「大淵でイノシシが泳いでいるそうだから、ちょっと付きあって欲しいんだけど」
ミッチャから連絡があったのは朝9時過ぎ、一仕事しようと草刈機のエンジンをかけた時だった。
急いで駆けつけるとミッチャはもう先に来ていた。〈インキョ〉の県道の広くなった所に車を止め、橋詰の田んぼの脇を通ってミッチャと一緒に大淵に下りていった。ここの田んぼも電気柵がしてない所は、イノシシが掘った穴だらけだ。
大淵に着いて眺めて見ると、淵の出口のところの浅瀬に黒い影が浮き沈みしている。
『イノシシだ・・。』
「イノシシにしてはちょっと太いな?」
気付かれないようにもう少し近寄って見よう、と行きかけると
浮き沈みしていた黒い影がいきなり立ち上がって、
「オーイ、今、イノシシが横山の弁天様の方へ登っていった。足を怪我しとるみたいで、ガサゴソゆっくり上がっていったで、まだ、すぐ近くにおると思うけど・・」
下りアユを捕りに網を撒いていた末恵廣のオヤジのコ―チャだった。どうやら第一通報者はコ―チャだったようだ。
アブね~。メタボが幸いした。コーチャの腹があと10センチ細かったら、イノシシと間違えられてミッチャに撃たれるところだった。
イノシシが登っていったという、横山の弁天様の下は、急な斜面で、足を滑らせたら川まで転がり落ちてしまいそうな場所だ。おまけに真竹が密生していて、とても、イノシシを探せるような場所ではないが、兎も角、行くだけ行って見るか・・・。
寒狭橋を渡って横山側に回り、花の木ダムの水門の上の広場に車を止めて、弁天様の下手に回り込み、下の方を窺って見る。竹の間を透かしてみると何やら黒い影が見える。暫らく見ているとゆっくりと動き出した。まさかとは思ったがほんとにイノシシだ!!、ミッチャが100メートル程後をつけて行って仕留めた。
動かなくなったのを確かめてから、近寄って見ると左前足が折れていた。どおりで動きが鈍かったわけだ。何処かで車にでも撥ねられたらしい。手負いとなって誰かに怪我をさせる恐れもあったのでこれでよかったのかも知れない。
止め差しをして、国道まで上げようとしたのだが、二人でこの急斜面を引き上げるのは無理だ。
見ると、幸い、アユ捕りを中断して上がってきたコーチャが、ウエットスーツを着ている・・。
「川まで降ろして、橋詰の田んぼ通って、〈インキョ〉まで担いでいこう。」
コーチャが俺の仕事だとばかりに、イノシシを川まで転がし降ろして対岸まで運んでいった。
ミッチャと一緒にまた〈インキョ〉まで戻り、橋詰の田んぼを突っ切って〈ヨリキ〉の少し上になるだろう、河原に下りていった。
待ちかまえていたコ―チャと先ず記念写真
足を縛り、用意していった担い棒を通して担いだら・・、重い・・。
行きがかりで私が頭の方を担ぎ、ミッチャが後ろを担ぐことになった。担いで少し歩くと何やら尻にあたる、振り返って見ると、担い棒が少し短くて、ぶら下ったイノシシが薄目をあけニヤリと笑いながら、例のデカイ鼻で尻を突ついているではないか!。
今更長い棒を探すわけにもいかんし、必死になってイノシシを担ぎ、崖をよじ登って橋詰の田んぼまで上がった時は、汗が吹き出し、息が上がってもう前に進めなくなった。
「ちょっと休むぞ」、
いうと同時に、畔道にイノシシを放り出した。
ミッチャはそれ程疲れている様子はない、同級生なのにこの差はなんだ?。
一休みして立ち上がり、イノシシがボコボコに起こした田んぼの中を、よろめく度に、あのデカイ鼻で尻を突つかれながら、ようやく県道までたどり着いた。
後で写真を見たら、人間と違って、イノシシは4つ脚で特に頭と前足が発達していて、体重の殆んどが前に掛かっていた、結局、前の私が、一人でイノシシの体重をほとんど支えていたのだ。どおりで、ミッチャが涼しい顔していたわけだ。
〔 人の一生は、重荷を負うて遠き路を行くが如し〕
これでまた少し、人として成長することができた。有り難い・・。有り難い・・・。
だが、この次担う時は後ろ脚にしよう。