元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「カラオケ行こ!」

2024-01-29 06:09:16 | 映画の感想(か行)
 これは面白いな。人気漫画の映画化ということで、いかにもライトな建て付けのシャシンのようだが、実際観てみると良く出来たヒューマンコメディであることが分かる。各キャラクターは“立って”いるし、舞台設定も非凡。やっぱり山下敦弘監督は、軽佻浮薄なだけの仕事は引き受けないようだ。また、日本映画としては珍しく音楽の使い方が巧みである。

 大阪市の中学校の合唱部でボーイソプラノのパートを務める部長の岡聡実は、ある日突然、強面の男から声を掛けられる。その男は成田狂児という地元のヤクザ“祭林組”の構成員で、組長が主催するカラオケ大会で好成績を残すため聡実に“個人レッスン”を依頼してきたのだ。何でも、その大会で最下位になってしまうと酷い目に遭うらしい。嫌々ながら狂児に付き合う聡実だったが、いつの間にやらカラオケを通じて狂児と親しくなっていく。



 ヤクザと中学生という有り得ない取り合わせで、これを安易に扱うと目も当てられない愚作に終わってしまうところだが、両者のキャラクターはかなり掘り下げられており、ドラマとして違和感があまりないのは納得してしまう。狂児というのは本名で、その名前の由来からしてケッ作だ。彼がX JAPANの「紅」に極度に拘る事情もナルホドと思わせる。

 聡実は声変わりの時期を迎えており、そのためコンクールでも調子が出ずに全国大会への切符を逃してしまう。さらに、家族との関係もしっくりいかない。このあたりを手抜きせずに描いているので、話が荒唐無稽でも許してしまえるのだ。また、聡実に過度の思い入れを見せる同じパートを務める下級生や、脳天気な副部長に楽天的な担当教師、凄んでいるわりには気の良い“祭林組”の面々や、唯一狼藉をはたらく破門されたゴロツキなど、多彩な面子が場を盛り上げる。

 極めつけは“映画を観る会”という部員一人のサークルを切り盛りする聡実の友人で、2人が鑑賞するのが「白熱」だの「自転車泥棒」だの「三十四丁目の奇蹟」だのといった往年の名画ばかりというのが泣かせる。クライマックスは合唱の発表会と組主催のカラオケ会が同時進行する中での、主人公たちの決断と行動が示され、これがけっこう訴求力が高い。

 山下敦弘の演出はテンポが良く、ギャグの振り方も万全で何度か爆笑させられた。狂児に扮する綾野剛はさすがの怪演で、猪突猛進的にカラオケ道に邁進するあたりは凄みすら感じる。聡実役はオーディションで選ばれた新人の齋藤潤だが、これがけっこうナイーヴな持ち味を出しており、演技も拙いところを見せない。

 芳根京子に橋本じゅん、八木美樹、岡部ひろき、坂井真紀、宮崎吐夢、ヒコロヒー、加藤雅也、そして北村一輝と、脇のキャストも充実している。挿入曲は上手く使われており、いずれも歌うことの高揚感が画面に横溢している。特にエンディングに流れるLittle Glee Monsterと中学生合唱団による「紅」はかなりウケた。観る者によって好き嫌いは分かれそうだが、個人的には今年度劈頭を飾る快作だと思う。
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アラスター・グレイ「哀れなるものたち」

2024-01-28 06:08:05 | 読書感想文

 ヨルゴス・ランティモス監督による映画化作品が公開されているが、劇場に足を運ぶ前に、原作小説に目を通してみた。一読して、これはなかなかの曲者だと感じる。内容もさることながら、よくこの小説を上手い具合に翻訳して日本で出版できたものだと感心するしかない。読む者によっては変化球が効き過ぎて受け付けないのかもしれないが、屹立した個性を獲得していることは誰しも認めるところだろう。

 19世紀後半のスコットランドのグラスゴー。怪異な容貌の医師ゴドウィン・バクスターは、投身自殺した若い人妻ベラを救うため、妊娠中だった彼女の胎児の脳を移植し蘇生させるという神業的手術を成功させる。生まれ変わったベラは知識欲旺盛で、自分の目で世界中を見てみたいという思いに駆られる。そしてあろうことか、いい加減な弁護士のダンカン・ウェダバーンと出奔し、大陸横断の旅に出るのだった。

 この荒唐無稽な話が実はゴドウィンの自伝に載っていた話であり、しかもその自伝も劇中の小説家アラスター・グレイによる“発見”に過ぎないという、何やら最初から怪しげな臭いがプンプンしている。さらには後半に一度エンドマークが出たにも関わらず、その後には事の真相(らしきもの)が延々と語られるという、何が嘘か誠か分からないようなキテレツな様相を呈する。

 まあ、全体的に見ればヒロインの成長物語なのだが、その語り口は徹底してひねくれている。加えて、当初は精神年齢が幼く時間が経つにつれて成熟していくというベラの造型にマッチするように、文体自体も千変万化で読む者を翻弄する。グレイの著作の特徴として自筆のイラストを装幀、挿絵に使用することが挙げられるらしいが、これが徹底してオフビートで果たして小説の内容に合っているのかどうか判然としない。

 また、ベラの“心の叫び”みたいなものがページいっぱいに書き殴られるくだりは目眩がする思いだ。もちろん翻訳本だから“日本語で”書かれているのだが、まさに掟破りの暴挙だろう。文庫本にして500ページ以上ある長編で軽く読み通すには相応しくないシロモノながら、読後の充実感はけっこうある。だが、終盤に延々と続く“脚注”のページは余計だと思った。本文の途中に挿入するなり、別の方法があったと思われる。

 さて、すでに高い評価を得ている映画版の方だが、個人的にランティモス監督の前作「女王陛下のお気に入り」(2018年)は評価しておらず、あまり期待はしていない。とはいえ、賞レースを賑わせてはいるので観てみるつもりである。
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「アクアマン 失われた王国」

2024-01-27 06:08:03 | 映画の感想(あ行)
 (原題:AQUAMAN AND THE LOST KINGDOM)前作(2018年)に比べると地上での活劇場面が少なく、その点は不満なのだが全体的には及第点に達していると思った。何より上映時間が124分とコンパクトなのが良い。何だそんなことかと言われそうだが、アメコミ物に限らず昨今のハリウッド製娯楽映画は無駄に尺が長いものが目に付く。もちろん短ければオッケーでもないのだが(笑)、観る側の忍耐度を勘案すれば、肩の凝らないはずのエンタテインメント作品で2時間を大きく超えることは控えていただきたいものだ。

 アクアマンことアーサー・カリーが統治する海底王国アトランティスの勃興期よりさらに昔、南極の氷河の奥深くに封印された失われた王国が存在していた。そこには、ブラック・トライデントと称する古代の超兵器が眠っており、アクアマンへの復讐を誓うブラックマンタがその世界を滅亡させるほどのパワーを持つブラック・トライデントを手に入れてしまう。アーサーはこれに対抗するため、前作で反目した弟のオームと共闘する。



 パート1より続投するジェームズ・ワン監督の手腕は賑々しく、矢継ぎ早に見せ場を繰り出して突っ込むスキを与えない。考えてみれば、とことんイヤな奴で人望も無いブラックマンタが簡単に大軍を率いているのは解せないし、だいたいコイツが地球をどうかした後に何をやりたいのか皆目分からない。アーサーのキャラも、今回はオームに押され気味だ。

 しかし、そんな瑕疵をものともせず、アクション満載で飽きさせない。ラストは少々くすぐったい扱いだが、ネガティブな印象は無く気持ちよく鑑賞を終えられる。主役のジェイソン・モモアをはじめアンバー・ハードにヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、ニコール・キッドマン、ドルフ・ラングレン、ランドール・パーク、パトリック・ウィルソンら面子も揃っている。

 さて、興味深いのは本作をもってDCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)が終焉を迎えることだ。2013年の「マン・オブ・スティール」から始まり本作で16作目になるDCEUだが、これにて“打ち止め”とのこと。まあ、次からはジェームズ・ガンとピーター・サフランによる新たなDCユニバースがスタートするらしいが、マルチバースにハマり過ぎて収拾が付かなくなった感のあるマーベル陣営に比べると潔いとも言える。とりあえず、今後の推移を見守りたい。
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「テイクオーバー」

2024-01-26 06:06:16 | 映画の感想(た行)
 (原題:THE TAKEOVER)2022年11月よりNetflixから配信されたオランダ製のハイテク・スリラー。取り立てて持ち上げるようなシャシンではないが、退屈せずにラストまで付き合える。上映時間も88分とコンパクトで丁度良い。そして注目すべきは劇中で展開される悪事の“黒幕”の設定だ。ここまで露骨に言い切れるのは、おそらくハリウッド映画などでは無理だろう。その点も興味深い。

 凄腕ホワイトハッカーのメル・バンディソンは、ロッテルダムで運行予定のハイテク自動運転バスのデータ漏洩を事前に回避させる。しかし同時に、そのシステムに“相乗り”していた国際的な犯罪ネットワークをも意図せず機能停止にさせてしまう。組織は彼女を抹殺すべくメルを凶悪犯に仕立て上げたニセの動画を流し、警察に指名手配させる。犯罪集団と当局側の両方から追われるハメになったメルは、以前ブラインドデートをしたトーマス・ディーンを巻き込んで必死の逃避行を続ける。



 映画はヒロインが十代で大々的なハッキングをやらかしたシークエンスから始まり、それから10年後に時制が飛ぶのだが、成長したメルはキツい性格の共感できない女になっていて少し萎える(笑)。演じるホリー・ブロートがあまり美人ではないのも愉快になれない。さらに、一回しか会ったことがないトーマスを絶体絶命のピンチに追いやってしまうのも、思慮が足りないと思う。

 しかしながら、アンネマリー・ファン・デ・モンドの演出はヒッチコック映画でお馴染みの“追われながら事件を解決する話”のルーティンをしっかり守っていて、破綻することはない。後半、メルとトーマスが別々のシチュエーションで同時に命の危険にさらされるくだりは、けっこう盛り上がる。そして事件のバックに控えているのが、ズバリ“あの国”だというのは驚いた。まあ、よく考えてみれば有り得ない話でもないのだが、ここまで断定してしまうと痛快ではある。

 トーマス役のゲーザ・ワイズをはじめ、フランク・ラマースにノーチェ・ヘルラール、ローレンス・シェルドン、ワリード・ベンバレク、スーザン・ラデルといったキャストは馴染みは無いが、皆的確に仕事をこなしている。また、ウィレム・ヘルウィッグのカメラによるロッテルダムの街の風景は魅力的だ。
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「ほかげ」

2024-01-22 06:11:06 | 映画の感想(は行)
 これは2023年に観た山崎貴監督の「ゴジラ-1.0」と裏表になるような作品であり、現時点で放映中のNHKの朝ドラ「ブギウギ」の“ダークな別エピソード”とも言える内容だ。そして、世界のあちこちで燃え上がっている戦火に脚本も担当した塚本晋也が触発されてメガホンを取ったことは想像に難くない。暗い映画だが、観た後はコメントせずにはいられないほどの求心力を獲得している。

 終戦直後の混乱期、半壊した小さな居酒屋に1人で住む女は、生活のために身体を売らざるを得ない境遇に追いやられている。そんなある日、空襲で家族を失った8歳ぐらいの男の子がその居酒屋へ盗みに入り込むが、思いがけず女に優しくされたその子は、それ以来そこに居着くようになる。やがて復員した若い兵士も加えて3人での生活が始まるが、それは長く続かず。どこからか拝借してきた拳銃を持っていた少年は、怪しいテキ屋風の男から“仕事”を持ち掛けられ、彼と行動を共にするため居酒屋を後にする。



 戦禍で廃墟になった街で3人での“疑似家族”を作り何とか希望を繋ごうとするのは、「ゴジラ-1.0」の主人公たちと一緒。ところが、本作では彼らの願いは無残にも打ち砕かれる。そう、戦後すぐの激動の時代を生き抜き後々まで命を長らえた者は、たまたま運が良かったか、戦時中の悲惨な生活に自分たちなりに折り合いを付けた人間だけなのだ。本当はこの映画で描かれるように、戦争によって心身ともに受けたダメージで野垂れ死んでいった者は数知れずなのだろう。

 くだんのヤクザな男は、自ら抱えた戦争のトラウマを克服するために過激な行動に走るが、大半の者にはそんなことは不可能だ。そんな八方塞がりの世相の中で唯一光を感じさせるのはこの男の子だけ。戦後の逆境で潰れていく大人たちを尻目に、明日を生きようとする彼の姿に作者の切迫した思いを見たような気がする。

 ヒロインに扮する趣里は同時代を描く朝ドラ「ブギウギ」の主役でもあるが、同じ俳優とは思えないほどのカラーの違いを感じさせ、(少々力みすぎではあるが)改めて彼女の守備範囲の広さを認識した。河野宏紀に利重剛、大森立嗣、そして森山未來といった他のキャストも万全だが、強烈だったのは戦争孤児の少年を演じた塚尾桜雅だ。圧倒されるパフォーマンスで、こんな凄い子役がいたのかと驚くしかない。2023年の第80回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、優れたアジア映画に贈られるNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得。塚本監督作品としても代表作の一つとなることだろう。
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「ダントン」

2024-01-21 06:07:53 | 映画の感想(た行)
 (原題:DANTON)82年ポーランド=フランス合作。先日観たリドリー・スコット監督作「ナポレオン」は低調な出来だったが、そこで思い出したのが近い時代を描いたこの映画。主人公は言うまでもなく、フランス革命で活躍した代表的な政治家ジョルジュ・ダントンだ。監督はポーランドの名匠アンジェイ・ワイダで、明らかにこの歴史上のイベントに母国の激動の戦後史を重ね合わせている。それだけに切迫度は高く、見応えがある。

 1793年にフランスの実権を握った公安委員会の首班マクシミリアン・ロベスピエールは、敵対する者たちを次々にギロチンにかけるという恐怖政治を始めた。ダントンは一時期政治から離れていたが、この有様に危機感を抱いた彼はパリに戻る。ジャーナリストのカミーユ・デムーランと共同し“ヴュー・コルドリエ”紙を発行し、リベラルな主張を展開。大衆の支持を得る。これを面白く思わないロベスピエールは、革命裁判所を通じてダントンを逮捕する。女流作家スタニスワヴァ・プシビシェフスカ原作の「ダントン事件」の映画化だ。



 作品内では、ロベスピエールが独裁者でダントンが市民派といった単純な区分けはされていない。両者の決裂が表面化したホテルの一室での食事会のシーンに代表されるように、2人がやっているのは単なる勢力争いだ。理念や政策論などは脇に追いやられ、覇権をめぐる駆け引きに終始する。

 ダントンはもちろん、ロベスピエールだって政治家を志していた頃には崇高な理想を抱いていたはずだ。それがいざ権力を手にしてしまうと、保身と権益にしか考えが及ばなくなる。もちろんこれは「大理石の男」(77年)や「鉄の男」(81年)を撮ったワイダが抱く、革命の美名の裏に潜む矛盾をあぶり出したものだろう。そして民衆の立場を忘れたかのようなパワープレイが行き着く先は、破滅しかない。ダントンがそれを悟ったのは“終わり”に近付いた時点だったし、ロベスピエールも同じ道をたどる。

 主役のジェラール・ドパルデューは渾身の演技でスクリーンから目が離せない。ボイチェフ・プショニャックやパトリス・シェロー、ロジェ・プランションら他のキャストも万全だ。また、バックに流れるジャン・プロドロミデスによる現代音楽が凄い効果を上げている。第8回セザール賞監督賞をはじめ多くのアワードを獲得。本作に比べれば、くだんのR・スコット監督のナポレオン映画が如何に問題意識の欠片もない凡作であるか、つくづく分かる。
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「Lift リフト」

2024-01-20 06:07:31 | 映画の感想(英数)

 (原題:LIFT)2024年1月からNetflixで配信。監督が「ワイルド・スピード ICE BREAK」(2017年)や「メン・イン・ブラック:インターナショナル」(2019年)などのF・ゲイリー・グレイなので、本作もライトな活劇編であることが予想されたが、実際観てもその通りである(笑)。過度な期待は禁物ながら、最初から割り切って接すれば退屈せずにエンドマークまで付き合える。配信で観るにはちょうど良い。

 世界を股に掛けて活動する大泥棒のサイラスが率いるチームは、美術品を奪い高値で取引をするという手口で荒稼ぎしていた。しかもこの犯行には作者にもキックバックが生じるため、結果として誰も損しないという巧妙なもの。そんな一味を追っているのがインターポールの女性捜査官アビーで、実は互いの素性を知る前にサイラスと恋仲だったことがある。

 あるとき、大物テロリストのヨルゲンセンと国際的ハッカー組織“リヴァイアサン”の取引のために大量の金塊が旅客機でロンドンからスイスに運ばれることを、アビーは上司のハクスリーから聞かされる。彼女はこれを阻止するためにサイラスの一味と共同し、途中で金塊を強奪することを持ち掛ける。

 ハッキリ言ってしまえば、本作は冒頭で展開されるヴェネツィアでの水上チェイスが一番盛り上がる。それに続いて始まるメインの金塊奪取の建て付けは、大したことはない。もっとも、サイラスたちが立てた計画は別のステルス航空機を利用する等、けっこう作り込まれていることは分かる。だが、リアルな物件(?)が疾走するヴェネツィアにおけるシークエンスに対し、大空でのスペクタクルはほとんどがCGだ。いくら奇想天外なシーンが繰り出されようと、所詮CGだという印象が拭えない。あと、チームのメンバー以外にも“別のスタッフ”が複数付いているという設定も、少し違う気がする。

 とはいえ、グレイ監督の仕事ぶりはスムーズで、最後のオチまで淀みなく観る者を引っ張ってくれる。主演のケヴィン・ハートは元々お笑い要員で、タフガイではないものの飄々とした雰囲気で犯罪ドラマをこなしている。相手役のググ・ンバータ=ローをはじめ、ヴィンセント・ドノフリオやウルスラ・コルベロ、ビリー・マグヌッセン、キム・ユンジ、サム・ワーシントン、そしてジャン・レノと、けっこう役者は揃っている。

 あと印象的だったのが、サイラスたちが序盤でターゲットにしているNFTアート(非代替性トークンの技術を活用したデジタル作品)で、最近はこういうものが出回っていることは聞いてはいたが、映画のネタとして取り上げられた例を初めて見た。今後もスクリーン上で頻繁にお目に掛かるようになるのだろう。
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「宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました」

2024-01-19 06:08:56 | 映画の感想(た行)
 (原題:6/45)これはダメだ。全然面白くない。ただし本国の韓国およびベトナムでスマッシュヒットを記録し、日本でも評判が良いようだ。今のところ、ハッキリとした否定的評価は見当たらない。これは、このコメディ映画のノリが肌に合わなかったのは私ぐらいだという証左だろうか(苦笑)。いずれにしろ、ここでは個人的なネガティブな見解を書き綴るしかない。

 北緯38度線近くで警備に当たる韓国軍の兵士パク・チョヌは、偶然手に入った一枚の宝くじが日本円にして約6億円の賞金に当選していることを知り小躍りする。だが突如強風が吹き、その宝くじは風に乗って軍事境界線を越え、北朝鮮の将校リ・ヨンホのもとへ飛んでいってしまう。ヨンホたちもこの宝くじが一等に当選していることを知るに及び、南北の兵士たちは所有権を巡って対立。共同警備区域のJSAで会談を開き、南側が換金するまでの間、互いに“人質”として1人ずつそれぞれの軍に紛れ込ませることで同意する。



 まず、この宝くじはチョヌが購入したものではなく、彼が拾得した物件に過ぎないというのは失当だ。要するに、これは(広義の)ネコババであり、話の発端が“その程度”であることに脱力してしまう。また、国境付近での軍事拠点であるにも関わらず、妙に雰囲気が緩い。北側には広報担当の若い女性将校がいたり、牧場や菜園などの施設まである。南側の士気もホメられたものではなく、緊張感のカケラも無い。

 ひょっとして“南北関係もこのようにソフトであれば良い”という願望を伴ったファンタジー路線を狙っているのかもしれないが、実際には相も変わらずミサイルを飛ばしまくっている無法国家を前にして、ファンタジーも何もないだろう。脚本も担当したパク・ギュテの演出は冗長で、繰り出されるギャグは過度に泥臭く、全てハズしている。少なくとも私は鑑賞中、一度も笑うことは無かった。ストーリーラインもピリッとしないが、終盤はますます要領を得なくなり、どうしてああいう結びになるのか納得できる説明は成されていない。

 コ・ギョンピョにイ・イギョン、ウム・ムンソク、クァク・ドンヨン、イ・スンウォンといったキャストは頑張ってはいるのだが、筋書きが斯様な有様なので徒労に終わっている感がある。それでもあえて興味を覚えた点を挙げると、まずヒロイン役のパク・セワンが可愛いこと(笑)、そして韓国では宝くじの当選金は換金時点で納税義務が生じることぐらいだろうか。
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「マエストロ:その音楽と愛と」

2024-01-15 06:02:52 | 映画の感想(ま行)

 (原題:MAESTRO )2023年12月からNetflixで配信されているが、私は映画館で鑑賞した。往年の世界的音楽家レナード・バーンスタインと妻で舞台女優のフェリシア・モンテアレグレ・コーン・バーンスタインとの関係を描く伝記映画で、題材はかなり興味深い。ポイントは本作の演出を主役のブラッドリー・クーパーが担当していることで、“(一応はまだ2作目の)新人監督”らしい気負いが横溢している。そのあたりが賛否が分かれるところだろう。

 映画は晩年のレナードがマスコミのインタビューに答えるシーンから始まり、その中で彼はフェリシアに対する思いを吐露する。そこから時間が遡り、若き日のレナードがブルーノ・ワルターの後継者として楽壇に華々しくデビューする場面に移行する。それからフェリシアとの出会いと音楽家としての行程が描かれるのだが、実は彼はバイセクシャルであり、最初大きな仕事の連絡を受けた時は“彼氏”と一緒だった。結婚後も何人かの“愛人”と懇ろになり、それでもレナードを慕うフェリシアの苦悩が絶えることは無い。

 この複雑な状況を監督のクーパーはカラーとモノクロの映像の使い分けや、思い切ったロケーションと時制のワープ、後半にはワンシーン・ワンカット技法の多用など、ケレン味たっぷりの手練手管で表現してくる。これが効果的だと受け取れば本作の評価は高くなるが、逆に過剰に映ればヴォルテージは落ちる。個人的にはどうかといえば、“えらく肩に力が入っているなぁ”とは思うが、そんなに否定する気にはならない。それどころか、対象に肉迫しようとする作者の覇気が感じられて好ましくもある。

 また、演奏シーンの出来の良さには感心した。2023年に観た「TAR ター」なんかとは次元が違う。主演のクーパーの指揮ぶりも本物のパフォーマンスを随分と勉強した跡が見受けられた。特にマーラーの2番が鳴り響く場面は盛り上がる。とはいえ、劇中で主人公が“作曲家としての仕事が限られている”みたいなことを言うように、指揮者としての名声が先行するのは不満だろう。かくいう私も、実は指揮者バーンスタインの個性は好きではない。もちろん映画の中では作曲作品にも触れてはいるが、もっとクローズアップしても良かった。

 フェリシア役のキャリー・マリガンは熱演している。だが、彼女は私が苦手とする女優の一人なので、諸手を挙げての評価は控えさせていただく。娘ジェイミーに扮しているのはマヤ・ホークで、悪くはないが有名俳優の両親のレベルに達するにはまだまだである。あと印象的だったのは、カズ・ヒロによる特殊メイク。よくぞここまでマエストロに似せたものだと、感服するしかない。
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テッド・チャン「あなたの人生の物語」

2024-01-14 06:03:50 | 読書感想文

 1967年生まれの台湾系アメリカ人SF作家、テッド・チャンが2002年に発表した短編集。本書を読んだ理由は、表題作「あなたの人生の物語」がドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画「メッセージ」(2016年)の原作だと聞いたからだ。この映画は封切り当時に観ていて、感想も拙ブログに書いているのだが、正直あまり評価出来るような内容ではなかった。ただ、捻った設定が少々気になったので、あえて元ネタの小説をチェックした次第。結果、映画化作品とはかなり違うことが分かる。もちろん、クォリティはこの原作の方が上だ。

 テッド・チャンは大学でコンピュータ科学を専攻していたとかで、執筆作も多分に理系らしいロジカルな展開だ。ただし、決して理詰めで融通に欠けるわけではない。サイエンスを突き詰めた先にある神秘性や寓意性、そして宗教観にまで達する深みが、作品に一筋縄ではいかない奥行きを与えている。

 この表題作は宇宙的なスケールの御膳立てを見せながら、いつの間にか文字通り“あなたの人生”に帰着していくプロセスが実に巧みだ。映画版のように、筋立てが突っ込みどころ満載の通俗的シャシンとは次元が違うと思わせた。なお、この短編はシオドア・スタージョン記念賞とネビュラ賞の中長編小説部門を受賞している。

 このアンソロジーには他に8編の作品が収められているが、どれも素材はさまざまながら、平易な論理性の裏に底知れぬ奇想が渦巻いている点は共通している。それだけに、読んでいて引き込まれるものがあるのだ。特に印象的だったのは、古代バビロニアを舞台にした「バビロンの塔」である。前近代的な宇宙観が、実は当時には正当性を得ていたという着想の元、主人公の青年の先の読めないアドベンチャーにもなっているという卓抜な筋書きには唸った。

 「顔の美醜について ドキュメンタリー」は、人間の外観に関する美意識が科学的に解析されるようになった未来を描き、社会風刺満点のコミカルなタッチもあり面白く読ませる。なお、同書に収められた「理解」は映画化が予定されているとかで、これも楽しみだ。この作者はもう一冊「息吹」という短編賞があり(2019年出版)、機会があればこれも目を通してみたい。
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