青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

94の駅を紡いで~18きっぷで飯田線 その5~

2005年07月31日 12時59分08秒 | 日常
(写真:3県の県境にまたがって 小和田駅)

飯田線の旅に再び戻る。あー涼しいと車内の冷房にひと心地。
飯田線は天竜峡から先、本長篠付近まで長野・静岡・愛知県境の山間部を縫って一路豊橋へ向かう。列車は天竜川の切り立った谷にへばりつくように、断崖をいくつものトンネルでクリアしながら走る。落石防護のためのストーンシェッドや、落石警報用の電線(落石があると切れて非常通報が出る)が線路脇にあり、線路保守の厳しさを物語っている。
このあたりは泰阜ダムの堰堤の上を走ったり、三県の県境にまたがる小和田駅(写真)があったり、駅の両サイドがみっちりトンネルの中にかかっていたり(大嵐駅)、地盤がもろくトンネルが掘れなかった為に川の上をS字に走る区間(リンクHP・飯田線各駅停車)があったりと、飯田線の車窓の見所が続く。
中部天竜に到着。本来ならここで途中下車し、「佐久間レールパーク」を見学して行こうと思ったのだが、パッと見の展示物がしょぼそうなのでパスしてしまった。

車窓から見える川では、子供が水遊びをしている。青々とした山々の雑木林を眺め、長いトンネルの冷えた空気を切り裂いて外に出ると、外気との温度差でガラスが曇る。浦川駅でワイドビュー伊那路と交換。タバコを吸いに外へ出る。席へ戻ると長旅に疲れたのかウトウト。本長篠駅を過ぎてからはぐっすりと眠り込んでしまい、気が付いたら既に豊川を過ぎていた。車窓の風景はすっかりと街めいている。下地の手前で名鉄線と合流、豊川放水路と豊川本流を長い鉄橋で渡ると、辰野を出てから9時間でようやく終点の豊橋に到着である。
(写真:右が上諏訪9:20発の544M列車 豊橋まで6時間34分のロングラン列車)

飯田線を完乗(天竜峡~唐笠間は徒歩)して感じた事は、これほどまでに長い路線であるから水と食料はちゃんと準備したほうがいいねと言う事。
そんなんかよ(笑)と言う感じだが、途中から腹は減るし喉は渇くし、でも列車本数から言ったら降りらんないしというジレンマを感じたので(笑)。
乗ってみて面白い路線だと思います。辰野~飯田は車窓風景はそれほどでもないが、飯田~本長篠は本格的山岳路線で車窓は山紫水明の趣と見ごたえありますしね。長いけど、それは乗り鉄としてのスキルアップにはいい路線だなと。

豊橋の駅ビルの店で生ビールと名古屋らしくどて煮で一人乾杯。くわあ、喉渇いてるから染みるねえ~(笑)。生中おかわり!
すきっ腹に叩き込んだ生のパワーと疲れで、帰りの東海道線は爆睡もいいとこ。浜松では駅員に起こされ、浜松~沼津も全く長く感じることなく(寝てたからね)沼津乗り換えで熱海。
熱海駅前の共同浴場で寝汗を流して、本日のラストラン

18きっぷを余すところなく使いました。
コメント (1)
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94の駅を紡いで~18きっぷで飯田線 その4~

2005年07月31日 11時58分11秒 | 日常
(写真:天竜峡のほとりの無人駅・唐笠駅)

街道筋で運ちゃんと別れる。
「もーちっと行った所に村営センターがあっからよー!休憩室も広くてメシも食べられるよー!」
そう言う事は早く言えっての!(笑)と言う事で下條温泉センター・秋桜(コスモス)の湯へ。朝に風呂は入ったばかりなので、専ら入館料の400円は畳敷きの広い休憩室で座布団を枕に昼寝&携帯の充電に。私が有名人ならあびる問題に発展するのだが(笑)まあ400円払ってるし。
小一時間寝てから帰りの道を歩き出す。地図では天竜峡に戻るより唐笠と言う駅の方が近いようだ。道端の商店で買ったアイスもなかを食べながら歩いて行く。いかにもと言う村の風景だ。ひどく蒸し暑い。しかし誰も歩いてないな…こういう風景を一人歩きしていると、誰かを見つけてお泊り交渉でもしなきゃならん気分になる。「田舎に泊まろう(@TX)」かよ(笑)。
カン通りに駅の方向を指す看板があった。こちらで良いらしい。さらにぽくぽくと歩いてゆく。が、3~4kmは歩いたのだがなかなか駅は現れない。まだかあ?とちょっと疲れ気味の私の目の前に、疲れを吹き飛ばすこんなものが出現いたしました(笑)。時刻はまさに「ホンのひるめし時」。感心。してどうする、俺(笑)。
まず観光協会に問いたい。「それは売りなのか」と。そして下の絵が微妙に針すなおタッチだよな(笑)。ただ、明らかにデフォルメの弱い所を見ると、すなお師匠の絵を見ながら村の誰かが描いたんだろうな。分析。してどうする、俺(笑)。

ひとしきりネタ心を満たして歩くと、ようやく天竜川の橋の上から唐笠駅が見えてきた。大河・天竜川のほとりに、緑に囲まれたロケーションといい、素敵な無人駅だ。人跡まれな場所にあり、存在自体が意味を成さないような利用客の少ない「秘境駅探訪」というジャンルも鉄ヲタにはあるらしいが、この駅も範疇に入るのかな?まあ、この駅は天竜川のライン下りが到着する船着場があるのだけれど。
おびただしい羽虫の死体を狙ってカナヘビが待合室でウロウロしていた。駅のホームで汗を拭く。セミの音と鳥のさえずりに囲まれて、なかなか来ない列車を待つ身のちょっとの寂しさがいかにも旅気分だ。
30分程度の人工音のない世界を破って、豊橋行きがやって来た
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94の駅を紡いで~18きっぷで飯田線 その3~

2005年07月31日 10時54分00秒 | 日常
(写真:天竜峡駅 寂れている)

辰野から飯田線内に入る。こちらも4人掛けのボックス席をガッツリ占領してくつろぎモード。
これから飯田の先までは天竜川が刻む伊那谷の平地を走って行く。列車は少し進んでは小駅にタッチするように止まり、すぐ発車する。駅間距離が短いため速度は最高でも60km/h程度で、伊那市から駒ヶ根~飯田へ走って行く。
車窓には夏のどよんと霞んだような晴れ間と、青々とした田んぼ。こんな風景が淡々と続く。始発の電車だけに人もまばら。各駅での乗降客もおらず、朝の陽射しを受けながら田舎とも郊外とも付かないような眺めを見ていると、さすがに眠くなってくる。
列車は天竜川に注ぐ支流の谷を何度も渡る。川に近づくと一段と列車は速度を落とし、キイキイと車輪をきしませ大きくカーブを取る。線路はこのように等高線に沿いながら勾配を避けるためにカーブし、川幅が狭い上流へ戻ってから小さい橋で谷を渡る。建設当時の昭和初期は、谷にまっすぐ長い橋を架ける事は建設技術と費用の関係で難しかったためらしい。苦肉の策のルート策定だな。くりいむしちゅー上田なみの飯田線ウンチクw
川は木曽駒から一気に流れ落ちているようで、なるほど結構な急流であった。

辰野から2時間半で飯田到着。半分の乗客が入れ替わる。鼎(かなえ)駅で真っ黒に日焼けしたグリ坊主の高校生が降り、天竜峡への観光客と乗り鉄っぽい18きっぱー&鉄ヲタ(笑)に客が絞られると、程なく天竜峡駅到着。この列車の終点。
一応すぐに豊橋行きと連絡は取っているのだが、天竜峡で下車してみる。もう少し華やかな観光地然とした雰囲気を予想していたのだが、何だかうらぶれムード。ライン下りの時間と料金を駅前の観光協会で尋ねてみると「2,900円」と結構高い事を仰る。時間も微妙に合わない。時間潰し案その1いきなり却下。
その2として駅前の暇ぶっこいてるタクシーの運ちゃんに相談。「どっか何か時間の潰せるとこないの?」という質問をしたはずだが、「最近の天竜峡はダメだあ」から始まった話は、田中ヤッシーの北信優遇政策の批判に発展。結局回答は「近くに温泉があったが(お家騒動と主人の異常性癖と借金とヤ○○の追い込みで)潰れちまった」との事(笑)。これでも結構ダイジェスト。田舎の情報のキーマンはタクシーの運ちゃんだなあ。刑事の聞き込みの一番手になるのが分かるよ…

情報提供料として運ちゃんに1,000円程度のトコまで乗せてってもらう事にする。駅前の路地を出て、国道151号を南下するよう依頼して。何故か倒置法だね。
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94の駅を紡いで~18きっぷで飯田線 その2~

2005年07月31日 07時08分30秒 | 日常
夜更けの立川駅、金曜日の深夜。
中央線の客と言うのは酔っ払いが本当に多いのだが(笑)、そんな中に混じって大きな荷物を背負ったアルピニスト達が列車を待つ。ムーンライト信州は廃止された「急行アルプス」の役割を現在も季節列車ながら担っているのだろう。9割方座席は埋まっていた。

ちなみに正直車両はボロかったなあ…こんな感じの旧式の特急車両、座席は色あせくたびれて、走るとやたらギシギシと音がする。揺れるし。ヤニのこびりついた車内、何だか分からんがすえたような臭い、網棚の大荷物。リクライニングは倒すのではなく前に滑らすようなタイプで、うーん…「国鉄?」って感じ(笑)。どうせなら窓際に栓抜きとパカパカする灰皿でも付けとけよ。
隣には床に新聞を引いて足を投げ出し、早々に爆睡してるオッサン。「床に新聞」を久々に見てプチ感動(笑)。国鉄的雰囲気を醸し出すアイテムとしてこれ以上のオプションはない。
(写真:ML信州の車内の雰囲気)

ゆっくりゴトゴトと夜の中央本線を信濃路へ向かう。寝たか寝てないか程度の浅い眠り。車内放送で度々起こされながら上諏訪到着。午前4時。早杉(笑)。
駅のベンチで寝ながら始発を待とうかとも思ったのだが、駅員が駅の電気を全消ししやがった(笑)追い出しモードかよ…早朝の諏訪の街へ放り出される。
飯田線の始発まで三時間もする事がないので、諏訪湖畔を一時間とぼとぼと歩き下諏訪の街へ出る事にする。温泉街らしくここには朝早くからやっている共同浴場があって、諏訪大社の下の菅野湯(かんのゆ)で220円の時間潰し。雰囲気が渋いねえ。

飯田線の始発は下諏訪6:42発天竜峡行きは2両編成のワンマンカー。辰野駅で女性運転手に交代して、さあ一路飯田線の旅。
(写真:天竜峡行き@辰野駅)
ミニエコーたんハァハァ(違)
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94の駅を紡いで~18きっぷで飯田線 その1~

2005年07月31日 06時03分37秒 | 日常
(写真:飯田線車内のドア上の駅名案内 長げ~w)

車で出かける事の多い私であるが、「久しぶりに鉄道の旅をしてみようかな」と青春18きっぷを購入したのが先週。

転勤になり、毎朝横浜駅を通るようになった。私の通る乗り換え通路沿いには「みどりの窓口」があって、そこにはタッチパネル式の指定席自動券売機がある。
木曜の夜、ちょっと悪戯心を思い立ち、金曜の夜に関東を出るいわゆる「ムーンライト」系快速列車の開き座席を片っ端から調べてみた。ながら×、えちご×だったが、信州の指定が僅かに残っていた。
1枚510円。「別に行かなかったらそれも良し」と言う軽い気持ちで購入したのだが、指定を取ったからには何をしようか?とアレコレ考えた結果が
「飯田線に乗ってみよう」
と言うミッションであった。

飯田線の基本スペック。
中央本線の辰野から東海道線の豊橋を結ぶ全長195.8km、元々伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道と言う私鉄の集合体であったためか、南信の山間部のローカル区間を結ぶ割には平均2.1kmに1個の割合で94の駅があり、普通電車で辰野から豊橋まで息もつかず直行しても6時間かかる。
辰野から豊橋へ行くなら中央本線の特急で名古屋へ出てから豊橋まで新快速でも乗れば3時間程度と半分で済む訳で、まあ全線を通しで乗るのは暇な人か乗り鉄かなんかの罰ゲームだろうな。

私の場合は「やってみっか」と言う気楽な好奇心と多少の鉄分補給(笑)と言ったところである。レバーでも食っとけって感じだが。やってみっかで6時間各駅停車に乗る自分素敵だおwwと言う訳で、まず南武線に乗って深夜の立川駅にてムーンライト信州を待ってみるのである。
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