元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ニモーナ」

2024-03-25 06:08:03 | 映画の感想(な行)
 (原題:NIMONA)2023年6月よりNetflixから配信されたアニメーション映画。第96回米アカデミー長編アニメーション映画賞の候補作でもある。基本的にはよくあるファンタジー系のアドベンチャー物なのだが、設定がユニークで作劇のテンポも良く、最後まで退屈しないで付き合える。特に、ハリウッドのアニメ界に君臨しているディズニーやドリームワークスなどの作品とは一線を画するエクステリアが強く印象付けられる。

 舞台は中世風の架空の王国なのだが、テクノロジーは高度に発展していて、まるで未来世界だ。元首は代々の女王で、その祖先は国が出来る前に外の世界に生息していたモンスターを駆逐したという伝説が存在していた。孤児出身でありながら騎士学校を主席で卒業したバリスターは、騎士任命式の最中に起こった女王殺しの濡れ衣を着せられてしまう。公安当局から追われる身となってしまった彼は、逃走中に変身能力を持つ少女ニモーナと知り合う。意気投合した2人は一緒に真犯人探しを始めるが、事件の背景には陰謀が渦巻いていた。



 ハイテクな町並みに甲冑姿の騎士が多数行き交うという絵作りは、今までありそうであまり無かったやり方だ。キャラクターデザインは抽象的ながら動きはスムーズ。特に千変万化するニモーナの造型は素晴らしい。顔かたちだけではなく、動物にまで変身し、身体のサイズまで自由自在に調整出来る彼女はオールマイティな存在だ。しかし、元の姿であるティーンエイジャーの女子という佇まいは一貫しているので、どんなに無双ぶりを見せつけても違和感は希薄だ。

 バリスターも腕の立つ騎士で、何度か危機を突破する。彼にはアンブローシャスという盟友がいるのだが、その関係性が“今風”で絶妙だ。たぶんこのモチーフがあるから各アワードにノミネートされたのだろう。ただし、女王暗殺の黒幕の動機が今ひとつハッキリしなかったり、ニモーナの生い立ちも分からず、彼女と“同類種”が存在するのかどうか分からない点は不満だ。

 また王国の外の世界が具体的に描かれていないのも痛い。もっとも、ジェットコースター的に展開する後半の勢いの中ではあまり気にならないのも事実。ラストの扱いも気が利いている。ニック・ブルーノとトロイ・クエインの演出は達者。新奇な御膳立てをものともしないパワフルなドラマ運びが光る。

 ニモーナの声を担当するのはクロエ・グレース・モレッツで、彼女の小生意気な個性が良く出ている(笑)。バリスターに扮するリズ・アーメッドはパキスタン系イギリス人で、役柄の外観と見事にシンクロしている。クリストフ・ベックによる音楽も好調。観て損の無いシャシンと言える。
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「ネクスト・ゴール・ウィンズ」

2024-03-01 06:09:07 | 映画の感想(な行)
 (原題:NEXT GOAL WINS)やっぱりこういうスポ根ものは、よほど作りが下手ではない限り、鑑賞後の満足感をもたらしてくれるのだ。しかも、実話というのだから中身は保証されたも同然。もっとも、細かいところを見ると弱い点はあるのだが、勢いと映像の賑やかさで乗り切っている。何も観たい映画が無いときも、取り敢えずはスクリーンに向き合えるような作品だ。

 アメリカ領サモアのサッカー代表チームは、2001年にワールドカップ予選史上最悪となる0対31の大敗をオーストラリアに喫して以来、試合で一つのゴールも奪えない。次の予選が迫る中、新たな監督に就任したのは、かつての名選手でU-20サッカーアメリカ合衆国代表の監督を務めたものの、粗暴な態度でアメリカを追われたトーマス・ロンゲンだった。素人同然の選手たちを前に面食らうトーマスだったが、何とかチームの立て直しを図ろうとする。世界最弱のサッカーチームが、ワールドカップ予選で起こした奇跡のような実話の映画化だ。



 ストーリーは定型的に進み、落ちこぼれ達が奮起して大舞台で活躍するというお馴染みのルーティンからは一切逸脱しない。つまり、新鮮味は無い代わりに安心感はある。さらに、南国らしい明るい映像と雰囲気は捨てがたいし、随所に挿入される脱力系ギャグも気分を害さずに受け入れられる。サッカーチームの面々はキャラが濃く、特にトランスジェンダーのフォワードの存在感は際立っていて、しかも本人の存在は“創作”ではない実録ベースだというのは驚くしかない。

 トーマスの別れた妻ゲイルは米国サッカー協会の役員で、すでに恋人がいるというのはキツいが、この元夫婦の間にいるはずの娘の消息が明らかになる終盤は慄然としてしまう。また、クライマックスの試合の動向は作り手としてはちょっと捻りを加えてみたつもりだろうが、ここはオーソドックスに仕上げた方が良かったと思う。キャストの一人としても名を連ねているタイカ・ワイティティの演出はピリッとしないところもあるが、許せるレベルだ。

 主演のマイケル・ファスベンダーは好調で、見事にサッカーのコーチになりきっている。オスカー・ナイトリーにカイマナ、デイヴィッド・フェイン、レイチェル・ハウス、エリザベス・モス、イオアネ・グッドヒューなど脇のキャストも万全だ。余談だが、米領サモアとサモア共和国とはまったくの別物であることを、恥ずかしながら本作を観て初めて知った。トーマス・ロンゲンのその後の実際の活躍も興味深い。
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「ノーマ・レイ」

2024-02-05 06:06:55 | 映画の感想(な行)

 (原題:Norma Rae )79年作品。サリー・フィールドにアカデミー主演女優賞をもたらした映画で、出来自体も申し分ない。思えば70年代後半に“女性映画”のブームがあったのだが、別に明確なコンセプトに則ったムーブメントだったわけではなく、日本の関係会社が勝手に命名したものだったようだ。本作もその流れで公開されたようなものだが、若干の“トレンディっぽさ”や“アート系”などの趣を纏っていた他の作品群とは違い、正面からの社会派であったことは当時としては特徴的だったと思われる。

 アメリカ南部の田舎町(ロケ地はアラバマ州東部のオペライカ)に暮らすノーマ・レイは、2人の子供を育てながら紡績工場で働シングルマザーだ。両親も同居しており、余裕のある生活とは言えないが、それなりに平凡で大過ない日々を送っているつもりだった。あるとき、彼女は全米繊維産業労働組合から派遣されてきたルーベン・ワショフスキーと出会う。各地を訪問し、工場に労働組合を結成しようとするルーベンの主義主張に興味を持ったノーマは、自分や仲間が今置かれている状況が決して恵まれたものではないことに気付いてゆく。やがてルーベンと共に労働組合結成に向けて動き出す彼女だったが、会社側は露骨な妨害工作を仕掛けてくる。

 原作ものではなく、実録映画でもない。完全なオリジナル脚本による作品ながら訴求力がとても高いのは、ヒロインの環境が普遍的だからだ。アメリカのこの時代だけの話ではなく、現在のあらゆる地域に通じる構図が提示されている。それは、無自覚な一般ピープルが強者に搾取されているという、身も蓋もない事実だ。皮肉なことに、この光景は今ではアメリカよりも日本の方が顕著に見られるのだ。バブル崩壊以後、経済が上向かない原因の一つがそれである。

 さて、本作ではノーマの人物像と生活様式の描写に浮ついたところが無く、どこでもいそうな女性が思いがけない邂逅により社会性に目覚めていく様子が、丹念に綴られている。彼女が工場内で捨て身の行動を起こす場面は感動的だ。また、ノーマはルーベンと仲良くなりながら、互いに男女の関係にならないところが秀逸で、純粋な“同士”という間柄は納得出来る。彼女は意気投合したソニーと再婚するのだが、この相手も一見ガサツでありながら、実は付き合うに値するような人物としてクローズアップされるのも気分が良い。

 監督のマーティン・リットは元々リベラルなスタンスの作家らしく、この映画でもそれは窺えるが、決してイデオロギー先行の姿勢ではなく、的確にプロットを積み上げているあたりは好感が持てる。サリー・フィールドは万全の演技。ロン・リーブマンにボー・ブリッジス、パット・ヒングル、バーバラ・バクスレーなど脇の面子も言うことなし。ジョン・A・アロンゾのカメラによる美しい映像、ジェニファー・ウォーンズの主題歌も心にしみる。
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「ナポレオン」

2023-12-29 06:36:01 | 映画の感想(な行)
 (原題:NAPOLEON)これは評価出来ない。とにかく何も描けていないのだ。こういう歴史上の超有名人物を取り上げる際は、史実を漫然と追うだけでは到底一本の映画としての枠に収まりきれない。もちろんテレビの大河ドラマか、または数本にわたってシリーズ物として誂えるのならば話は別だ。しかし、そうでなかったら何かしら主題を絞って深掘りするしかないだろう。ところがこの映画は中途半端にイベントを並べるだけで、そこにはドラマ的な興趣が無い。製作意図自体を疑いたくなるような内容だ。

 映画は18世紀末の革命後の混乱に揺れるフランスの様相から始まるが、どうして当時はロベスピエールらによる恐怖政治が台頭したのか、まったく言及されていない。そして、その中で若き軍人ナポレオン・ボナパルトがどのようにしてのし上がり、軍の総司令官にまで任命されたのか、その事情も明かされない。



 彼は夫を亡くした女性ジョゼフィーヌと恋に落ち結婚するが、なぜ浮気癖の直らなかった彼女にゾッコンだったのか、その説明は成されないままだ。そもそも、劇中ではジョゼフィーヌに対する熱い恋心を示す描写さえ見当たらない。

 映画は一応ナポレオンが一度は失脚してエルバ島に流されるものの後に脱出して皇帝に返り咲き、それからいわゆる“百日天下”の終焉と共にセントヘレナ島に送られるという事実を並べてはいるが、ナポレオンが躓いたトラファルガーの海戦はなぜか完全スルー。ロシア遠征の失敗も詳しく描かれず、果てはワーテルローの戦いの敗因も明示されない。

 だいたい、セリフが英語であるというのも噴飯物で、これは作り手が素材を咀嚼していない証左だ。ここで“ハリウッドで作っているのだから仕方が無い”と片付けるわけにはいかない。要するにナポレオンの所業を単なる娯楽大作のネタとしか思っていないのだろう。フランス革命の歴史的な意義を理解していないばかりか、どうして当時フランスが他国から目の敵にされたのかも説明されていない。こんな体たらくで時代劇を撮らないでもらいたい。

 リドリー・スコットの演出は戦闘シーンにこそ物量投入の大きさで見せ場を作るが、人間ドラマはまるで不在。主役のホアキン・フェニックスは終始冴えない表情で、国家的な英雄を演じているという覚悟が見受けられない。ヴァネッサ・カービーにタハール・ラヒム、ルパート・エベレット、ユーセフ・カーコアといった共演陣もパッとせず。救いは上映時間が158分と、そんなに長くないこと。まあ、別途4時間ぐらいの“完全版”も存在するのかもしれないが、昨今は無駄に尺が長い作品が目立つハリウッドの大作映画としては珍しいと言える。
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「成れの果て」

2023-10-20 06:13:58 | 映画の感想(な行)
 2021年作品。先日観た加藤拓也監督の「ほつれる」との共通点が多い。2本とも男女間の恋愛のもつれを題材にした舞台劇の映画化であり、上映時間が80分台と短い。そして何より、両者とも登場人物すべてが人間のクズであることが印象的だ。しかし、映画のクォリティは圧倒的にこの「成れの果て」の方が高い。作り手の力量により、似たようなネタを扱ってもこれだけの差が出るものなのだ。

 東京でファッションデザイナーの卵として暮らす河合小夜は、故郷で暮らす姉のあすみから近々結婚する旨の連絡を受ける。ところが、その相手は8年前に小夜を酷い目に遭わせた布施野光輝だった。思わず逆上した小夜は、男友達の野本エイゴを連れて帰郷する。事前連絡無しの小夜の出現に狼狽するあすみと光輝だったが、戸惑っているのは光輝の先輩である今井や、幼なじみの雅司、居候の弓枝も同様だった。そして事態は思わぬ方向へと転がってゆく。



 小夜が被った災難に関しては具体的に言及されていないし、そもそもあすみが過去に妹とトラブルを起こした男と一緒になろうとする明確で切迫した動機が分からない。しかし、本作ではそれが作劇上の瑕疵になっていない。事の真相を明かすことよりも、それに関わった者たちの言動を描くことによって、その一件の外道ぶりを観る者に想像させようというあくどい作戦だ(苦笑)。

 物語の中心である姉妹はもとより、光輝や今井(およびその恋人の絵里)、雅司に弓枝にエイゴに至るまで、見事なサイテーぶりを披露する。ただし、ダメ人間たちを漫然と映しただけの「ほつれる」とは違い、わくわくするような面白さを醸し出しているのは、登場する連中のダメさ加減の描写が尋常ではないからだ。

 何より、誰もが心の奥底に持っているであろう負の感情に共鳴してしまうことが秀逸だ。結果として、スペクタクル的な興趣を呼び込み最後まで目が離せない。元ネタは劇作家のマキタカズオミによる同名戯曲だが、これを「ほつれる」のように原作者が映画の演出にまで手を出していないことも大きいのだろう。監督の宮岡太郎の仕事は堅実で、インモラルな題材を前にしても決してスタンドプレイに走らない。

 小夜を演じる萩原みのりは近年台頭してきた若手女優の中では、その硬質な手触りと強い目力が特長だが、ここでもその魅力は十分に発揮されている。柊瑠美や木口健太、田口智也、梅舟惟永、花戸祐介、秋山ゆずき、後藤剛範ら他のキャストは地味だが曲者揃い。皆楽しそうにクズを演じきっている。ロケ地はどこなのか明示されていないが、山に囲まれた小さな町で、それが各キャラクターの心理的鬱屈を象徴している。岡出莉菜による音楽も良い。
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「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」

2023-08-21 06:06:51 | 映画の感想(な行)
 (原題:SCHACHNOVELLE )この邦題は完全に間違っている(笑)。タイトルだけ見れば誰だって“チェスの達人である主人公がナチスの高官に対局を挑み、その裏でユダヤ人たちの脱出計画などが展開するドラマ”みたいな話だと思うだろう。しかし実際観てみると様相がまるで違っているので、この時点で敬遠してしまった観客も少なくないと想像する。だが、それらを割り引いて鑑賞してみれば、これは実に手の込んだ心理ドラマであり、見応えたっぷりだ。

 第二次大戦が終わり、かつてウィーンで公証人の仕事をしていたヨーゼフ・バルトークは妻アンナと共にロッテルダム港からアメリカへと向かう豪華客船に乗る。彼は戦時中にオーストリアを併合したナチスドイツに拘束され、顧客の貴族の資産の預金番号を教えるよう脅迫されたことがあった。その際に偶然覚えたのがチェスで、今ではかなりの腕前になっている。ちょうど船内では世界王者を招いてのチェス大会が催されており、ヨーゼフは王者と一騎打ちをする機会を得る。



 予約していた客室のグレードが違っていたり、一緒に乗船したはずのアンナがいつの間にか消えていたりと、ヨーゼフの周囲には奇妙なことが頻発する。並行して描かれるのが、ナチスに囚われていた時の辛い体験だ。強制収容所に収監されたわけではないが、彼はホテルの一室に閉じ込められて外界との接触を断たれる。しかも書物や新聞からは遠ざけられ、食事以外はタバコを与えられるのみで気晴らしになる物は一切無い。何とか手に入れられたのがチェスの入門書で、彼はそれを熟読してチェスをマスターしていくという筋書きだ。

 しかし、素人がガイドブックを読んだだけで世界チャンピオンと渡り合えるだけの棋力を得られるわけがない。そもそも、原作者であるオーストリアの作家シュテファン・ツバイクが元ネタの小説「チェスの話」を執筆したのは1942年で、彼は戦後の風景を知らない。だからこれは、リアリズムで押し切るべきシャシンではないのだ。すべては主人公の内面を追ったものであり、本当の“現実”らしきものはラストに示されるのみである。また、それによってナチスの非人間性と戦争の悲惨さが浮き彫りになってくる。

 フィリップ・シュテルツェルの演出はこの複雑な映画の構造を破綻なく表現しており、主役のオリバー・マスッチもニューロティックな妙演を見せている。そしてゲシュタポ将校に扮するアルブレヒト・シュッフのアクロバティックな役回りは凄い。ビルギット・ミニヒマイアーにアンドレアス・ルスト等、脇の面子も良好。

 なお、ヨーゼフが“チェスはゲルマン民族の遊びに過ぎない(だから嫌いだ)”という意味のセリフを吐くシーンがあるが、実際はそうでもない(起源は古代インド)。しかし、初代の世界王者のヴィルヘルム・シュタイニッツは確かにゲルマン系であり、しかもオーストリア帝国出身。そのことに関係したモチーフであると思われる。
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「苦い涙」

2023-07-02 06:05:22 | 映画の感想(な行)
 (原題:PETER VON KANT)正直言って、面白いのか面白くないのかよく分からない映画だ。舞台劇のような意匠とキャラクターの濃さは確かに楽しめる。だが、ストーリー自体は大したことはない。作品の“外観”だけに着目すれば面白いのだが、それ以外はアピールしない。まあ、どれを重視するかによって評価は変わってくるが、個人的には曖昧なスタンスを取らざるを得ない。

 ドイツの有名映画監督ピーター・フォン・カントは、恋人と別れたばかりで生きる気力を失っていた。ある日彼の住むアパルトマンに、親交のある大女優シドニーがアミールという役者志望の青年を連れて訪ねてくる。ピーターはアミールのエキゾティックな美しさに心を奪われてしまい、彼を自分のアパルトマンに住まわせ懇ろな間柄になる。同時に、アミールを映画界で活躍できるように各方面に口を利いてやるのだった。ドイツのライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が72年に手がけた「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」(私は未見)の、フランソワ・オゾン監督によるリメイクだ。



 同性愛をネタにしたシャシンだが、聞けばファスビンダー版は女性同士の色恋沙汰を描いたのに対し、本作は男性同士のそれに切り替えているとか。だからというわけでもないだろうが、作劇はけっこうコミカルで笑える場面もある。しかし、話自体は予定調和で面白味に欠ける。オゾン監督としても肩の力を抜いたライトな仕事と割り切っているようで、いつもの辛辣さは控えめだ。対して、舞台装置は実に凝っている。

 カメラは主人公のアパルトマンからほとんど出ないが、その映像の練り上げは注目されよう。家具や調度品の数々には神経が行き届いているし、部屋全体の空気感も見事だ。そしてキャストが濃い。ピーター役のドゥニ・メノーシェは年下の男に振り回されるダメおやじぶりを見せつけ、対するアミールに扮するハリル・ガルビアも若さに似合わぬ海千山千な役柄を快演。そしてシドニー役のイザベル・アジャーニの、年齢不詳な妖艶さは圧巻だ。

 ピーターの片腕のカールに扮したステファン・クレポンも、一言もセリフを発しない怪人物を絶妙に表現。さらにはファスビンダー作品の常連だったハンナ・シグラも顔を見せるのだから嬉しくなる。ただし、舞台がドイツなのに全員がフランス語でしゃべっているのは違和感がある。ここはフランスに舞台を移し替えるべきだったと思う。
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「逃げきれた夢」

2023-06-26 06:08:01 | 映画の感想(な行)
 これは良かった。無愛想で洒落っ気もないエクステリアと起伏に乏しいドラマ運び。途中退場者がけっこう出そうな案配だったが、そういう事態にもならず最後まで密度の高さがキープされている。特に中年以上の年代の者に対しては、かなりアピールするのではないか。このような“大人の鑑賞に堪えうる作品”が、今の邦画界には必要なのだと改めて思う。

 北九州市の定時制高校で教頭を務めている末永周平は、定年まであと少しの時間を残すのみになった。ところが最近、記憶が薄れていく症状に見舞われている。元教え子の平賀南が働く定食屋を訪れた際も、勘定を済ませずに店を出てしまう。どうやら病状は思わしくないようで、数年後どうなっているか分からない。気が付けば妻の彰子や娘の由真との仲は冷え切り、旧友の石田とも疎遠になっている。周平は自身の人間関係を今一度仕切り直そうと、自分なりに行動を始める。



 主人公が抱える病気に関して、映画は殊更大仰に扱ったりしない。もちろん、お涙頂戴路線とも無縁だ。病を得たことは、単に自身の境遇を見直す切っ掛けに過ぎない。人間、誰しも年齢を重ねると自分の人生がこれで良かったのかという疑念に駆られることはあるだろう。彼の場合は、それが病気の発覚であっただけの話だ。

 周平は斯様な事態に直面しても、決してイレギュラーな行動に及ばないあたりが共感度が高い。黒澤明の「生きる」の主人公のようなヒロイックな存在とは縁遠いが、それだけ普遍性は高い。粛々と仕事をこなし、家族と敢えて向き合い、友人と旧交を温める。他に何も必要は無いし、何も出来はしない。

 それでも、唯一自分の境遇を打ち明けた南との“逢引き”の場面で心情を吐露するくだりは胸を突かれる。南も屈託を抱えているが、かつての恩師と膝を突き合わせることにより、自身の置かれた立場を認識することが出来る。これが商業デビュー作になった二ノ宮隆太郎の演出は、徹底したストイックな語り口を35ミリ・スタンダードの画面で自在に展開するあたり、かなりの実力を垣間見せる。ラストの処置も鮮やかだ。

 12年ぶりに単独主演を務める光石研のパフォーマンスは万全で、この年代の男が背負う悲哀を的確に表現している。石田を演じる松重豊との“オヤジ臭い会話”は絶品だし、妻に扮する坂井真紀と娘役の工藤遥の仕事ぶりも言うことなし。特筆すべきは南に扮する吉本実憂で、この若い女優はいつからこのような高い演技力を会得したのかと、感心するしかなかった。

 オール北九州市ロケで、主要登場人物は地元出身者中心。遠慮会釈無く方言も飛び交う(笑)。だが、いわゆる“御当地映画”の枠を超えた訴求力を持ち合わせている。なお、第76回カンヌ国際映画祭ACID部門に出品されているが、是枝裕和監督の「怪物」よりも、質的には本作がコンペティション部門のノミネートに相応しいと思った。
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「ナイブズ・アウト:グラス・オニオン」

2023-06-09 06:11:48 | 映画の感想(な行)

 (原題:GLASS ONION:A KNIVES OUT MYSTERY)2022年12月よりNetflixより配信。シリーズ第二作とのことだが、前作は観ていない。ただし、それで大きく困ることはなさそうだ。ライアン・ジョンソン監督がオリジナル脚本で描いたミステリー。とはいえ随分と緩めの建て付けであり、サスペンスの要素は希薄で、卓越したトリックも見当たらない。ならば観る価値は無いのかというと、そうでもない。これは多彩なキャスティングとロケ地の風景をリラックスして堪能するためのシャシンだ。

 コロナ禍が世界を覆いロックダウンが相次いだ2020年、IT企業のCEOで大富豪のマイルズ・ブロンは、エーゲ海にあるプライベート・アイランドに友人たちを招待し、そこで殺人ミステリーゲームを開催しようとする。ところが声を掛けた覚えの無い元ビジネスパートナーのアンディ・ブランドと、名探偵のブノワ・ブランも勝手にやって来る。やがて本当に出席者の一人が殺され、ゲームではないリアルな事件が展開する。

 この島に集まったのは全員が腹に一物ある面子で、いずれも動機がある。だからアガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」のように犠牲者が大量に出るのかと思ったら、そうはならない。殺人の手口は凝ったものではなく、謎解きの興趣は期待できない。そもそも、映画が始まったときから誰が一番怪しいのか目星は付く。映画は途中からブノワ・ブランとアンディがどうしてパーティに参加することになったのかが明かされるが、この時点から物語の底は割れてしまう。

 ライアン・ジョンソンの演出は完全に脱力系で、ラストの扱いも腰砕けだ。しかしながら、それで別に腹も立たない。ブノワに扮するダニエル・クレイグは実に楽しそうにこの傍若無人な探偵を演じており、ジェームズ・ボンドよりもこういう役柄の方が合っている。マイルズを演じるエドワード・ノートンは胡散臭さマックスだし、アンディ役のジャネール・モネイも魅力的。

 キャスリン・ハーンにマデリン・クライン、ケイト・ハドソン、デイヴ・バウティスタに加え、イーサン・ホークにヒュー・グラント、セリーナ・ウィリアムズ、ヨーヨー・マ、ジョセフ・ゴードン=レヴィット(声の出演のみ)、アンジェラ・ランズベリー(これが遺作)といった賑々しい面子が場を盛り上げる。ギリシアの避暑地ポルトヘリの風景は美しく、観光気分満点だ。ネイサン・ジョンソンの音楽も悪くない。
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「長崎の郵便配達」

2022-09-03 06:55:31 | 映画の感想(な行)
 肌触りの良い映画で、反戦平和のメッセージも頷けるのだが、困ったことに(?)私が本作を観て一番印象に残ったのは長崎の町並みである。前にも書いたが、私は福岡県出身ながら子供の頃から転勤族だった親に連れられて各地を転々としている。長崎市は幼少時に3年あまりを過ごしたが、とても思い出深い地だ。坂の多い港町で、異国情緒があふれていることはよく知られているが、個人的には大らかで開放的な地域性が気に入っていた。特に、古くから異文化との交流が盛んなせいか、排他的な風潮がほとんど無いのが有り難かった。

 この映画は「ローマの休日」のモデルになったと言われるイギリスのタウンゼンド大佐と、長崎で被ばくした少年との交流を中心的なモチーフに設定し、大佐の娘で女優のイザベル・タウンゼンドが家族と一緒に2018年に長崎を訪れ、父親の著書とボイスメモを頼りに父とその少年との思いを追体験するという筋書きで進む。



 監督はドキュメンタリー作品には定評のある川瀬美香で、戦争の惨禍をリアルに強調するような描写は控え、タウンゼンド大佐と少年との関係性を丹念に追っているのは好感が持てる。そして大佐と娘イザベルとの確執を追い込むような方向には作劇を振らせない。イザベルの家族の描き方もあっさりしたものだ。しかしながら、彼女が父親の思慮深い別の面を発見したり、戦時中の出来事を題材にした演劇の監修を引き受けたりと、ドラマとして盛り上がる箇所も網羅されている。

 映し出される長崎の風景はどれも味わい深いが、個人的には昔私が住んでいた地域が出てきたのには感激した。周りの建造物はあれからほとんど建て替わっているが、“そういえば、この道をこう行けばあの通りに出るんだった”とか“この路地を曲がればクラスメートの家に行き着いたものだ”とかいった思い出がよみがえり、何とも甘酸っぱい気分に浸ることが出来た。音楽は橋口亮輔監督の「ぐるりのこと。」(2008年)などで知られる明星/Akeboshiが担当しており、ここでも流麗なスコアを提供している。
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