今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

建国記念の日

2005-02-11 | 記念日
今日(2月11)は「建国記念の日(National Foundation Day)」
「建国をしのび、国を愛する心を養う」国民の祝日。1966(昭和41)年から国民の祝日になった。
しかし、この日の祝日が、何故、「建国記念日」ではなくて、わざわざ「建国記念の日」とされたのか?この日2月11日は、かっての「紀元節」である。
「紀元節」は、1873(明治5)年から1948(昭和23)年まで祝日とされ、四大節(新年・紀元節・天長節・明治節)の一つとされていた。
日本書紀による神武天皇即位の日である紀元前660年1月1日を新暦(グレゴリオ暦)に換算した2月11日を祝日と定めていたものであった。しかし、戦後、日本国憲法の精神にそぐわないとして廃止された祝日であるが、1951(昭和26)年頃から復活の動きが見られ、1957(昭和32)年以降9回の議案提出・廃案を重ねて1966(昭和41)年、国民の祝日に追加されたものである。
この記念の日の制定については、
1966(昭和41)年、祝日法改正の附則(昭和41年6月25日 法律第86号)によると、「建国記念日となる日」は、「政令で定める日」とし、「建国記念日となる日」を定める政令の制定を立案しようとする時は、建国記念日審議会に諮問し、その答申を尊重しなければならない・・・・としている。
建国記念日審議会で、建国記念の日の「日附」を2月11日に決定するにあたっては、紆余曲折があったことが伺えるが、兎に角、同年12月8日に2月11にするとの答申が提出され、翌日政令で公布。翌1967(昭和42)年2月11日から適用されることとなった。
祝日の名称が「建国記念日」ではなく「記念の日」としたのは、あくまでも、史実に基づく建国された日とは関係なく、単に建国されたという事象そのものを記念する日であるとの理由づけによるものである。
記・紀の語る神武東征伝説によれば、大要は、
初代君主・神武天皇(神倭伊波礼毘古命=かむやまといわれびこのみこと)は、日向の地に降臨した天孫ニニギノミコトの曾孫とされ、日向を出発して東方をめざし、瀬戸内海を経て河内に上陸。大和に向かうものの地元の豪族の抵抗に合い、紀伊熊野を迂回してようやく大和に入り、そこを平定。橿原宮で即位し初代天皇となる。といったようなものである。
ただ、戦前までは、この神武東征伝承は史実とされていたが、戦後は神武天皇の存在そのものが疑われており、日付などはより疑わしいものであるが、日本の場合は、そのような史実としてみれば、疑わしい神武天皇の即位したとされる日が選ばれていることから、ある種の政党や憲法学者他いろいろな人達から天皇制の問題と絡めて問題視されているところではある。
なにをもって建国とするかは、国によってもいろいろと異なるが、「建国を記念する日」を設けることに、賛否を語るつもりはない。
「建国をしのび、国を愛する心を養う」日を定めながら、今朝の新聞を見ても「建国のけ」の字も掲載されていない。又、建国に関する特別な行事をしているとも聞かない・・・。祝日って何する日・・・?ただ、休みが一日増えただけなのか?。ま、いざというときのお国のために寝て体力でもつけておけということなのかな・・・?。
(画像は、神武の軍が長髄彦(ながすねひこ)と戦った際、金色に輝く鳶が弓にとまり、敵を惑わせたとされる。「日本書紀の絵」。昭和16年の小学校2年用教科書「ヨイコドモ(下)」に載せられたもの。)
参考:
内閣府 >宮内庁ホームページ
http://www.kunaicho.go.jp/
天皇陵
国民の祝日に関する法律(現行法) 昭和23年法律178号 休日の変遷 ...
http://homepage1.nifty.com/gyouseinet/dayoff/genkouhou.htm
建国記念の日
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/建国記念の日
神武天皇