今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

「漫画の日」「手塚治虫の忌日」

2005-02-09 | 記念日
今日は「漫画の日」「手塚治虫の忌日」
1989年の今日(2月9日)が 漫画家・手塚治虫の命日にあたることから、漫画本専門古書店「まんだらけ」が制定。
手塚 治虫(てづか おさむ)[1928年11月3日生]漫画家、アニメーター、医師、医学博士。本名手塚 治。1946(昭和21)年、4コママンガ「マアチャンの日記帳」で、デビュー。手塚治虫は、大学時代から、漫画家として活動を始める。医師と漫画家という二足のわらじをはくことも考えたが母の「好きなことをやりなさい」という言葉で専業漫画家の道を選ぶ。1947(昭和22)年玩具の町だった大阪・松屋町の育英出版社からの「新宝島」が出版された。このマンガ「新宝島」は、大阪マンガ界の長老酒井七馬が原案を創り、新人だった手塚治虫が自由に脚色して描き上げた作品であり、映画的表現の手法を導入した長編ストーリーマンガの始まりで、当時40万部も売れるベストセラーとなった。当時ぺらぺらの玩具本が殆どであった中で、200ページ近くもある分厚い豪華な造本と、新しいマンガの映像が子供たちを冒険世界の中に引きずり込んでいった。当時、漫画家の藤子不二雄が「絵が動く」とそのショックを語ったといい、これ以降、多くのマンガ家志望者を生み出した。まさに、この1冊のマンガが赤本マンガブームきっかけのもとを作り、戦後のマンガの流れを変えたといえるだろう。
生前小学館児童漫画賞他幾多の賞を受賞しているが、それらをもってしても、「鉄腕アトム」から「ネオ・ファースト」まで700作以上の漫画と「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「火の鳥」など約50本ものアニメ作品と広大無限な世界を生み出してきた氏の功績を称えきれないであろう。
告別式は、3月2日、東京・青山で行われたが、式場前には、手塚治虫の代表作のパネルが並べられ、式場には5000人を超えるファンが詰め掛け巨匠の死を惜しんだ。
私が小学生の頃「新宝島」が発刊された。宝島の地図を手に犬とともに冒険に出て行く少年の物語には、アップとロングの多様により、映画を見るような迫力とコマの流れがあり、本当にわくわくして読んだものだ。
その後、色々なバリエーションの作品を発表しているが、次に夢中になって呼んだのが昭和26年に「マンガ少年」に連載された「ジャングル大帝」だったことを思い出す。その後「鉄腕アトム」が発行されSFの世界のロボット少年が今日に至るまで人気を得ているが、手塚治虫という漫画家は、漫画家という域を超えた偉大な科学者であり芸術家といった感じのする人だったな~。
最後に、今日を「マンガの日」に制定した漫画を専門の古書店「まんだらけ」は、「ガロ」の漫画家古川益三氏が開業。漫画だけでなく、アニメ原画・玩具の販売もおこなっており、マニアむけの珍重本や漫画家の原画などを販売し、店員がマンガキャラクターをまねたコスチュームで接客することで知られる。
今日の2月9日の「漫画の日」以外にも、
7月17日「漫画の日」。
1841年、イギリスの絵入り諷刺週刊誌『パンチ・ロンドン・シャリヴァリ』(通称「パンチ」)が発刊された日。
11月3日「まんがの日」
日本漫画家協会と出版社5社が2002(平成14)年8月に制定した日。・・・などがある。
追記、7月17日「漫画の日」もこのブログで取り上げました。ここです。
(画像は、マンガ「新宝島」)
参考:
手塚治虫@ワールド
新作情報、これまでの制作作品、作品から読み取る手塚治虫のメッセージ、「手塚治虫ワールド」建設情報等
http://www.tezuka.co.jp/
手塚治虫アニメワールド
http://columbia.jp/dvd/mushipro/
まんだらけホームページ
http://www.tezuka.co.jp/
赤本マンガ・貸本マンガブーム
http://hunter_kingdom.at.infoseek.co.jp/sotsuron1-2-2.html