有海の檻にイノシシが入ったから見に来い、とミッチャから連絡があったのは朝の8時を少し回った頃だった。早速駆けつけると30キロ位のイノシシが2匹、檻の中からこっちを覗っていた。
イノシシとともに暮らしている我々出沢の者にとっては信じられないことだが、この有海地区は今まで殆んどイノシシの被害がなかったのだという。おそらく、国道と豊川に挟まれてイノシシが侵入できなかったのだろう。しかし、流石にここ4,5年ほど前からイノシシに荒らされるようになったそうで、少しでも被害をくい止めようと3年ほど前に仕掛けた檻にこんど初めてイノシシが入ったという。勝手がわからないというので、から解体まで処理一式を出沢の連中が手ほどきすることになり、午後1時に出直して始めることになった。
槍を持って檻に近付いていくと、やけに大人しい。出沢の檻に入ったイノシシは暴れまくってなかなか突けないので、「ませ棒」で檻を仕切って動き回れなくしてから突くこともある。ところがこのイノシシは、ときどき威嚇はするもののじっとこちらの様子を覗っているのである。ミッチャと「有海のイノシシは品があるなあ」などと話しながら、ふと此処は有海原だということを思い出した。
『お前は強右衛門の末裔か?』
すっかり観念した様子の猪は、ゆっくりとうなずいて首をさし出した。気品さえ感じられる。
『おお見事!潔し!、その潔さに免じてこのまま放してやりたいが、これは生き残りをかけた戦だ、そうもゆかぬ。だがお前の勇気は我が命ある限り後世に語り継ごう』
というわけで、この猪たちは有海の人たちのお日待ちの肴となった。その味と潔さは有海の伝説となって後世に語り継がれることであろう。(実はこの猪は2匹とも♀であった・・。だがその勇気と潔さは称賛に値するものであることに変わりはない)
因みに、今年も4月18日、新昌寺境内(ここから300メートルほど離れているだろうか)の鳥居閣で【強右衛門祭】が盛大に催され勇者「鳥居強右衛門」が讃えられた。