元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「悪は存在しない」

2024-05-31 06:28:55 | 映画の感想(あ行)
 国際的には高く評価される濱口竜介監督だが、私は彼の作品を良いと思ったことは一度も無い。とはいえ本作は上映時間が106分と、前作「ドライブ・マイ・カー」(2021年)みたいな犯罪的な長さではなく、社会派っぽい題材を扱っている点をも勘案して鑑賞することにしたのだ。しかし、やっぱり結果は“空振り”である。何のために撮られた映画なのか、その意図すら判然としない。

 長野県水挽町は自然豊かな高原に位置しており、しかも首都圏から近いために移住者は増えつつある。昔からこの地に住んでいる巧は、小学生の娘である花と共に自給自足に近い生活を送っていた。そんな中、水挽町にグランピング場の設営計画が持ち上がる。デベロッパーは政府からの補助金を得た芸能事務所だ。しかし、将来的に水源が汚染される危険性が発覚し、町内に動揺が広がる。



 冒頭、鬱蒼と茂る林を仰角で捉えたショットが延々と続く。そして次に巧が薪割りをするシーンが映し出される。正直、この時点で鑑賞意欲が減退した。別に映像は美しくないし、何のメタファーにもなっていない。弛緩した時間が流れるだけだ。巧の生活パターン自体が面白いものではなく、花を下校時に迎えに行く日課も(これが終盤の伏線のつもりかもしれないが)だから何だと言わざるを得ない。

 そもそも、開発業者による住民たちへの説明会のくだりが噴飯物だ。通常、こういうプロジェクトの発表会は自治体の担当責任者と、開発側の幹部が列席するのが常識だ。ところがこの映画の中では、事務所からは現場担当者2人しか来ないし、町役場の人間もいない。開発業者の社長も発案者の経営コンサルタントも顔を見せない。一体これは何の茶番なのだろうか。

 それから先は開発業者の社員2人と巧との、微温的でどうでも良いやり取りが延々と続く。ディベロッパーの幹部の悪辣さや経営コンサルタントのいい加減さが殊更クローズアップされるわけでもなく、ストーリーが迷走したままラスト近くには意味不明の“トラブルらしきもの”が差し出され、唐突に終わる。こんな建て付けのドラマに「悪は存在しない」なる思わせぶりなタイトルを付けて、作者はいったい何をしたかったのだろうか。そもそも、グランピング場の建設に伴う環境アセスメントの精査さえ具体的に成されていない有様だ。

 巧に扮する大美賀均をはじめ、西川玲に小坂竜士、渋谷采郁、菊池葉月など、キャストは無名の者ばかり。もちろんそれが上手く機能していれば良いのだが、どう見てもサマになっていない。濱口監督がインスピレーションを受けたという石橋英子の音楽にしても、あまり印象に残らず。
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「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」

2024-05-27 06:07:26 | 映画の感想(さ行)
 これは面白い。個人的には今年度のベストテン入りは確実だと思えるほど気に入ったが、観る者を選ぶ実録映画でもある。ここで描かれている題材や時代背景、登場人物たちに少しでも思い入れのある観客ならば、たとえ映画自体が気に入らなくても作品のパワーと作り手の熱い思いは感じ取れるだろう。だが、それらに興味が無かったり世代的に外れている者だったら、まるで受け付けないシャシンかと思う。しかし、たとえそうでも一向に構わない。現時点でこれだけのものを見せてくれれば満足するしかないのである。

 80年代初頭。ピンク映画の巨匠と言われた若松孝二監督は、名古屋にミニシアター“シネマスコーレ”を開設する。そこの支配人に任命されたのは、かつて東京の文芸坐に籍を置いていたが結婚を機に地元名古屋に戻ってビデオカメラのセールスマンをしていた木全純治だった。木全は劇場の運営をめぐって若松と幾度となく衝突するが、それでも如才なさを発揮して経営を支えていく。やがて映画館には金本法子や井上淳一などの若い人材が身を寄せるようになる。



 80年代といえば、私が日本映画に興味を持ち始めた頃だ、ビデオの普及により映画館の斜陽化が巷間で取り沙汰されてはいたが、一方では従来型の劇場とはコンセプトを異にしたミニシアターがブームを起こしていた。そして何より、才能豊かな若手監督たちが次々と一般映画を手掛け、邦画界は活況を示していたのだ。通説では日本映画の黄金時代は昭和30年代だと言われているが、80年代は別の意味での邦画の最盛期だった。若松監督も、そのムーブメントを察知したからこそミニシアターを立ち上げたのだろう。

 当時活躍していた新進監督たちの名前がポンポン出てくると共に、旧態依然たる従来型の興行様式との確執も効果的に描かれる。最も面白いと思ったエピソードは、学習塾大手の河合塾のプロモーション・フィルムの演出を井上淳一が担当するくだりだ。映画に対する情熱は人一倍だが、現在に至っても大した実績を残せていない井上が、この時ばかりは師匠の若松から叱咤激励されながらも目覚ましい働きを見せたことは本作を観て初めて知った。そして本作の監督も井上自身だ。映画人生の大半が不遇でも、この映画を完成させたことだけで彼の名前は残ると思う。

 若松に扮する井浦新はアクの強さ全開で、彼の代表作になることは必至だ。井上を演じる杉田雷麟や金本役の芋生悠は好調。それに有森也実、田中要次、田口トモロヲ、田中麗奈、竹中直人といった豪華なゲスト陣が華を添える。唯一残念だったのが、木全に扮しているのが東出昌大であること(苦笑)。もっと演技の上手い役者を持ってくれば映画のクォリティはさらに上がったはずだ。なお、タイトルからも分かるとおり、この映画は白石和彌監督による2018年製作の「止められるか、俺たちを」の続編だが、前作の存在を失念しそうになるほど本作のヴォルテージは高い。
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「CODE8 コード・エイト Part II」

2024-05-26 06:07:32 | 映画の感想(英数)
 (原題:CODE 8: Part II )2024年2月よりNetflixから配信されたカナダ製のSFスリラー。前作(2019年)と同様に特筆すべき出来ではない。しかし、パート1に比べて作品のクォリティは落ちておらず、その点あまり不満を覚えずに最後まで付き合うことが出来た。テレビ画面で鑑賞するには、これぐらいのライトな建て付けの方がフィットしていると思う。

 人口の約4%が何らかの超能力を持って生まれるようになった近未来世界。前作で犯罪組織と警官隊を相手に大立ち回りをやらかしたコナー・リードは、5年の服役を終えてコミュニティ・センターの掃除夫として働いていた。警察は遣り手のキング巡査部長の元で改革を進めていたが、実はキングは違法薬物の売買を営むギャレットの一味と結託して私腹を肥やしていた。



 ギャレットの下っ端の売人であるタラクは、警察犬ロボットK9に追い詰められて検挙されそうになるが、無抵抗の彼をK9は殺害してしまう。その一部始終を見ていたタラクの妹パバニはコミュニティ・センターに逃げ込み、コナーに匿われる。K9のメモリにロードされた事件動画を一般公開して警察の不正を暴こうとするコナーだが、揉み消しを図るキングはコナーとパバニを抹殺しようとする。

 ストーリー自体に新味は無いが、前作に引き続き各エスパーの持つ超能力がバラエティに富んでいて面白い。特にカメレオンのように身体の色を変えるタラクや、システムを無力化するパバニの扱いは悪くないと思う。そして、前作で市民からの苦情を受けて出番が減ったヒューマノイド型のガーディアンに代わって投入されたK9の造型と能力は、けっこうポイントが高い。

 後半は横暴なキングと、そんな彼に嫌気がさしてコナーに加勢するギャレットの一派も交えた賑々しいバトルが展開する。実はキングも“ある秘密”を抱えており、それが明らかになる終盤の扱いは少し興味を覚えた。前回に引き続いて登板のジェフ・チャンの演出は取り立てて才気は感じないが、取り敢えずは破綻無くドラマを最後まで引っ張っている。

 コナー役のロビー・アメルとギャレットに扮するスティーヴン・アメルは前回に引き続いての出演だが、健闘していると言って良いだろう。アレックス・マラリ・Jr.にシレーナ・グラムガス、ジーン・ユーン、アーロン・エイブラムスなどのキャストも手堅い。それにしても、上映時間が1時間40分と短めなのは有り難い。娯楽アクション編は、この程度の尺が一番良いのだ。
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「あまろっく」

2024-05-25 06:07:58 | 映画の感想(あ行)
 こういう映画は嫌いだ。日本映画のダメな面を如実に示しているのは、アニメーションの氾濫でも人気漫画の安易な映画化でもなく、はたまた若年層向けのラブコメ壁ドン作品の乱造でもない。本作のようなシャシンの存在と、それが悪くない評価を得てしまう現状だと思う。まあ、この手の映画は二本立て興行が普通だった昔の時代の“メインじゃない方の番組”だったら笑って許せたのだろう。だが、普通料金を取っての単独公開でこのレベルだと、まさに“カネ返せ!”と文句の一つも言いたくなる。

 東京の一流企業で腕を振るっていた30歳代後半の近松優子は、理不尽なリストラに遭い実家がある兵庫県尼崎市に戻ってきた。直ちに定職に就くことなく日々を過ごしていた彼女だったが、ある日、町工場を経営している父親の竜太郎が再婚相手として20歳の早希を連れてくる。優子は戸惑うばかりで早希との仲も上手くいかない。そんな中、竜太郎が急逝してしまい、優子はいよいよ難しい立場に置かれることになる。



 まず、設定自体がデタラメだ。仕事が出来て社内表彰も受けている優子を、会社が簡単に手放すはずが無い。たとえ実家に帰っても凄腕のキャリアウーマンの彼女ならば、関西圏で仕事はすぐに見つかるはずだ。竜太郎はロクに仕事もせず、業務は部下に任せきり。しかも、重要な工程は超ベテランの社員一人が担当していて、彼の後継者も育成していない。

 そして最大の難点が、60歳をとうに過ぎたオッサンが20歳の若い女子からプロポーズされて結婚するという、有り得ない展開だ。こんな観る者をバカにしたような筋書きの果てに、終盤ではかつての阪神淡路大震災のエピソードを無理矢理挿入して“泣かせ”に走る始末。安手のテレビドラマでも採用しないような与太話である。

 ところが、世評は良かったりするのだ。こんな軽量級で中身の無い人情話が受け入れられている現実。映画に大それたものを期待しておらず、肩の凝らない微温的なシロモノであればそれで良いという風潮こそが、邦画が低空飛行を続けている原因の一つではないのか。中村和宏の演出は凡庸で特筆すべきものは無し。優子に扮する江口のりこは奮闘はしているが、映画自体がこの程度では気の毒になってくる。竜太郎役の笑福亭鶴瓶は論外で、テレビでよく見る鶴瓶のまんまだ。映画に出ている意味が無い(若い頃の竜太郎に扮する松尾諭がずっと演じた方が良かった)。

 早希を演じる中条あやみは悪くないパフォーマンスだが、彼女はすでに(現時点で)27歳で、しかも見た目が大人っぽいので、20歳というのは無理がある。中村ゆりに浜村淳、高畑淳子ら脇のキャストは印象に残らず、佐川満男はこんな映画が遺作になってしまったのは何ともやりきれない。あと、鶴瓶の身内である駿河太郎が出ているのも愉快ならざる印象を受けた。
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「トランザム7000VS激突パトカー軍団」

2024-05-24 06:07:28 | 映画の感想(た行)

 (原題:SMOKEY AND THE BANDIT RIDE AGAIN)80年作品。77年製作の「トランザム7000」は本当に面白いアクション・コメディだった。確か地方興行はジョージ・ロイ・ヒル監督の「スラップ・ショット」との二本立てだったと思うが、おそらくは当初“添え物”扱いでブッキングされたこっちの方が、ロイ・ヒル御大の新作の影を薄くするほどの存在感を示していた。で、満を持して作られたこの続編だが、残念ながら前作ほどは楽しめない。何やら監督と主演俳優との意識合わせが出来ていない印象だ。パート3が製作されていないのも当然かと思わせる。

 テキサスの州知事選挙の候補者であるビッグ・イノスは、現知事の歓心を買うためにある荷物をマイアミからダラスに運ぶ仕事を引き受ける。実務を請け負ったのが、トラックレースに優勝したスノーマンとその好敵手であるバンディットだった。バンディットは前作でいい仲になったキャリーにフラれたばかりで落ち込んでいたが、今回の仕事についてスノーマンから聞いたキャリーは自身の結婚式を放り出してバンディットたちと合流する。

 しかし、そこに立ち塞がったのがキャリーの婚約者の父親で保安官のジャスティスだった。かくしてバンディットと彼に味方するトラック野郎たちと、ジャスティス率いるパトカー軍団との賑々しいバトルが始まる。

 粗筋だけチェックすると、面白そうに思える。事実、ある程度は引き込まれるのだが、パート1に比べると爽快感に欠けるのだ。何より、バンディットに扮するバート・レイノルズのパフォーマンスがいただけない。何やらヘンな“内省的演技”に色目を使っているようで、単純明快な活劇編のカラーに染まりきっていない。

 たぶん本作はレイノルズとハル・ニーダム監督との共同製作のようなものだろうが、元スタントマンでカーアクションに力を入れたい監督と、俳優としての深みや渋みを表現したかったであろうレイノルズの意向に齟齬が生じていたのかもしれない。早い話が、面白いところがニーダムで面白くないところがレイノルズということか。人気スターがノリまくって作った映画が成功したことは、あまりないと思われる。

 それでもヒロイン役のサリー・フィールドをはじめジェリー・リード、パット・マコーミック、ジャッキー・グリーソンといった顔ぶれは好調。知事が輸送を希望した荷物が“思わぬもの”だったりするオチは悪くない。また、ラストのNGのフィルムを繋ぎ合わせたエンド・タイトルだけはかなりウケた。
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「ゴジラ×コング 新たなる帝国」

2024-05-20 06:07:35 | 映画の感想(か行)
 (原題:GODZILLA x KONG: THE NEW EMPIRE )ワーナー・ブラザース・ピクチャーズによる、ハリウッド版「モンスターバース」シリーズの通算5作目。今回はいつにも増して人間側のドラマは軽量級だが、ひとたび怪獣どもがバトルロワイヤルを始めると、映画のヴォルテージは爆上がりする。もちろん“キャラクターの内面描写が物足りない”という真っ当な観点から作品を批評するカタギの皆さんは不満だろうが(笑)、子供の頃から怪獣映画に馴染んでいた身からすれば、本当に楽しめるシャシンになっている。

 ゴジラとキングコングがメカゴジラの襲来を死闘の末に駆逐してから数年後、未確認生物特務機関“モナーク”は、地下空洞からの謎の波長の電波信号を感知する。“モナーク”の人類言語学者アイリーンは、ポッドキャストのホストであるバーニーと獣医のトラッパー、そして髑髏島の先住民イーウィス族の少女ジアらと共に地下世界へと向かう。コングは地下空洞で同族と巡り合うが、そこで独裁的に権力を振るうスカーキングの攻撃を受ける。一方、ローマのコロッセオをねぐらにしていたゴジラも新たなバトルの勃発を察知して動き出す。



 人間側の面子はキャラが立っていないし、そこにいるだけで存在感を醸し出すようなキャストも見当たらない。一応、アイリーンの養女でもあるジアの出自に関する話が後半展開するものの、大して面白い内容ではない。そもそも“モナーク”にはもっと貫禄のあるメンバーがいるはずだし、たった数人で帰れる公算も少ないミッションに臨む意味も見出せない。

 しかし、画面の真ん中に怪獣たちが陣取るようになると、そんなことはどうでも良くなる。アメリカ映画であるからキングコング中心のエピソードが目立つのはやむを得ず、コングと同族たちとのやり取りを観ていると「猿の惑星」シリーズを思い出してしまうが(笑)、スカーキングが飼っている冷凍怪獣シーモ(アンギラスに似ている ^^;)が暴れ出したり、見事な造型のモスラが登場してくると興趣は増す一方だ。

 地下世界における無重力状態での戦いはまさにアイデア賞もので、スピーディーかつ先の読めない状況には思わず身を乗り出してしまった。舞台を地上に移してからも、ピラミッドやリオデジャネイロのコパカバーナなどの名所旧跡をバックに、怪獣たちの組んずほぐれつの大立ち回りを存分に見せてくれる。前作に続いての登板になるアダム・ウィンガードの演出は、人間ドラマよりもクリーチャーの扱いに興味があるのが丸分かりだ。

 レベッカ・ホールにブライアン・タイリー・ヘンリー、ダン・スティーヴンス、ケイリー・ホトル、アレックス・ファーンズなどの俳優陣には特筆すべきものは無いが、これはこれでOKだろう。なお、私は映画館で平日夕方からの回を鑑賞したのだが、客席を占めていたのは私と同世代ぐらいのオッサンばかり(大笑)。妙に納得してしまった。
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ドン ベントレー「シリア・サンクション」

2024-05-19 06:08:51 | 読書感想文

 原題は“WITHOUT SANCTION”。本国アメリカでの出版は2020年で、日本翻訳版が刊行されたのが2021年だ。題名通り舞台はシリアで、元米陸軍レンジャー部隊の主人公の活躍を追うスパイ・アクションである。文庫本版で約560ページもある長尺ながらスラスラと読めたが、中身はやや大味。とはいえ著者にとってはこれがデビュー作であり、何より現時点でまた緊張の度を増してきた中東情勢をネタにした小説なので、読んで損はしないと思う。

 内戦下のシリアで極秘任務に当たっていたCIAのチームがテロリストの新型化学兵器の攻撃に遭い、多大な被害を受ける。そしてあろうことか、その兵器を開発した科学者が米国に接触してきた。何でも、アメリカ側のエージェントが現地に捕らわれているらしい。事態の収拾のため国防情報局のマット・ドレイクは、シリアに潜入して武装勢力とのバトルを繰り広げる。一方、ホワイトハウスでは大統領選を間近に控え、首席補佐官とCIA長官との鍔迫り合いが展開されていた。

 死と隣り合わせのミッションに過去何度も挑み、そのため心身共に満身創痍になった主人公が、それでも国と名誉のために戦いに挑むという設定は、常道ながら納得出来るものだ。また、マットの妻や親友との関係性もよく練られている。敵は一枚岩ではなく、ISはもちろんロシア軍も主人公たちの前に立ちはだかる。さらに正体不明の“死の商人”みたいなのも登場し、ストーリーは賑々しく進んでゆく。

 また、首都ワシントンでの勢力争いを平行して描いているのも面白く、いかに国際情勢が自由や平和などの御題目ではなく、欲得ずくの思惑で進んでいくのかをあからさまに見せる。何より現職大統領がラテン系だというのが興味深く、この点は現実をリードしていると言って良いだろう。

 だが、マットの任務後の様相こそ具体的に描写はされているが、その他のキャラクターの去就はハッキリしない。おかげで大雑把な印象を受けてしまったが、本書はシリーズ第一作であり、それらは次作以降に語られていくのだろう。

 作者のベントレーは陸軍のヘリコプターのパイロットとして約10年の経験を積み、アフガニスタンにも派遣されて手柄を立てている。退役後はFBI特別捜査官として対外情報収集と防諜に従事し、SWATチームにも加わったことがあるという、かなりの経歴の持ち主だ。こういう人材が小説を書いているのだから、読み応えがあるのは当然か。機会があれば別の作品も目を通してみたい。
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「ゴッドランド GODLAND」

2024-05-18 06:08:12 | 映画の感想(か行)
 (原題:VANSKABTE LAND)映像の喚起力は素晴らしいものがあるが、肝心の映画の中身は密度が低い。物語の設定自体に無理があるし、加えて主人公の造型が説得力を欠く。撮影には2年が費やされ、たぶんそのプロセスも困難を極めたと思われるが、製作時の苦労の度合いは作品の出来に直接影響しないという定説を再確認することになった。

 19世紀後半のアイスランドに、デンマーク国教会の命を受けて布教の旅に赴いた若い牧師ルーカスは、現地の過酷な自然環境と通じない言語、そして慣れない異文化に直面して疲労困憊する。ようやく目的地の村に到着するものの、住民との確執を克服出来る見通しも立たない。やがて彼は、捨て鉢な行動に出る。



 当初、国教会の指令はアイスランドでキリスト教(ルター派)の布教を進め、それを踏まえて年内に教会を建てろというものだったはずだ。ところが、すでに彼の地では教会は建設中であり、ルーカスはその“開館時の担当者”として行っただけなのである。まったくもってこれは、単なる茶番ではないか。

 また、村の者からは“船で来た方がもっと行程は短くて楽だったはず”と言われてしまう。つまりルーカスは早くて安全なルートをあえて拒否して、わざわざ危険な道を選んだのである。しかも、無理に行程を急いだ挙げ句に通訳を事故死させてしまう。そのおかげで彼は難儀するのだが、かくもバカバカしい筋書きには呆れるしかない。

 村に着いてからのルーカスの奇行と住民たちとの軋轢に関しても、観ている側との心情的な接点が存在せず、どうでもいい感想しか持てない。監督のフリーヌル・パルマソンは脚本も担当しているが、その出来映えをチェックするスタッフはいなかったのだろうか。

 とはいえ、マリア・フォン・ハウスボルフのカメラがとらえたアイスランドの大自然は圧巻だ。絶景に次ぐ絶景で、これが果たして地球上の風景なのだろうかと驚くしかない。四隅が丸い変型のスタンダードサイズの画面も効果的だ。しかし、それしか売り物が無いのならば自然の風景のみを紹介したドキュメンタリーでも良かったわけで、ヘタなドラマをそれに載せる必然性など見出せない。

 主演のエリオット・クロセット・ホーブをはじめ、イングバール・E・シーグルズソン、ヴィクトリア・カルメン・ソンネ、ヤコブ・ローマンなどのキャストは熱演だが、その健闘が報われたとは言い難い。なお、似たような設定のドラマとして、私はローランド・ジョフィ監督の「ミッション」(86年)を思い出した。あれも作劇には幾分無理はあったが、全編を覆う強烈な求心力に感じ入ったものだ。もっとも、あれはカトリックの伝道師の話だったので、プロテスタントの聖職者を主人公とした本作とは勝手が違うのかもしれない。
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「CODE8 コード・エイト」

2024-05-17 06:08:01 | 映画の感想(英数)
 (原題:CODE 8)2019年カナダ作品。日本では劇場公開されておらず、私はネット配信にて鑑賞した。取り立てて出来の良い映画では無いが、硬派なテイストが適宜挿入されていることもあり、あまり退屈せずに最後まで付き合えるSFスリラーだ。もちろん、映画館でカネ払って観たら不満が残ると思うが、テレビ画面では丁度良い。

 人口の約4%が何らかの超能力を持って生まれるようになった近未来世界。彼らは当初は効率の良い労働力として持て囃されたが、機械化・システム化が進んだことにより実業界では不要の存在になっていった。それどころか差別や迫害を受け、犯罪に走る者も少なくない。しかも、超能力者の髄液から抽出される強力な麻薬が高値で取引され、警察は厳しい取り締まりを断行する。そんな中、超能力を持つコナー・リードは、難病を患う母親の治療費を稼ぐため、違法薬物の売買を営むギャレットの一味に参加して犯罪に手を染めることになる。



 社会から邪魔者扱いされた超能力者たちが違法行為をやらかすというネタは、大して新味は無い。舞台になる都市(ロケ地はトロント)が殺伐とした抑圧的な造型を伴っているのも、まあ想定の範囲内だ。しかし、LGBTQなどのマイノリティの権利がクローズアップされる現時点で接すると、けっこう緊迫感が嵩上げされる。

 また、各エスパーはそれぞれ能力が異なっており、ドラマ全体に意外性が醸し出される。警察サイドにも強硬派もいればリベラル派もいて、そのあたりの葛藤が紹介されるのも悪くない。モチーフとしては警察が装備している攻撃型ドローンと、アンドロイド型の実戦型マシンのエクステリアが面白く、市民生活の隣にこんなメカが跋扈している光景は興味を惹かれる。

 ジェフ・チャンの演出は特段才気走った点は無いが、安全運転に徹していてストーリーが停滞することは無い。主演のロビー・アメルは健闘しており、切迫した主人公の内面は過不足無く表現出来ていたと思う。スティーヴン・アメルにサン・カン、カリ・マチェット、グレッグ・ブリック、カイラ・ケイン、ピーター・アウターブリッジらその他のキャストにも演技に難のある者がいないのも気持ちが良い。なお、続編がNetflixから配信されており、近々チェックする予定である。
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「美と殺戮のすべて」

2024-05-13 06:07:07 | 映画の感想(は行)
 (原題:ALL THE BEAUTY AND THE BLOODSHED)強烈な印象を受けるドキュメンタリー映画だ。題材の深刻さといい、主人公役のキャラクターの破天荒さといい、問題提起の大きさといい、全てがA級仕様である。第79回ヴェネツィア国際映画祭で大賞を獲得しているが、有名アワードに輝いた作品が必ずしも良い映画とは限らないものの、この受賞は十分頷ける。個人的にも今年度のベストテン入りは確実だ。

 本作がクローズアップする人物は、首都ワシントン出身の写真家ナン・ゴールディンだ。彼女は最愛の姉が18歳で自死したのを切っ掛けに、フォトグラファーを志すようになる。テーマは自身のセクシュアリティをはじめ、家族や友人の切迫した状況、ジェンダーに関する問題など、かなり“攻めた”ものばかりだ。しかも、ドラッグの過剰摂取やHIVウイルスの感染などで、作品に登場するほとんどの被写体が世を去っているという。



 そんな彼女が、手術時にオピオイド系の鎮痛剤オキシコンチンを投与され、危うく命を落としそうになる。実はこの薬は中毒性があり、処方を間違えると重篤な事態に陥るのだ。ところがオキシコンチンを販売するパーデュー・ファーマ社は、この薬を野放図にばら撒いて被害を大きくしている。彼女は2017年にこの問題の支援団体P.A.I.Nを創設し、パーデュー・ファーマ社とそのオーナーである大富豪サックラー家の責任を追及する。

 私は不勉強にも、かくも重大な薬害が起こっていることを知らなかった。そしてもちろんP.A.I.Nの存在も心当たりは無い。だが、パーデュー・ファーマ社の所業がいかに悪質なものかを本作は鮮明に描き出し、映画本来の社会的役割という側面を強調する。さらに、この会社が芸術界に多額の寄付をしているという、偽善的な行為も糾弾する。ゴールディンはアートに携わる者として、サックラー家との全面対決に身を投じるのだ。

 芸術家として血を吐くような苦悩に苛まれ、家族や友人を失い、その結果先鋭的な作品に結実させるゴールディンと、儲け主義の権化みたいなパーデュー・ファーマ社との対比は、悲痛な現実の暴露と共に、目を見張るような高揚感を観る者にもたらす。そして、芸術の何たるかを端的に見せつけられた衝撃を受けるのである。

 ローラ・ポイトラスの演出は力強く、対象から一時たりとも目を離さない。今後もその仕事を追ってみたくなる人材だ。なお、この薬害事件の犠牲者は全米で50万人を数えるという。それにも関わらず、サックラー家は勝手に会社を解散させて責任の回避に余念が無い。この世界にはかくも不条理な事柄が頻発しているが、それを真正面から捉える映画作家の存在は、観る者の意識をこれからも少しずつシフトアップさせ続けるのだろう。
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