元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」

2009-10-24 18:29:55 | 映画の感想(あ行)

 さすが根岸吉太郎監督作、しかも脚色が田中陽造、このスタッフを揃えただけあって手堅い出来だ。根岸が追求するテーマは、根無し草のように浮遊した人生を歩む者と、地に足が付いた生活を送る者との対比だ。太宰治の小説の映画化となる本作では、主人公の小説家・大谷が前者であり、その妻・佐知が後者であることは論を待たない。

 もちろん、ただ“対比させること”だけでは骨太なドラマは生まれないのだ。根岸の場合はハッキリと“地に足が付いた堅実な者”に軍配を上げる。それも上っ面の道徳律などをもって総括はしていない。正攻法に登場人物の内面に迫り、掘り下げた結果である。

 大谷は小説が売れても、どこか他人事のよう。恥多き心の中を文章化してしまった嫌悪感、そしてそれは捨て鉢な行動に繋がる。家に原稿料は入れず、日々飲み歩き、果ては居酒屋の金を盗むという暴挙に出る。何とかその場は切り抜けるが、さらに乱行は続き、突如失踪しての心中騒ぎに繋がる。対して佐知は夫が迷惑を掛けた小料理屋の店主夫妻に頼み込んで店で働き出すが、その屈託のない性格と垢抜けた美貌で、客の間では大評判。店は繁盛し、想いを寄せる若造やら昔の恋人である弁護士なども現れる。

 大谷の方はそれが自分を助けるための行動とは分かっていても、妻がモテるようになることに嫉妬するのだから世話はない。どんなに奔放で自己愛の強い文士を気取っていても、それは妻の存在とバックアップがあっての話。彼女にゾッコンになっている男を密かに付けるくだりは、妻の手のひらの中で踊らされているダメ男の実相を浮き彫りにして圧巻だ。

 大谷に扮する浅野忠信は余裕の貫禄。演技パターンは予想通りなのだが、それでも絵に描いたようなやさぐれ加減の表現には感服する。佐知役の松たか子は、たぶん彼女のベスト演技であろう。優しさと朗らかさ、そして時には開き直ったふてぶてしさをも巧みに観る者に伝える。一面では捉えきれないキャラクターを過不足無くスクリーンに活写させるその力量には舌を巻いた。

 しかし、愛人役の広末涼子はつまらない。この映画に欠点があるとすれば、この広末の起用だろう。ここで描かれるのは“舌足らずで喋る、いつもの広末”であって、まったく映画に合っていない。どうしてこんなのに仕事が数多く回ってくるのか、不思議だ。なお、室井滋や伊武雅刀、堤真一といった他の面子は申し分ない。オールセットによる映像デザインや彩度を落とした画調が効果的。太宰の世界への入門編としても適切な映画版で、幅広く奨められる。
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「タマもの 突きまくられる熟女」

2009-10-23 06:23:57 | 映画の感想(た行)
 2004年作品。まずは上映画質の悪さに絶句した。ダビングを繰り返したビデオテープほどのクォリティしかない(・・・・というか、それを元にした画像を映写に使っているのだろう)。これでカネ取って観せようというのだから、天神シネマのサービス水準は相当低いと言わねばなるまい。しかも、時たま画像がストップする。そのことに関しての劇場側の釈明は無し。この小屋はダメである。シネテリエ天神時代からのスタンプカードが貯まっているのであと1,2回は通うかもしれないが、それ以降は足を運ぶ気はない。

 さて、本作は“ピンク七福神”の一人と言われるいまおかしんじの監督作だが、ヒロインの造型が面白い。ボウリング場に勤務し、自身もボウリングを嗜む彼女は数々のトロフィーを獲得しているが、私生活は孤独だ。それを表現するかのように、終盤になるまで彼女は一言も発しない。また、口をきかせないことは孤立感の表出であると同時に、言い訳無しで自身の感情をストレートにぶつける主人公の行動様式をも明示させている。

 彼女には年下の恋人がいるが、ほとんど心が通い合っていない。何やかやと世話を焼く彼女を相手は“重く”感じていて、それどころか元より優柔不断で身勝手な野郎であるため、たやすく浮気する。挙げ句の果ては、同じ職場の女と懇ろになり婚約までしてしまう。そして、他に女がいることをヒロインに告げたのは婚約後だ。

 主人公が文字通り重い口を開くのがラストで、そのシチュエーションも相まって衝撃度はかなりのもの。単に“愚かな女の末路”という片付けられ方を拒否するかのごとく、突き抜けたような純情が前面に出ているのは、作者の人間観察が非凡であることの証左に他ならない。

 主演の林由美香は小柄ながら上質のルックスと均整の取れたプロポーション、そして張りつめた演技で強い印象を残すが、残念ながら本作を撮った翌年に30歳代前半の若さで急逝してしまう。惜しいことをした。

 なお、劇中で彼女が作る料理は実に美味しそうだった。特に彼氏に作ってやる弁当は絶品。劣悪な画質からでも十分それは伝わってくる。最近の日本映画では「南極料理人」や「のんちゃんのり弁」と良い勝負である。
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「闇のまにまに 人妻・彩乃の不貞な妄想」

2009-10-22 06:37:45 | 映画の感想(や行)

 主演女優に大いに難がある(笑)。主演の琴乃とかいう女、顔はまあ可愛いのだが、脱ぐと“ちょっと、冗談やめてくれよ!”と言いたくなるほど身体の線がキレイじゃない。有り体に言ってしまえば“オバサン体型”なのである。聞けば、少し前までアダルトビデオによく出ていてけっこう売れっ子だったというが、これでよくAV女優が務まったものだと思う(爆)。脇役のうさぎつばさや坪井麻里子の方がよっぽどスタイルが良いのだから困ったものだ。

 さて、本作は新東宝製作による成人映画。先日閉館したシネテリエ天神の跡地に出来た天神シネマのオープニング作品である。内田春菊の同名ホラー漫画の映画化で、監督は「吸血少女対少女フランケン」の友松直之。左手のない女の幽霊に付きまとわれる、若い人妻の受難を描く。

 正直、あまり上等な作品ではない。幽霊の造型は「リング」の貞子の二番煎じ。ショッカー場面もどこかで見たようなパターンばかり。致命的なのは絡みのシーンが下手であること。粘着度もアイデアもない単調な場面が延々と続く。加えて主演がアレなので、中盤は眠気を抑えるのに苦労した。野郎共も魅力無し。気鋭の演技派男優を多数輩出した、昔の成人映画の数々を思い出しつつ本作に接すると寂しい気分になってくる。

 ただし、さすがに鬼畜系の友松監督、終盤のスプラッタ場面になると途端にヴォルテージが高くなってくる。画面一杯にぶちまけられた血と臓物の量は尋常ではなく、観ていて呆れるばかりである。・・・・というか、この監督はこれしか撮れないのだろう。稚拙な特撮が即物的な生々しさを醸し出すのも、なかなか玄妙ではあった。

 なお、エンディング・テーマにこの手の映画では珍しく垢抜けたポップな楽曲が流れていたが、歌っているのは何と主演の琴乃である。以前はバンドも組んでいてミュージシャン志望だったというが、お世辞抜きで上手い。棒読みのセリフのまま映像作品に出るよりも、音楽活動の方が合っている。とはいえ、いくら歌で聴き手を魅了しても、あの“オバサン体型”が目に浮かぶようでは、イマイチのめり込めないのも事実だが・・・・(^^;)。
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「ボウリング・フォー・コロンバイン」

2009-10-21 06:16:13 | 映画の感想(は行)

 (原題:BOWLING FOR COLUMBINE )2002年作品。99年にコロラド州リトルトンのコロンバイン高校で起こった銃乱射事件の取材を皮切りに、アメリカを覆い尽くす“暴力の連鎖”の実態に迫ろうというドキュメンタリー。

 監督のマイケル・ムーアは事件の要因を安易に“アメリカの銃社会”に収斂させようとはせず、さらに掘り下げた考察を行っている。たとえば、アメリカでの銃による犠牲者数が他国と比べて桁外れに多い事実や、銃社会を擁護する全米ライフル協会(NRA)の夜郎自大ぶりを紹介すると同時に、暴力をアイデンティティのひとつとして認知しているかのような米社会の本質を探ろうとしている点は興味深く、それが“恐怖と憎悪”であるとの結論を出していることも評価したい。

 面白いのは同じ銃社会であるカナダとの比較で、銃が市中に出回っている状況こそ似ているが、犯罪発生率がアメリカに比べて格段に低い実態が示される。この例を見ると“銃が人を殺すのではなく、人が人を殺すのだ”とのNRAの主張も、あながち間違ってはいないように思えてくる。

 しかし、残念ながらムーアは“ではなぜアメリカ社会は恐怖と憎悪に溢れているのか”という本質には到達していない。暴力に彩られた近代史を持つ国はアメリカ以外にもたくさんあるのに、どうしてアメリカだけが犯罪大国になったのか。彼はその疑問を提示はするものの、そこから先には進めない。せいぜいNRA会長のチャールトン・ヘストン宅に押し掛けて悪態を付く程度のパフォーマンスしか見せられないのだ。

 彼に欠けているのは“歴史を見る目”である。アメリカ建国の経緯を先住民への弾圧と英国との戦争といった皮相的な面からしか捉えていない。アメリカの歴史はヨーロッパやアジアの国々とはどう違うのか。同じ新興国であるカナダと異なる点とは何か。そこまで突っ込まないと意味がない。考えさせられる映画でありながら、いまひとつカタルシスが足りないのは、このへんに原因がありそうだ。
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「吸血少女対少女フランケン」

2009-10-20 06:19:09 | 映画の感想(か行)

 ゲテモノとして割り切って楽しめば良いのだろうが、どうにも不満である。それはグロテスク描写以外に何も見るべきものがないからだ。

 東京タワーに隣接する高校(そんなところに学校があるのかどうか知らないが ^^;)に転校生としてやってきた女生徒・もなみ。彼女からバレンタインデーにチョコを渡されたクラスきっての二枚目野郎は、それを食べると突如として吸血衝動が巻き起こる。彼女は数百年間生きてきたヴァンパイアで、彼を仲間に引き入れようとしてチョコの中に自分の血を挿入したのだ。

 彼に勝手に想いを寄せているクラスのボスみたいな女子・けい子は“転校生が横恋慕している”と勘違いして二人の間に割って入るが、誤って校舎の屋上から転落して死亡。ところが高校の理科教師でありマッド・サイエンティストの父親にフランケンシュタインの怪物として復活させられ、もなみとのモンスター決戦へと突入する。

 冒頭のバトルシーンからして、噴出する血の量は私がこれまで観た映画の中では5本の指に入る。さらに出てくる臓物や千切れた手足の数は圧倒的。もちろん、マジにやっているのではなくギャグ仕立てにしているので気色悪さよりも笑いが先に来る(爆)。吸血鬼少女の外見的特徴としては“マントがないと空を飛べない”という程度で大したことはないが、少女フランケンの造型はなかなか工夫されている。いろいろなアタッチメント(武器)を腕に装着できるのは序の口で、足を切り取って頭の上にセットし、タケコプターよろしく空中を移動するというのはアイデア賞ものだ。

 しかし、それだけでは面白くないのである。致命的なのは彼女たちにまったく愛嬌がないことだ。当然の事ながら色気も皆無。もなみに扮する川村ゆきえに必死にブリッ子演技をさせているが、まるでサマになっていない。けい子役の乙黒えりも全然可愛さが出ておらず、クンフーが得意だという彼女の資質もまったくアクションシーンに活かされていない。この作者(友松直之と西村喜廣の共同監督)は肉体損壊にしか興味がないらしく、それが演出タッチの一本調子に繋がり、観ている間に面倒臭くなってくる。主人公(一応)の斎藤工も激しくデクノボーで話にならない。

 なお、キャストで唯一目立っていたのがキチ○イ科学者の津田寛治。まさかの歌舞伎役者メイクで“勘定奉行にお任せあれ~!”というセリフと共に悪ノリの限りを尽くす。演じている方もさぞや楽しかっただろう(笑)。なお、Blood-Stained Fellowによる音楽はけっこう快調。特に解剖シーンのバックに流れるキャッチーなナンバーは聴き応えがあった。
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「ソラリス」

2009-10-19 06:29:46 | 映画の感想(さ行)
 (原題:SOLARIS )2002年作品。スタニスワフ・レムによる原作の前回の映画化(72年。アンドレイ・タルコフスキー監督)は間違いなく映画史上に残る傑作なので、今回の作品をそれと比べることはナンセンスである。しかしそれでも、30年前の映画よりもSFXの出来が劣っているとなれば愉快な気分はしない(笑)。安っぽいCG処理の連続は、そのまま映画自体の低調ぶりを象徴しているかのようだ。

 ここでスティーヴン・ソダーバーグ監督がやりたかったのは、自身の出世作「セックスと嘘とビデオテープ」の“宇宙版”であろう。もちろん、作家が“原点に戻る”ことは悪いことではない。問題は本作が舞台を宇宙に置いた必然性がまったくないことだ。亡き妻に対する微妙な確執を表現するのに、近付く者の深層心理を実体化する“ソラリスの海”という御大層な事物を持ち出す必要性がどこにあったのだろうか。こういう“不可解なもの”を相手に右往左往しているだけでは時間ばかり食って観る者は退屈するだけ。普通のメロドラマなら1時間半でカタがつくはずだ。

 加えてジョージ・クルーニーという、どう考えても内面的小芝居に向いていない者が主役を張っているおかげで、印象は冗長そのもの。ラストのオチも取って付けたようだ。作者の素材の選び方と、その距離感が不適切とも言える失敗作である。ヒロイン役の女優(ナターシャ・マケルホーン)が魅力に乏しいのもマイナス。
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「空気人形」

2009-10-18 06:50:55 | 映画の感想(か行)

 興味を引かれるシーンもあるのだが、結果としては要領を得ない作品に終わっている。心を持ってしまったダッチワイフが出会うのは、年下の上司にいつも怒られている冴えない中年男の持ち主をはじめ、自首マニアの老女や、毎朝一人きりで朝食を取るビデオショップの店長、鬱屈した日々を送る浪人生、人生に行き詰まってしまった中年女、惰性で生きる警察官など、絵に描いたような孤独を抱え込んだ連中ばかりだ。

 しかしながら、その孤独の有り様が図式的に過ぎる。彼らの状況が観る者に幾ばくかの共感を与えることはあっても、全面的に受け入れられるキャラクターではない。孤独感を抱きながらも、それを封じ込めて何とか世間との折り合いを付けている大多数の者達にとって、こういった頭の中だけで考えたような極端なケースばかりを提示されても、戸惑うばかりだ。

 たぶん劇中で老人がつぶやく“身体の中は空っぽだ。今時は皆そうだろう”というのがテーマなのかと思うが、今さらこんなこと言われても“だから何だよ”とボヤきたくなる。

 ヒロインと深い関係になるビデオ屋勤務の青年は重要なキャラクターであるはずだが、どういう内面の構造をしているのかまったく分からない。以前付き合っていた恋人がいて、それでヒロインをその“代用品”にしていることは窺えるが、それがなぜ終盤にああいう事態になってしまうことに繋がるのか、全然理解できない。

 彼はただの変態で、ヒロインはそれに付き合っているうちにエスカレートしてしまったという筋書きなのだろうか。だとしても、それは“どうでもいい屁理屈”のこね回しに過ぎない。こんな無理なプロットを積み重ねているから、ラストで過食症の女が呟くセリフが空々しくなってしまい、中途半端な幕切れを露呈させることになる。

 ただし、空気人形を演じるペ・ドゥナの頑張りが何とか作品を“救いようのない駄作”になることから回避させている。わざわざ韓国から呼んできたこの個性派女優の独特の透明感、何とも言えないエロティシズム、そしてある意味“一般ピープル”とは違う容姿が映画に奥行きを与えている。好きな相手から空気を入れられて官能の表情を浮かべるくだり、そして部屋の中を浮遊する場面などは、今年度の邦画では屈指の名場面だと思う。メイド姿をはじめとするコスプレも、モデル体型のせいもあってか実に良く似合っている。

 彼女のキャスティングだけが全てであると言って良く、板尾創路やARATA、余貴美子といった他の面子はどうでもいい。なお、台湾の撮影監督リー・ピンビンによる透き通るような映像は要チェックだ。
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定価10万円クラスのスピーカーの試聴記。

2009-10-17 06:41:04 | プア・オーディオへの招待
 先日、オーディオシステムのスピーカーを買い替えたことを述べたが、新しい機種としてB&W社685を決定する前に同価格帯の製品をいくつか試聴しているので、それらの印象をリポートしたい。

 まず、同じB&Wの製品であるCM1。過去に何度も試聴しており、音質の概要も分かっていたつもりだが、今回は私が所有しているアンプのSOULNOTEsa1.0と接続し、改めてサウンドをチェックしてみた。やはりCM1は低能率であるだけに、音圧感が低い。さすがにヴォリュームを上げると、奥に広い音場に闊達で明瞭な音像というこのスピーカーの特徴が少しは出てくるが、この製品を鳴らすのに低出力のsa1.0を使わなければならない道理はなく、早々に候補から外した。

 次に聴いたのはFOSTEXGX100である。FOSTEXはスピーカーユニットで知られる国内メーカーだが、近年はスピーカーシステムにも意欲的な製品を投入している。GX100は最も安価なモデルながら、高品位なパーツをふんだんに使った戦略商品だ。

 聴いた感じはとてもクリアである。中高域には一点の曇りもなく、低域も締まっている。伸びとキレの良さが光る機器で、価格を考えればコストパフォーマンスは相当高い。しかし、能率が低くsa1.0では鳴らしきれていないのも事実だ。さらに国産品の特徴である“音の暗さ”が感じられ、聴く曲によっては音色が冷たい印象も受ける。常時聴きたいモデルではないことは確かなので、これも導入を見合わせた。

 DynaudioのエントリーモデルであるExite X12も試聴した(画像参照)。前の2機種より少し定価が高いこともあってか、ワンランク上の展開を見せる。とにかく音場が広大だ。情報量も高水準を維持する。音色は明るいが、陰影の表現にも長けている。実売価格は10万円を切るということで、十分射程内に入る。

 しかし、本機はインピーダンスが4Ωしかなく、説明書に“インピーダンスが8Ω以上のスピーカーを繋げて下さい”と明記してあるsa1.0でドライヴするには不安が残る。実際、他の高出力アンプで駆動した場合に比べれば、sa1.0では力感がイマイチだ。しかも、Dynaudioのスピーカーは使いこなしに細心の注意が必要で、リアバスレフによるセッティングの制約にも懸念があったので、あえて選外とした。

 以上、SOULNOTEの取扱店にてsa1.0を繋げて試聴した機器を紹介したが、他のショップでもいろいろとスピーカーを聴き比べているので、それらについて述べたい。

 QUAD11L2はこのクラスでは人気の高い機種だ。滑らかで艶のある音色には定評があり、特にヴォーカルの再現性は見事である。キャビネットも鏡面仕上げであり、一般ユーザーの所有欲をそそる。しかし、B&Wの685と比べれば実売価格差ほどにはレンジ感などの音質の違いはない。また、低音の出方がリアバスレフ特有の空気感を伴うものであり、後方の壁との距離をかなり取らないと真価を発揮しないモデルのようだ。

 MONITOR AUDIOSilverシリーズは最近一斉にモデルチェンジされたが、定価10万円クラスのRX1は私がショップに足を運んだ時には入荷していなかったので、前機種のRS1を試聴した。このブランド特有の澄んだ音像表現とスッキリとしたレンジ感が楽しめたが、奥行き表現は不得意だ。MONITOR AUDIOはハイエンドモデルにもこの傾向があり、ポップス系には申し分ないがクラシックやジャズの臨場感はイマイチだと思う。

 DALIのMenuetIIは何度も試聴しているモデルだが、サイズに似合わない音場の広さと上品で艶のある中高域はいつもながら感心する。キャビネットが小さいため低音の量感が足りず、それとインピーダンスが低いこともあって導入は出来なかったが、このクラスでは際立った存在感を持っているのは確かだ。なお本機は既に生産が終わっており、近々新しいMenuetが発売されるものの、この持ち味が新製品に引き継がれるのかどうかは未知数である。

 ついでに以前使っていたKEFのiQ3の後継モデルであるiQ30も試聴してみた。ハッキリ言って印象は良くない。基本構成は前作と変わらないが、高域だけを無理に引き延ばした感じで、バランスが悪い。しかもその高音は純度が低く、余計な強調感がある。B&Wの685と並べて比べてみると質的にかなりの差があり、しかも繋ぐアンプや使用するケーブルによってはキンキンと聴きづらくなる。個人的にはまったくの期待はずれだった。



 今回最も好印象だったのは、MUSEHEARTS-2CXである(画像参照)。MUSEHEARTとは聞き慣れない名前だが、ピュアオーディオ専門の広告代理店である美梼(ミューズ)社が展開しているブランドで、限られたショップでしか扱わないガレージメーカー品だ。

 とにかく音像が鮮明。しかもまろやかさがあり、聴き疲れしない。音場は広く、上下方向と奥行きの表現に優れる。国産品にしては音色が暗くない。あらゆるジャンルに対応出来る。B&WのCM1よりも明らかに解像度や分解能などのパフォーマンス能力は上。CM1のアッパークラスであるCM5ですら凌駕する。DynaudioのExite X12に比べても情報量は互角だが、音場展開ではS-2CXの方を好むリスナーも多いだろう。さらにS-2CXは低能率でも低インピーダンスでもない。クセのない音色から考えてアンプをあまり選ばないと思われる。

 残念ながら値付けが表示価格から1円も割引できない商品で、これではプライスがB&Wの685の約二倍になってしまうことから購入は断念したが、10万円代前半の予算でスピーカー導入を考えているユーザーにとってはベストバイの一つだ。それにしても、スピーカーの分野でも国内ではガレージメーカーの頑張りが目立つ。今後、家電量販店に置いてある商品しか買わない一般ピープルと、能動的に良い商品を見付けようとするユーザーとの間では、選択肢に関してかなりの差が付くのかもしれない。
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「台湾人生」

2009-10-16 06:00:30 | 映画の感想(た行)

 東洋史に少しでも興味を持つ者ならば必見の映画だ。日本統治時代の台湾で日本語教育を受けた老人たちの、日本に対するの複雑な思いを伝えるドキュメンタリー。単に親日だ反日だという次元を超えたような、切迫した意識が痛いほど伝わってくる。

 劇中に“台湾は約50年間、日本の植民地だった”というナレーションが流れるが、それは間違いだ。植民地というのは通常“搾取の対象”である。かつて欧米列強はそのスキーム通りに世界中を食い物にした。しかし、日本にとっての台湾は“領土”だったのである。大した資源もない島に、日本は多額の資金を投入してインフラを整備した。住民に教育を施し、大学まで建造したのである。台湾人の知的水準は大幅に向上し、軍人や実業家として出世した者も輩出した。

 ところが日本は戦争に負けると台湾から離れることになる。代わりに大陸からやってきたのは、無知で野蛮な国民党軍だ。戒厳令や白色テロを経て、今は独立国とも何とも言えない微妙な立場に追い込まれてしまった。日本の支配下に置かれなければこういう事態にはならなかったはずだが、台湾を開発して民度を引き上げてくれたのも日本だ。そして、日本統治時代に育った台湾人達は今でも流暢に日本語を話し、日本人としてのアイデンティティさえ持っている。

 だが、戦時中は日本兵として戦った者達や辛酸を嘗めた人々に対し、日本政府は謝罪やねぎらいの言葉一つ与えていない。ある意味日本人よりも日本を愛しているにもかかわらず、内面では日本に物申したいことがいっぱいある。彼らの愛憎相半ばする切々とした気持ちは、日本人として今を生きる我々の心を打つのだ。

 劇中、最も感動的なシーンは、統治時代に世話になった日本人教師の墓参り毎年欠かさない老人が、孫娘が日本語を勉強していることに大層喜んでいる姿だ。経緯はどうであれ日本語は彼らの文化的立脚点であり、伝統なのである。その“文化”を承継する主体が今後とも存在し続けることほど、嬉しいものはない。観る側としても伝統と文化の重要性を改めて認識できる、秀逸な場面だと思う。

 ところで日本は朝鮮半島でも同様のことをしたが、あっちは現在日本に親近感を持つ者はほとんどいない。曲がりなりにも国家の体裁を取っていた朝鮮では、いかに合法的であったとしても別の国に併合されたという事実は耐え難いものであったのだろう。歴史というのは皮肉なものだ。

 酒井充子の演出は淡々としていながら確実に主題のポイントを押さえていく。特定方向のイデオロギーを含むことなく、良い意味でニュートラルだ。音楽もすこぶるセンスがよろしい。台湾をはじめとする東アジアの実相を知るためにも、観る価値は大いにある佳篇である。
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シネテリエ天神が閉館。

2009-10-15 06:33:12 | 映画周辺のネタ

 去る10月12日付をもって福岡市中央区天神にあるミニシアター「シネテリエ天神」が閉館した。この劇場は80年代半ばに「東映ホール」としてオープン。当初は東映系作品の二番館としての位置付けだったが、突然やり始めた“寺山修司特集”からミニシアター路線に突入。劇場名を「てあとるTENJIN」に変更して単館系の作品を上映するようになる。後に「シネテリエ天神」と名を改め、それらしい内装を整えた封切館として福岡の映画ファンにはお馴染みになる。

 今回の閉館は、赤字部門を整理するという運営会社の都合らしい。同時に、公開できる作品が少なくなってきたことも背景にあるだろう。昨今隆盛を極めるシネマ・コンプレックスにとって、単館系の劇場の存在はあまり面白くない。シネコンの配給側への対応により、本来ミニシアターで公開されるのがふさわしいような作品まで押さえてしまうという話を聞いた。

 福岡市にはあと2つミニシアターが存在するが、KBCシネマは地元放送局がバックアップしており、シネ・リーブル博多駅は日活が運営している。対してシネテリエの経営元は中堅の興行会社でしかなく、基盤が強固ではない。少しでも逆境に立たされると撤退を余儀なくされるのは仕方がないのかもしれない。

 だが、正直シネテリエはあまり鑑賞環境の良い小屋ではなかった。狭い客席に小さいスクリーン。空調の音も必要以上に響く。特に地下に続く急勾配の階段はバリアフリーもへったくれもない。同じく天神地区にあって、東宝系の作品を上映していたソラリアシネマが独自に番組をチョイスするようになり、ミニシアター作品もカバーするようになった現在、シネテリエの退場はさほど感慨深くもない。少なくとも、10数年前にKBCシネマの前身であったKBCシネマ北天神がなくなった時ほどには名残惜しくはない。

 なお、10月16日にはシネテリエ天神の跡地に「天神シネマ」が開館する。なんと成人映画専門館だという。数年前に中洲地区のオークラ劇場が小屋をたたんでから福岡市には成人映画をフィルム上映する劇場は存在しなかったのだが、ここにきてまさかのカムバックだ。滝田洋二郎監督の特集など、オープニングの作品から注目映画が並んでいる。まあ、映画ファンとしては嬉しいのだが、全国的に成人映画の需要が減少している今、どこまで続けられるか心配である。今後の成り行きに注目したい。
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