今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

ビアホールの日:パートⅡ

2007-08-04 | 記念日
今日(8月4日)は、「ビアホールの日」
ビアホールチェーンのサッポロライオンが制定。
ビアホール (英語:beer hall 、ビヤホールとも) は、主としてビール、そして料理を飲食させる店。
日本では1899年(明治32)8月4日、東京の京橋区南金六町五番地(現在の銀座8丁目)に日本麦酒醸造株式会社(現在のサッポロビール)によって「恵比寿ビヤホール」が開かれたのが最初とされており、これを記念して8月4日が「ビヤホールの日」とされている。ビヤホールは、ヱビスビールの宣伝が目的で、工場直送の出来立て生ビールを味わってもらい、そのよさを知ってもらうためだったようだ。名前は当初ある宣教師の意見で「ビヤサロン」と決定していたが、、あるイギリス人に、宣教師は上品なサロンをイメージしているようだが、横浜あたりではサロンといえばいかがわしい場所。店名には相応しくないので、ホールのほうがよい、とのことで「ビヤホール」に決まったそうだ。開店1週間からは1日1,000リットルも売れる日もあり、宣伝目的のビヤホールは、売上げも好調で商売にもなるという一石二鳥の成果があったが、お客の不満が一つ。当初のつまみは西洋に倣いスライスした大根だけ(ラディシュのつもり)でありこれが不評であったのでその後、蕗や海老の佃煮にしたところ、大いに受けたという。1934( 昭和9)年4月8日関東大震災後大日本麦酒(株)本社ビル竣工。1階にビヤホール開店(現「ライオン銀座七丁目店)、これが、現存する最古のビヤホールといわれており、『ライオン』 の店名は1911(明治44)年、築地精養軒(上野精養軒の前身)が銀座4丁目の角に『カフェー・ライオン』を開店したときから続いているもので、この『カフェー・ライオン』は、イギリス・ロンドンのピカデリーサーカスの角で営業していたレストラン会館「ジョー・ライオンズ商会」の名にあやかったものだとか。その名を譲り受け、店名を『銀座ライオン』として今日に至っている。以下参考に記載のサッポロビール及びサッポロライオンHPより)・・・。
東京の築地精養軒は、1923(大正12) 年の関東大震災により焼失。そのため、1876(明治9)年に支店として開業した上野精養軒が本店となり現在に至っている。(以下参考に記載の「上野精養軒HP」参照)
日本での外国人による醸造は、1812(文化9)年に長崎市の出島において、オランダ商館長のヘンドリック・ドゥーフの手によるものが最初である。開国後の1869年(明治2年)には、横浜の外国人居留地、山手46番にウィーガントらによって、「ジャパン・ブルワリー」が設立され、翌1870(明治3)年にはアメリカ人・コープランドが「スプリング・バレー・ブルワリー(現在の麒麟麦酒)」を設立。ビールの醸造製造を始め、主に居留地の外国人や上流階級の日本人向けに販売し、輸出もした(後に、ジャパン・ブルワリーは閉鎖、ウィーガントは別の工場ババリア・ブルワリーを興すが、最終的にはコープランドのスプリング・ヴァレー・ブルワリーと合併する)。
日本人で、最初にビールの醸造を試みたのは、1853(嘉永6)年頃、幕末蘭学者である川本幸民によるとされているが、その詳しい内容はわからない。(以下参考に記載の日本化学の始祖「川本幸民」また、日本の歴史を動かした「蘭学者 川本幸民」-その人・その時参照。)ただ、キリンビール(現・キリンホールディングス)の「ビール5000年の旅」探究プロジェクトの一環としてそのことが取り上げられ、広告などに使われていた。
明治維新後、産業としての醸造は、1869(明治2)年に、当時の品川県知事であった古賀一平が土佐藩屋敷跡(現在の東京都品川区大井三丁目付近)にビール工場を建造し製造を開始したのが最初とされているようだただし、規模の大きさから、1872(明治 5)年に、大阪市で渋谷庄三郎が「渋谷ビール」を販売したのが最初とする説もある。その後、甲府の十一屋という造り酒屋の主人・野口正章が横浜からアメリカ人技師のコープランドを甲府に招いて指導を受け苦労の末初のビールの醸造に成功し、その製品に「三鱗ビール」と命名して1874(明治7)年甲府で売り出した。その後もビールの改良を続けて、翌年の京都博覧会に出品し銅賞を受賞するほどの高い評価を受けたという。この時広告も掲載している。甲府は葡萄酒の産地であり、そんな中でのビールづくりは周囲からは、「西洋狂い」と嘲笑されたようだが、彼がビール醸造に目をつけたのは、当時輸入ビールが1ダースで2円15銭もしていたからだった。これは、ほぼ白米1表の値段であったという。しかし、当時はまだ国内に需要の少ないビール醸造に巨額の資金を注ぎこんだことと、ビールが濁るなどの品質不良もあって、十一屋の庇が傾きかけ、野口は十一屋若主人の座を追われてビールへの夢は破れ、東京に出てからは再び甲府の土を踏むことは無かったという。しかし、「三鱗ビール」の商標は今も残っている。
以下参照。
キリンホールディングスHP/ビール醸造のパイオニアたち
http://www.kirinholdings.co.jp/company/history/pioneer/index.html
しかし、この野口の成功が口火となり、1876(明治9)年には北海道で官営ビール事業として、北海道開拓使札幌麦酒醸造所が中川清兵衛を中心に設立され(翌年「札幌ビール」を発売した。)るなど、19世紀末にかけて今日の地ビールのごとく日本各地にビール会社が創立され各社は販路拡張に激しい宣伝合戦を繰り広げた。
そして、国内初のビアホールも1899年(明治32)の今日(8月4日)「恵比寿ビヤホール」が開店。ここが大繁盛したため、洋風なモダン建築の「ミルクホール」(接客業の性格が強い「カフェー」よりも安価で大衆的な喫茶店)などが次々に作られるようになった。
なお、日本で最初の屋上ビアガーデンは1953(昭和28)年に大阪市北区梅田でオープンした「<ahref=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%A8%E3%83%BC>ニユートーキヨー大阪第一生命ビル店」である。 このような屋上ビアガーデンに限らなければ、日本最初の半屋外型のビアホールとしては、1875(明治8)年に横浜・山手で「スプリング・バレー・ブルワリー」の創始者であるコープランドが、工場隣接の自宅を改装して開いた「スプリング・バレー・ビヤ・ガーデン」であるとする説がある。主に外国人居留者と外国船の船員向けであった。現在では一般的となった、工場で出来立てのビールを提供する飲食店「工場内ビアレストラン(ビール園やブルワリー内ビアホール)」のルーツとも言える。
だから、「恵比寿ビヤホール」が開店した今日の「ビアホールの日」とされているのは、本格的な、現代的な日本人による日本人向けの「ビヤホール」が出来た日と言うことになるのであろう。このような、日本発とか日本一とか言う物は、なんでもそうであるが、何をとっていうのかは難しいものである。
私はもともと日本酒党なので、若山牧水が詠んだ「白玉の歯にしみとほる秋の夜の 酒は静かにのむべかりけれ」の歌じゃないけれど、1人でなくても気の合う仲間また女性と静かに飲むのが好きであるが、さて、その酒も、ビールとなるとどうもそのような静か雰囲気で飲む気にはなれない。
黒田三郎の詩に「「ビヤホールで」という詩がある。その中には以下のような一節がある。
”夕方のビヤホールはいっぱいのひとである
誰もが口々に勝手な熱をあげている
そのなかでひとり
ジョッキを傾ける僕の耳には
だが何ひとつことばらしいものはきこえない

たとえ僕が何かを言っても
たとえ僕が何かを言わなくても
それはここでは同じこと
見知らないひとの間で安らかに
一杯のビールを飲む淋しいひととき”
詳しくは以下参考に記載の「酒の詩歌句集」の〔詩〕黒田三郎「ビヤホールで」を参照。
ビールはやはり、大勢の仲間で、歌でも歌いながら、わいわいとおしゃべりしながら飲むのが向いていそうだ。この暑い夏、久しぶりに昔よく行ったミュンヘンなどで、気の合う仲間と一緒に昔語りをしながら飲みたいものだ。・・・しかし、我が飲兵衛友達は、昔の不摂生が祟ってもう早々と他界している者が多い。・・・仕方がない。風呂あがりに家人を相手に飲むことにするか・・・。
(画像のビールはWikipediaより)
参考:
ビアホール - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB
ビール百科(ビール酒造組合)
http://60.43.163.51/100ka/index.html
4月23日「地ビールの日
http://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/3b20ec526c27437ebb9c0ad697f16f03
現代俳句協会「現代俳句データベース」
http://www.haiku-data.jp/
酒の詩歌句集
http://jns.ixla.jp/users/jofuan505/myhaiku_008.htm
バー「ユニテ」
http://www.haizara.net/~kirita/unite/
久保田万太郎 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E4%BF%9D%E7%94%B0%E4%B8%87%E5%A4%AA%E9%83%8E
図書カード:久保田万太郎氏著者名: 芥川 竜之介 
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card43369.html
サッポロライオン
http://www.ginzalion.jp/
サッポロビール
http://www.sapporobeer.jp/index.html
上野精養軒HP
http://www.seiyoken.co.jp/
川本幸民 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E6%9C%AC%E5%B9%B8%E6%B0%91
日本化学の始祖「川本幸民」
http://www.nogami.gr.jp/rekisi/kawamoto/kawamoto.html
日本の歴史を動かした「蘭学者 川本幸民」-その人・その時(NPO法人 ドラマ九鬼奔流で町おこしをする会)
http://www.nogami.gr.jp/katudo/0506_sandagaku/050609_komin.html
ビール醸造開業広告(山梨県立図書館)
http://www.lib.pref.yamanashi.jp/kosyu/manabu/sangyo/sangyo_2.html
若山牧水 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E5%B1%B1%E7%89%A7%E6%B0%B4
地ビールが美味しい、ビアホール、ビアレストランなら大阪、神戸のニューミュンヘンへ!
http://www.newmunchen.co.jp/