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NHKテレビがプロ野球ナイターを初めて実況中継した日

2007-08-23 | 歴史
1953(昭和28)年の今日(8月23日)は、NHKテレビがプロ野球ナイターを初めて実況中継した日。
日本のプロ野球中継の基点は1936(昭和11)年7月に開かれた「日本職業野球連盟結成記念大会」のラジオ中継だった。東京中央放送局(現・NHK)が大会期間中の全試合を生中継した。 民間放送の第1回は1951(昭和26)年に新日本放送(現・毎日放送)が行った。
NHKは、1948 ( 昭和23 ) 年6月に、戦後初めてのテレビの公開実験を行っているが、日本のテレビ放送は、当初からNHKと民放の併存体制で進んでいた。正力松太郎は、民放のトップを切って1951(昭和26)年に 日本テレビ放送網の計画を発表、日本に民間テレビ放送網を設立するという大規模な構想を発表した。この構想は、アメリカからも資金援助を受け、技術・施設ともにアメリカの最新式のものを導入する計画であった。1952(昭和27)年より相次いで民放もテレビ局の免許申請をした。1953( 昭和28)年2月1日NHK東京テレビジョン開局。日本初のテレビの本放送を開始し、「JOAK-TV、こちらはNHK東京テレビジョンであります」の第一声とともに、映像が流れ、開局祝賀式、舞台中継、ニュース、映画などが放映された。NHKには、専用のテレビスタジオはまだ1つしかなかったが、使用した機器は、カメラを除き、すべて国産品であった。一方、民放の本放送開始は、1953(昭和28)年8月28日午前11時20分 、日本テレビ放送網(日本初の民間放送によるテレビ局)がテレビ本放送を開始した。(この日が開局記念日)。 日本初のテレビ局としての開局を目指していたが、多くの機器を輸入に頼っていたため納入が間に合わず、NHKに先行されたかたとなった。 そして、その翌日の8月29日、日本テレビの製作により後楽園球場で開かれた巨人軍大阪タイガース(現・阪神タイガース)のナイターを民放としてテレビ初中継している。 当時、如何にテレビ放送が野球の放送に力を入れていたかがわかる。
しかし、この6日前の8月23日には、既に、NHKテレビが西宮球場で行われた阪急・毎日戦のプロ野球のナイターを実況中継しているのである。これが、日本初のテレビでのプロ野球初のナイター中継と言うことになり、このことは、朝日クロニクル「週刊20世紀」及び毎日ムック「戦後50年」の年表には共に記載されているのだが、それ以上の詳しいことがいくら調べてもわからない。・・・記念すべきナイターの野球中継なのに、不思議に思うのだが・・・。放送されたものが西宮球場で行われた阪急・毎日戦だったからであろうか?。テレビ中継は主として巨人軍の試合を全国中継しているが、1964年頃まではそれ以外の試合も全国中継で頻繁に放送されていたのだが・・。
西宮球場は、かつて兵庫県西宮市にあった、阪急電鉄が経営していた野球場(正式名称は阪急西宮球場)であった。阪急電鉄(現阪急阪神ホールディングス)が所有していたプロ野球チーム『阪急ブレーブス』の本拠地としてブレーブスの主催試合が開催されていた。1936(昭和11)年発足した阪急ブレーブスは、阪急の小林一三社長が、阪神電鉄の球団大阪タイガース(現・阪神タイガース)に対抗し結成したものである。
この阪急軍の設立された1936(昭和11)年は、以前からプロ野球チームとして活動していた東京巨人軍、大阪タイガースの2チームに阪急軍他、名古屋軍東京セネタース大東京軍名古屋金鯱軍が設立・参加し、この7チームで日本職業野球連盟が設立され、4月に第1回のリーグ戦が開催された年であり、日本の団体競技で全国規模の社会人リーグ戦はこれが初めてだった。
その後、後楽園イーグルス南海軍、が参加、1941(昭和16)年に翼軍と名古屋金鯱軍が合併し大洋軍となり8チームに。 1943(昭和18)年に西鉄軍と大和軍が解散し、6チームとなり、終戦を迎えた。終戦後の1946(昭和21)年に、既存6チームに加え、セネタースゴールドスターを加えた8チームによる株式会社形式で連盟が再結成された。1949(昭和24)年まで1リーグ8球団の形態が続いたが、正力の構想する2大リーグ戦の計画を聞きつけて、加盟希望企業が殺到。1953(昭和28)年の今日(8月23日)阪急と対戦した毎日(毎日オリオンズ)もその1つである。
連盟は「当初は10球団1リーグ、その後は12球団2リーグ」という正力構想のタイムテーブルに沿って2球団の加盟を認めたが、1949(昭和24)年末、正力の意を受けて加盟を申請した毎日新聞(毎日オリオンズの親会社)を巡って紛糾。ライバル社であった読売新聞社(読売ジャイアンツ親会社)・中部日本新聞社(中日ドラゴンズ親会社)が強く反発。交渉は平行線を辿り、電鉄系を中心とした毎日加盟賛成派の球団による太平洋野球連盟(パシフィック・リーグ)が結成され、「2リーグ分立騒動」に発展した。 (1949年プロ野球再編問題参照)。
この騒動の中、大阪タイガースから毎日に別当薫呉昌征本堂保次土井垣武らの選手が移籍した。これは、加盟賛成を表明しながらリーグ分立直前に態度を翻したタイガースに対し、毎日が意趣返しに大量の選手引き抜きを行ったといわれている。
こうして、毎日は、1950(昭和25)年のパ・リーグ公式戦開始より参戦。本拠地は後楽園球場。湯浅禎夫を総監督、前タイガース監督の若林忠志を監督とする二頭制をとり(実質的には湯浅が監督権限を掌握)、別当ら阪神からの移籍組に加え、前年の都市対抗野球を制した別府星野組のエース・荒巻淳や野村武史ら投手が活躍。
創設1年目にしてリーグ優勝、日本シリーズでも松竹ロビンスを圧倒し、初代プロ野球日本一の座を射止めるろいう輝かしい成果をあげていた。
一方の阪急は、1937(昭和12)年、西宮球場完成に伴い本拠地暫定的な宝塚球場においていたものを 西宮に移転。 戦前は優勝に届かなかったが、戦中にあってもチーム体勢を大きく崩すことなく終戦を迎え、1946(昭和21)年のリーグ戦再開にも参加。
1949(昭和24)年オフの2リーグ分立でパ・リーグに加盟した時に、捕手の日比野武・・永利勇吉を全員他球団に奪われ、苦難の道を歩むことになる。
1952年、西宮球場にナイター照明設備を完成。当時のユニフォームが黒地に白のペンストライプというデザインだった上にナイトゲームに強かったことから「夜の勇者」という異名をとった。このころより、梶本隆夫米田哲也といった名投手2人を擁するもののチームは低迷し「灰色カラー(灰色の時代)」と言われた。
そして、そのナイターに強い阪急と毎日のナイターゲームが日本で初めてテレビで放映されたのだが・・成績はどうだったのだろうか?1953年度はリーグ2位に終わっている。
パシフィック・リーグ 1952年成績表(年度別に見れる)
http://bis.npb.or.jp/yearly/pacificleague_1952.html
1963〔昭和38)年には球団史上初となる最下位に転落するが、1967(昭和42)年、西本幸雄監督の下で、リーグ初優勝。1971(昭和41)年~1972(昭和42)年と5度優勝するがV9に突き進む読売ジャイアンツを倒すことができなかった。 その後も成績は良いものの不思議と観客の動員することが出来ず、結果的には、1988(平成10)年、阪急電鉄がオリエント・リースへの球団譲渡。オリックス・ブレーブスに改称。1994(平成 6)年、仰木彬が監督に就任。この年イチローも入団。1995(平成 7)年、阪神・淡路大震災が発生。一時は神戸でのゲーム開催が危ぶまれたが、「がんばろうKOBE」を合言葉にチームが団結。球団譲渡後初のリーグ制覇を果たし、翌・1996(平成 8)年にリーグ2連覇も達成、日本シリーズでは長嶋巨人を4勝1敗で倒し、地元神戸で悲願の日本一に輝いた。観客動員数ともにこの年が「ブルーウェーブ」のピークとなり、以降観衆も地元の復興とともに徐々に減少。2000(平成12)年オフ、イチローがアメリカメジャーリーグのシアトル・マリナーズに移籍。 2001(平成13)年、仰木も勇退。 2004(平成16)年、球団経営の抜本的立て直しを目的として、同じパ・リーグの近鉄と合併、球団名もオリックス・バファローズと変更し今日に至っている。なんでも、2007(平成19)年2月20日、一部のスポーツ新聞で近鉄の球団経営への出資が成績に関係なく今季で終了する方針であることと、それに伴い球団がバファローズに変わる新愛称名の検討に入ったと報じられていたようっだが・・・。 毎日オリオンズの方は、その後、1957(昭和32)年に低迷していた大映ユニオンズを吸収合併し大毎オリオンズと改称。1969(昭和44)年1月ロッテと業務提携を結び、チーム名をロッテオリオンズに改称。1998(昭和63)年にはプロ野球記録となる18連敗を喫し話題となるが、その後、2004(平成16)年の第2次バレンタイン</n>監督時代になって、2005(平成17)年、「マリンガン打線」の活躍によって、8月28日の対オリックス・バファローズ戦で勝利し、プレーオフ進出と10年ぶりのAクラスが確定。プレーオフ第1ステージでは西武、第2ステージで 福岡ソフトバンクホークスを破り31年ぶりのリーグ優勝を果たした。そして、日本シリーズでは阪神タイガースを4連勝で下し、31年ぶり3度目の日本一に輝いている。この優勝によって「優勝から最も遠ざかっていたチーム」の汚名を返上、今期(2007年)も今日8月23日現在2位と頑張っている。
かってのパリーグの覇者阪急は、野球を単なる宣伝材料ぐらいにしか考えていないオリックスなどに営業譲渡をしたおかげで今は、消滅の一歩手前となっている。一方の毎日は、後発ながら着々と戦力を向上させ、今はパリーグの雄となっている。結局、球団の野球に対する考え方の相違が今の結果を生んでいるというものだろ。球団の設立が、新聞社を中心とする巨人他のセリーグは、マスコミを抑えており、その点、電鉄関係を中心とするパリーグには、ハンディーがあった。そのため、人気の点で大きな差が出来、それが、球団経営を悪化させている。しかし、最近は、巨人の人気にも翳りが出てきて、パリーグが頑張っており、次第に人気も出始めている。パリーグ頑張れと応援をしたいが、地元神戸を捨てたオリックスだけは応援をする気がしない。
(画像は後楽園ナイトゲーム。)
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8月23日:参考

2007-08-23 | 歴史
日本野球連盟 (プロ野球) - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%87%8E%E7%90%83%E9%80%A3%E7%9B%9F_(%E3%83%97%E3%83%AD%E9%87%8E%E7%90%83)
プロ野球中継-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E9%87%8E%E7%90%83%E4%B8%AD%E7%B6%99
西宮球場-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%AE%AE%E7%90%83%E5%A0%B4
ユニホーム物語
http://homepage2.nifty.com/rbc/un001.htm
日本野球機構オフィシャルサイト
http://www.npb.or.jp/
NPB.or.jp/年度別成績(1936-2006)
http://bis.npb.or.jp/yearly/
テレビは進化する -日本放送技術発達小史-
http://www.nhk.or.jp/strl/aboutstrl/evolution-of-tv/index.html
日比野武とは - はてなダイアリー
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C6%FC%C8%E6%CC%EE%C9%F0
OB選手全盛期データ改正版(仮)
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Knight/8715/obde-takaiseiban.html
はてなダイアリー 50音順索引
http://d.hatena.ne.jp/furigana