元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ブルービートル」

2024-06-07 06:25:36 | 映画の感想(は行)
 (原題:BLUE BEETLE )2023年製作のDCコミック系のヒーロー物。日本では劇場公開されず、同年11月からデジタル配信されている。出来としては水準をクリアしていると思うし、宣伝の仕方によっては劇場にある程度客を集められそうなシャシンだと思ったが、昨今のアメコミ映画の国内興行が“斜陽化”していることによりリスクを避けて封切りを見合わせたのだろう。ましてや、馴染みの無いキャラクターが画面の真ん中に居座っているので尚更だ。

 ゴッサム法科大学を卒業した青年ハイメ・レイエスは、故郷であるメキシコ国境近くのパルメラシティ(架空の都市)に戻ってくる。職探しの間にバイト先として出向いたITと軍事の巨大キャリアであるコード社の研究所で、彼は古代の墳墓から発見された異星人の手によるバイオテクノロジーの粋を集めたスカラベに偶然触れてしまう。



 するとスカラベに共生宿主として認知されたハイメは、スーパーパワーを秘めたアーマースーツに身を包んだ超人ブルービートルに変身する。一方、スカラベとの相性が良いハイメの存在を知ったコード社の社長ヴィクトリアは、彼を解剖してスーパーパワーの情報を掴み、自社の軍需産業に転用しようと画策する。

 DCコミックス初のラテン系ヒーローだからというわけでもないだろうが、主人公はやたら明るく楽天的だ。突如として手に入れた能力に戸惑うよりも、面白がることを優先する。そして、ハイメの家族はもっと明るい。皆それなりに屈託はあるのだが、まずはとにかく笑い飛ばしてしまおうという思い切りの良さが痛快だ。

 ブルービートルの前に立ちはだかるのは、高い戦闘能力を持つイグナシオ・カラパックスだ。しかもスカラベのデータを部分的ではあるが取り込んでいるので、容易には倒せない。実はコード社の先代CEOはヴィクトリアの兄で、その娘のジェニーも社内にいるのだが、完全に窓際扱いだ。その彼女とハイメが良い仲になるのは予想通りとして(笑)、主人公の叔父のルディを加えての大々的バトルが展開する後半はけっこう盛り上がる。またカラパックスの出自が伏線になっているという処理も悪くない。

 アンヘル・マヌエル・ソトの演出は決して行儀良くはないが陽性でストレスが無い。主演のショロ・マリデュエニャにヒロイン役のブルーナ・マルケジーニ、そしてアドリアナ・バラッザ、エルピディア・カリーロ、ラオール・マックス・トゥルヒージョ、ジョージ・ロペスというキャストは馴染みが薄いが、皆好調。ヴィクトリアに扮したスーザン・サランドンは楽しそうに悪役を演じている。 例によってエピローグは続編を匂わせるが、ブルービートルが今後のDCユニバースにどう絡んでいくか楽しみではある。
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「ハート・オブ・ザ・ハンター」

2024-06-01 06:27:02 | 映画の感想(は行)
 (原題:HEART OF THE HUNTER )2024年3月よりNetflixから配信。アクション映画としては凡庸な出来。思い切った仕掛けは無いし、展開もスムーズとは言えない。キャラクター設定が良好とも思えず、そもそも物語の背景が不明確だ。それでも何とか最後まで付き合えたのは、本作が南アフリカ映画だからである。欧米やアジアのシャシンとは明らかに違う得体の知れない空気が全編にわたって漂っており、それがダークな内容に妙にマッチしている。配信される映画の中にはこういうユニークな佇まいのものがあるので、チェックは欠かせない。

 かつては凄腕のヒットマンとして裏社会では知られていたズコ・クマロは、今では足を洗って妻子と共にケープタウンの下町で暮らしていた。そんなある日、彼の“上司”であったジョニー・クラインが突然訪ねてくる。彼は、大統領の座を狙っている副大統領のムティマを“排除”するように依頼する。



 ムティマは横暴でスキャンダルだらけの男であり、そんな奴が国家元首になっては国益を毀損するというのだ。ズコは断るが、その後ムティマが仕向けたPIAという国家情報機関によってジョニーは消されてしまい、スゴも狙われるようになる。ズコは妻子を気遣いつつも、ムティマとその一派に戦いを挑む。

 ズコが手練れの仕事人だったのは分かるが、過去にどういうポジションにいたのか分からない。PIAの幹部が女性ばかりというのは奇妙で、その中にズコの仲間も紛れ込んでいるという設定も無理筋だ。アクション場面は大したことがなく、作劇のテンポもスピード感を欠く。さらには敵方の連中が完全武装しているにも関わらず、ズコは槍一本で戦うというのは脱力ものだ。

 しかし、風光明媚なケープタウンが舞台であっても貧富の差の激しさによる暗い雰囲気は拭いきれず、郊外に出れば荒涼とした大地が広がるばかり。この殺伐としたロケーションが、主人公たちの首尾一貫しない言動に妙なリアリティを与えている。さらには、内陸国家のレソトにズコが一時身を寄せるシークエンスの、異世界のような光景は印象深い。

 マンドラカイセ・W・デューベの演出には特筆できるものは無いが、何とかラストまでドラマを引っ張っている。主演のボンコ・コーザは面構えと体格は活劇向きで、演技も悪くない。コニー・ファーガソンにティム・セロン、マササ・ムバンゲニ、ボレン・モゴッツィ、ワンダ・バンダ、ピーター・バトラーといったキャストは馴染みは無いが、パフォーマンスは及第点に達していると思う。
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「美と殺戮のすべて」

2024-05-13 06:07:07 | 映画の感想(は行)
 (原題:ALL THE BEAUTY AND THE BLOODSHED)強烈な印象を受けるドキュメンタリー映画だ。題材の深刻さといい、主人公役のキャラクターの破天荒さといい、問題提起の大きさといい、全てがA級仕様である。第79回ヴェネツィア国際映画祭で大賞を獲得しているが、有名アワードに輝いた作品が必ずしも良い映画とは限らないものの、この受賞は十分頷ける。個人的にも今年度のベストテン入りは確実だ。

 本作がクローズアップする人物は、首都ワシントン出身の写真家ナン・ゴールディンだ。彼女は最愛の姉が18歳で自死したのを切っ掛けに、フォトグラファーを志すようになる。テーマは自身のセクシュアリティをはじめ、家族や友人の切迫した状況、ジェンダーに関する問題など、かなり“攻めた”ものばかりだ。しかも、ドラッグの過剰摂取やHIVウイルスの感染などで、作品に登場するほとんどの被写体が世を去っているという。



 そんな彼女が、手術時にオピオイド系の鎮痛剤オキシコンチンを投与され、危うく命を落としそうになる。実はこの薬は中毒性があり、処方を間違えると重篤な事態に陥るのだ。ところがオキシコンチンを販売するパーデュー・ファーマ社は、この薬を野放図にばら撒いて被害を大きくしている。彼女は2017年にこの問題の支援団体P.A.I.Nを創設し、パーデュー・ファーマ社とそのオーナーである大富豪サックラー家の責任を追及する。

 私は不勉強にも、かくも重大な薬害が起こっていることを知らなかった。そしてもちろんP.A.I.Nの存在も心当たりは無い。だが、パーデュー・ファーマ社の所業がいかに悪質なものかを本作は鮮明に描き出し、映画本来の社会的役割という側面を強調する。さらに、この会社が芸術界に多額の寄付をしているという、偽善的な行為も糾弾する。ゴールディンはアートに携わる者として、サックラー家との全面対決に身を投じるのだ。

 芸術家として血を吐くような苦悩に苛まれ、家族や友人を失い、その結果先鋭的な作品に結実させるゴールディンと、儲け主義の権化みたいなパーデュー・ファーマ社との対比は、悲痛な現実の暴露と共に、目を見張るような高揚感を観る者にもたらす。そして、芸術の何たるかを端的に見せつけられた衝撃を受けるのである。

 ローラ・ポイトラスの演出は力強く、対象から一時たりとも目を離さない。今後もその仕事を追ってみたくなる人材だ。なお、この薬害事件の犠牲者は全米で50万人を数えるという。それにも関わらず、サックラー家は勝手に会社を解散させて責任の回避に余念が無い。この世界にはかくも不条理な事柄が頻発しているが、それを真正面から捉える映画作家の存在は、観る者の意識をこれからも少しずつシフトアップさせ続けるのだろう。
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「プリシラ」

2024-05-11 06:08:17 | 映画の感想(は行)
 (原題:PRISCILLA )これは酷い。まったく、何も描けていないのだ。脚本も担当した監督のソフィア・コッポラには元々才能に乏しいと私は思っており、映画を撮り続けていられるのは親の七光り以外の何物でもないと踏んでいたが、今回はいつにも増してその素地の無さを見せつける結果になった。一部では賞賛する声はあるものの、少なくとも個人的には存在価値を微塵も見出せない映画だ。

 1959年、父親の仕事の関係で西ドイツの中西部ヘッセン州に住んでいた14歳のプリシラは、そこで兵役中のエルヴィス・プレスリーとパーティー会場で出会い、恋に落ちる。やがて彼女は両親の反対を押し切って退役後に帰国したエルヴィスと一緒に暮らすようになり、1967年に結婚。彼女はこれまで経験したことのない魅惑的な世界に足を踏み入れて、しばらくは夢のような生活を送るが、いつしか夫との仲が上手くいかなくなり、1973年には別れてしまう。



 若くして世を去り、すでに“伝説”になっているエルヴィスに対し、プリシラは現時点で健在だ。本作も彼女が85年に出版した自伝「私のエルヴィス」を元にしている。だから映画としてはプリシラの側から描くしかないのだが、本人が生存している手前、突っ込んだ描写は憚られる。加えて監督の腕前が推して知るべしなので、極めて微温的で薄っぺらい展開に終始しているのも仕方がない。

 十代前半にして思いがけずスーパースターと知り合ってしまったヒロインの戸惑いや苦悩、そしてそれらを上回るほどの胸のときめきなどは、全然深く描かれていない。エルヴィスや周りのスタッフに良いようにあしらわれ、まるで着せ替え人形のような存在になるプリシラだが、それに対する屈託や反感もスクリーンの中からはあまり窺えない。こんな状態で終盤に夫と離婚しても、観ている側としては“だから何?”としか言いようがないのだ。

 映像は美しくもなく、思い切った仕掛けも無し。時代背景も十分に描けていない。特に、音楽界の大物としてのキャラクターが脇に控えていながら、エルヴィスの楽曲が一向に流れてこないのには参った。これでは、ヒロインが一体彼のどこに惚れたのか分からないではないか。しかも、エルヴィスのナンバーだけではなく時代を彩るヒット曲の数々も紹介されていない。

 主演のケイリー・スピーニーは十代を演じる時点では可愛さが際立つが、後半は精彩を欠く。第一、あまりにも小柄過ぎないか(身長は155センチとのこと)。実在のプリシラ本人も決して長身ではないが、スピーニーよりも背が高い。エルヴィス役のジェイコブ・エロルディにはカリスマ性は見当たらず、ダグマーラ・ドミンスクにアリ・コーエン、ティム・ポストといった脇のキャストにも目立つ面子はいない。正直、さっぱり盛り上がらないまま2時間弱を過ごしてしまった感じだ。
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「パスト ライブス 再会」

2024-05-03 06:08:05 | 映画の感想(は行)
 (原題:PAST LIVES)この文章を書いている時点で本作を劇場で鑑賞してから約1週間しか経っていないのだが、困ったことに印象が薄い。ストーリーラインも、紹介サイトを参照しないとハッキリと思い出せないほどだ。それだけ個人的にはアピール度の低いシャシンであり、正直言うと通常なら観る気さえ起きない題材の映画だった。しかしながら第96回米アカデミー賞では作品賞と脚本賞にノミネートされており、第73回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門の出品作でもあるので、一応はチェックしておこうと思った次第。

 韓国のソウルに暮らしていた12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いを憎からず思っていたが、ノラの一家が海外移住してしまい離れ離れになる。12年後、ニューヨーク在住のノラはソウルで暮らすヘソンとオンラインで再会を果たすが、結局は2人は実際会うことは無かった。そしてまた12年後、36歳になったノラは作家のアーサーと結婚していた。彼女を忘れられないヘソンは、それを承知でノラに会うためにニューヨークを訪れる。アメリカ=韓国合作のラブストーリーだ。



 とにかく、話が面白くない。24年もの間ノラを思い続けていたヘソンだが、こちらから有用なアプローチもしていないのに相手が振り向いてくれるはずもない。ノラもいいトシなのだから結婚している可能性にヘソンも思い至りそうなものだが、劇中ではその心境は具体的に語られない。だいたい、時間の流れが主人公たちが大人になってから描出されていないのだ。36歳という年齢相応の外見や佇まいが、ほとんど24歳の時点と変わらないのは失当だろう。

 2人はやっとニューヨークで再会するのだが、その際にノラの旦那のアーサーがずっと冷や飯を食わされていたのは呆れた。ならばノラとヘソンはどういう話をしていたのかというと、前世がどうのとか、まるで共感できないネタに終始しているのだから処置無しだ。

 そして本作の最大の敗因は、キャストに魅力が欠けていることだ。ノラに扮するグレタ・リーとヘソン役のユ・テオは、全然スクリーン映えしない。もちろん韓流ドラマ並の場違いな美男美女を持ってくる必要は無いと思うが、これでは普通のアンチャンとネエチャンの恋バナでしかなく、観ていて萎えた。アーサー役のジョン・マガロの方がまだマシだ。まあ、前世とか東洋的な因縁話がアカデミー協会では評価を得たのかもしれないが、こちらとしてはどうでもいいネタだ。やっぱり観なくてもいい映画だった。
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「ビューティフル・ゲーム」

2024-04-12 06:07:46 | 映画の感想(は行)
 (原題:THE BEAUTIFUL GAME)2024年3月よりNetflixより配信された英国製のスポーツもの。題材の面白さとキャラクターの濃さ、そして無理のないストーリー展開により、かなり楽しめた。イギリス映画にしては捻った部分が目立たず、しかもハリウッドで同様のネタを扱う場合のようなライト方面に寄りすぎることもなく、丁度良い案配に仕上げられているのも好印象だ。

 ホームレスによるサッカーの世界大会“ホームレス・ワールドカップ”ローマ大会への出場準備を進めていたイングランド代表チームの監督マルは、天才的なストライカーのヴィニーをスカウトする。だが、実は彼は元プレミアリーグの選手だった。訳あって今は宿無しの身分に甘んじているとはいえ、他のメンバーとの“格差”は明らか。そのためチームに馴染めず、ローマ入りしてからも単独行動を取る始末。しかも、素人ばかりだと思われた各国のチームもけっこうまとまっており、イングランド代表は苦戦を強いられる。



 この映画を観るまで、私はこの“ホームレス・ワールドカップ”なる大会の存在を知らなかった。この映画自体は完全なフィクションだが、ルールなどは現実をトレースしている。参加選手は文字通りのホームレスが中心ながら、他国からの難民も含まれる。また、この大会に出場することで選手はパスポート取得が可能になるとのことで、それにより戸籍や住所を取り戻して社会復帰の切っ掛けにもなるらしい。社会福祉の面からも意義のあるイベントと言えよう。

 ヴィニー以外のメンバーも大いなる屈託を抱えており、それぞれが自身の問題と向き合ってゲームに臨む様子は、観ていて気持ちが良い。他国チームの様子も興味深く、特に日本チームなんかの扱いは一瞬“バカにしてるのか?”と思わせるが(笑)、それなりの味を出しているのは評価出来る。試合場面はかなり盛り上がり、狭いコート(フットサルより少ない4人編成でのゲーム)の中での激闘は見応えがある。

 テア・シャーロックの演出は特段才気走ったところは無いが、手堅くドラマを進めている。マル役のビル・ナイはさすがの貫禄で、映画が浮ついたタッチになることを回避。ヴィニーに扮するマイケル・ウォードをはじめ、スーザン・ウォーコマ、カラム・スコット・ハウエルズ、キット・ヤング、シェイ・コール、ロビン・ナザリ、ヴァレリア・ゴリノ、そして奥山葵など、個性豊かな面子が揃っている。そして何より、夏のローマの風景は目が覚めるほど美しく、観光気分満点だ。本作に限らずNetflix作品は映像の絵面がキレイなものが目立つようで、喜ばしいことである。
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「瞳をとじて」

2024-03-11 06:47:25 | 映画の感想(は行)
 (原題:CERRAR LOS OJOS )とても感銘を受けた。とはいえ日頃あまり映画とは縁の無い者が観ても、良さが分からないかもしれない。だが、少しでも映画に心を奪われた経験があれば、ここに綴られた映画に対する尽きせぬ想いが伝わってくるだろう。たとえ結果としてそれが肌に合わなくても、作者の仕掛けた作劇の妙に一目置かざるを得ないはず。とにかく最近公開されたヨーロッパ映画の中でも、見逃してはならない一本だと思う。

 著名な映画監督ミゲル・ガライは新作の「別れのまなざし」の製作に臨んでいたが、撮影中に主演俳優フリオ・アレナスが突然行方不明になる。そのため映画は未編集のまま公開されず“お蔵入り”になってしまう。それから22年の月日が流れたある日、ミゲルはテレビ局から番組出演依頼を受ける。そのプログラムは、未解決の事件を掘り起こして再度考察を加えようというものだ。今回取り上げるのはかつての人気俳優フリオの失踪事件である。取材への協力を決めたミゲルは、友人だったフリオと過ごした若い頃を思い出したり、昔の仕事仲間を訪ねたりする。そして番組終了後、フリオらしき男が海辺の福祉施設にいるという情報が視聴者から寄せられ、事態は急展開を迎える。

 失踪した俳優フリオを探すミゲルの22年にも渡る行程は、すなわち映画の歴史そのものをめぐる“旅”なのだ。フィルム撮りからデジタルカムコーダでの収録に変わり、映写技師が配備されていた映画館ではフィルム上映からプロジェクターに移行している。その時代の流れの中でミゲルは一線を退いたが、フリオの時間は止まったままだ。22年の時間経過は、31年ものブランクがあった監督ビクトル・エリセの境遇とリンクする。この監督のフィルモグラフィがそれぞれのスペインの政治情勢などに対する緊張状態に晒されていたことを考えると、初めて思い通りの映画作りに専念することが出来た本作の重要性が浮き彫りになる。

 失われたはずのフィルムの行方と、フリオの人生がシンクロする終盤の展開は、エリセ監督自身の映画に関する“総括”と、映画への挽歌とも言うべき哀切が横溢して感動を呼ぶ。このクライマックスに接すると、あの「ニュー・シネマ・パラダイス」(88年)など児戯に等しいと思えてくる。

 主演のマノロ・ソロをはじめ、ホセ・コロナド、ペトラ・マルティネス、マリア・レオンらキャストは皆好演だが、圧巻はフリオの娘を演じるアナ・トレントだ。エリセのデビュー作「ミツバチのささやき」(73年)のヒロインだった少女も、今は50歳代に達している。だが、一目で彼女だと分かる存在感と、「ミツバチのささやき」と同じセリフを吐かせるなど、映画好きの琴線に触れる営みには感嘆するしかない。169分にも及ぶ長尺ながら、一時たりとも弛緩した部分がないタイトな演出。バレンティン・アルバレスのカメラによる美しい映像と、フェデリコ・フシドの効果的な音楽。本当に観て良かったと思える逸品だ。

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「ボーはおそれている」

2024-03-09 06:10:46 | 映画の感想(は行)

 (原題:BEAU IS AFRAID)好事家(?)の間では最近評判が良いらしいアリ・アスター監督の作品を今回初めて観たのだが、結果“話にならん”という印象しかない。単に奇を衒ったとしか思えない建て付けで、求心力の欠片も感じられないのだ。しかも、これが3時間という犯罪的な長さ。マトモなプロデューサーならば、脚本第一稿の時点でボツにしていたかもしれない。

 神経症気味の中年男ボー・ワッセルマンは、父の命日に帰省するため支度していたところ、目を離していた隙に荷物と鍵を盗まれてしまう。母親に事情を伝えるものの、彼女は“帰りたくないから嘘をついているのだろう”と言うばかりで、とりつく島も無い。すると間もなく、つい先ほどまで電話で会話していた母が突然に死去したことを知る。何としてでも帰省しなければと決心して家を出た彼だが、予期せぬアクシデントが立て続けに起こり、実家への行程は厳しいものになる。



 主人公が住む町は、一日中犯罪が横行しているような場所だ。しかも、ボーの部屋には知らぬ間に不審者が忍び込んでいる。それでも先を急ぐボーは交通事故に遭ってしまうが、運び込まれたのは病院ではなく加害者である医者の家だ。もう、ここまでくると本作は通常のドラマツルギーを完全無視し、作者の手前勝手なイメージを並べただけのシロモノであることが窺い知れる。

 断っておくが、そういう好き勝手な体裁のシャシンはケシカランと言いたいのではない。上手くやってくれれば傑作にもなり得ることを、手練れの映画ファンならば知っている。だが、この映画に際限なく出てくる脈絡の無いモチーフの数々は、まったく面白くないのだ。これはつまり、作者の力量が足りないということである。

 たとえばデイヴィッド・リンチやデイヴィッド・クローネンバーグ、あるいは古くはフェデリコ・フェリーニやルイス・ブニュエルなどの往年の異能監督たちと比べても、圧倒的に“変態度”が低い。素人が自身の“単なる思いつき”を綴っただけの、金を取って人様に見せるには適さないアマチュア臭い作品と言わざるを得ない。後半には何やら主人公のマザコンぶりのメタファーがどうのという展開にもなっているようだが、ハッキリ言ってどうでも良い。とにかくこの退屈なシークエンスの連続には、観ているこちらは眠気との戦いに終始するしかなかった。

 主演のホアキン・フェニックスは確かに頑張っていが、映画自体がこのレベルでは、すべて徒労に終わっている。ネイサン・レインにエイミー・ライアン、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ヘイリー・スクワイアーズ、ドゥニ・メノーシェ、カイリー・ロジャーズといったその他の面子もあまり記憶に残らず。個人的には観なくても構わない映画だった。

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「梟 フクロウ」

2024-03-03 06:08:50 | 映画の感想(は行)
 (英題:THE NIGHT OWL )題名やダークなポスター類からはオカルトっぽい雰囲気の映画だという印象を受けるが、実際観てみるとそういうホラー風味は希薄だ。ならば期待外れなのかというと、それは違う。本国の韓国では2022年に興収の年間最長一位を記録したように、これは幅広い層にアピール出来るようなサスペンス仕立ての娯楽時代劇である。

 17世紀の朝鮮王朝時代に宮廷で働いていた盲目の天才鍼医ギョンスは、ある夜、彼は6代目の王である仁祖の息子の世子の死を“目撃”してしまう。世子は長らく中国に人質として身柄を預けられていたが、王朝が明から清に変わったこともあり、8年ぶりに帰国が許された。世子はこれからの朝鮮は清の文化や政治システムを参考にして改革路線に転じるべきだという考えを持っていたが、仁祖はこれを面白く思っていない。その矢先の事件である。王とその側近たちに追われる身となったギョンスは、何度かピンチに遭遇しつつも真相に迫ろうとする。



 当時の記録物“仁祖実録”に記された怪死事件を題材に、フィクションとして練り上げられたものだ。実はギョンスは完璧な盲目ではなく、真っ暗闇の中だと逆に朧気ながら周囲が見えるのである。これが題名の由来にもなっており、このことを秘密にしていたのは病気の弟のために治療費を稼がなくてはならず、何としても宮廷に雇われる必要があったからだ。無理筋のプロットと思われるかもしれないが、脚本はこれを活かした作りになっているので、特に批判するような余地はない。

 世子は毒殺されたということになっており、その毒物をめぐるやり取りはけっこうスリリングだ。また、仁祖を王位に就けたのは閣僚たちであり、皆が仁祖に忠誠を誓っているわけでもなく、宮廷の内外に国王派と不満分子が存在しているという設定は上手い。しかも、それぞれの構成員は日和見的にスタンスを変えてくるのだから、この筋書きは一筋縄ではいかない。脚本も担当したアン・テジンの演出はキレが良く、画面が暗いのは仕方がないもののドラマを弛緩させずに最後まで見せきっている。

 主演のリュ・ジュンヨルをはじめ、ユ・ヘジン、チェ・ムソン、チョ・ソンハ、パク・ミョンフンなど、キャストはいずれも好演だ。それにしても、李氏朝鮮時代の彼の国は中国との関係に大きく左右されていたことが、この作品の中からも伺えるのは興味深い。また、清王朝が倒れた後は日本が大きく関わってくるのも歴史上の事実。半島国家の地政学的な立ち位置は、悩ましいものがあるようだ。
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「ほかげ」

2024-01-22 06:11:06 | 映画の感想(は行)
 これは2023年に観た山崎貴監督の「ゴジラ-1.0」と裏表になるような作品であり、現時点で放映中のNHKの朝ドラ「ブギウギ」の“ダークな別エピソード”とも言える内容だ。そして、世界のあちこちで燃え上がっている戦火に脚本も担当した塚本晋也が触発されてメガホンを取ったことは想像に難くない。暗い映画だが、観た後はコメントせずにはいられないほどの求心力を獲得している。

 終戦直後の混乱期、半壊した小さな居酒屋に1人で住む女は、生活のために身体を売らざるを得ない境遇に追いやられている。そんなある日、空襲で家族を失った8歳ぐらいの男の子がその居酒屋へ盗みに入り込むが、思いがけず女に優しくされたその子は、それ以来そこに居着くようになる。やがて復員した若い兵士も加えて3人での生活が始まるが、それは長く続かず。どこからか拝借してきた拳銃を持っていた少年は、怪しいテキ屋風の男から“仕事”を持ち掛けられ、彼と行動を共にするため居酒屋を後にする。



 戦禍で廃墟になった街で3人での“疑似家族”を作り何とか希望を繋ごうとするのは、「ゴジラ-1.0」の主人公たちと一緒。ところが、本作では彼らの願いは無残にも打ち砕かれる。そう、戦後すぐの激動の時代を生き抜き後々まで命を長らえた者は、たまたま運が良かったか、戦時中の悲惨な生活に自分たちなりに折り合いを付けた人間だけなのだ。本当はこの映画で描かれるように、戦争によって心身ともに受けたダメージで野垂れ死んでいった者は数知れずなのだろう。

 くだんのヤクザな男は、自ら抱えた戦争のトラウマを克服するために過激な行動に走るが、大半の者にはそんなことは不可能だ。そんな八方塞がりの世相の中で唯一光を感じさせるのはこの男の子だけ。戦後の逆境で潰れていく大人たちを尻目に、明日を生きようとする彼の姿に作者の切迫した思いを見たような気がする。

 ヒロインに扮する趣里は同時代を描く朝ドラ「ブギウギ」の主役でもあるが、同じ俳優とは思えないほどのカラーの違いを感じさせ、(少々力みすぎではあるが)改めて彼女の守備範囲の広さを認識した。河野宏紀に利重剛、大森立嗣、そして森山未來といった他のキャストも万全だが、強烈だったのは戦争孤児の少年を演じた塚尾桜雅だ。圧倒されるパフォーマンスで、こんな凄い子役がいたのかと驚くしかない。2023年の第80回ヴェネツィア国際映画祭オリゾンティ部門に出品され、優れたアジア映画に贈られるNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を獲得。塚本監督作品としても代表作の一つとなることだろう。
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