伝統ある英国のTANNOY IIILZで聴く、音楽の父J.S.バッハ音楽を知る喜び・・・

音楽好きのIIILZ Monitor Goldユニットの箱を改良して楽しむダメオヤジ金ちゃんです。

老人達の楽しい遠足です、今回は盛岡集合にて、秋田から青森と・・・

2024年07月18日 | 旅行

今年も楽しい遠足の時がやって参りました。場所は日本海を見ながら温泉に浸かりに行こう、前々からの提案があり実現する。
早速港北新幹線にて上野=盛岡まで2.5時間の新幹線に乗車、関東は最近連夜30度以上の夏日である、便りによれば東北方面は雨模様との連絡がる。
アイスコーヒーを片手に乗車し途中暇つぶしに面白かったサピアンス全史を片手に盛岡の旅に出立である。


新幹線の乗車率は粗満席状態でしたが、仙台で下車する方も多く、仙台からは寄ったり気分を味わう、確かに新幹線は横揺れも少なく乗り心地は良い、停車する場合も前後に身体が動くでもなく世界的レベルも良いと改めて思った。

何時もの様に南口で待ち合わせ早速盛岡駅から車でいつものメンバーで出発である。途中話題は尽きない雨模様であったが、秋田に向かい徐々に曇りになってゆく。
下車して思うは東京は30℃以上の暑さであったが、東北は23℃で実に過ごしやすのだ、日本も広さを感じつ瞬間でもあった・・・。途中道の駅にてランチを頂き、秋田大学附属鉱業博物館に向かう。

秋田大学大学院国際資源学研究科の附属施設です。秋田県は鉱産資源に恵まれ,古くから鉱山開発が進められてきた地域です。県内各地には黒鉱鉱床や鉱脈鉱床などの金属鉱床が多数存在します。また,日本海沿岸部は国内有数の油田地帯として知られています。これらの地下資源は, 長年にわたり採掘され日本の近代化や高度成長を支えてきました。


秋田大学附属鉱業博物館の建物向かって左側にある重機は原油を採取する汲み取りの車両だそうです。早速館内に・・・


中央ホールは三階の天井まで吹き抜けになっていて2重の螺旋(らせん)階段がホールを取り巻くように配置されています。


標本類は実に数多く展示されている、現在日本最南帯の新しい島々に於いて報道される新しい資源も注目され太平洋の島々の海底からの採取が可能となれば日本も資源大国になれるのかも知れない、日本の領海・排他的経済水域の海底に金、銀、銅、亜鉛、鉛、石油、コバルト・リッチ・クラスト、メタンハイドレートなどの豊富なエネルギー資源や鉱物資源の存在が確認されている。

特に南鳥島周辺の海域ではレアメタルのコバルトやニッケルなどが豊富に含まれていルことが判明されているそうです。未だ未開発の尖閣を調査しましょう。









日本刀の玉鋼の作り方も明記されたコーナーもある、金属関係の特に冶金関係者には注目される特殊鋼については昔から日本は得意分野でもある。
戦国時代火縄銃を国産化した話は有名で、当時の日本で生産する銃器は精度が良く日本刀で鍛えられた玉鋼を使い戦争の中心武器となった話は有名でもあった。

秋田中心部から盛岡方面い向かう秋田市内の途中に見た原油を汲み出していた。


暫く走ると信号機も少なく対向車も少なく、気づけばコンビニさえ少ない、と云うよりコンビニも無い。暫く海岸線を走ると其れらしいサインがあった。


まだ早いのに直売店はクローズであった。


本日お世話になる「ハタハタ館」である、早速チェックインし4人部屋の3Fに案内される。


早速皆で1Fの風呂に行く。


本日は岩風呂だそうです、確かに前方は日本海が広がる。
天候されよければ爽快であろうが本日は曇り空である。
すると前の芝生にやせの狐が海鳥を捕獲して飛び掛かるのを見た。自然な光景に驚く、確かに秋田はクマを見た人が一番多いと聞く、途中道の駅にもクマにお肉が販売されたいた、またクマカレーは美味しいと話していた。


お風呂から出ると食事である。



地酒が実に美味しい、部屋に帰ってからは、盛岡組が持参した「一の蔵」醸造所でしか販売していないと言われる「一の蔵」を頂いたが流石ドッシリした重みのある「一の蔵」はうまいと思った。
最近確かに齢喜寿を迎えると、食事もお酒も量は少なくなり、生ビール(小)と冷酒は一合程で十分である、しかし美味しいと思われるものを好む様になり、美味しいお酒をチビチビ頂く何ぞは極楽でもある。


この他に写真以外にも揚げ物、焼き物、鍋物があり満腹状態である、部屋に引き上げ二次会の開催である、久しぶりの会話にも花が咲き酒蔵でしか購入出来ないと言われた「一の蔵」4合瓶を空にして本日はお開きである。

普通の一の蔵と違いコクが良く日本酒らしいドッシリした味があり、それで持ってスッキリした飲み心地は実に美味かった。


朝風呂は木の風呂である、若干塩分を含んだ鉱泉とも思われる温泉で実に気分爽快である、手前に見える日本海が実に雄大でもある。
本日は青森の千畳敷から津軽白神インフォメーションセンターを目指しあとは盛岡に向かう予定である。

早速朝食です、温泉入浴後は朝食が旨い!
昨日道の駅にて購入した「いぶりがっこ」大根のつけものと聞くが調理法も様々で朝食にも付いていた。今回初めての体験、意外と塩分は少なめに感じた。


筆者などは朝からお刺身付きの朝食などは大変珍しく、見た目にも大変豪華にも思う、この様に思うは如何に貧しい等思える、これぞ旅の楽しみであろうか。

普段朝食は温かい珈琲程度ですが、偶には朝から知ったりと頂く朝食は美味い!

千畳敷海岸 その昔、殿様が千畳の畳を敷き酒宴を催したといわれる岩棚が広大に続く「千畳敷海岸」。恵比寿岩、かぶと岩などと名づけられた奇岩が海岸線に続く様は圧巻です。他の星に降り立ったかのような不思議な気持ちにさせられる光景です。夕暮れ時には夕陽をバックにした独特な形の岩がシルエットに。夕陽の名所としても名高く、「日本の夕陽百選」にも選ばれています。





その後津軽白神インフォメーションセンターに向かうが生憎定休日で前の道の駅に立ち寄る。








道の駅の中に白神焙煎炭焼珈琲がある、実に美味しそうな匂いがする・・・
老舗の珈琲専門店による味づくりの技術が加わり、まろやかな白神山地の天然水で淹れたコーヒーは香り・味ともに一級品。すべてにこだわり抜いた、極上の一杯をどうぞ。これは飲まずにはいられない。
勿論本格的な焙煎資材も設置され工場内は使用する珈琲を焙煎する仕組みだそうです、珈琲の旨い淹れ方は焙煎挽きたての豆と美味しい水を使い、淹れたての旨い珈琲の条件でもある。


筆者は海外訪問は数少ないが訪問すれば珈琲は頂く、最悪は支那、韓国は断然不味かった!記憶に残るはキラエアー火山で有名なハワイコナ珈琲のワンビーンズは美味しい珈琲であったが、お土産で購入し日本に帰りコナコーヒーの美味さは現地の味より断然美味かった!その地方で頂く日本の珈琲は実に美味しい味がする、日本独自の軟水の天然の美味しい水の違いが珈琲の味の美味さをましているのであろうか?
東北に来ると不思議なことに新幹線を下車してドトールコーヒーショップに立ち寄りブレンドコーヒーを頂くが東京の味より旨さが違う、盛岡の水の旨さであろう旨さの秘訣はどうやら水の旨さの違いが味に反映しているのあろう。


今回は深煎りより普通のレギュラーを注文するが、お店は深煎りを売り出しているようで、レギュラーより少し深煎り調の味が心地良かった珈琲の味が良か塩梅である。


朝少し食べ過ぎのためか、腹が空かないので青森から盛岡に戻るコースを・・・
ここから青森の弘前周りで盛岡まで走るランチ後は高速に乗り盛岡まで直走る。

「道の駅 いかりがせき・津軽関の庄」に併設された日帰り入浴施設有名だそうです。




香木と呼ばれるほど香り豊かな「青森ヒバ」を贅沢に使った浴場で、源泉かけ流しの温泉が楽しめる。低張性弱アルカリ性温泉の単純温泉は、神経痛や筋肉痛、関節痛などの効能があるとされる。



時間があればぜひ立ち寄りたいのだが・・・津軽関の庄で遅めのランチを頂き次の宿泊地盛岡に・・・

この様な感じで東北を楽しむ爺さん達の遠足であった。
来年も皆元気で楽しい遠足を考えましょう、疲れた為今日は早めに就寝。ブラボー!

毎年恒例の高齢老人達の楽しい「遠足」の最終日の模様から・・・盛岡市内にて過ごす。

2024年07月10日 | 旅行


老人四人組の毎年恒例になっている行事、東北地方の旅行である。今回は行き先は秋田の八森いさりび温泉、日本海を眺めながら、どっぷりと露天の湯に浸かれる若干塩分を含んだお湯でユックリ出来ましたが此の公開は後ほど・・・

実は写真が多く整理に時間が必要であり、この時期室内温度も高く旅行終了後の仕事も予定され忙しくしていたのが理由になります。
言い訳はフォトショットの簡単な変換作業も余りの写真の多さに面倒であり、歳なんだと思う。カメラも手軽に持ち運べる物しか持たなく、最近はスマホをカメラ代わりに使う事が多い。巷はフイルムカメラも使われる様になったときく。



旅行の最終日で此れは予定に無い、10代からの旧友と共に彼の発案で盛岡の県立美術館でギャラリートーク「川端龍子展」が開催されているので、ユックリ見学をしようと盛岡に来る前から予定されたコースである。

流石旧友は筆者の好みを知り尽くし、デザイン要素も強い日本画の巨匠である川端龍子展に誘って頂いたのであった、実に嬉しいお誘いでもあり感謝!



ポスターも当時の作家と比べ奇抜なレイアウトに特徴がある、特に孫悟空の作品は正に迫力満点で孫悟空の毛から小さな猿どものまとわりつくくように現れる、まさに龍子マジックに浮き立つ気分はよく、胸躍らされた。

特に間近に見る如意棒を持つ手は如何にも本物のようである、まさに直ぐに動きだそうに感じるのは実物を見ないと分からないのかもしれない。

今回は展示場は全室撮影禁止なので掲載写真はカタログからの複写の写真を使用しているが、現物は大迫力の力作が掲示されている、是非現物を見れば日本画家川端龍子の全てが理解できる。



規格外のスケール、斬新な画面などで画壇に旋風を巻き起こした日本画家、川端龍子(かわばた・りゅうし)の50年以上に渡る画業を紹介していました。

特に皆様ご承知の「草の実」の現物は黒色の下地に金色の草が見事に浮き上がって見えデザインの領域のように思えた。まるで秋風に揺れる見事な趣向である。
此のように静から動を感じさせる技法と繊細なススキのタッチはナイスアイデアは流石であろう、周りのススキが今にも秋風に揺れる様でもある。この感覚は原画を観なければ櫓櫂できない雰囲気でもありバランスの良いモノトーンに極みの様な作品は息を呑む美しさである。



もちろん館内は撮影禁止で作品は紹介できな事が残念である。写真は雑誌から複写であるが、此のような作品を見ると実に時間の過ぎるのが早い。

この様に日本画の美しさは洋画では味わえない筆のタッチ色具合等兎に角作品の前で時が止まった様に感じた、感動は特別な感じになる。




一般的には盛岡の繁華街は駅前周辺では無く繁華街、歓楽街は駅前ではなく歩いて15分ほどの北上川を渡ります。これは日本の風景とも言える事だはあるが、古い都市は繁華街と駅は離れた所にある都市が多いのは、交通網の歴史が分かるのです、昔列車等の新しい交通網は年の栄えた所の近くに列車の配線をしたからなのである。少し歩くと橋の名前は開運橋を渡り。大通りという繁華街がある。大通りはアーケードになって雨の日も濡れずに通行加工である。

そして以前盛岡に行った時に偶々定休日で立ち寄れなかった、今回は光原社 可否((こーひー))館に寄り美味しい珈琲をいただく。此処岩手には落ち着いた伝統ある落ち着いた珈琲店は数はあるが、深煎りコーヒーは此の店を紹介する、盛岡駅からは離れているのが残念だが機会があれば是非訪れたい店舗の一つであるが、今回は開店5分前に到着したのである。

此処で渋さ一杯の英国調のオーディオ機器が似合う雰囲気ではあるが、BGM音楽が無いの誠にが残念である。場所は盛岡駅から循環バス3分、材木町南口下車徒歩2分で到着する。



店舗近くに宮沢賢治の銅像があるのが印象的で、冬場の雪の降った時などは、銅像にマスク、帽子等が施されていた記憶がある。

宮沢賢治の童話集『注文の多い料理店』を刊行。



宮沢賢治が名付けた、盛岡を象徴する店出版社として出発し、大正後期の1924年、創業者の及川四郎は盛岡高等農林学校時代の先輩だった宮沢賢治の童話集『注文の多い料理店』を刊行。 光原社(こうげんしゃ)という名は賢治が命名したものだそうです。



開店はAM10:00からでその前は鉄格子の扉で塞がれている。

注文の多い料理店を読むと・・・

ミルクの香りのボディークリームを塗って♪ 「どなたもどうかお入りください」宮沢賢治著『注文の多い料理店』に登場する牛乳クリームをモチーフにした、うるおい成分配合のボディークリーム。とあるが本文では、お皿も洗つてありますし、菜つ葉ももうよく塩でもんで置きました。あとはあなたがたと、菜つ葉をうまくとりあはせて、まつ白なお皿にのせる丈けです。はやくいらつしやい。(中略)それともサラドはお嫌ひですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげませうか。解答は山猫たちが男たちをどんな料理にしようとしているのかが明らかになりましたね。サラダです。山猫たちが男たちをどんな料理にしようとしているのかが明らかになりましたね。サラダです。

この短編は童話の世界と言われるが大人も楽しめる本でもある様です。


素敵なマグカップも置いてあり実は欲しい作品ではあるが、まるで手が出なかった事は事実である。



お店の全景で、後の建物は工芸品等を販売している、佇まいも何処か懐かしい趣がある・・・・陶芸好きには良い目の保養でもある。



お店の前で・・・写真左が可否(こーひー)館





左の明かりの付いた処が光原社 「可否館」である。

この辺りの雰囲気の良さは古き街の良さを存分に味わえる「杜と水の都」盛岡の良さでもあろう、盛岡の別名「不来方」の地名の起こりになりました。 鬼の退散を喜んだ里人たちは大いに喜び祝い、三ツ石のまわりを「さんさ、さんさ」と感謝のまごころを捧げて踊ったのが、さんさ踊りの始まりだといわれています。


店内でコーヒーは深煎りと普通があるが、普通の珈琲も深煎り風で味わい深いコーヒーであった。
今回は東北地方は曇りで25〜6度と実に過ごしやすい天気であった、最後の盛岡では雨に見舞われた。


実に落ち着いた雰囲気で漆喰の城影に刻んだ宮沢賢治の歌が印象的でもあった。
思うは盛岡は昔からジャズ喫茶が有名で今もジャズを聴かせるお店があるが、筆者が思うは此の店舗に見合った小洒落た音楽装置は必要にも思えた、勿論鳴る音楽は品の良いバロック音楽等はいかがであろう・・・?


本日は雨模様のため打ち水は無いが、敷地内はすみずみまで掃き清められ、朝は打ち水の跡が清々しいと言う。一点の“手抜き”もない空間に、〈光原社〉という場所を支える人々の暮らしぶりや心意気を見る思いだ。「第2次民藝ブーム以降、若いお客様が増えてそうです。
此の雰囲気を維持することも大変であろうが、今回の少し深煎り調の美味しい珈琲の味わいは好きな人には病み付きになってしまうであろう、定休は毎月15日だそうである。



一番奥にあるトイレのカラスもステンドグラスの細工を施しお洒落な雰囲気も良い。
左に見えるは北上川である、盛岡も盆地状態で今後の夏場は相当暑いのであろう。



トイレに行くにはリンゴの木が植えられ雰囲気を壊さないようにしている。今丁度実がついた状態でその内に赤く染まるのであろう・・・

お隣には北上川が流れている、雨のために水は濁っているが普段は透明度のある美しい水が流れている。



『雨ニモマケズ』は、宮沢賢治の没後に発見された遺作のメモである。一般には詩として受容されている。広く知られており、賢治の代表作のひとつともされるものである。 
「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」より始まり、「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」で終わる漢字交じりのカタカナ書きである。


帰りの新幹線の中で宮沢賢治の詩を見ながら、筆者の下手な文字で愛用するボールペン.7mmを使い感想を記してみた、確かに日本での新幹線の車内での落書き程度は十分可能であった。

年になり文字を書かなくなると、実に下手になる。特にPCでほとんど対応する世の中になって益々文字を書くのは年賀ハガキ程度である。



筆者の妹は細字で日展入選しているが、私は全く下手である。川端龍子の書も良い字を書いていた、思えば筆者の文字はデザイン文字的でもある。

ランチはこのところ日本食と蕎麦、うどんが多く、盛岡発祥のハンバーグでもと提案し、びっくりドンキーでランチを頂く。


店内は落ち着いた雰囲気で関東のお店と比べ雰囲気も若干違うように感じる。此の様な内装には相当の予算がかかるのであろう・・・?


岩手県盛岡市に誕生したハンバーガーとサラダの店「べる」。13坪の、そのこぢんまりとしたお店にが始まりと聞く。

久しぶりのお肉は美味しく感じた、そして16時頃の新幹線にて千葉に帰った。来年また 爺さん達の「大人の遠足」を開催まで元気で・・・ブラボー!

入梅時の雨の隙間を掻い潜り茨城大洗方面の散策、美味しいお寿司を頂き、大洗を観光する。

2024年07月05日 | 旅行

今の時期は筆者の庭には数多くの「ゆり」の花が咲く、色も様々に咲く、香りも良く家の中もユリの切り花が飾られている。
大阪にに住む娘が帰郷したので、那珂湊港の魚市場の新鮮なお寿司でもと、梅雨の合間に観光も兼ね、出掛ける。

最近のお出掛けには必ず携行しているのが水筒であり出掛ける前に氷を入れ麦茶をにれる場合が多い、途中水筒の中身が無くなった場合も自販機等で手軽に補給加工で特に夏場の熱中症対策には実に重宝しています。



高速にて水戸大洗IC下車して那珂湊港にある魚市場の中の回転寿司である、昔釣りに来た時に寄った事が気っけかけで今もたまに訪れる。
早速寿司屋に入る、熱めの粉茶をいただきながら、家族も皆新鮮なお魚と小さめなシャリとの調和が良い塩梅で好きな物を注文して頂く。
取り敢えずは生マグロ3種から始まり、家族全員マグロを口にして「美味い」を云うマグロ極徳の甘みの刺身が実に美味である、続いて金目鯛、生ホッキ、大エビ・・・。

特に今の旬の鱸(スズキ)は実に良い具合に油が乗り実に美味かった!さすが旬のものは美味さが違う、旬と言えば初鰹(カツオ)も美味い!



金目鯛


生ほっき貝、今まで何度も訪れたがセット物はお初である、新鮮なかみごたえ十分な味わい、流石鮮度の魅力に尽きる一皿でもあった。


生大エビ

満足するまで頂く、到着は11時少し回った頃で、昼時になると混み合うが少し早めに入店がお勧めで、以前お邪魔した時は遅くなるとネタがなくなる事もあったため11時頃には入店している。

食事後は市場の一番隅に果物市場もあり除くと5Lのスイカがある、山梨産の桃も青しそうで早速購入した。残念ながら茨城産のメロンは有名であるが、並んでいる物は小振りで今回は見合わせた。

そして本日は何度も来る大洗には有名な、少彦名命(すくなひこなのみこと)をお祭りされたと言う、大洗磯前神社を訪ねる。有名なことは海岸の岩に建立された鳥居は有名で元旦には初日の出の撮影でも人気の場所でもある。

御祭神が降臨されたと伝わる磯を「神磯(かみいそ)」と称し、神磯の鳥居を神聖な場所として禁足地(足を踏み入れてはいけない場所)としました。



民を難儀から救うために降臨された神、御祭神とは天照皇大神・豊受大神を主祭神とする。天之御中主神・高御産巣日神・神御産巣日神・倭比売命を相殿に祀る。ここ大洗磯前神社には大己貴命(おおなむちのみこと) 「日本書紀」が設定した国の神の首魁(しゅかい)。 「古事記」では大国主神(おおくにぬしのかみ)の一名とされる。 
少彦名命(すくなひこなのみこと)大国主命(おおくにぬしのみこと)とともに国造りをされたと言われている神様です常世の神 医薬・まじない・温泉・酒造の神など多彩であるそうです。少彦名命も神話によく出てきますが、多くの場合に大己貴命と一緒に行動し、温泉(湯治場)を開発、医療の方法を定めた神様として語られています。



二神は力を合わせ心を一つにして天下を経営し、まじない、医薬などの道を教え、日本の国の礎を作った神様です。大己貴命は、だいこく様とも言われ、慈悲深く福徳を授ける神として崇敬されています。また、神話で大変親しまれている神様でもあり、「因幡の白兎」の昔話は特に有名です。



平安時代の歴史書である『日本文徳天皇実録にほんもんとくてんのうじつろく』によると、文徳天皇の斉衡3年(856)12月29日、現在の神磯に御祭神の大己貴命・少彦名命が御降臨になり、「我は大奈母知、少比古奈命なり。昔此の国を造りおへて、去りて東海に往きけり。今民を済すくわんが為、亦帰またかえり来たれり」と仰ったことから、当社が創建されたと伝わっています。その後、国からお供え物をいただける数少ない神社の一社となり、更には「大洗磯前薬師菩薩明神」の神号を賜りました。延喜式神名帳(平安時代の神社名鑑)では霊験あらたかな神社を表す「大社」とされ、明治時代には国幣中社という社格を賜りました。



御祭神が縁結びの神様大己貴命(別名大国主命)な事から、恋愛成就、縁結び、家内安全、厄除け、開運招福にご利益があると言われています。 水戸藩2代目藩主水戸光圀公によって再興された後は、漁師の海難事故が無くなったことから、海上運行の守り神としても信仰を集めています。



境内から海を望む。



本殿


入り口より本殿を望む


神域の守り神である随神様


随神様前に恵比寿様と大黒様、なるほど神社等訪れると何故か古事記でも再度読み直そうかと思ってしまう、古代の世界は誠に不思議な境でもある。

そして本日の見学の最後地「筑波実験植物園」と向かう高速は大洗ICより土浦北ICまで乗車する、途中渋滞もなくスムースに到着、ここつくばは昔から公団等の再発も行われ、実に綺麗な宅地造成、つくば大学等の施設があり、ショッピング街も多く今だに開発中である。
ここらで小休止、テレビでもお馴染みの美味しいエクレアのお店に立ち寄る店の名は「ガトー・プーリア」と言うお店です。早速ナビで探索する・・・



お洒落な佇まいの大人気のエクレアの毎月限定のお得なエクレアや午後2時から限定販売のツインエクレアが有名で、ガトープーリアのお店に立ち寄り何故かお客様は少なく直ぐに購入できた。



テラスで頂こうと思いましたが、何分にも暑く、車内に移動しました。

午後二時より数量限定の販売になります。毎月変わる限定エクレアと、つくばエクレアの二種類の味が同時に楽しめるハーフハーフのエクレアです。



このエクレアは写真部分の塩キャラメルが塗してあり塩気が中のクリームと塩梅よく混じり実に美味しい、車に乗車しアイスコーギー片手にいただく、出来立てのエクレアの生地もサクサクで評判通り実に美味しいエクレアでした。



このプレミアムも美味しく、「筑波実験植物園」までの道中に堪能する。
筑波実験植物園(つくば植物園) Tsukuba Botanical Garden
はここからは近く、到着し屋根付きの駐車場があり夏は屋根付きの射射場は大変ありがたい。

入り口は少しチープであるは国立「筑波実験植物園」の建物のせいであろうか???入館し館内の温室は立派で随分手の込んだ作りである。



入場し休憩をする。



館内案内図意外と広い敷地で終焉は16時30分ですので全ては見る事はできなくなるようです。



とりあえず温室部分から見学しました。







中央になっている実はバナナです!








あまりの暑さで途中断念する。中断し休憩所にてポカリスエットのぺっとぼとるを一気に飲み休息する、秋口過ぎてから再度挑戦しましょう・・。
駆け足で家族共に楽しみました。日曜日(7日)からは盛岡の友人達と秋田地方から盛岡の大人の遠足を楽しむ予定です、ブラボー!

今見頃の新緑を求めて、千葉県市原に流れる養老川の上流「養老渓谷」を訪れる。

2024年05月17日 | 旅行

久しぶりに家族全員の時間が出来、昨夜は生憎の雨模様だが雨は上がり、千葉県に住み長いが近くは通るが未だ訪れた事もない県内屈指のパワースポット「養老渓谷」に此の度新緑を求め訪れたみました。

2023年千葉県内各地を襲った台風13号の接近に伴う大雨は養老川が氾濫し被災したが復興への歩みを進めていると聞く。兎に角有名な春から夏は新緑が美しく、特に秋の紅葉に染まる「粟又の滝」は渓谷一の絶景と言われる。



早速朝8時前に自宅を出発する。
但し天気は曇り空ではあるが、天気予想では午後からは晴れるが風が強い様である。朝の通勤ラッシュと重なりで高速入口までは渋滞が続く、千葉北から高速で市原まで通過下車し現地までは2時間30分程で到着、BGMに村治佳織のMusic Gift toを流しながらドライブである。内容はポピュラー楽曲、映画音楽やクラシックの名曲など実に気分爽快なシリーズでもある。

自宅で聴く場合は断然DECCA盤の「Kaori Muraji Plays Bach」が多く聴くが・・・



村治佳織の7年振りのベスト・アルバムと言われる。
 1. 愛はきらめきの中に(B.ギブ、M.ギブ、R.ギブ/佐藤弘和編曲) 
 2 . ムーン・リバー~映画『ティファニーで朝食を』から(H.マンシーニ/村治佳織編曲) 
 3. 愛のロマンス~映画『約束された遊び』から(A.ルビラ/N.イエペス編曲) 
 4. ガブリエルのオーボエ~映画『ミッション』から(E.モリコーネ/J.モーガン&J.ポーチン編曲) 
 5. 愛のテーマ~映画『ニュー・シネマ・パラダイス』から(E.モリコーネ/鈴木大介編曲) 
 6. バガモヨ~タンザニアにて~(村治佳織) 
 7. 主よ、人の好みの楽しみよ(JSバッハ/D.ラッセル編曲) 
 8. 亜麻色の髪の乙女~『前奏曲集 第1巻』から(C.ドビュッシー) /J.マーシャル編曲) 
 9. ミッシェル~『ギターのための12の歌』から(J.レノン&P.マッカートニー/武満徹編曲) 
 10. イエスタデイ~『ギター のための12の歌』から(J.レノン&P.マッカートニー/武満徹編曲) 
 11. 人生のメリーゴーランド~映画『ハウルの動く城』から(久石譲/小関佳宏編曲) 
 12. 愛のテーマ~映画『ロミオとジュリエット』から(N.ロータ/P.キャンベル編曲) 
 13. カヴァティーナ~映画『ディア・ハンター』から(S.マイヤーズ) 
 14. 戦場のメリークリスマス~映画『戦場のメリークリスマス』から(坂本龍一/佐藤弘和編曲) 
 15. アルハンブラの想い出(F .タレガ) 
 16. 花は咲く(菅野よう子/小関佳宏編曲) 
 17. メモリー~ミュージカル『キャッツ』から

車の中での音質は相当悪いが小さな音でのBGMとしたは聴き流す程度ではこの程度でも良しと思ったいる。



早速到着は山の駅 養老渓谷「 喜楽里」で此処には「遠見の滝」があり見学ができる。昨日の雨の影響で水は濁っていた。





水の量は多く、濁りはあるが流れが急で足元には十分注意が必要でもある。



次は水月寺である。此処にも養老渓谷の小さな滝があるのですが、水嵩が増し本日は見学は出来ませんでした、未だ台風被害の影響がある様です。



その後水月寺(すいげつじ)に行ったが境内はツツジの名所として知られ有名ではあるが、見頃は3〜4月で今は新緑であり静かな綺麗なお寺であった。



メインは粟又の滝は養老渓谷の上流にあり、養老渓谷随一の壮大な景観を誇ります。落差約30m、長さ約100mに渡り水しぶきをあげて流れ落ちる滝の様子はまさに豪快そのもの。








次は粟又の滝の前回が見える場所に移動する。



意外と斜面が強くハードな急勾配である、途中休憩を取りながら階段を下る、サワガニが歩いている・・・・!



写真は撮ったのだが探すと携帯のカメラに写した為後日携帯の画像を追加した。撮影場所がこの下の階段部分である。


最後は階段があり其処から遊歩道があるが、本日は水かさが増し歩道には水墨して歩行不能である。



粟又の滝の全景である、昨日の雨で水かさが増し手摺のすぐ近くまで水の流れが見え迫力ある風景でもあった。



この場所から暫く歩くと粟又の滝展望台があり滝が一望できる。
この時期の新緑は綺麗で、全体に紅葉が多く秋の紅葉は楽しみでもある、野山の鶯のさえずりが聞こえ、ゆったり歩く散歩しながら癒しの時間を過す事ができる。



13時頃まで散策し駐車場に戻る、最近オープンした山猫のソフトクリーム購入、やや甘味を抑えたまろやかな舌触り、これが実に美味かった。



そして昼食と愛なるが館山の魚市場の食堂でランチを考えていたが14時でラストオーダーのため、大多喜のうどん屋での昼食と決める。





釜揚げ天ぷらうどんを注文、他に生湯葉が有名なので一皿注文し皆で分けて頂く、確かに淡白な味の湯葉であった。秋は地元で取れる自然薯がメニューに加わるそうです。



後日調べると本来は「高滝」という名称であるが、地元自治体や観光情報サイトによる観光案内などでは「粟又の滝」が多く用いられており、国土地理院発行の地形図でも「粟又の滝」と記載されている。

帰りはこの辺りでは有名は高瀧神社に立ち寄る、房総半島のほぼ中央、市原市松尾山に鎮座する赤い社殿は有名だそうです。9世紀の記録である『日本三代実録』に記載のある古社です。古くから安産・子育ての霊験で知られ、「底なし袋」の信仰があります。

白鳳元年に瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を祀ったとされ、高瀧神と号した旧県社です。






社伝によれば7世紀の創建とされています。天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫であり、天孫として高千穂の地に降り立ったとされる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと:邇々芸命とも)を主祭神とし、9世紀の記録である『日本三代実録』にも記載された由緒あるお社だそうです。
玉依姫(たまよりひめ)と別雷命(わけいかづちのみこと)も合祀されていることから、古くから安産・子育ての霊験で知られる。



飾りの飾りの色付けも大変綺麗で驚きである。社殿の正面上には、3匹の龍が舞っている。



対岸のふれあいの広場にある高滝湖の鳥居も有名である。
普段は鳥居の下にも行けるが、本日は昨夜の雨で水位が高くなっている様です。






高滝湖の市原湖畔美術館では水上には生命の星(やませみ)、かげろう、湖の祭りダム建設によって失われた生命が復活するという「生命の循環」をキーワードとする水上彫刻です。意外と未だ知らない千葉の名称も多い様です。

この近くには。江戸時代においては城は戦国時代から所在したが、近世に入り徳川四天王の一人と言われた本多平八郎忠勝が10万石を拝領し、城主となった。 忠勝は入城後直ちに近世城郭としての大多喜城建築に着手した。ブラボー!

甲斐の国、古府(甲府)の武田信玄公を訪れる・・・Part 2

2023年11月05日 | 旅行

昨夜の仕事は夜中までの作業で、帰り次第ホテルの朝まで入浴可能な大きな風呂に一人独占して浸かRU、風呂上がりのビールを頂くと、適度な疲れと共に睡魔が訪れそのまま熟睡する。何時もモジャ君との早朝散歩の日課が抜けず気がつくと6時30分には一旦間が覚め、其の儘睡魔が・・・・すると突然ドアノック? 10時のチェックアウトの時間です。慌てて身支度してホテルを後にする。

朝食を途中の喫茶店で軽く済ませ、トイレで顔を洗いゆっくり珈琲を頂く、本日の予定は仕事は夕方からなので、先ずは武田神社、信玄公正室の菩提寺を訪れ、武田信玄公墓所を訪れ様と思っている。
ランチは甲斐名物「ほうとう」でも頂くつもりである。そんな事を思いながら宿泊地甲府昭和から武田神社までドライブである、場所は甲府駅北口の裏側の場所であり武田通りを北方面に向かうと山梨大学があり通過ししばらく直進すれば武田神社到着である。



一般的には、武田信玄ゆかりの地として、勝運だけでなく、金運や延命長寿にもご利益がある武田神社。と言われる様であるが武田神社は信玄公の父君信虎公が永正16年(1519年)に石和より移した躑躅ヶ崎館跡に鎮座致しております。



武田神社は信玄公の父君信虎公が永正16年(1519年)に石和より移した(躑躅ヶ崎館)跡に鎮座致してお理、この館には信虎・信玄・勝頼の三代が60年余りにわたって居住し、昭和13年には国の史跡として指定されました。

館跡には当時からの堀、石垣、古井戸等が残り、信玄公を始め一族の遺香を現在まで伝えると共に、神社創建の折、県内各所より寄進を受けた数百種類の樹木が四季折々の風景を見せます。


神社跡の周りには堀があり正しく信玄屋敷として機能していたのであろう・・・階段を進むと中庭にたどり着く。しばし歩けば拝殿があらわる。


次には「手水舎」がりますが、一般的に神社本庁は「てみずや」、大國魂神社は「てみずしゃ」と呼びますし、「ちょうずや」「ちょうずしゃ」と呼ぶところもあります。筆者は「ちょうずや」と言っているが・・・皆はなんと言っているのか・・・?



拝殿は現在「七五三詣で」客での賑わいを見せていた。可愛いお子さんお衣装は艶やかであった。



次には我が国の国歌の中に出てくるワンフレーズ、「さざれ石」が武田神社創建100年を記念して奉納されたそうである。
実はこの「さざれ石」は山梨県産のものではなく、岐阜県揖斐川町(いびがわ)産だそうです。


「さざれ石」はもともと細かい石のことですが、長い年月をかけて大きな塊となった石灰質角礫岩(せっかいしつかくれきがん)のことをいいます。武田神社に奉納されたのも創建100年を記念してのものですし、長寿を象徴するものとしてとても縁起がいいものなんですね。何となく亀の形に見えませんか?国歌「君が代」も意味を調べれば大変縁起の良い歌で、伴奏も宮中で演奏される雅楽花の節回しもいかにも日本古来の歌の様な気もしますね!


武田信玄の娘に「松姫」がいます。純愛の姫として人気の高い姫ですが、生まれた際にこちらの井戸で産湯がとられ「姫の井戸」名付けられたそうです。
この「姫の井戸」ですが、もともと、武田家の生活の中心となっていたこの場所となっていたため、茶をたてる際ににも使用されたそうです。
筆者も「姫の井戸」の水を口にして見ましたが無味無臭の自然の湧き水でした。

次に宝物殿に入館しました。この館内は撮影禁止のためカタログ添付します。



武田神社御宝物の白眉は三條家より寄進された「吉岡一文字」の太刀であり、国の重要文化財に指定されております。


上記は当時の全景の模型だそうです。相当広大な屋敷跡と伺えます。
宝物源入り口には信玄像が飾られていた。


そして次は、空堀後も見つける。相当樹木も大きくなって見分けがつかないが確かに空堀跡が残る、屋敷と言うよりお城なのである。


外回りは堀が囲ってある、池には大きな鯉が泳いでいた。



そして半周回って神社入り口より正面を参拝する。

今年のNHK大河「どうする家康」の家康役松本潤の視聴率11.9%とワースト2位と言われるが、なかでも信玄役の阿部寛は迫力十分で家康の先生の様な立場を取っていたのが印象的、今までの家康のドラマでは一番事実に近い描き方でもあろうと思えた。あとはムロツヨシの秀吉は実に「らしい」演技が光った事と茶々の若干の品の無さが目だったのが印象的であった。


所要時間は1時間程で終わる、お土産に天然石の値付けを購入、もちろん家族分も・・・!



武田家は由緒正しい家柄でもあり河内源氏の一門源義光を始祖とする甲斐源氏であり正室も選ばれしき女性を娶った様でありポット出の武将では無いのである。多分信長、家康如きと格が違うと思っていたのであろう・・・

信玄公の正室三条夫人の眠る円光院
瑞巌山円光院(臨済宗妙心寺派)は甲府市の北東に位置し、春花秋月の美しさと展望に恵まれた躑躅ヶ崎(つつじがさき)の東にあります。当山を創建した武田信玄公は、山囲むこの自然環境そのものをもって自らの境涯を示しました。


階段を登り円光院がある。


三条夫人は、大永元年(1521)に公家・三条左大臣公頼の次女として、京都三条邸に生まれました。母は高顕院、姉は細川晴元夫人、妹は本願寺(一向宗)光佐(顕如)上人の裏方(如春尼)だそうです。
天文5年(1536)7月、16歳で駿河の今川義元の媒酌で武田晴信(信玄)公の正室となりました。信玄公との間に長男義信・次男竜芳・三男信之・長女黄梅院(北条氏政夫人)・次女見性院(穴山梅雪夫人)を生みました。


墓地から戻り高台にある所より甲府盆地を望む、11月とはいえどまるで夏日であり、徘徊するのは半袖が心地良い。確かに今年は暑い年である。後一ヶ月でクリスマス、年末となり新しい年も間近である。


少しの休息と水分補給をし、景色を単横する。やはり甲斐は信玄公色が今も強い、どこに行くも信玄公オンリーなのである。信長、家康が恐れた、流石甲斐の虎なのである。

続いて意外と近くに「武田信玄公墓所」があり車で3分程で到着する、近くに県の施設の駐車場があり大変便利である。



少しチープに感じる墓所がある、説明では天正元年(1573)4月12日、信玄公は信州伊那の駒場の陣中にて、53歳で逝去されました。死は3年間秘密にされましたが、埋葬されたのが、当院にほど近い土屋右衛門の邸でした。この場所は後の安永8年、代官中井清太夫によって発掘され、今に残る「法性院大僧正機山信玄之墓」の墓石が建立されました。


信玄公の墓は九箇所あると言われるが、基本的は恵林寺にある様です。


武田氏は、武家・士族だった日本の氏族。清和源氏の一流・河内源氏の一門源義光を始祖とする甲斐源氏の宗家であり、平安時代末から戦国時代にかけて栄えた。鎌倉幕府の有力御家人、室町幕府の守護大名を経て、戦国時代には戦国大名化し、武田晴信の代に中部地方に大きく領土を広げたが、勝頼の代の1582年に織田信長により滅ぼされた。


後は甲府駅近くにある、舞鶴城、武田氏滅亡後、豊臣秀吉の命により築城されました。関東の徳川家康に対抗するための重要な戦略拠点として築かれたといわれ、徳川体制になってからは西側への備えとしての重要性を保ち続けたといわれています。


二日目の甲斐国の観光も終わる、今日も夕方から作業なのでランチを頂き、昨日入浴をした桜湯でスッキリし休憩室で休息し現地に向かう。



富士のお山も今日が最終日で夕日が綺麗でした、夜中に仕事は終わり高速で帰宅するが、本日より三連休ですので高速の下り線は意外と車量が多い、帰宅途中の高井戸過ぎれば交通量が意外と多い、運転時間は途中休憩も含め2時間30分程にて無事帰宅しました。
11月なのにまるで初夏の匂いが感じがする気候、勿論半袖姿であり、天気も穏やかで甲斐の観光も意外と楽しい旅でありました。ブラボー!