を開発し、それ以後「TANNOY」を代表するユニットとなりました。
同軸2ウェイ式ユニットの特徴は指向性が高く二つの低音、高音ユニットが同じ場所に位置するため、こうした特性の変化は少なくなります。天井や床からの反射音を含めて、フラットな特性を狙いやすくなるのが、同軸ユニットの良さと言えるでしょう。それと最大の特徴は2wayスピーカー3wayスピーカーと比べ同軸状タイプは比較して狭い部屋でもフラットな音楽が楽しめる様に思います。



勿論以前仕入れた安価なKEF Q300の同軸2ウェイユニットでした安価で音質も良くコスパも高いと思ったが、最近仕入れた英国のスピーカーメーカー「FYNE Audio」は、2017年に創業した新しいメーカーです。同軸2ウェイユニットを使用し自然な低音が鳴る様に工夫された、TANNOYの出身の技術者などにより構成されたメンバーゆえ、その技術は確かなものがあります。

音楽愛好家が思うオーディオについて先日からの実験の続きを実施しました先ずは筆者の愛聴するスピーカー「TANNOY」は、ガイ・ルパート・ファウンテンが創業したイギリスのスピーカーメーカーです。1947年にウーファーの中央にストレートホーン型ツイーターを配置した同軸2ウェイ式ユニットであるデュアル・コンセントリック(Dual Concentric)を開発し、それ以後「TANNOY」を代表するユニットとなりました。

同軸2ウェイ式ユニットの特徴は指向性が高くTWとWOが同じ場所に位置するため、こうした特性の変化は少なくなります。天井や床からの反射音を含めて、フラットな特性を狙いやすくなるのが、同軸ユニットの良さと言えるでしょう。それと最大の特徴は2wayスピーカー3wayスピーカーと比べ比較して狭い部屋でもフラットな音楽が楽しめる様に思います。



以前購入したWesternElectric 銅単線ツイスト ビンテージケーブル太さは被覆込みの外径で1.3mmで柔軟性が高く、使用方法はなるべくケーブルの長さは短い仕様が効力を発揮する様ですので筆者の場合は約2メートルでカットした。

また此のケーブルでジャンパーケーブルを製作と思い立ち早速AmazonにてMONOSTORE Yラグ端子  ロジウムメッキ 品を8個購入昨日到着、ネジ部分に6角レンチで回すがスムーズな回転ではないようでネジもまともに作れない此れは支那製であろう、安価(8個¥1,680×2)まあ此の価格では文句も言えない・・・



銅単線ツイスト部をばらし黒色と白色を若干ツイストし銅単線部分を半田付けしYラグ端子に付け完成とする。

筆者の場合の裏技は写真お様に水に浸した食器洗いのスポンジの硬い部分をカットし半田使用後に此のマットを使い使用ハンダを洗浄すると余分なハンダがコテに付かないので重宝しています。一度お試しアレ!



仕上がったジャンパーケーブルをFYNE Audioに取り付ける、タンノイのユニットにはQED Profile79Strandのケーブルの相性が良さそうです、その為にWE銅単線でのジャンパーケーブル造りは面倒であるが音質向上にはやむ得ないところで最早病気の世界である。

取付前にはスピーカーケーブルY金具をピカールで良く磨き接続した、綿棒には若干の黒い汚れがついたが乾いた綿棒でよく拭き取り汚れを削除した。
早速仕上がったケーブル装着し視聴する、今回はジャズ系統の音楽を試した。音質は兎に角クルーンで分離は良く最新録音には効力を発揮する様に思う。



以前も紹介したがショーロクラブの音を聴く録音には鬼才エンジニア、オノ セイゲン氏を起用し、サイデラ・スタジオで空間にリバーブを付加、ヘッドホンも使用せず、最低限のマイク数でDSDスタジオ・ライブ・レコーディングを実施。ギター、コントラバス、バンドリンの3つ弦楽器の生の質感をとらえた音源は、まるで目前で演奏を聴いているような体験をもたらしてくれます。これが実に宜しい、リアルで目の前の様な音がする、タンノイにスピーカーを変える場合はスピーカーケーブル毎変えなくてはならないが・・。

オリジナル・アルバム『música bonita』です。

同メンバーの新譜もある、それと驚く事に音源が近寄った感じを受ける、しかしながら此の様に聴こえるは飽きる音でもある、最終的には疲れる大人のかも知れない。しかし今は実に新鮮である。



caleidoscopio choro club
 1. かまいぬむい/Kamai-nu-mui
https://www.youtube.com/watch?v=EppYPPYTkMw
 2. Doce de Feijão ( com manteiga )
 3. Valsa de Concertina
 4. 眠れる空/Céu Adormecido.
 5. Uma Estrada Sinuosa
 6. 風のワルツ/Valsa da Brisa.
https://www.youtube.com/watch?v=ymQqh3LASW4
 7. Kaleido Scope
 8. Memórias #2
 9. Vamos para o Sítio!
 10. Numa Toada
 11. Anoitecer
 12. Giro Luminoso
 13. あなたの不思議/Your Strange
Composed by
 Oh Akioka M-02.03.08.10.
 Shigeharu Sasago M-01.04.06.09.12.
 Jyoji Sawada M-05.07.11.13.14
 Produced by Choro Club



前作「musica bonita」から6年・・・お待たせしました!新ショーロクラブが始まります。これまで自身でレーベルを立ち上げ「武満徹ソングブック」「No Nukes Jazz Orchestra」など数々の良質な音楽を産み出し高い評価を得てきた音楽家・沢田穣治が、2020 年、さらなる高みを目指し新レーベルを立ち上げる。バンドリン秋岡欧、コントラバス沢田穣治、ギター笹子重治による日本随一のブラジル音楽ショーロユニット。ブラジルの伝統的な都市型インストゥルメンタル・ミュージック「ショーロ」にインスパイアされながらも、全く独自のサウンドを創造する。
此の後バロック音楽も聴いたがタンノイでの表情とと違い古い演奏も現在風の演奏の様にも聴こえる気もする、チェンバロ演奏等も一層透明度が増し現在の最新録音盤と言う感じも新鮮である。なるほどと思うはFYNE AudioとWE銅単線ツイスト ビンテージケーブルの相性の深さを感じた思いはある、ブラボー!