今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

食器洗い乾燥機の日・・だんらん?

2005-02-22 | 記念日
今日(2月22日)は「食器洗い乾燥機の日」日本電機工業会が制定。
食器洗い乾燥機によって食後のゆとりができ、夫婦だんらんの時間ができるということから、「ふう(2)ふ(2)にっ(2)こり」の語呂合せとか。平成10年2月22日よりこの日を記念日に制定したそうだ。近年、生活家電製品が随分充実してきているが、その中で、食器洗い乾燥機は、今、最も主婦が欲しい家電商品として話題を呼び、ここ数年需要が急激に拡大しているらしい。夫婦共働きの家庭などは、夕食後の家事労働を少しでも軽減したいだろうし、この1台で少しでも時間と心のゆとりを得られるののであればそれは、いいことですね。ただ、今日は、食器荒い乾燥機の話をするつもりはなく、「だんらん=団欒」について考えてみたい。
皆さんは、夫婦の団欒や家族の団欒、といった言葉から、どのようなことを、イメージされますか。
私は、最近夫婦や家族の「団欒」といった言葉を余り耳にしなくなったような気がする。何故かを思い起こしていると、テレビ番組を思い出しました。私が、結婚した当時は、仕事から家に帰り、家族と一緒に食事をしながら見ていたTV番組には、ホームドラマが多く、そこには、自分達と、同じような家族が、自分たちと同じように、家族揃って楽しそうに食事をしている一家団欒の場面が映し出されていた。
家族の関係を見ると、概ね、外に出て働く仕事熱心な夫と、家庭で家事と育児に勤しんでいる妻、それに纏わる子供たちやおじいさん、おばあさんといった生活パターンである。
ドラマは、家族のために粉骨砕身働くが、仕事熱心の余り家のことは余り省みない、ちょっと我がままで、頑固ではあるが、根は家族思いのお父さんを中心に、家庭の中にあって、家族のために忍耐強く献身的に働く、日本の伝統的なお母さんが織り成す、当時何処ででも見られた中産階級の一般家庭を描いたほのぼのとした明るいドラマであった。そこには、まだ、家長であるおとうさんを中心に爺さん婆さんといった年寄りとともに、しっかりもののお母さんと子供たちといった家族の関係、言い直せば、戦前からの「家」を中心とした家族関係と「団欒」の場があった。
しかし、高度経済成長とともに、夫の単身赴任、妻である女性の社会への進出又、核家族化といった社会現象が広がり、このようなことから、テレビのホームドラマの内容も1970年代の後半頃からは、少し変化し始めたように感じられる。
同じように家庭を描いたホームドラマでも、その中には、単身所帯の悲哀や親子の断絶、夫婦間のコミュニケーション不足、嫁と姑の軋轢といった暗いそして冷たい部分がドラマの中に織り込まれ、家族の「団欒」の場が少なくなり「家」や「家族の絆」の崩壊といったことがテーマーに描かれるようになっていたように思う。
そして、最近は、こんな家庭を描いたホームドラマさえ殆ど見られなくなったように思う。我々自身が、もう、ホームドラマそのものに関心を持たなくなったせいかもしれないが、むしろ、テレビドラマを作成する側にとっても、家族関係の崩壊が常識化してしまった昨今では、ホームドラマで提案すべきテーマーがなくなってしまったからではないだろうか。
食器洗い乾燥機一台くらいで、時間と心のゆとりが出来て、夫婦や家族の「団欒」の場が出来るのなら、こんな安い買い物はない・・・。家族が円満にゆくためには「団欒」の場を持つことが大切なことは間違いない。そのためのゆとり時間は、大切な要素ではある。しかし、私には、もっと大切なことがあるように思う。それは、自我を抑え相手のことを思いやる気持ちではないだろうか?戦後、物欲と自己中心主義が蔓延し、相手の人や立場を思いやる気持ちが薄らいでしまっているように感じられる。
(画像はJRの「団欒」列車・雷鳥のチラシ)