元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「トランザム7000VS激突パトカー軍団」

2024-05-24 06:07:28 | 映画の感想(た行)

 (原題:SMOKEY AND THE BANDIT RIDE AGAIN)80年作品。77年製作の「トランザム7000」は本当に面白いアクション・コメディだった。確か地方興行はジョージ・ロイ・ヒル監督の「スラップ・ショット」との二本立てだったと思うが、おそらくは当初“添え物”扱いでブッキングされたこっちの方が、ロイ・ヒル御大の新作の影を薄くするほどの存在感を示していた。で、満を持して作られたこの続編だが、残念ながら前作ほどは楽しめない。何やら監督と主演俳優との意識合わせが出来ていない印象だ。パート3が製作されていないのも当然かと思わせる。

 テキサスの州知事選挙の候補者であるビッグ・イノスは、現知事の歓心を買うためにある荷物をマイアミからダラスに運ぶ仕事を引き受ける。実務を請け負ったのが、トラックレースに優勝したスノーマンとその好敵手であるバンディットだった。バンディットは前作でいい仲になったキャリーにフラれたばかりで落ち込んでいたが、今回の仕事についてスノーマンから聞いたキャリーは自身の結婚式を放り出してバンディットたちと合流する。

 しかし、そこに立ち塞がったのがキャリーの婚約者の父親で保安官のジャスティスだった。かくしてバンディットと彼に味方するトラック野郎たちと、ジャスティス率いるパトカー軍団との賑々しいバトルが始まる。

 粗筋だけチェックすると、面白そうに思える。事実、ある程度は引き込まれるのだが、パート1に比べると爽快感に欠けるのだ。何より、バンディットに扮するバート・レイノルズのパフォーマンスがいただけない。何やらヘンな“内省的演技”に色目を使っているようで、単純明快な活劇編のカラーに染まりきっていない。

 たぶん本作はレイノルズとハル・ニーダム監督との共同製作のようなものだろうが、元スタントマンでカーアクションに力を入れたい監督と、俳優としての深みや渋みを表現したかったであろうレイノルズの意向に齟齬が生じていたのかもしれない。早い話が、面白いところがニーダムで面白くないところがレイノルズということか。人気スターがノリまくって作った映画が成功したことは、あまりないと思われる。

 それでもヒロイン役のサリー・フィールドをはじめジェリー・リード、パット・マコーミック、ジャッキー・グリーソンといった顔ぶれは好調。知事が輸送を希望した荷物が“思わぬもの”だったりするオチは悪くない。また、ラストのNGのフィルムを繋ぎ合わせたエンド・タイトルだけはかなりウケた。
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「ダンディー少佐」

2024-04-21 06:08:18 | 映画の感想(た行)
 (原題:MAJOR DUNDEE)1965年作品。過激なバイオレンス描写で有名なサム・ペキンパー監督の手によるシャシンながら、ここではエゲツない暴力場面は出てこない。この監督の“真価”が発揮され始めるのは「ワイルドバンチ」(1969年)あたりからだろう。とはいえ、元々彼はテレビの西部劇のディレクターとして実績を積んでいたこともあり、本作も手堅い出来と言える。

 南北戦争時の1864年、メキシコ国境近くの北軍第五騎兵隊の駐屯地が、狂暴なアパッチの族長チャリバの奇襲を受けて全滅する。指揮官のエイモス・ダンディー少佐は早速討伐に乗り出すのだが、手勢は少ない。そこで犯罪者や南軍の捕虜や脱走兵を討伐軍に加えるという、思い切った手段に出る。ダンディーはかつての友人で南軍大尉のタイリーンを副官に任命しようとしたが、戦前にこの2人の間には確執があった。何とか“チャリパを片付けるまで”という条件付きでタイリーンを説き伏せるのだが、敵はならず者のアパッチだけではなく、当時北軍と対立していたフランス軍も彼らの前に立ち塞がる。



 まず、成り行きとはいえ南北両軍が共同して敵に対峙するという設定が面白い。加えて、主人公と南軍の将校との、過去の遺恨が絡んでくる。結果として、いつ討伐軍が空中分解するか分からないといったサスペンスが醸成される。もちろん、アパッチによるゲリラ攻撃も厄介で、ダンディー少佐の苦労は絶えない。そこでメキシコの現地住民との交流や、主人公と地元の女医とのロマンスなどが“息抜き”のような扱いで挿入されるのには苦笑した。徹底してハードな展開で追い込む方がドラマとして盛り上がるのは確かだが、この時期のプログラム・ピクチュアとしては、こういう緩い作劇もアリかと納得してしまった。

 戦闘シーンはペキンパー御大らしく手抜きが無い。特に、フランス軍に挟み撃ちにされた討伐軍が決死の突破を図るシークエンスは盛り上がる。主演はチャールトン・ヘストンで、史劇やSF大作の主役の印象が強い彼だが、この頃までは西部劇にもよく顔を出していた。タイリーンに扮するリチャード・ハリスは儲け役で、ヘストンより目立っていたかもしれない(笑)。ジェームズ・コバーンにウォーレン・オーツ、ベン・ジョンソン等、脇の面子も濃い。ヒロイン役のセンタ・バーガーは当時はセクシーさで売れていたらしく、本作でもその魅力を発揮している。
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「デューン 砂の惑星 PART2」

2024-04-07 06:07:58 | 映画の感想(た行)
 (原題:DUNE PART TWO )世評は悪くないようだが、個人的にはピンと来ない。前作(2021年)は第94回米アカデミー賞で6部門に輝いたのに対し、本作は無冠であったのもそれを象徴しているのかもしれない。まあ、この映画は純然たる“続編”であるのでアワード側の評価はPART1で完了したとの見方も出来るが、気勢が上がらないのは確かだ。

 宇宙で最も価値のある物質メランジの唯一の産出地である砂の惑星デューンで繰り広げられたアトレイデス家とハルコンネン家の戦いは、後者に軍配が上がる。一族を滅ぼされたアトレイデス家の後継者ポールは、砂漠の民フレメンの協力を得て、反撃の狼煙を上げる。これに対し、ハルコンネン家はデューンの新たな支配者として次期男爵フェイド=ラウサを送り込む。一方、フレメンの部族長スティルガーは“外の世界”から来た母子がデューンを救うとの啓示を受ける。



 とにかく、ポールが救世主として覚醒するまでが長すぎる。フランク・ハーバートによる原作は読んでいないが、たぶんこのスピリチュアルな展開が後半のハイライトとして書かれているのだとは思う。しかし、少なくとも映画においては(個人的には)どうでもいいプロットである。そもそも、主人公の自覚に至る過程が常人の理解を超えたレベルのものであるため、ここはいくら重点的に描いても尺ばかり取って訴求力に欠けるのだ。おかげで肝心の大規模な戦闘シーンが割を食ってしまった。

 かと思えば、ポールとハルコンネン家の因縁話とか、主人公とフェイド=ラウサとの一騎打ちとか、さほど効果的とは思えないモチーフが挿入されて作劇のテンポは悪くなるばかり。さらに突っ込んだ話をすれば、ハイテクな兵器が配備されているにも関わらず刀剣類主体の接近戦ばかりが強調されているのは、とてもスマートには見えない。

 ドゥニ・ヴィルヌーヴの演出は相変わらず粘着質で歯切れが悪い。まあ、主演のティモシー・シャラメのファンにとっては嬉しいショットが目白押しだろうが(笑)、レベッカ・ファーガソンにゼンデイヤ、ジョシュ・ブローリン、オースティン・バトラー、フローレンス・ピュー、クリストファー・ウォーケン、シャーロット・ランプリング、ハビエル・バルデムら多彩なキャストがそれぞれ持ち味を発揮していたとは思えない。

 さらに言えば、レア・セドゥやアニャ・テイラー=ジョイなんか、どこに出ていたのか分からないほどだ。もちろん多大な予算が投入されているのは分かるし、特に巨大サンドワームの造型には驚かされるが、物語自体に面白味が欠けるため鑑賞後の映画の印象は薄い。
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「ダム・マネー ウォール街を狙え!」

2024-02-26 06:08:37 | 映画の感想(た行)
 (原題:DUMB MONEY)同じく金融ネタを扱った快作「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(2015年)ほどのインパクトは無いが、これはこれで十分に楽しめるシャシンだ。しかも「マネー・ショート」みたいな専門用語のオンパレードて一般観客を置き去りにするような傾向は無く、誰が観ても作者の言いたいことが伝わってくる。ハジけた演出とキャストの頑張りも要チェックだ。

 2020年、マサチューセッツ州に住む会社員キース・ギルは、赤いハチマキにネコのTシャツ姿で“ローリング・キティ”と名乗り株式投資情報を日々動画配信するという“別の顔”を持っていた。彼はアメリカ各地の実店舗でゲームソフトを販売するゲームストップ社を贔屓にしており、すでに5万ドルも同社の株に注ぎ込んでいた。キースは同社が過小評価されていると訴えると、彼の主張に共感した多くの小口の個人投資家がこの株を買い始め、2021年には株価は爆上がり。ゲームストップ株を空売りして一儲けを狙っていた大口の富裕層は大きな損失を被った。



 この事件は連日ニュースで報道され、キースは気鋭の相場師として持て囃される。出てくる株式用語は“空売り”ぐらいで、もちろんその意味は把握する必要はあるが、それを別にすれば平易な展開だ。もちろん、キースとその支持者の行動はコロナ禍で外出できずに娯楽を求めていた者が多かったという背景を抜きにしては考えられない。

 しかし、本作は株式投資の何たるかを描出している点で、かなりの求心力を獲得している。ゲームストップ株は高騰するが、キースたちは決して株式を売却しないのだ。彼らはゲームストップ社の業態と姿勢を評価しているだけで、単なる投機の道具とは思っていない。個人投資家にとっての株の購入とは、その企業を応援するためのものだ。マネーゲームに対するアンチテーゼを何の衒いも無く披露している点で、たとえエクステリアがイレギュラーであっても、見応えたっぷりの映画に仕上がっている。

 クレイグ・ギレスピーの演出はオフビートのコメディタッチで、観る者によっては“やり過ぎ”と思われるかもしれないが、作品のセールスポイントになっているのは確かだ。主演のポール・ダノは絶好調。お調子者のようで実は熱血漢という、たぶん実物もこういうキャラクターなのだろうという説得力がある。

 ピート・デイヴィッドソンにヴィンセント・ドノフリオ、アメリカ・フェレーラ、ニック・オファーマンといった脇の面子も万全。特に主人公の妻に扮したシャイリーン・ウッドリーが、久しぶりにイイ味を出していた。なお「マネー・ショート」を観た際も思ったが、劇中の法人などは全て実名で表現されているのは感心する。もしも同じような題材を日本映画で扱えば、いらぬ忖度が罷り通って実名も出せない生温いシャシンに終わっていたことだろう。
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「罪と悪」

2024-02-24 06:10:26 | 映画の感想(た行)
 上出来の筋書きとはとても言えず、突っ込みどころは少なくないのだが、最後まで飽きずに付き合えた。これはひとえに“真面目に撮っているから”に他ならない。ここで“何だよ、映画は真面目に作られるのが当たり前じゃないか!”といった反論が来るのかもしれないが、残念ながら昨今の日本映画の多くはそうではないのだ。(特定の)観客層に媚び、スポンサーに忖度し、なおかつ世の中をナメたような不真面目なシャシンが罷り通っているのが現状だろう。対して、本作はそういう素振りがあまり見えないだけでも評価に値する。

 福井県北部にある清水町(現在は福井市に編入)に住む中学生の正樹の遺体が橋の下で発見される。どうやら殺されたようで、彼の同級生である春、晃、双子の朔と直哉は、正樹が懇意にしていた町外れの荒ら家に住む老人が犯人だと思い込む。彼らは老人の住居に押しかけて詰問するが、揉み合っているうちに老人を殺してしまう。春は全ての罪を引き受けた上で老人宅に火を放つ。



 22年後、刑事になった晃が父の死をきっかけに町に帰ってくるが、かつての事件と同じように、橋の下で少年の遺体が発見される。捜査を担当する晃は建設会社を経営する春をはじめ幼なじみと再会するが、それは22年前の悪夢を甦らせる切っ掛けになる。

 暗い過去のある晃が警察官になれるとは常識では考えられないし、前科者の汚名を受け入れた春が社会活動じみた仕事をやっているのも無理がある。また、事件の裏側に晃の上司が暗躍しているらしいってのも図式的で面白味が無い。そもそも、22年前の事件自体の成り立ち自体が牽強付会だ。

 しかし、それらの瑕疵を認めた上で画面から目を離せなかったのは、ドラマの背景がリアルでヘヴィだからだ。山に囲まれ、外界から隔絶されたような町の描写は非凡である。土地から離れない住民も多く、地縁と血縁が一般的モラルを駆逐する閉塞感が漂っている。また、かつての少年たちの家庭環境は酷いもので、その捉え方も切迫しており安易にスルーできない。斯様に舞台設定に手を抜いていないことが、作品がライト方面に向かうことを押し留めている。

 オリジナル脚本を手に長編映画デビューを果たした齊藤勇起の仕事ぶりは荒削りだが、及第点には達していると思う。高良健吾に大東駿介、村上淳、しゅはまはるみ、佐藤浩市、椎名桔平といったキャストは手堅いが、朔に扮する石田卓也のパフォーマンスが見劣りするのは残念だ。なお、撮影と音楽は万全である。
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「違う惑星の変な恋人」

2024-02-09 06:34:00 | 映画の感想(た行)
 この映画の評判がけっこう良いことに、正直驚いている。個人的には、本作の中身に面白い箇所を何一つ見出せない。それ以前に、どうしようもなく作りが古いのだ。こんなタッチのシャシンは80年代から90年代前半にかけていくつも目にしたように思うし、変化球を狙って悦に入っているような送り手のスタンスも、ひょっとして共通しているのかもしれない。とにかく、評価する気には全くなれない映画だ。

 美容室の店長のグリコは従業員のむっちゃんとは余所余所しい関係だったが、音楽の趣味が合うことが分かり仲良くなる。ある日、グリコの元恋人モーが店に現われるが、彼は何とかヨリを戻したいと思っているらしい。一方、グリコはシンガーソングライターのナカヤマシューコのライブでプロモーターのベンジーと久々に会ったところ、同行していたむっちゃんはベンジーに一目ぼれしてしまう。しかし、ベンジーはグリコに惹かれていたのだった。映画はこの4人の複雑な恋愛模様を描く。



 とにかく、すべてが“思わせぶり”なのだ。まず、互いに裏を取ろうとするような恣意的な会話が気に食わない。何かあると臭わせて、実は中身は大したことはない。つまらない勘ぐりを気の利いた言い回し(みたいなもの)で粉飾し、微妙にマウントを取ろうとする。こいつらのセリフを聞いていると、ストレスが溜まるばかり。こんな連中がもし実際近くにいたら、たぶん100メートルは距離を置くだろうね(笑)。

 加えて、無駄に長回しが多い。切迫した背景があってのワンシーン・ワンカットではなく、ただカメラを切り替えずに撮しているだけ。弛緩した空気しか流れない。だいたい、グリコの名字が江崎で、モーは牛山だというのだから、実に寒々としたセンスだ。こんな底の浅い方法論では骨太なドラマ性など獲得できるわけもなく、中盤以降は観ていて眠気との戦いに終始。とはいえ、昨今の若い観客にとっては斯様な(一風変わった)エクステリアは新鮮に映るのだろう。監督の木村聡志(私は初めて聞く名前だ)にとっては満足出来る評価ではなかっただろうか。

 顔を知っているキャストは筧美和子と中島歩だけで、綱啓永に莉子、村田凪、金野美穂、坂ノ上茜といった初見の出演陣には存在感もパフォーマンスも見るべきものが無い。それにしても、ラストの処理は意味不明で蛇足気味。作っている側は、これでセンスが良いとでも思ったのだろうか。
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「テイクオーバー」

2024-01-26 06:06:16 | 映画の感想(た行)
 (原題:THE TAKEOVER)2022年11月よりNetflixから配信されたオランダ製のハイテク・スリラー。取り立てて持ち上げるようなシャシンではないが、退屈せずにラストまで付き合える。上映時間も88分とコンパクトで丁度良い。そして注目すべきは劇中で展開される悪事の“黒幕”の設定だ。ここまで露骨に言い切れるのは、おそらくハリウッド映画などでは無理だろう。その点も興味深い。

 凄腕ホワイトハッカーのメル・バンディソンは、ロッテルダムで運行予定のハイテク自動運転バスのデータ漏洩を事前に回避させる。しかし同時に、そのシステムに“相乗り”していた国際的な犯罪ネットワークをも意図せず機能停止にさせてしまう。組織は彼女を抹殺すべくメルを凶悪犯に仕立て上げたニセの動画を流し、警察に指名手配させる。犯罪集団と当局側の両方から追われるハメになったメルは、以前ブラインドデートをしたトーマス・ディーンを巻き込んで必死の逃避行を続ける。



 映画はヒロインが十代で大々的なハッキングをやらかしたシークエンスから始まり、それから10年後に時制が飛ぶのだが、成長したメルはキツい性格の共感できない女になっていて少し萎える(笑)。演じるホリー・ブロートがあまり美人ではないのも愉快になれない。さらに、一回しか会ったことがないトーマスを絶体絶命のピンチに追いやってしまうのも、思慮が足りないと思う。

 しかしながら、アンネマリー・ファン・デ・モンドの演出はヒッチコック映画でお馴染みの“追われながら事件を解決する話”のルーティンをしっかり守っていて、破綻することはない。後半、メルとトーマスが別々のシチュエーションで同時に命の危険にさらされるくだりは、けっこう盛り上がる。そして事件のバックに控えているのが、ズバリ“あの国”だというのは驚いた。まあ、よく考えてみれば有り得ない話でもないのだが、ここまで断定してしまうと痛快ではある。

 トーマス役のゲーザ・ワイズをはじめ、フランク・ラマースにノーチェ・ヘルラール、ローレンス・シェルドン、ワリード・ベンバレク、スーザン・ラデルといったキャストは馴染みは無いが、皆的確に仕事をこなしている。また、ウィレム・ヘルウィッグのカメラによるロッテルダムの街の風景は魅力的だ。
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「ダントン」

2024-01-21 06:07:53 | 映画の感想(た行)
 (原題:DANTON)82年ポーランド=フランス合作。先日観たリドリー・スコット監督作「ナポレオン」は低調な出来だったが、そこで思い出したのが近い時代を描いたこの映画。主人公は言うまでもなく、フランス革命で活躍した代表的な政治家ジョルジュ・ダントンだ。監督はポーランドの名匠アンジェイ・ワイダで、明らかにこの歴史上のイベントに母国の激動の戦後史を重ね合わせている。それだけに切迫度は高く、見応えがある。

 1793年にフランスの実権を握った公安委員会の首班マクシミリアン・ロベスピエールは、敵対する者たちを次々にギロチンにかけるという恐怖政治を始めた。ダントンは一時期政治から離れていたが、この有様に危機感を抱いた彼はパリに戻る。ジャーナリストのカミーユ・デムーランと共同し“ヴュー・コルドリエ”紙を発行し、リベラルな主張を展開。大衆の支持を得る。これを面白く思わないロベスピエールは、革命裁判所を通じてダントンを逮捕する。女流作家スタニスワヴァ・プシビシェフスカ原作の「ダントン事件」の映画化だ。



 作品内では、ロベスピエールが独裁者でダントンが市民派といった単純な区分けはされていない。両者の決裂が表面化したホテルの一室での食事会のシーンに代表されるように、2人がやっているのは単なる勢力争いだ。理念や政策論などは脇に追いやられ、覇権をめぐる駆け引きに終始する。

 ダントンはもちろん、ロベスピエールだって政治家を志していた頃には崇高な理想を抱いていたはずだ。それがいざ権力を手にしてしまうと、保身と権益にしか考えが及ばなくなる。もちろんこれは「大理石の男」(77年)や「鉄の男」(81年)を撮ったワイダが抱く、革命の美名の裏に潜む矛盾をあぶり出したものだろう。そして民衆の立場を忘れたかのようなパワープレイが行き着く先は、破滅しかない。ダントンがそれを悟ったのは“終わり”に近付いた時点だったし、ロベスピエールも同じ道をたどる。

 主役のジェラール・ドパルデューは渾身の演技でスクリーンから目が離せない。ボイチェフ・プショニャックやパトリス・シェロー、ロジェ・プランションら他のキャストも万全だ。また、バックに流れるジャン・プロドロミデスによる現代音楽が凄い効果を上げている。第8回セザール賞監督賞をはじめ多くのアワードを獲得。本作に比べれば、くだんのR・スコット監督のナポレオン映画が如何に問題意識の欠片もない凡作であるか、つくづく分かる。
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「宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました」

2024-01-19 06:08:56 | 映画の感想(た行)
 (原題:6/45)これはダメだ。全然面白くない。ただし本国の韓国およびベトナムでスマッシュヒットを記録し、日本でも評判が良いようだ。今のところ、ハッキリとした否定的評価は見当たらない。これは、このコメディ映画のノリが肌に合わなかったのは私ぐらいだという証左だろうか(苦笑)。いずれにしろ、ここでは個人的なネガティブな見解を書き綴るしかない。

 北緯38度線近くで警備に当たる韓国軍の兵士パク・チョヌは、偶然手に入った一枚の宝くじが日本円にして約6億円の賞金に当選していることを知り小躍りする。だが突如強風が吹き、その宝くじは風に乗って軍事境界線を越え、北朝鮮の将校リ・ヨンホのもとへ飛んでいってしまう。ヨンホたちもこの宝くじが一等に当選していることを知るに及び、南北の兵士たちは所有権を巡って対立。共同警備区域のJSAで会談を開き、南側が換金するまでの間、互いに“人質”として1人ずつそれぞれの軍に紛れ込ませることで同意する。



 まず、この宝くじはチョヌが購入したものではなく、彼が拾得した物件に過ぎないというのは失当だ。要するに、これは(広義の)ネコババであり、話の発端が“その程度”であることに脱力してしまう。また、国境付近での軍事拠点であるにも関わらず、妙に雰囲気が緩い。北側には広報担当の若い女性将校がいたり、牧場や菜園などの施設まである。南側の士気もホメられたものではなく、緊張感のカケラも無い。

 ひょっとして“南北関係もこのようにソフトであれば良い”という願望を伴ったファンタジー路線を狙っているのかもしれないが、実際には相も変わらずミサイルを飛ばしまくっている無法国家を前にして、ファンタジーも何もないだろう。脚本も担当したパク・ギュテの演出は冗長で、繰り出されるギャグは過度に泥臭く、全てハズしている。少なくとも私は鑑賞中、一度も笑うことは無かった。ストーリーラインもピリッとしないが、終盤はますます要領を得なくなり、どうしてああいう結びになるのか納得できる説明は成されていない。

 コ・ギョンピョにイ・イギョン、ウム・ムンソク、クァク・ドンヨン、イ・スンウォンといったキャストは頑張ってはいるのだが、筋書きが斯様な有様なので徒労に終わっている感がある。それでもあえて興味を覚えた点を挙げると、まずヒロイン役のパク・セワンが可愛いこと(笑)、そして韓国では宝くじの当選金は換金時点で納税義務が生じることぐらいだろうか。
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「ティル」

2023-12-25 06:04:15 | 映画の感想(た行)
 (原題:TILL)映画の内容はもとより、ここで取り上げられた史実の重大さに慄然としてしまう。恥ずかしながら私は本作で描かれた“エメット・ティル殺害事件”を知らなかった。そういえばボブ・ディランに“ザ・デス・オブ・エメット・ティル”というナンバーがあると聞いたことはあったが、その曲自体をチェックしたこともない。だが、この映画を観て人種差別問題は現在のアメリカ社会にも暗い影を落としていることを、改めて認識した。

 1955年、シカゴに住むメイミー・ティルは第二次大戦で夫を亡くし、戦後は空軍基地で唯一の黒人女性職員としての職を得て、14歳の一人息子エメットと暮らしていた。彼は夏休みを利用して、ミシシッピー州デルタ地区にある叔父のモーゼ・ライトを訪ねる。メイミーからは出発前に“南部はシカゴと違って差別が激しい。だから身の程をわきまえろ”との忠告を受けたエメットだったが、彼は飲食雑貨店で白人女性キャロリンに向けて口笛を吹いたことで白人たちの怒りを買ってしまう。そして拉致されたエメットは凄惨なリンチを受けて殺される。息子の死に衝撃を受けたメイミーは、泣き寝入りすることを断固拒否し、正義を貫くため裁判を起こす。



 この事件は、しばしば“棺を開けたままエメットの遺体を人目にさらして葬儀を執り行なった”というメイミーのイレギュラー過ぎる所業がクローズアップされるらしい。だがそれよりも私が驚いたのは、本件が切っ掛けとなって考案された“エメット・ティル、未解決の市民権犯罪行為に関する法律”が成立したのは、事件から半世紀以上も経過した2008年であることだ。その間、公民権運動が盛り上がるなどの出来事を経たにも関わらず、この問題の解決への動きは遅々として進まなかったと言えるだろう。それだけ米国社会に蔓延る差別意識は根強いのだ。

 映画はシカゴでの慎ましい母子の生活から、明るい陽光に満ちていながら人々の内面に暗い影を落とす“未開の地”の南部に舞台が移行する際のコントラストに、まず強い印象を受ける。そして不条理とも言える裁判の様子と、その結果を受けての登場人物たちの言動には、現代史のダイナミズムが鮮烈に感じられる。シノニエ・チュクウの演出は骨太でありながら、メイミーとエメットの親子関係を丁寧に描くなどメリハリの利いた仕事ぶりを展開する。

 そして特筆すべきはメイミーに扮するダニエル・デッドワイラーのパフォーマンスだ。どうして彼女がアカデミー賞候補にならなかったのか不思議に思えるほど、自然かつ深みのある演技である。エメット役のジェイリン・ホールはイイ味を出しているし、ショーン・パトリック・トーマスにジョン・ダグラス・トンプソン、そして製作にも関与しているウーピー・ゴールドバーグといった他の顔ぶれも申し分ない。あと特筆すべきはマーシ・ロジャーズによる衣装デザイン。時代色を出しながらも卓越したセンスの良さで、感心するしかなかった。この点を見届けるだけでも鑑賞する価値はある。
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