伝統ある英国のTANNOY IIILZで聴く、音楽の父J.S.バッハ音楽を知る喜び・・・

音楽好きのIIILZ Monitor Goldユニットの箱を改良して楽しむダメオヤジ金ちゃんです。

久しぶりに聴く諏訪内晶子のヴァイオリン、ブラームスのソナタ演奏に一年を費やし、愛機も弓も変更したヴァイオリンの音を考察する。

2024年10月21日 | クラシック音楽・オーディオ

すっかり秋も深まり近くのモニュメント、コスモス、築山、この3点セットのアングルが犬との散歩に良いコースで、家族で散歩に出かける。コスモスの花は満開で空の色とのコントラストが大変綺麗であった。

今は、注目の石破衆議院解散総選挙で過半数割れが囁かれ日本丸は何処に向かうのであろうか?自民岩盤の政治与党の此れぞ内部粉砕とも呼べる自民崩壊の幕開けなのであろうか?この際薄汚れた石破、岸田は葬り、親中自民議員、親中公明議員を葬りマトモな自民党に変身するチャンスと思われるが如何であろう。

気分も新たに最近新規アルバム購入して気になっていた、ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms)は1833年にドイツのハンブルクで生まれた作曲家の考察でもある、一般的にブラームスの「子守歌」はあまりにも有名である、正式には「子守歌 作品49 第4番」として知られているそうです。



クラシック音楽史においてはロマン派に分類され、交響曲のみならず幅広いジャンルで名作を書き残しました。その素晴らしい偉業から、バッハとベートーヴェンと並んでドイツの偉大な作曲家「3大B」の一人に数えられています。
ブラームスと言えば筆者の幼少時代は蓄音機の30センチEP盤にハンガリー舞曲5番は最も人気のある曲の一つとなっています。指揮者は覚えてはないが実にメロディーが覚えやすく何度も良く聴いた記憶がある。
ドイツの作曲家ヨハネス・ブラームス(1833-97年)は20歳の時、ハンガリー出身のヴァイオリン奏者レメーニの演奏旅行に伴奏ピアニストとして同行しました、管弦楽用に他者によって再編曲された第5番がとりわけ有名であるチャールダーシュとはハンガリーの民俗舞曲のひとつの様式で、超絶技巧の華やかなメロディーや2拍子の小気味良いリズムが特徴だそうです。

 ブラームスは1850年代の前半に、バイオリン奏者のエドゥアルト・レメーニの伴奏者としてドイツ各地で演奏旅行を行った様です。後は中学生になって交響曲1番を聴く様になる。ブラームスはロマン派音楽とは、モーツァルトやベートーヴェンら古典派音楽の次世代に区分される音楽様式。1780年頃から文学や美術の分野において広まった、豊かな想像力による感情・個性・自由の表現を追求するロマン主義の影響を受けたもので、その期間は1820年頃~1900年頃にあたります。純粋に音楽のみで楽曲を構成する「絶対音楽」があります。古典派の楽曲の大半は絶対音楽で、ベートーヴェンの継承者ブラームスはもちろん絶対音楽派でした。ちなみにブラームスは標題音楽派ワーグナーの作品自体は認めていたそうですが、ブラームスの友人であり絶対音楽を信奉する評論家ハンスリックがワーグナーを批判したことをきっかけに、絶対音楽の代表格として標題音楽派(ワーグナー派)から激しい批判を受けるようになりました。これが後世まで語り継がれる、ブラームスとワーグナーの対立の実態だそうです。



筆者も今まで、色々な名指揮者でブラームス交響曲第1番を聴いてきましたが何故か長く途中で飽きてしまい、何故ブラームス:交響曲第1番がベートーヴェン交響曲「第10番」と称されるほど良い曲とも思わず過ごして、その高い音楽性を受け継ぎつつもブラームスの独自性が反映された作品となりました。と言われるまでの納得がいかなかったがこの盤を聴き、やっと曲の良さが分かるようになりました。
1956年時代のカラヤンも良いがシャルル・ミュンシュ指揮が筆者には実に上手い具合に鳴るのである。余り音量を上げず適度な音量でじっくり秋の夜長を楽しむには安心して聴ける音楽でもある。しかしこの時代のカラヤンの演奏も充実した納得できる演奏に改めて驚く時代でもある。



ブラームスは作曲において慎重な性格で、また「偉大なベートーヴェンの後にどんな交響曲を作ればいいのか」と悩みに悩み、完成まで約20年もの歳月を費やしたのだと言われるミュンシュ指揮とパリ管弦楽団のアルバムは貴重でもある、筆者の愛機TANNOYⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 CabinetはTANNOY IIILZ in Cabinet mkIIと比べ倍に容量1000リットルあり余裕があるMonitor Gold10吋同軸2ウェイのユニットから流れる音は体にズシンとくるような重低音は全く出ませんし、高域だって、そんなに上の方まで伸びていませんのでオーディオを楽しむという方には向かないかもしれないが、音楽愛好家が、しかもクラシック音楽を中心に聴くファンが普通の音量で鳴らすかぎり、すこぶる心地よい音が出ると感じます。しかも三極管の管球アンプを使うと独特の、低域が下のほうに、ゆったりと伸びる感じが、低域が出にくいⅢLZに良い方向に作用すると思うので管球アンプを組み合わせがベストとも思います。

昔プリアンプ部にラウンドネススイッチがあり点灯すると低域が持ち上がったがどうも不自然な音で頂けないが、三極管とⅢLZのマッチングで得られるごく自然に受け入れられる同時の低音の魅力の様で本にも書いてない実際使って聴かないと解明できない、石のアンプでは無理な操作でもある。



切れの良い豪快なダイズムと独特の朗々とした力強い歌、豊かな色彩感覚により、人気のあった巨匠指揮者シャルル・ミュンシュ(Charles Munch)指揮で聴く。

ブラームス:交響曲第1番ハ短調 作品68
 第1楽章 Un poco sostenuto-Allegro 
 第2楽章 Andante sostenuto
 第3楽章 Un poco allegretto e grazioso
 第4楽章 Adagio-Piu andante-Allegro non troppo
パリ管弦楽団 シャルル・ミュンシュ(指揮)
 録音時期:1968年1月8,12日(ステレオ)
 録音場所:パリ、サル・ワグラム プロデューサー:ルネ・シャラン エンジニア:ポール・ヴァヴァスュール



シャルル・ミュンシュ(Charles Munch)指揮者。1891年フランスストラスブール(当時ドイツ領)生まれ。1968年没。音楽一家に生まれる。プフィッツナーに作曲を師事し、パリ音楽院ではカペーにヴァイオリンを学ぶ。26年にゲヴァントハウス管のコンサートマスターに就任、31年に指揮者としてデビュー。38年からパリ音楽院管の常任となり、49年から13年間ボストン響の常任、67年に新設パリ管の初代音楽監督に就任する。ドイツ音楽も得意としたが、フランス近代作品に定評があった。
パリ管弦楽団、1967年パリに設立されたフランスのオーケストラ。本拠地はサル・プレイエル。力強く、情熱に満ちた内容で、『幻想』と並ぶミュンシュ/パリ管弦楽団不滅の名演奏です。

その後ブラームスが残した3曲のヴァイオリンソナタのうち、明朗な響きが印象的な第2番に対して、友人の音楽学者カール・フェルディナント・ポールの訃報を受け取って作曲した第3番はほんのりと暗く、人の一生のはかなさへの諦観すら感じさせます。同じく晩年の代表曲である交響曲第4番も、ヴァイオリンがため息のような音色を奏でる冒頭部分を筆頭に、作品の隅々まで哀愁に満ちたロマンティシズムが漂っています。
このように自然とにじみ出る作曲家自身の心情を、仰々しくならず自然体かつ淡々と奏でているところもまた、ブラームスの楽曲ならではの魅力。ロマンティックなメロディなのにどこか陰りのある音楽は、日本の美意識の一つ “わびさび”の世界にどこか似ていて、ずっと静かに聴き入っていたくなるほど心に染みることでしょう。



ブラームスは、恩師シューマンの死後、クラ ラ・シューマンと恋にも似た友情を育みな がら、シューマン家と親密な交流を続けました。 とりわけ、シューマンが精神病院に収容された 直後に生まれた末っ子のフェリクスは、ブラー ムスが名付け親となり、わが子のようにかわい がったそうです。父親似のフェリクスは、ヴァイ オリンをたしなみ詩作に耽りました。ブラーム スは 1873 年(フェリクス 19 歳)のクリスマス に、フェリクスの詩による歌曲「ぼくの恋は緑」 Op.63―5 を贈っています。クララは手紙にこう 書いています。「彼に何も告げず、私たちが弾き、 歌い出しますと、フェリクスは誰の歌かと尋ね、 自分の詩を見ると蒼白になりました。あの歌も そして終わりのピアノの部分もなんと美しいの でしょう!」 フェリクスは結核を患って床に伏しがちにな り、ヴァイオリニストになる夢も断念、24 歳の とき急激に病状を悪化させます。衰弱するフェ リクスを前に「この病気は最も残酷なもので、ど うしてやるわけにもいかず、言葉もなく見てい るよりほかはないのです」と心痛をしたためる クララ。ブラームスは、作曲中のヴァイオリン・ ソナタ第1番の第2楽章の冒頭の譜面ととも に、こう書き送りました。「あなたが裏面の楽譜 をゆっくりと演奏されるなら、私があなたとフェ リクスのこと、彼のヴァイオリンのことをどれほ ど心底思っているのかをあなたに語ってくれる でしょう。でも彼のヴァイオリンは鳴り響くの を休んでいます―」そして、フェリクスは 1879 年 2 月に 24 歳の若さで天に召されました。 その年の夏、ブラームスからクララのもとへ ヴァイオリン・ソナタ第1番が贈られました。

 第3楽章のテーマには、6年前の誕生日に贈ら れた大好きな歌曲「雨の歌」の旋律が使われてい ます―「雨よ降れ、もう一度呼び覚ましてくれ、 子どもの頃のあの夢を―」と、雨の日に幼い頃の 思い出に浸るクラウス・グロートの詩です。そ して、闘病中のフェリクスとクララに贈った第 2楽章のいたわりの旋律が、第3楽章の終盤で 優しく回想され、その断片が「雨の歌」の流れる ような伴奏と重なり合う―これは、フェリクス の愛したヴァイオリンの奏でる、フェリクス追 憶の音楽なのです!「私の心はあなたへの感謝 と感動に高鳴っております。そして心の中であ なたの手を握ります。」「このような音楽こそが、 私の魂の最も深く柔らかいところを震わせま す!」クララは、この曲を(フェリクスのいる) 天国に持っていきたいと語りました。
独身のまま生涯を終えたブラームスには、長年想いを抱き続けた女性がいました。彼の才能を見出した恩人シューマンの妻クララです。20歳の頃、シューマンの元に出向いて自作のピアノ曲を披露したブラームスは、それからも足しげく通ううちに14歳年上のクララへの想いを募らせていったのです。ブラームスはその好意を何度も手紙に記し、クララも案外まんざらではなかったそうですが、結局クララが理性を重んじたため二人の愛は成就しませんでした。こうした報われない想いに胸を焦がしていくうちに、ブラームスの音楽には情熱と諦念が入り混じった独特のロマンティシズムが形作られたのでしょう。
そんなブラームスの想いは、作曲家個人の感情や感性を自由に表現するというロマン主義的な手法として、彼の楽曲に幾度も投影されています。有名なものだと、交響曲第1番の第4楽章。ある時ブラームスは旅先からクララの誕生日を祝う手紙を送り、その手紙に短いメロディも添えたのですが、これとよく似たメロディが第4楽章の序奏の終盤でホルンによって奏でられているのです。また、深く陰影に富んだメロディが印象的な弦楽六重奏曲第1番の第2楽章を気に入っていたブラームスは、世界的ピアニストだったクララのためにピアノ独奏用に編曲し、誕生日にプレゼントしています。
クララへの愛が実ることはありませんでしたが、1854年にシューマンが自殺を図ってその2年後に亡くなってからは、子だくさんだったクララを献身的に支え、家族ぐるみで交流を深めていきました。彼女の息子フェリックスが25歳という若さで亡くなった時は、当時作曲していたヴァイオリンソナタ第1番の第2楽章に葬送行進曲を挿入していて、ブラームスがいかにクララとその家族を大切に思っていたかが分かります。ちなみに同曲は、ブラームスがクララの誕生日にプレゼントした歌曲「雨の歌」がモチーフになっています。
このようにクララのことを一途に愛する一方で、報われぬ想いが辛かったのか、実はブラームスは恋多き人生を送っていたのです。なかでも、大学教授の令嬢アガーテ・フォン・ジーボルトとは婚約を結ぶまでに至りました。彼女との交際時期に作曲した弦楽六重奏曲第2番には、音楽の棋譜法で「A-G-A-D-E(アガーテ)」となる音型があり、熱烈な恋心が表現されています。まさにロマン派の作曲家ブラームスの面目躍如ですね。また、映画『さよならをもう一度』に引用された第3楽章の美しいメロディが有名な交響曲第3番も、20歳以上年下のアルト歌手ヘルミーネ・シュピースへの恋愛感情が曲に影響を与えたと言われています。
そんな情熱的な恋の数々も、クララへの想いを断ち切れなかったのかいずれも長続きせず、アガーテとの婚約も解消となりました。結局ブラームスは“よき友人”という距離感でクララに寄り添う道を選択。1896年にクララが亡くなると、その1年後、後を追うかのようにこの世を去ったのです。



その後TANNOY好きの五味康祐が絶賛した、北イタリア人気質のデ・ヴィートのヴァイオリンは、情熱を外面に出しすぎることはなく、知的に抑制された情熱であり、歌である。彼女はブラームスの重要なヴァイオリン作品はほとんど録音しているが、それらがことごとく第一級の名演ぞろいである。最高のブラームスひきであったエドウィン・フィッシャーと共演した第一番と第三番のソナタはデ・ヴィート47歳の録音。枯淡の域にあるフィッシャーとの呼吸はよく合っており、音楽的な噛み合いと融合性は見事だ。ジョコンダ・デ・ヴィートの録音遺産の中でもブラームスの3曲のヴァイオリン・ソナタは、彼女の資質に最も似合った、名演中の名演として知られています。その演奏を、演奏者の息づかいが間近に聴き取れるような音質で復刻しました。

また、解説書にはデ・ヴィートの引退直後に行われたインタビューも掲載しています。現役時代の苦悩、早すぎる引退(50代半ば)の理由、引退後の生活などを切々と語っています。もともとデ・ヴィートの取材記事は非常に少なく、たいへんに貴重な資料です。この様な曲にはMonitor Gold10吋同軸2ウェイのユニットと管球アンプ独特の、低域が下のほうに、ゆったりと伸びる感じが、実に相性の良さを発揮します。

ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ集 / ジョコンダ・デ・ヴィート、エドウィン・フィッシャー、ティト・アプレア
(Brahms : Violin Sonata No.1-3 / Gioconda de Vito , Edwin Fischer , Tito Aprea)

【曲目】
ブラームス:
 1.ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト長調「 雨の歌」Op.78
 2.ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 Op.100
 3.ヴァイオリン・ソナタ第3番 ニ短調 Op.108

【演奏】
 ジョコンダ・デ・ヴィート(ヴァイオリン)
 1.3.エドウィン・フィッシャー(ピアノ)
 2.ティト・アプレア(ピアノ)

【録音】
 1.1954年5月11&12日、2.1956年3月29日、3.1954年10月18-20日/ロンドン、アビー・ロード・スタジオ
 録音方式:モノラル(録音セッション)

ジョコンダ・デ・ヴィートの録音遺産の中でもブラームスの3曲のヴァイオリン・ソナタは、彼女の資質に最も似合った、名演中の名演として知られています。その演奏を、演奏者の息づかいが間近に聴き取れるような音質で復刻しました。また、解説書にはデ・ヴィートの引退直後に行われたインタビューも掲載しています。現役時代の苦悩、早すぎる引退(50代半ば)の理由、引退後の生活などを切々と語っています。もともとデ・ヴィートの取材記事は非常に少なく、たいへんに貴重な資料です。
この作品以外は有名な演奏者が揃って作品作りしているが可成り古い作品ではあるがこの作品を超える演奏は中々見当たらない様にも感じた、



諏訪内晶子
1990年史上最年少でチャイコフスキー国際コンクール優勝。これまでに小澤征爾、マゼール、デュトワ、サヴァリッシュらの指揮で、ボストン響、フィラデルフィア管、パリ管、ベルリン・フィルなど国内外の主要オーケストラと共演。BBCプロムス、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン、ルツェルンなどの国際音楽祭にも多数出演。2012年、2015年、エリザベート王妃国際コンクールヴァイオリン部門および2019年チャイコフスキー国際コンクール審査員。2012年より「国際音楽祭NIPPON」を企画制作し、同音楽祭の芸術監督を務めている。デッカより14枚のCDをリリース。

2020年諏訪内晶子はヴァイオリンを20年来の〝相棒〟だったストラディヴァリウスの「ドルフィン」(1714)からグァルネリ・デル・ジェズの「チャールズ・リード」(1732)に替えた「チャールズ・リード」との出会いが訪れたのは、2020年2月、演奏会で渡米していた際のこと。諏訪内氏が新しい楽器を探しているということを聞きつけた知人にウエノ氏を紹介されて渡米、貸与されるに至ったのだという。



楽器に合わせて新たに手に入れたドミニク・ペカットの弓、楽器が替わると、もちろん合わせる弓も替わる。諏訪内氏は「チャールズ・リード」に合わせて、演奏会用の弓を新調した。『ドルフィン』のときに使っていた弓は、フランスのフランソワ・グザヴィエ・トルテ(1747〜1835)という、ちょうどモーツァルトと同時代に弓の製作をしていた人のもの。トルテの弓は倍音を上手に引き出してくれるのです。一方、今は同じくフランスのドミニク・ペカット(1810〜1874)の弓を使っています。トルテで『チャールズ・リード』を弾くと、いまひとつ良さが引き出せる感じがない。弓が違うだけで、違う人が弾いているかと思うくらい音が違うのも面白いですね。弓もヴァイオリンと同じで、19世紀の作者による希少な弓は数が限られています。弓は楽器と違って消耗品なので、私がペカットの弓を使うのは演奏会や録音時のみです」新たな楽器と弓を得て、昨年から気分も新たに演奏会活動をスタートさせている諏訪内氏だが、これまで弾き慣れた曲を新しい楽器で演奏するのはどんな気分かと尋ねると、「全然感覚が違って、本当に楽しい」という答えが返ってきた。



諏訪内晶子がブラームスのバイオリン・ソナタ録音…スリリングな個性派との共演、準備に1年「まず音楽を仕上げていく際の時間のかけ方が違うので、そこを合わせるのが大変でした。さらにお互い言葉では説明せず、演奏しながら共通点を探るので、ものすごく時間がかかる」だが、録音はそのようなプロセスを感じさせない。潤い豊かなバイオリンにピアノがぴったり寄り添い、手を取り合って進んでいく。バイオリン・ソナタ第1番では、一貫して朗々と流れ続ける音楽に見事な構築性が与えられている。「そういう時、彼のピアノは多彩な響きを武器に一つひとつの音に意味を与え、とても繊細に音楽を作っていく」。準備に時間をかければかけるほど音楽は深みを増していく好例だ。「これほど長い時間、意見の異なる音楽家と共同作業をしたことはなかった」と振り返る。時にぶつかることもあったが、「良い音楽を作りたい」という思いは一致していたという。これこそ室内楽の理想像ではないだろうか。ピアニストを務めるのは、米国人のオライオン・ワイス。「室内楽の経験が豊富でボジャノフとは異なるタイプの人。録音とはまた違う演奏になるでしょう」。彼女のバイオリンがどう異なる表情を見せるのか楽しみだ。



諏訪内晶子 ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集
現代を代表するヴァイオリン界の逸材、諏訪内晶子。ヒットを記録した『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(全曲)』から2年半ぶりとなるニュー・アルバム。今回はピアニストのエフゲニ・ボジャノフを迎えて、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番~第3番に挑戦。2023年10月に独デュッセルドルフのロベルト・シューマン・ザールにて、前作でも使用した1732年製のグァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」を用いて録音と記されていた。
【曲目】
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集 第1番 ト長調 作品78 《雨の歌》
 1. 第1楽章:Vivace ma non troppo
 2. 第2楽章:Adagio
 3. 第3楽章:Allegro molto moderato
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集 第2番 イ長調 作品100
 4. 第1楽章:Allegro amabile
 5. 第2楽章:Andante tranquillo - Vivace
 6. 第3楽章:Allegretto grazioso (quasi Andante)
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集 第3番 ニ短調 作品108
 7. 第1楽章:Allegro
 8. 第2楽章:Adagio
 9. 第3楽章:Un poco presto e con sentimento
 10. 第4楽章:Presto agitato

 諏訪内晶子(ヴァイオリン)
 エフゲニ・ボジャノフ(ピアノ)
 録音:2023年10月 デュッセルドルフ、ロベルト・シューマン・ザール

現代を代表するヴァイオリン界の逸材、諏訪内晶子。ヒットを記録した『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(全曲)』から2年半ぶりとなるニュー・アルバム。今回は初共演となる奇才ピアニストのエフゲニ・ボジャノフを迎えて、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1 番~第3 番に挑戦。2023年10 月にドイツ・デュッセルドルフの「ロベルト・シューマン・ザール」にてレコーディングを敢行しました。



諏訪内の使用楽器は1732 年製のグァルネリ・デル・ジェズ「チャールズ・リード」。そしてボジャノフはシゲルカワイのグランドピアノ「SK-EX」を用いて録音。“良い音楽を創りたい”という強靭な意志のもとに生まれた、唯一無二の奥深さを感じさせる作品です。
ブラームスの雨の歌の背景を知るとブラームスがクララ・シューマンを愛していたことは有名な話ですが、「雨の歌」は、もともとクララの誕生日にプレゼントした歌曲でしたと言われるその6年後、ブラームスが名付け親になっていたシューマンの末子、フェリックスが病気で亡くなってしまいます。 そのことがきっかけになって「ヴァイオリンソナタ第1番」は生まれたのです。



勿論早めに引退したジョコンダ・デ・ヴィート/エドウィン・フィッシャーも実に良い演奏ではあるが、最新の録音で益々円熟になった諏訪内晶子の演奏は素晴らしく感じた、表情は控えめですが、節回しやフレージング、ヴィブラートのかけ方など何ともいえない気品があります。
記憶に残したいアルバムの様に感じますが・・・ブラボー!

秋の夜長はJ.S.バッハに限る、レイラ・シャイエグ(Leila Schayegh)のバロックヴァイオリンの世界の検証

2024年10月10日 | J.S.バッハ制作音楽

最近はすっかり朝夕は大変過ごし易い秋特有の季節になる、適温な温度で淹れた珈琲の美味い季節になったのと同時に音楽鑑賞にも最適な時期となった。
筆者がJ.S.バッハの音楽を聴き出し一時古楽器演奏オランダの鍵盤楽器奏者グスタフ・レオンハルトのアルバムを集め出した事がキッカケであろう、当時は古楽器演奏については色々な事を言われたがひっそり隠すように聴き出した。その後モダン楽器、ピアノ演奏も聴くが基本は今も古楽器演奏と分かると視聴し思うはバッハ演奏には矢張り古楽器の音色が相性が良いと思っているのだが・・・
今回のバッハのヴァイオリンとハープシコードのための6曲のソナタは、音楽が自然に流れていく名曲が続いて大好きなのだが、このアルバムはその決定盤になるかもしれないとも思うバロック・ヴァイオリンの若手レイラ・シャイエと、チェンバロのイェルク・ハルベックの古楽器演奏は、速い楽章では、踊り出したくなるような生き生きとした対話があり、アダージョの楽章では、ヴァイオリンの重みたっぷりの奏法から生まれる色合いの豊かさが素晴らしい。

其れは兎に角我が愛機と相性の良い、10吋TANNOY(IIILZ Monitor Gold/30Hz~20kHz)ユニットが実に上手い具合に鳴るは数字では無い様で、1967年当時は此の10吋(25.4センチ)が指向性がスムースに繋がる限界とも言われるそうである。以前は火災によりコーン紙が変わりHPD295(22Hz~20kHz)と周波数特性は良いのですが Monitor Goldのユニット比べると聴き心地は断然 Monitor Goldが冴える、同ユニットに於いてもユニットのコーン紙に寄っても随分な違いがある、其れにしても良い音にはそれなりの条件がある様です。それまでのTANNOYのにはそのサイズ10吋以下が無くそれなりの訳があった様である。解明すると其れはツーウエイの指向性がスムースに繋がる限界にあると思う。

ヴィンテージファンの間にも燻銀の音と言われるTANNOY/IIILZ Monitor Gold以前までとされるマニアの方も多いと言われるそうですが弦楽四重奏曲等の微妙なニュアンスを聴くと、マニアの一言も分かる様にも感じます。確かに現在使用するTANNOYⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 CabinetのAXIOM80の箱にユニットを移植しある程度なら仕込み安定すると弦楽器の演奏女性ヴォーガルの実に上手く鳴る音は実に安定している、聴くのは以前と比べ擦る楽器の対応が多くなった。



レイラ・シャイエグ(Leila Schayegh)は、現在のバロック音楽界で最も注目されているスイスの古楽総本山「バーゼル・スコラ・カントルム(SCB)」でキアラ・バンキーニに学び、2010年からは自身もSCBでバロック・ヴァイオリンの教授を務める古楽新世代のヴァイオリニストの一人です。スペインの名門古楽レーベル、グロッサ(Glossa)が満を持してリリースするJ.S.バッハの「ヴァイオリン・ソナタ集」では、古楽界の次代を担う若き巨匠たちが共演!大バッハの6つのソナタを奏でるのは、現代の古楽シーンのライジング・スターたち、バロック・ヴァイオリンのレイラ・シャイエと、チェンバロのイェルク・ハルベックのバッハのソナタ集でもある。
キアラ・バンキーニのアンサンブル415のメンバーとして活躍し、ボニッツォーニのラ・リゾナンサでは第1ヴァイオリンを務めるレイラ・シャイエ。2010年からは、師であるバンキーニの後任として、母校であるスイスの古楽総本山バーゼル・スコラ・カントルムで後進の育成にあたるバロック・ヴァイオリン界の才女であると言われる。



イェルク・ハルベックJörg Halubek (1977年生)は、シュトゥットガルトのバロック・オーケストラ、イル・ジュスト・バロッコの指揮者として目覚ましい活躍を展開中のドイツ古楽界の若きスター。フライブルクとバーゼルで古楽奏法を学び、リンツ・アントン・ブルックナー音楽大学、シュトゥットガルト音楽大学で教授を務める実力者である。最近は古楽器演奏を楽しんでますが、最新の状況をお伝えします。イェルク・ハルベク(Jörg Halubek)指揮者、チェンバロ奏者、オルガン奏者として古楽の専門家です。忘れられたオペラやその他のニッチなレパートリーを再発見し、復活させることは、彼の特徴の1つです。2023年11月のヘルネ古楽音楽祭では、彼は自身のアンサンブルであるイル・グスト・バロッコと共に、全く知られていないフランスのバロック作曲家アントニア・ベンボ(1640-1720)の「愛するエルコーレ」を発表しました。
イェルク・ハルベクとイル・グスト・バロッコは、忘れられたオペラを発見し、2023年5月のシュトゥットガルト・バロック音楽祭で初めて演奏しました。イェルク・ハルベクが2023年にバッハ合唱団およびハイデルベルク・フィルハーモニー管弦楽団と共演したもう一つの珍しい作品は、カール・ハインリヒ・グラウンの「クリスマス・オラトリオ」です。彼は2023年11月にオルガン奏者として中国デビューを果たし、杭州コンサートホールでのオルガンコンサートと浙江音楽学院でのマスタークラスにゲストとして招かれました。



2024年には再訪の興味深い招待が続いており、フライブルク・バロック管弦楽団とともに、フライブルク・コンツェルトハウスで開催された大晦日のガラでハイドンとチマローザの作品で新年をスタートさせました。2024年春にはルツェルン劇場に戻り、オペラ界では珍しいもう1つの作品がプログラムに含まれています。彼の音楽指揮でヴィヴァルディのジュスティーノが演奏されます(初演は5月5日)。イェルク・ハルベクはイル・グスト・バロッコとともにシュトゥットガルト・バロック音楽祭2024に参加します。4月26日にはスカルラッティとグリマーニの作品を上演します。
イェルク・ハルベクは、指揮者としての活動のほか、2004年にライプツィヒで開催されたヨハン・ゼバスティアン・バッハ国際コンクールで優勝して以来、ドイツ国内外でチェンバロ奏者、オルガン奏者として活躍しています。シュトゥットガルトとフライブルクでジョン・ラウクヴィクとロバート・ヒルに師事し、宗教音楽、オルガン、チェンバロを学びました。彼は、スコラ・カントルム・バジリエンシスでイェスパー・クリステンセンとアンドレア・マルコンに師事し、歴史的演奏の実践を専門としました。

確かにチェンバロ演奏とのヴァイオリン・ソナタは鍵盤楽器の違いで曲の感じが変わる、確かに筆者が感じるはハルベックのチェンバロの音は落ち着きさがあり、どっしり落ち着いた表情は大変感動を覚えた。



J.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ集(BW V1014~1019)
構成数 /2枚

曲目
 ソナタ第1番ロ短調 BWV.1014
 ソナタ第2番イ長調 BWV.1015
 ソナタ第3番ホ長調BWV.1016
 ソナタ第4番ハ短調 BWV.1017
 ソナタ第5番ヘ短調 BWV.1018
 ソナタ第6番ト長調BWV.1019
 ソナタ ト長調 BWV.1019a
演奏
 レイラ・シャイエ(ヴァイオリン)
 イェルク・ハルベック(チェンバロ)
録音
 2015年6月、ファウテンバッハ旧教会(アーハーン、ドイツ)

筆者が思うに古楽新世代の名手 ライラ・シャイエークの演奏はどちらかと言えばJ.S.バッハの演奏は実に見事にヴァロックヴァイオリンをまじかで聴くような感じがする。
イェルク・ハルベックの澄んだチェンバロの音色に溶け込み思わず聴き惚れるバランスの良い演奏である。先日アナイス・チェンと共演したイェルク・ハルベックのアルバムJ .S.バッハ(1685-1750)をオルガンの演奏も大変よかったが今回のチェンバロでのヴァロックヴァイオリンとのJ.S.バッハのヴァイオリンソナタも心に残る演奏と思える。
この様なアルバム視聴は我が家のTANNOYⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 Cabinetでの鳴り響く演奏は実に適している。このTANNOYユニットは発売は1967年発売ため既に六十年近くの月日が過ぎている。未だ現行品のユニットであり、この様な弦楽器の演奏には実に見事に歌い上げるのです。



勿論アンプの相性も選ぶは大変難しいが今だに我が部屋で鳴っているのは驚きでもある。最近新しい演奏者が古楽器を上手い具合に演奏をするので驚いているが曲によってはモダンヴァイオリンでの演奏も捨てがたい、レイラ・シャイエの演奏でバロックにとどまらず、古典派、ロマン派のピリオド演奏へとレパートリーを拡げているレイラ・シャイエ。前作ではロマンティック・ヴァイオリンを使用したブラームスのソナタ集を録音して話題を呼びましたが、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ全集特に「雨の歌」を視聴したが筆者の持つ古いジョコンダ・デヴィートのヴァイオリン演奏には叶わない。
聴けば分かるがどうやら品格が違い心に染みるブラームスが味わえるのである。元々この曲はブラームスがクララ・シューマンを愛していたことは有名な話ですが、「雨の歌」は、もともとクララの誕生日にプレゼントした歌曲でした。

尚この曲について簡単に調べますと次の様な解説があります、「ブラームスが夏の避暑地として愛していたベルチャッハで1848年から49年にかけて作曲されました。副題の「雨の歌」というのは、第3楽章の冒頭の旋律が歌曲「雨の歌」から引用されているためにつけられたものです。しかし、その様な単なる引用にとどまらず、作品全体を雨の日の物思いにふけるしみじみとした感情のようなものが支配しています。特に第2楽章はその様な深い感情がしみじみと歌われる楽章であり、一度聴けば忘れることのできない音楽です。」と解説事項がある。



上記アルバムは数年前に2トラ38のオープンリールから複製のCDアルバムには叶わないのだ、デヴィートの最高傑作と言われるが聴けば納得出来るのが名盤になる要素なのであろう。参考にして頂きたい。


キアラ・バンキーニのアンサンブル415やラ・リゾナンサ、コンチェルト・ケルンなどのメンバーとして様々なコンサートやレコーディングで存在感を示してきた古楽新世代のヴァイオリニスト、ライラ・シャイエーク。これまで、ルクレールやブラームス、ヴィヴァルディなどの才気煥発なアルバムを送り出してきたシャイエークのGlossa録音第8弾。プロフェッショナルからアマチュアまで、あらゆるヴァイオリニストにとっての永遠の課題であり聖典となる記念碑的な作品、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(BWV.1001-1006)をついに録音。



アナイス・チェンJ.S.Bach: Sonatas and Partitas(BW V1001~1006)

J.S.バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ全曲
CD1
 ソナタ第1番ト短調 BWV.1001
 パルティータ第1番ロ短調 BWV.1002
 ソナタ第2番イ短調 BWV.1003
CD2
 パルティータ第2番ニ短調 BWV.1004
 ソナタ第3番ハ長調 BWV.1005
 パルティータ第3番ホ長調 BWV.1006
演奏
 ライラ・シャイエーク(バロック・ヴァイオリン)
 使用楽器:アンドレア・グァルネリ1675年製
録音時期:2019年9月9-11日、2020年1月21-23日
録音場所:スイス、ラ・ショー=ド=フォン、TPR音楽ルーム



彼女の生き生きとした解釈は、彼女を古代音楽の中心人物に位置づけています。彼女はソリストとして、または室内楽グループの一員として世界中で演奏しており、コンサートやマスタークラスのために現代のオーケストラから定期的に招待されているそうです。
詳しくは以下の様な記事を参考にしました。「ヴァイオリニストのレイラ・シャイエフは、数年前にソナタBWV1014-1019の録音でバッハの専門知識をすでに印象的に示しており、この録音はディアパゾン・ドル・ド・ランヌ、エディターズ・チョイスを受賞し、権威あるドイツ・シャルプラッテン批評家協会のベストリストにも選ばれました。現在、彼女はバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータとしてよく知られているバッハのSei Soloに挑戦しています。



記念碑的なBWV1001-1006は、歴史的演奏実践を専門とするか否かにかかわらず、すべてのヴァイオリニストにとって必須の、ソロのベンチマークとなるヴァイオリン曲です。ここでも、彼女のアプローチと技術 的完璧さは、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータが決して尽きていないことの印象的な証拠であり、彼女のような新しい優秀な演奏家が常にこれらの素晴らしい作品に新たな光を当ててくれるでしょう。」
パルティータ第2番ニ短調 BWV.1004 5. BWV.1004:Chaconne

ソナタとパルティータの違いって? ソナタ(教会ソナタ)は真面目な音楽で、バッハのこの曲集では3曲のいずれにも中核にフーガを据えて、威光を放っています。 一方のパルティータ(組曲または室内ソナタ)は舞曲を構成した世俗音楽です。 ソナタはフォーマルな音楽、パルティータはカジュアルなそれと言えましょう。



中でも話題はバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番BWV. 1004の最終楽章である。 「シャコンヌ」とは16世紀のスペインに由来する舞曲の形式のひとつで、短いバス声部が反復され、その反復の上部で次々と変奏が行われていく。シャコンヌ (仏 chaconne)は3拍子の舞曲の一種。 バロック時代にはオスティナートによる変奏曲の形式として盛んに用いられた。秋の夜長にバッハの chaconneのさまざまな演奏の違いを楽しむには実に良い季節でもある。ブラボー!

今後日本は何処に向かうのであろうか?何れにせよ自己中心の政治世界はいつまで続くのであろうか?

2024年10月04日 | 歴史(世界史/日本史)の考察

此処では報道はされない政治問題について明記してみることにした。日本は昔からお上に逆らわない国民の民意の為に文句を唱えることもしなかったが、現在の議員諸氏の裏金問題、親中議員等余りの多さ、それにも増して変わらない野党諸氏の程度の低さに議員民度は下がり驚くばかりでもある。

歴史的には日本の歴史については、遥か彼方から記憶に残る海外から外敵蒙古襲来があったが、幸い日本においては、神風が起き日本は神の国と言われたが、当時の日本武士集団が一致団結し柵を作り武器を整備し外敵に備えた事柄等、蒙古が引き揚げ時に台風襲来により日本襲来した元寇の外敵が大陸に引き上げ勝利を収め、日本は独自の日本歴史が続いたわけであり、ここで思うは、日本の海外との戦争は日本武士軍団の勝利に甘んじた。

シーパワーの国の日本は、海に囲まれた地理的は自然な要害に守られ問題は無い、武士軍団の防御、戦闘の強さは確かに強さはあったのであろうが、戦術はお得意ではあるが、勝つ為の戦略はあったのであろうか疑問も残る、この問題は国境が全て海に囲まれた要害のある国はそのものが戦略酢の物でもあろう。又、単一民族のため非常に纏まりやすいという好条件が揃った国である為であろう。

その様な伝統ある国日本は最終的には、昔から疑問視される戦略の弱さが露呈する、元々アンブロサクソン系は戦略に強い、米国の世界覇権のための戦力に乗って大東亜戦争を開始した、マレー半島上陸と真珠湾攻撃によって戦争を始めた日本軍は、石油を産出するオランダ領東インド(現在のインドネシア)を占領するなどして、“自給自足”の体制をつくりアメリカ・イギリスに対抗しようとしました。 日本は戦争の目的として「自存自衛」、ついで「大東亜共栄圏」の建設を掲げました。太平洋の島々を奪った米国は、次に沖縄を占領して、日本本土を攻めるための前進基地として使おうと考えた。 これに対し日本は、日本本土を守るため、沖縄になるべく米軍をひきとめて時間をかせぐ「持久戦」の作戦をたてたが結果は惨敗した。
今思えばある程度のアジア圏の国々は大東亜戦争終了後欧州、米国の植民地であった国々が独立し日本は戦争には敗退したがアジア植民地の国々は解放された結果になった。

しかし戦後は米国の戦争プログラムの作戦に乗った日本は米国のGHQの支配下になり今も此の事実は変わらず、GHQの与えられた憲法を実施する日本は未だ米国の植民地と言えよう。
この間トランプ政権下の時点で安倍総理の時代トランプから今の時代に日本は核を持ち軍備を整え独立を何度も勧めたそうであるが、安倍総理は途中に糾弾に倒れ事半ば日本の独立は政権が売電になり話は無くなってしまった。日本の総理もアメリカ社会のように共和党から民主党になり日本も自民党リベラル派岸田が就任し今回も岸田の大吾の切り札で石破政権が発足した。この政権に取って一番の喜びは親中公明党であり負の政治に突き進む様である。



伊藤貫(日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家。アメリカ・ワシントンD.C.在住。東京大学経済学部卒業。姉は政治家の山谷えり子。)が語る言葉が面白い。実際長年米国に住居を構え実際に米国での体験が長く政治経済を学んだ日本人の考えは実にリアルで新鮮でもある。
此処で冷静になって政治を考えてみよう、これは日本の評論家、国際政治アナリスト、米国金融アナリスト、政治思想家。伊藤貫の語る今後の日本を参考にしては如何であろうか?

アメリカはトランプ政権下に置いて安倍総理の時に何度も「日本に独立しろ」と何度も何度も伝えたそうで、ペンタゴンの上層部とCIA、FBI、司法省の上部連中、グーグル、FB、等の大手I T業界他にウォールストリートの50〜100名のトップ金融の連中は殆ど民主党のトップ連中は殆ど大金を渡し支配している隙に共和党時代にしか出来ない独立を薦めたと言われる。
確かに日本の政治家にはトランプは人気が無いが、これもマスコミの捜査疑惑がある、現在時期大統領候補を名乗るカマラ・ハリスは副大統領就任後も同じことが繰り返されている。幹部の70%以上退任が相次いでいるのだ。スタッフはハリスを「沈みかけている船」と感じ、早々に脱出しようとしているという話も聞こえてくる事実が続いている。
この様な解説もある、「ハリス氏はリベラル色が強いカリフォルニア州出身で、風土も異なる中西部の工業地帯『ラストベルト』に多い白人労働者の支持を得られるかも課題だ。全米の世論調査では接戦かもしれないが、各州ごとに選ばれる選挙人の制度では、トランプ氏がラストベルトを含む接戦州で有利だ。ハリス氏は苦しい戦いを強いられるのではないか」と言われている。



筆者が米国の凄さは一般の人達は日本時と比べ劣る人も多い様に見受けるが、一部の特殊な能力ある人達は日本人では全く勝てない特殊人間であるかの様な知能も持つのが特徴で、アングロサクソンの特殊性でもあろう。
今や米国は益々移民が多く昔の英国から新しい国を目ざした人種が少なくなりしつも米国人質も随分下している。

現在日本の総理は岸田は民主党の売電の言いなりである。しかし日本は岸田の非常にエゲツナイ裏工作し、能無し財務省のポチの石破に変わり米国の共和党は万々歳である、今後勉強もしない馬鹿な石破の政策は全て拒否される事が多くなり消費税(15%)勿論所得税、法人税も大幅に上がるであろう。従って景気は最悪の事態になり日経株価3〜4,000円程度になるとも言われる。
民主党米国の喜びは頭がパーで、煽てればすぐに嬉しく調子に乗る総理大臣が大好きで最初に見抜かれtは進次郎の親である「小泉純一郎」である話しは有名でもある多分石破も大歓迎であろう。しかし前回総理の岸田が取った行動は国民を騙し犠牲にして米国に靡く行動を起こし今回の石破に恩を売る行動をした、最も愚劣極まりない人物と露呈した人物でもあった様だ。

一番肝心な事は一番米国の恐れていつことは、戦略核とは,射程が5500キロ以上の,米ロ間で相互に到達するICBM大陸間弾道ミサイルなどによって運ばれる核兵器のことです。 その内,実際にミサイルに積まれていて,すぐに発射可能な状態にあるものを配備核弾頭と呼びます。現在ロシアはそうびいています、これを使わせない為にウクライナ支援に消極的な方法をとっているが、今後支那、北朝鮮で戦略核を開発し装備すれば米国は手が出ない出せない状態になる。

この核武装の事は地球上唯一の被爆国である日本は非核三原則があり未だ続いているが、日本国憲法を米国が勝手に決議し未だその憲法を使う日本は、今も原潜、原子力空母が日本の占領港に停泊中の船舶は原爆を搭載しているが誰も注意しない、出来ないのが現状である。幾ら核反対を叫べども現実は核は排除できない、日本は核の開発を行い平和利用の道が最良でもあるが、実際支那、朝鮮、ロシア等争い大好きな国の隣国に位置する日本は憲法改正し隣国と対等に話し合いしなければならない、その為には戦術核装備しなければ話も出来ないであろう。核反対は理解できるが冷静に考えれば、これこそが冷静で隣国等と話の出来る下準備いや条件でもある。全て反対と言う諸氏よ現実に今やウクライナに戦争が起こっている事が事実である。



昨年11月のフォーリン・アフェアーズ(1922年にNYの米外交問題評議会によって創刊された外交専門誌)にダリル・プレスと云うダートマス大学の教授とキア・リーバと言うジョージタウン大学教授が二人とも有名な戦略各学者が、戦略核を持っている国には米国は手を出せないと発表しているそうです。

この為米国の通常戦力は出て来れなくなったしまったそうです。フォーリン・アフェアーズの一番読まれたいる外交雑誌で、日本人のそこに明記してある外務省並び自衛隊のトップレベルの人が読んで無い事が問題である。特に日本人は戦術は大好きで研究も盛んだはあるが、事戦略は周りが海に囲まれ外敵から身を守られた歴史が長いので戦略については、知的好奇心を無くしてしまっている。特に外務省、防衛省、財務省についてはグランドステージを想像する能力が無い、特に石破総理に教えても時間の無駄であると思う。
但し現在隣国の「支那」が勢いが弱体化しこの先共産党の変化がどの様に動くのか不明であるが、日本も次期選挙にまともな国になる様真剣に日本の未来を塾考する事を思う。

今後米国にて大統領選挙が開催されトランプに大統領がなった場合はどの様になるのであろうか心配である、トランプとの会話に対応できる総理でないと困るのである。衆議院解散総選挙では自民敗退し違う野党ではグランドデザインを描ける人物も居なく、せめてお金に綺麗な人物で良い意味にて日本の未来を描ける人が選出される事を望むしか今はないのが現状である。
最後に一言は親の時代から親中議員の河野太朗も立候補したが化けの皮が剥がれ失墜したことは大変喜ばしいことであった。しかし民意を反映させない総裁選は以下であろう、今や政治家はいなく、欲と金に塗れた政治屋ばかりである!

9月も今日で終わり、すっかり過ごしやすい秋らしい季節に聴くJ.S.バッハのオルガンの演奏を検証する。バロックヴァイオリン演奏のアナイス・チェンの音が光る!

2024年09月30日 | J.S.バッハ制作音楽

以前にも紹介したアナイス・チェン(Anaïs Chen)はヴァイオリンのソリストで、コンサートマスター、室内楽奏者として重要な会場での演奏し、昔の音楽は、内なる関心と、歴史的な背景や習慣に関する現代の研究を実践する努力を持って演奏すれば、再び生き生きと蘇えることができると私は信じています。さまざまな演奏テクニック、元の楽譜の準備、さまざまな時代のさまざまな国民的様式の特徴、装飾、縮小など、検討すべきさまざまな検討アイデアや未解決の問題につながります。彼女はチューリッヒとデトモルトでモダンバイオリンを学んだ後、バロックバイオリンに転向し、月間芸術大学とバジリエンシス・スコラ・カントルムで修士号を取得しました。

アナイス・チェンの持つ弓を見れば一目で古楽器演奏者と判るが、以前にも
アナイス・チェン(バロック・ヴァイオリン) /アレクサンドラ・イワノワ(チェンバロ)演奏のJ.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ BWV 1014 – 1019を紹介させて頂いた時には気が付かなかったがバロック・ヴァイオリンの音色が今回のBW V1001を聴きながら何か音色に深みを感じたBWV 1014 – 1019録音時は2018年今回の演奏は2024年しかも今回はドイツ、ポーニッツ、フリーデンス教会での録音とあるが、録音条件にて随分音色が変わる様である。




スイスのヴァイオリニスト、アナイス・チェンは、チューリッヒとデトモルトでモダンヴァイオリンを学んだ後、バロックヴァイオリンに転向し、ベルリン芸術大学(2007年)とバジリカ合唱団スコラ・カントルム(2010年)で優秀な成績で修士号を取得しました。

再度申し上げると、筆者も過去に数々のヴァイオリン演奏者の音を聞いてきたが今まで感じたバロック・バイオリンの音が若干違って聴こえるのである、以前紹介したJ.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ BWV 1014 – 1019アナイス・チェン(バロック・ヴァイオリン) – アレクサンドラ・イワノワ(チェンバロ)の鳴り方が今回紹介するアルバムJ.S.バッハ: チェンバロ協奏曲(オルガン版)+無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 教会オルガンによるオルガン協奏曲演奏の魅力を堪能 バッハのオルガン曲全集を制作進行中のハルーベックが、古楽器アンサンブル「イル・グースト・バロッコ」と共に、バッハのチェンバロ協奏曲をオルガン協奏曲にアレンジしたヴァージョンをレコーディング。ブックレットには、ストップやペダル、ピッチなどのオルガンに関する詳細な情報も記載されています。

まあ一般的にクラシック音楽を本格的に聴きたいという方には有力な選択肢の一つにはTANNOYユニットのエンクロージャーをお勧めしますが、何故か自宅で鳴らすTANNOYⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 Cabinetではオルガンの低域は以前と比べ随分は良くなったが、10吋ユニットの限界を感じるのである。音質については、永い間10吋タンノイユニット聴き続けると久しぶりに聴くLS3/5aと聴き比べ確かにヴァイオリンの音はLS3/5aで単独に聴けば、この様な小さな箱から出る音とすれば胴泣き等の音は良いと思うが音楽の漂うヴァイオリンから醸し出される響きの自然な音を感じない所に不満を感じるのであろうか?
これはヴァイオリンの音を出す、事と 出る、の違いであろうか?確かに筆者の頭の中身はTANNOYの持つ独自の音に冒されているのであろう・・・



今回はジルバーマン・オルガンを使用
ライプツィヒ近郊、ザクセン=ゴータ=アルテンブルク公国の荘園集落ポーニッツは、1728年にフォルクマル・ディートリッヒ・フォン・ツェーメンから娘のドロテアとクリスティアーネに継承。2人は1734年に教会を完成させ、1737年にはオルガンをクリスティアーネの夫、カール・アウグスト・フォン・デア・プラニッツとの連名で寄贈しています。オルガン製作者のゴットフリート・ジルバーマンは、ザクセン王国で国王アウグスト3世に仕えており、本来は王国外での仕事は認められませんでしたが、国王がポーニッツの貴族と友人だったことで製作を請け負うことが可能となり、1737年に完成させています。



パイプオルガンは、鍵盤から選択したオルガンパイプに加圧空気を送り込むことで音を鳴らす楽器です。各パイプは単一の音程を生成するため、パイプはランクと呼ばれるセットで提供され、各パイプはキーボード コンパス全体で共通の音色、音量、構造を持っています。
パイプオルガンの起源は非常に古く、紀元前3世紀にまで遡ります。その頃にはすでに、オルガンの原型というべきものが製作されていたと言われています。その後、宗教に深く結びついた楽器として徐々に地位を確立していき、13世紀に入ると教会設立時には必ずパイプオルガンが設置されるほどに発展しました。以降、特に欧米では、教会での礼拝や集会時に用いられる身近な楽器として親しまれています。
我が国においては、19世紀に起こった文明開化をきっかけに、オルガン音楽の導入が始まりました。当時はまだ稀な楽器であったパイプオルガンでしたが、昭和50年台を境に状況が変化していきます。文化施設が拡充されると共に音楽ホールが各地で誕生し、パイプオルガンも同時に併置されるようになったのです。現在、国内の主要なホールや劇場には個性豊かなパイプオルガンが設置されており、日本のクラシック音楽シーンにおいて、なくてはならない重要な楽器として多方面で活用されています。

パイプオルガンは、鍵盤から選択したオルガンパイプに加圧空気を送り込むことで音を鳴らす楽器です。
パイプオルガンは風をパイプに送り、空気を振動させて音を出します。風箱(かざばこ)という箱の上にパイプをずらりと立てて、鳴らしたいパイプに下から風を通します。圧力をかけた空気がパイプを通って音を鳴らすというのは、まさにリコーダーを吹くのと同じ原理です。
パイプオルガンの起源は非常に古く、紀元前3世紀にまで遡ります。その頃にはすでに、オルガンの原型というべきものが製作されていたと言われています。その後、宗教に深く結びついた楽器として徐々に地位を確立していき、13世紀に入ると教会設立時には必ずパイプオルガンが設置されるほどに発展しました。以降、特に欧米では、教会での礼拝や集会時に用いられる身近な楽器として親しまれています。



我が国においては、19世紀に起こった文明開化をきっかけに、オルガン音楽の導入が始まりました。当時はまだ稀な楽器であったパイプオルガンでしたが、昭和50年台を境に状況が変化していきます。文化施設が拡充されると共に音楽ホールが各地で誕生し、パイプオルガンも同時に併置されるようになったのです。現在、国内の主要なホールや劇場には個性豊かなパイプオルガンが設置されており、日本のクラシック音楽シーンにおいて、なくてはならない重要な楽器として多方面で活用されています。
パイプオルガンのパイプは、発音機構の面から主に2種に分類することが出来ます。
まず、リコーダーのように管自体が響く「フルー管」、そしてクラリネットのようにリードが振動する「リード管」です。これらのパイプは個々に異なる音色を備えており、それぞれ名前がつけられています。
「フルー管」の多くを占める「プリンシパル」というパイプ群は、その名前の通りオルガンの基本となる金属製のパイプです。楽器の表に見える大きなパイプはプリンシパル系のもので、オルガンらしい輝かしい響きがします。



「リード管」の代表的なストップで、明るく響く「トランペット」族は、曲のキャラクターや音色、音量を変えるときに使われます。トランペット族を組み合わせた合奏は、まるでオーケストラのような響きを生み出します。
イル・グースト・バロッコ(古楽アンサンブル) 2008年、イェルク・ハルーベックによってシュトゥットガルトで設立。全員がバーゼル・スコラ・カントルムで学んでおり、レパートリーは17~18世紀の音楽を中心に、コンサートから オペラ、教会音楽まで網羅。曲種によって、室内楽から大編成のアンサンブルまで対応しているそうです。

鍵盤の他に色々なボタン、ペタル等操作も複雑で其々の管により音も違い相当熟練しなければ厄介な鍵盤楽器でもある。
やがて長年酷使し続けてきた目が、疾患を起し1750年、65歳バッハは昇天するがその功績はその後百年もの眠りに付くのである。



今回のアルバムはオルガニストのイェルク・ハルーベック( örg Halubek)1977年、西ドイツのベックムに誕生した。シュトゥットガルトとフライブルクで教会音楽、オルガン、チェンバロをヨン・ラウクヴィークとロバート・ヒルに師事したのち、バーゼル・スコラ・カントルムで、アンドレア・マルコンらに師事した逸材とのアルバムでもある。



イェルク・ハルーベックは現在、指揮者、チェンバロ奏者、オルガン奏者として活動する古楽のスペシャリストで、シュトゥットガルト音楽大学で歴史的鍵盤楽器の教授としても活動。J.S.バッハのオルガン曲全集を制作進行中のハルーベックが、古楽器アンサンブル「イル・グースト・バロッコ」と共に、バッハのチェンバロ協奏曲をオルガン協奏曲にアレンジしたヴァージョンをレコーディング。ブックレットには、ストップやペダル、ピッチなどのオルガンに関する詳細な情報も記載されています。

今回紹介のアルバムです。
J.S.バッハ: チェンバロ協奏曲(オルガン版)+無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 教会オルガンによるオルガン協奏曲演奏の魅力を堪能。



J .,S.バッハ [1685-1750]

無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調 BWV 1001
 1. アダージョ 03:34
   アナイス・チェン(ヴァイオリン)

オルガン協奏曲 ヘ短調(チェンバロ協奏曲第5番 BWV1056)
 2. I. (...) 03:43
 3. II. ラルゴ 02:55
 4. III. プレスト 03:30
    イェルク・ハルーベック(オルガン)
    アナイス・チェン(ヴァイオリン I)
    ザビーネ・シュトッファー(ヴァイオリン II)
    クリシュナ・ナガラーヤ(ヴィオラ)
    ヨナタン・ペシェク(チェロ)
    フレート・ウーリッヒ(ヴィオローネ)

無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調 BWV 1001
 5. II. フーガ 05:58
   アナイス・チェン(ヴァイオリン)

オルガン協奏曲 ニ短調(チェンバロ協奏曲第1番 BWV1052)
 6. I. アレグロ 07:38
 7. II. アダージョ 05:34
 8. III. アレグロ 08:18
    イェルク・ハルーベック(オルガン)
    アナイス・チェン(ヴァイオリン I)
    ザビーネ・シュトッファー(ヴァイオリン II)
    クリシュナ・ナガラーヤ(ヴィオラ)
    ヨナタン・ペシェク(チェロ)
    フレート・ウーリッヒ(ヴィオローネ)

無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調 BWV 1001
 9. III. シチリアーナ 02:47
    アナイス・チェン(ヴァイオリン)

オルガン協奏曲 ト短調(チェンバロ協奏曲第7番 BWV1058)
 10. I. アレグロ 03:42
 11. II. アンダンテ 05:32
 12. III. アレグロ・アッサイ 03:39
    イェルク・ハルーベック(オルガン)
    アナイス・チェン(ヴァイオリン I)
    ザビーネ・シュトッファー(ヴァイオリン II)
    クリシュナ・ナガラーヤ(ヴィオラ)
    ヨナタン・ペシェク(チェロ)
    フレート・ウーリッヒ(ヴィオローネ)

無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調 BWV 1001
 13. IV. プレスト 04:07
   アナイス・チェン(ヴァイオリン)

  録音:2022年8月、ドイツ、ポーニッツ、フリーデンス教会
  使用オルガン:ゴットフリート・ジルバーマン製作(1737)



この作品を聴き思うはバロックヴァイオリンで奏でるAnaïs ChenのJ.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ独自の古楽器の音である様に感じた。最新の古代楽器でバッハを奏で楽しんでいる様な作風はいかにも現代的な演奏者の表現と言えるのかもしれない。
しかし思えばこのアルバムはオーディオマニアにも大変興味ある曲の数々に思う、パイプオルガン独自の重厚な重低音、確かにバロックヴァイオリンではあるが、ヴァイオリンの微尿な音、テストしたい音は非常に多く、これらの楽器の様々な音の表現は皆様お使いのエンクロージャーの音質を聴き分けるには大変興味ある演奏でもある、コンパクトなエンクロージャーではオルガンの音質はイマイチ不満なる部分が出てくる感じがする、筆者の使う定評あるLS3/5aでも視聴したが教会での演奏するオルガンの雰囲気を体験する感じはタンノイの10吋とは違いやはりタンノイユニット完成度は素晴らしい。

ここで改めて視聴したが、確かに以前紹介したJ.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ BWV 1014 – 1019の演奏もやいへん有名なミシェル・オークレール & アラン編曲のオルガンとの独自の演奏に若干の違和感を感じていたがオルガン独自の重厚感はチェンバロでは味わえないJ.S.バッハ像を伺える方式でもあろう。演奏者達自身が演ずる楽器で様々なバッハの表現する音楽は常に新しい音楽の表現方法でもあろう・・・



話は変わるが今年4歳になった筆者の愛犬のモジャ君であるが、少し早めにサロンで毛を整えました、過ごし訳すなったのであろうか、今日は元気に小走りに走りだす始末で、今朝は早朝ドジャーズの大谷投手の野球中継も気になるが、散歩に早朝に連れ出す、散歩後はシャワーを浴びテレビを見ながらモジャ君の毛を乾かし大谷は最後打席ヒットを打ち今季最後のリーグ戦を終了。大変な記録が記憶されるシーズンであった、実に一年楽しませて頂き感謝でもある。

その後珈琲を淹れブログアップロードしている、今回のアナイス・チェンのJ.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 を聴き全集も是非聴きたい、又パルティータ第2番 ニ短調 BWV 1004(シャコンヌ)は勿論全曲聴いたみたい欲求が残るアルバムでもある。
実に深みのあるバロック・ヴァイオリンの独特の豊かな音色を楽しませせてもらったのは事実でもある・・・ブラボー!

秋の夜長に聴くは、カール・ズスケのヴァイオリン演奏でバッハとベートーヴェンを考察する。

2024年09月23日 | クラシック音楽・オーディオ

秋分の日も過ぎやっと秋らしい季節が来た様である、今年早々地震被害に遭われた能登半島地方が記録的豪雨被害が甚大とのニュースが報道され被害に遭われた方には一刻も早い生活が戻れるよう心からお祈りします。

全く興味も無い岸田退任後の自民党総裁戦関係がニュースを賑わすが、ゴミ袋問題で名を下げた小泉進次郎氏の雲行きが最近益々怪しいようで、YouTubeを賑わしている様で紹介でする、昔から火のない所に煙は立たずと言われるが一応参考程度に紹介するのでお暇な方は一読していただきたい。アンダーラインのクリックでYouTubeに移動しますのでご覧ください。

ガラガラポン新聞、滝川クリステルが大物俳優との"不倫"発覚の真相

 滝川クリステルの華麗なる人生 

小泉進次郎が報道ステーションの公開処刑後から人気急落..."

何もこの様な状況下において立候補する側もされる側も問題多き事があり、日本の将来を見据えて国民が平和で安定した国家となる日本を目指して候補がいるのかが疑問だ、最低でも親中議員等は問題外で削除するべきであろう。



早朝は小雨に見舞われ早朝からモジャ君と散歩に行くが途中雨脚も強くなり、一時歩道橋の下で雨宿りをしながら戯れていると半刻にて小降りになり、自宅に戻った。勿論シャワーを浴びモジャ君の濡れた毛を乾かし、散歩後の「おやつ」を与える。この様な季節になると美味しい珈琲が飲みたくなり、早速い何時もの珈琲豆を計量し豆を挽き珈琲をドリップする、美味しい珈琲の淹れ方を簡単医に紹介します・・・

1.豆を正確に軽量し、挽いた豆を使い、挽いたカスはよく削除する
2.お水は出来るなら鉄分の多いお湯を使い珈琲を淹れる温度に注意個人的には75度前後にしてから淹れる。
3.なるべくお湯の落としはゆっくり初めは必ず少しお湯を落とし蒸らし時間は重要。
4.後はなるべくゆっくりお湯を落とし、最後は全てのお湯は落とさず、フィルターに残ったお湯がドリップ毎廃棄し、珈琲茶碗は充分保温捨て茶碗に注ぎ頂く。

後はシュガー、ミルクは入れないで抽出したドリップコーヒーそのまま頂く筆者の淹れ方の順である。

珈琲独自の美味しいそうなにおいが部屋に広がる、淹れたての低音の珈琲を頂きながら先日も紹介したズスケ四重奏団(Suske-Quartet)のアルバムを探し聴き始める。特にカール・ズスケのヴァイオリン演奏の自然な弦音には実に良き鳴りっぷり聴かせ全く古さは感じない落ち着いたバッハの演奏を感じた。



ズスケ四重奏団(Suske-Quartett)ベルリン弦楽四重奏団は1965年、当時ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンサート・マスターだったカール・ズスケを中心に首席奏者たちによって組織されました。1966年、ジュネーヴ国際コンクール2位(1位無し)を獲得、たちまち旧東ドイツを代表する弦楽四重奏団に成長。東ドイツ国内では一貫してズスケ四重奏団(ドイツ語表記のSuske-Quartett)を名乗って活動しましたが、国外でのツアーやLPレコードではベルリン弦楽四重奏団(英語表記のBerlin String Quartet)の名称で活動しました。1977年9月にカール・ズスケがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターに転出すると、リーダーはヴォルフ=ディーター・バッツドルフに交代し、団体名もドイツ語のBerliner Streichquartett(ベルリン弦楽四重奏団)を名乗るようになりましたが、ズスケをリーダーとした録音は1980年まで継続し、有名なベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集を完結させています。高い評価が与えられているベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の中でも、最高傑作の呼び声が高い第14番である。ベルリン弦楽四重奏団1965年、当時ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンサート・マスターだったカール・ズスケを中心に首席奏者たちによって組織された。1966年、ジュネーヴ国際コンクール2位(1位無し)を獲得、たちまちドイツを代表する弦楽四重奏団に成長した。



またカール・ズスケ(第1ヴァイオリン)奏者はKarl Suske (カール・ズスケ)。ドイツの男性ヴァイオリニスト。1934年3月15日生まれ。
チェコスロヴァキー州ライヒェンベルク出身。幼少期に父フランツ・ズスケからヴァイオリンの手ほどきを受け、ライヒェンベルクの市立オーケストラで第2ヴァイオリンを演奏していた。第二次世界大戦後、家族とともにグライツ(テューリンゲン州)に移住し、ススケはヴァイオリンのレッスンを再開した。1947年に、グライツで育ったワイマール大学の教師でヴァイオリニストのゲルハルト・ボッセの下で学んだ。1951年にボッセがヴァイオリン教授とMDRライプツィヒ放送交響楽団の第一コンサートマスターとしてライプツィヒに移ったとき、ズスケも同行した。1954年の卒業後、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスの第一首席ヴィオラ奏者、後にコンサートマスターに就任した。1962年にはウンター・デン・リンデン国立歌劇場の第一コンサートマスター、1977年にはクルト・マズアの要請でライプツィヒに戻り、ゲヴァントハウス管の第一コンサートマスターに就任した。同時に、バイロイト音楽祭オーケストラのコンサートマスターを1991年から2000年まで9回務め、東京のNHK交響楽団からも繰り返しゲストコンサートマスターを務めた。1951年、師であるゲルハルト・ボッセが新たに結成した弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者として入団した。



1955年には伝統あるライプツィヒ・ゲヴァントハウス弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者にも就任した。1965年にベルリンでクラウス・ペータース(ヴァイオリン)、カール・ハインツ・ドムス(ヴィオラ)、マティアス・プフェンダー(チェロ)とともに「ズスケ弦楽四重奏団」(後にベルリン弦楽四重奏団)を結成し、ヨーロッパ、アメリカ、日本への客演を行い、ドイツ民主共和国の室内楽界で重要な役割を果たした。1970年、四重奏団は、「国の文化遺産の作品の見事な解釈とドイツ民主共和国の社会主義音楽創造への貢献に対して」ドイツ民主共和国の国家賞を授与された。1980年にレコード・レーベルのエテルナでベートーヴェンの弦楽四重奏曲を全曲録音し、弦楽四重奏団は解散した。



今回はクルト・マズア(指揮)ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によるバッハの演奏で、「ドイツ・シャルプラッテンETERNAの芸術」 エテルナのオリジナル・サウンドに最も忠実な音! 第4弾はカール・ズスケによるバッハ協奏曲集と無伴奏、ソナタ&パルティータのこのJ.S.バッハ:バイオリンパルティータBach - Violin Partita No.2 〜Chaconneは皆が絶賛するChaconneは当然良いが筆者はViolin Partita No.3〜Preludioはお気に入りで実に真面目な素晴らしい演奏であると思うのです。

特にこのJ.S.バッハ:ヴァイオリン協奏曲に着いては筆者が良く家族にお願いすることは、死んだら骨にして海に沈めてくれと頼んでいる。この曲のアダージョを聴くと思うはあくまでも透明な海水の静かな海の中でゆったり揺れ、波と戯れる光景を思い浮かべ、正に死後の世界を漂う筆者を思い浮かべる様である、それほどまでズスケの弦の音は好感が持てる。



【Disc 1】
 ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 BWV1041
 ヴァイオリン協奏曲 第2番 ホ長調 BWV1042
 2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043
 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ
  ソナタ 第1番 ト短調 BWV1001
  パルティータ 第1番 ロ短調 BWV1002
【Disc 2 】
  ソナタ 第2番 イ短調 BWV1003
  パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004
  ソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005
  パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006
[協奏曲]
  カール・ズスケ(ヴァイオリン)
  ジョルジオ・クローナー(ヴァイオリンⅡ)
  ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
  ワルター・ハインツ・ベルンシュタイン(チェンバロ)
 クルト・マズア(指揮)
 録音日:1977年4月21~23日、1978年12月11~12日
 録音場所:ライプツィヒ・パウル・ゲルハルト教会
 [無伴奏]
 カール・ズスケ(ヴァイオリン)
 録音日:1983年(BWV1001/1002)、1985年(BWV1003/1004)、1988年(BWV1005)、1987年(BWV1006)
 録音場所:ルカ教会スタジオ、ドレスデン



秋の夜長に楽しむは彼の実力が遺憾なく発揮された、深い奥行きと精神性を感じさせる演奏です。確かに10吋の名品ユニットIIILZ Monitor Goldを組み込んだエンクロージャーで聞くも十二分納得される音室と思うが確かに色々の名演奏を聴く中でも一際群を抜く纏まりとバッハゆかりのライプツィヒで育まれてきた演奏様式が豊かに結実したズスケの名盤が最高音質で蘇る音は実に優れた演奏でもある。
ここで筆者愛用のTANNOYについて述べる、兎に角音質的に優れた点は弦楽器の響きが大変よろしく、ボーカルの甘い響きは、このユニットを鳴らすツボさえ捕まえれば他のユニットでは味わえない魅力的がわかるはずだ。

特にカメラレンズに於いても同じですがここでいう「ヴィンテージ」は単に古いという意味であって、厳密にいつ頃のというものは無い様ですが、TANNOYの10吋については、発売当時の搭載ユニットはMonitorRED(ⅢLZ)、2代目1967年発売MonitorGOLD(ⅢLZmk2)、3代目1974年発売HPD295として販売した様ですがやはりオールドタンノイを語るならば、誠に残念なことに音質の要であったコーン紙工場が全焼により再起不能かと言われたが、薄手の西ドイツ・クルトミューラー社製コーン紙を使用できるように再設計された新型ユニットがⅢLZ in cabinetである。
現代タンノイの源流といっても過言ではないこのIIILZには10インチのモニターゴールドというスピーカーユニットが組み込まれています。むしろこれ以降はヴィンテージタンノイじゃない、という人も多いそうです。筆者に使用するTANNOYの10吋は2代目ⅢLZmk2を使用中である。



本日現在使用するメインアンプのサブ真空管6BM8を松下製から日立製に変更して聴くがヴォーガルは日立製に変えた途端にしっかりした落ち着いた声に安定感が増した、以前このミニ管は色々買い揃えたので予備は充分あるのですが、其々セットで揃えて保管しなければならず不精者の筆者には苦手な作業でもある。
ある程度時間が経過しれば、接点回復剤での洗浄は効果的でもある。

本国のETERNAオリジナル・アナログテープより新規で復刻。1977年と翌年にマズア指揮でETERNAレーベルへ収録されたカール・ズスケ(1934.3.15-)によるバッハのヴァイオリン協奏曲集を世界初SACD化で復刻されたアルバムは手放せない。ライプツィヒで培われてきたバッハ演奏の伝統様式を感じさせるズスケの代表的な録音のひとつとして非常に評価が高い正に名盤です。
確かにこのアルバムは筆者の以前から持つHPD295ユニット装着のTANNOY IIILZ in Cabinetでも良い音はしたのですが現在使用するTANNOYⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 Cabinetと比べ品位、自然な音の表現が違い、実に上手い具合に鳴る音かも知れない。確かに以下の様な解説があるので参考にしてください。



全盛期のエテルナのアナログ・レコードの音を限りなく再現すべく、オリジナル音源から新規デジタル・マスタリングした、キングインターナショナルのシリーズ「ドイツ・シャルプラッテンETERNAの芸術」。第4弾は、室内楽の名手カール・ズスケによるバッハ作品集。彼の実力が遺憾なく発揮された、深い奥行きと精神性を感じさせる演奏です。引き続き企画監修は、ヴィンテージレコードショップ「エテルナトレーディング」の店主で、日本にETERNAのレコードを流布させた"仕掛け人"でもある高荷洋一氏。特に今回は、「無伴奏」のオリジナルがデジタル・マスターのため、よりアナログ・レコードに忠実な音質を目指すべく、丁寧にマスタリングを行いました。また解説書には、カール・ズスケの音楽性とその周辺についてより深く追求した、カール・ズスケの音の秘密落ち着きある安定した音が聴こえ安らかな眠りを誘う様でもある。

伝統あるズスケ弦楽四重奏団を聴くにはやはり欧州のスピーカーがとの相性が良いが、この様な音楽を視聴するは、いくら最新のエンクロージャーを使えど駆動するアンプは真空管使用が上手くなる様だが、最新のスピーカーは能率の悪いものありその辺りのバランスさえ合えば球のアンプを薦める。



当時ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンサート・マスターだったカール・ズスケを中心に首席奏者たちによって組織されました。1966年、ジュネーヴ国際コンクール2位(1位無し)を獲得、たちまち旧東ドイツを代表する弦楽四重奏団に成長。東ドイツ国内では一貫してズスケ四重奏団(ドイツ語表記のSuske-Quartett)を名乗って活動しましたが、国外でのツアーやLPレコードではベルリン弦楽四重奏団(英語表記のBerlin String Quartet)の名称で活動しました。1977年9月にカール・ズスケがライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターに転出すると、リーダーはヴォルフ=ディーター・バッツドルフに交代し、団体名もドイツ語のBerliner Streichquartett(ベルリン弦楽四重奏団)を名乗るようになりましたが、ズスケをリーダーとした録音は1980年まで継続し、有名なベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集を完結させています。高い評価が与えられているベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の中でも、最高傑作の呼び声が高い第14番である。
改めてルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)は、ドイツの作曲家、ピアニスト。音楽史において極めて重要な作曲家の一人であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。ベートーヴェン好きの筆者にはベートーヴェン弦楽四重奏曲全集(7CD)ズスケ四重奏団のアルバムがある。

この録音には、1970 年代に人気が最高潮に達し、ベートーヴェンの録音が音楽生活の要であったドイツの四重奏団、ズスケ四重奏団が参加しています。このグループのオリジナル ラインナップは、ベートーヴェンの曲で始まり、終わりました。70 年代に録音され、その壮大さと古さをまったく失っていないこの録音は、優れたアルバムです。



ベートーヴェン:弦楽四重奏曲全集
Disc1
 弦楽四重奏曲第1番ヘ長調 Op.18-1
 弦楽四重奏曲第2番ト長調 Op.18-2
 弦楽四重奏曲第3番ニ長調 Op.18-3
Disc2
 弦楽四重奏曲第4番ハ短調 Op.18-4
 弦楽四重奏曲第5番イ長調 Op.18-5
 弦楽四重奏曲第6番変ロ長調 Op.18-6
 弦楽四重奏曲のためのメヌエット 変イ長調 Hess 33
Disc3
 弦楽四重奏曲第7番ヘ長調 Op.59-1『ラズモフスキー第1番』
 弦楽四重奏曲第8番ホ短調 Op.59-2『ラズモフスキー第2番』
Disc4
 弦楽四重奏曲第9番ハ長調 Op.59-3『ラズモフスキー第3番』
 弦楽四重奏曲第10番変ホ長調 Op.74『ハープ』
Disc5
 弦楽四重奏曲第11番ヘ短調 Op.95『セリオーソ』
 弦楽四重奏曲第13番変ロ長調 Op.130
 大フーガ 変ロ長調 Op.133
Disc6
 弦楽四重奏曲第12番変ホ長調 Op.127
 弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調 Op.131
Disc7
 弦楽四重奏曲第15番イ短調 Op.132
 弦楽四重奏曲第16番ヘ長調 Op.135
ズスケ四重奏団
 カール・ズスケ(第1ヴァイオリン)
 クラウス・ペータース(第2ヴァイオリン)
 カール・ハインツ・ドムス(ヴィオラ)
 マティアス・プフェンダー(チェロ)
録音時期:1967~1980年
録音場所:ドレスデン、聖ルカ教会
録音方式:ステレオ(セッション)
原盤:Berlin Classics
第9番作品47イ長調は、1803年に作曲されたピアノとヴァイオリンのためのソナタで、「クロイツェル・ソナタ」の呼び名で知られており、その技術的な難易度の高さと異例ともいえる長さ、規模が大きく非常に風格があるという特徴を持っています。



2代目1967年発売MonitorGOLD(3LZmk2)のエッジはコーン紙がそのままエッジとして使われているフィックスドエッジです。 
以降はHPDと呼ばれるユニットに変わりこちらも素晴らしいものには変わりませんが、やはりオールドタンノイを語るならば、コーン紙が工場火災によりクルトミューラー社製に変わる前のこの時代のユニットは良い製品と思う。

若干ハイ上がり気味ですがコントロールの高音を抑えてきけばこれが実に格調高い音質になります。モノーラルで聴けば尚宜しい兎に角Op.131は是非お勧めする、但し此れは間違いなく真空管アンプで聴く抱きであろう。安価な真空管でも素直に演奏に浸れる音がします。フレーズごとの表現が実に豊かで、飽きのこない演奏です。勿論テンポも適切だと思います。聴いている瞬間瞬間で音楽を聴く喜びを味わえる素晴らしい演奏だと思います。
60年代のADD録音で,古いですがかえって艷やかな印象は好みです。少し残響が多すぎるかが気になることもある、しかし4人の奏者それぞれの音がしっかり聞こえて、対話しているようでフレーズごとの表現が豊かで、飽きのこない演奏です。テンポも絶妙である。まるで拙宅のTANNOYⅢLZ in GOODMAN AXIOM80 Cabinetは水を得た魚のように歌うのである。ブラボー!