青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

月岡、今宵月の輝く丘に。

2021年03月31日 17時00分00秒 | 富山地方鉄道

(月光清かに@月岡駅)

宿に荷物を置き、身軽になって出て来たのは上滝線の月岡駅。夜になって空は晴れ渡り、ひんやりと澄み切った空気が富山平野に降りて来ました。月明かりに煌々と照らされる月岡の駅。以前は相当に黄昏た木造の旧駅舎で、それはそれで大変に詫びた感じがしたものだけど、いつの間にか小ぎれいに改築されておりました。月明かりが駅名板を照らすアングルで、静かにシャッターを切ります。

燦々と降り注ぐ月光の煌めき。この日は目を凝らさずとも遠くの山並みが見えるほどの明るい夜でした。19時台の電鉄富山行きが、扇状地の坂道を緩やかに降りて来ます。さすがに感度を上げても写し止めるほどのシャッタースピードは稼げないのですが、分岐器をゆるりと渡って駅に滑り込むところを一枚。ポイントを照らす水銀灯が、一瞬車体の雷鳥カラーを浮かび上がらせてくれました。

この時間の上り電車はほぼ空気輸送のようなもので、気怠く車体を揺らしながら月岡のホームに停車した電車は、ほんのアリバイ程度のドア開扉を行っただけですぐに発車して行きます。停車中のバルブ撮影をしようと思ったのだけど、その隙すら与えてくれなかった(笑)。

駅舎は改築されていましたが、ホームの上の待合室は以前のまま残っていました。建物に取り付けられた看板の「不二越・電鉄富山方面」という行き先。市内線と接続する南富山でなく、あえて「不二越」を記したのは、この辺りから不二越の工場に通う通勤者が多かったからなのか、あるいは南富山〜稲荷町間が厳密に言えば不二越線だからなのか。右側には「上滝・有峰口・立山方面」とあり、終点の岩峅寺の表記がありません。これは、以前は電鉄富山から立山へのメインルートが上滝線経由だった名残りかなと。ちなみに、立山方面が寺田経由に変わったのはいつくらいなんだろうか?そんな地鉄の歴史に想いを馳せながら、夜はしみじみ更けていきます。

 さて、ひと月に亘ってお送りして来た地鉄訪問記。春まだ浅き立山から宵闇の月岡まで、今回は黒部線方面には向かわずにじっくりと回ってみましたがいかがだったでしょうか。三年連続秋に行ってたもんだから、あえて今回は季節を変えて地鉄の風景を眺めてみました。コロナ禍の中で鉄道会社の収益が軒並み悪化する中、特に財政基盤の弱い地方私鉄の苦しさたるや我々が思うに至らない部分もたくさんあるのだと思います。地鉄の4月からの新ダイヤは、全線に亘ってほぼ特急の運転は取り止めという厳しいダイヤになりますが、ここでエールを送らずにいつ送るのかと言う気持ちで、また越中の国の風景を切り取りに行きたいと思います。電鉄富山の駅で出番のない特急カン、いつか復活することを願って。

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三郷、電車賃だけの夕劇場。

2021年03月29日 17時00分00秒 | 富山地方鉄道

(三郷の夕暮れ@越中三郷駅)

夕陽の寺田を出て、富山の宿に向かう道すがら。通りがかりの越中三郷。地鉄で夕方の光景と言えば外せないのが三郷の駅。常願寺川の鉄橋で撮影しても良かったんだけど、やっぱり私は地鉄の駅が好き。夕暮れの三郷劇場、雲間から差し込む光が赤々と駅を包む頃、立山行きの10030がゆっくりとホームに進入して来ました。

駅横の踏切から。東急車が夕日に向かって走る。後ろに従えた立山連峰の前山にも紅が射す。マルケー装着の17480形もほんのりとピンク色。この辺り沿線の雑草の茂りっぷりが凄かったのだけど、ガーデニングをしている時間もなくザクザクと歩いていたら足元から何からひっつき虫だらけになってしまった。撮り鉄あるあるだ。

夕方になってようやく山を覆っていた雲が切れて、剱岳の山頂もその姿を現しました。やって来たのはかぼちゃ色の立山あーとれいん。この日は岩峅寺ローカルと上市ローカルに入っていて、とにかくよく出会う車両だったな。

夕陽が富山平野に消えて、遠くの家並みにほの灯りが見え始める頃合い。交換駅の4本のレールが、残照に輝きます。見上げると、空にすっと糸を引くスカイスクレイパー・・・またここも絵になる地鉄の風景。三郷劇場は、晴れた日の夕方に、毎日一時間程度の開催。人知れず、皆様のご来訪をお待ち申し上げておるのであります。

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寺田、望楼は威風堂々。

2021年03月27日 17時00分00秒 | 富山地方鉄道

(夕陽の塔屋@寺田駅)

さて、桜の時期になったにもかかわらず、相変わらず1ヶ月前の話をダラダラと続けてしまっておりますが、皆様飽きてらっしゃらないかと心配にもなります(笑)。夕方になって、またまた寺田の駅に戻って来ました。何だかやたらと寺田の駅に行ってしまったのが今回の富山行ですが、そのくらい何とも惹かれる駅です。この駅のシンボルとして君臨する寺田の信号塔屋。昨今、鉄道会社では特に地方私鉄を中心として、古くからの歴史ある建造物を「登録有形文化財」にする動きもあるのですが、この物件など真っ先に登録してしかるべきものかなと思ったりします。

夕陽が傾き、いい色になって来ました。60形と30形の交換。30形のかぼちゃ色が夕日に映えて輝きます。毎日のように繰り返されるいつもの風景なのでしょうが、そのいつもの光景に、自分の心をつかんで離さない何かがあるような。若い時、寝台特急北陸や急行能登に乗って北陸方面には何度か来たことはあるけれど、その時は地方鉄道どころかテツな活動を全くやってませんでしたのでね。あの頃富山で降りていれば、14780形やら14790形やらまだ全然バリバリ現役で走っていたと思うんだけど。もっと早く気付いていれば・・・と思わずにはいられないのですが、この光景だって、10年経てばまた貴重な光景になるはずです。

早春の雪残るデルタのホーム。車両は変わっても、この駅の風景は時代に流される事なく、そのままのありようで歩み続けている。駅舎はリノベーションされましたけど、それ以外はそんなに変わっていないのかなと。この光景を精一杯何かの形に残したく、一生懸命シャッターを押してみるのだけど、上手く伝わっているのかどうか。もっと上手な人が撮ったら、いくらでもその魅力を引き出せそうなのが辛い。それだけの奥行きと深さを、この駅は持っていると思う。

立山からの列車が、立山線ホームに到着。スノーボードを抱えた乗客が降りて来た。朝の立山周辺にいた時はスキー場に向かう自家用車をそれなりに見ましたが、鉄道でスキー・スノボに行くお客さんも少なからずいるんですね・・・。世の中的にスキーブームが爆発したのが昭和末期から平成初期でしょうか。その頃の地鉄には粟巣野スキー場へ向けた「立山スキー」なんて臨時列車なども走っていましたね。電鉄富山の駅にヘッドマークが置いてあるのを見た事があります。

茜差す空の下、威風堂々という雰囲気で鎮座する信号塔屋。今は軒下が待合室代わりに、中が除雪道具やら何やら雑多な物置になっているだけ。昔は乗り換えの乗客に向けて、売店も置かれていたようなのだけど・・・何かに活用はしないのかな。地鉄施設見学ツアーみたいなのを企画して貰えたなら、中を見学させてもらいたいものです。観光需要が回復したら、少しリノベーションして、カフェかなんかに賃貸にしたら楽しそう。あの塔屋の望楼から、日がな一日右に左に走って行く地鉄の電車を眺めていたいね。

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稚子塚、時は雄弁に語りおり。

2021年03月25日 17時00分00秒 | 富山地方鉄道

(寂しき優等列車@新宮川~中加積間)

午後の「UN3」こと「うなづき3号」。富山と宇奈月温泉を結ぶ地鉄の特急電車ですが、緊急事態宣言の発出された昨春以降、特急列車のシンボルであったヘッドマークの装着はなく、観光需要の低迷によってそのニーズも非常に厳しいものがあります。先日、4月からの地鉄ダイヤが発表されていましたが、コロナ禍での乗客減に伴い、地鉄の特急は土休日のアルペン片道1本(宇奈月→立山)を残して全便取り止めという何とも衝撃的な内容。四半期決算での経営指標も相当厳しい内容で、経営陣の危機感がありありと見えるダイヤ改正となります。

午後の上市界隈。いい光線。こんな光線だったらどんな車両でも何でもいい。今回の富山行で初めてお目にかかったレッドアロー。レッドアローも優等に入る時は、このでっかい前面サボ差しにガッツリとヘッドマークを差し込んで走るんですけどね。今回のダイヤ改正の概要を受けて、1990年代中盤のバブルの残り香も芳しい地鉄の時刻表を眺めてみると、朝は3連4連が各方面から仕立てられて富山に客を運んでいるし、日中は特急うなづきが毎時1本出ているパターンダイヤだし、立山にサンダーバードやシュプール号が乗り入れているし、まあ溜息の出るような黄金期のダイヤでした。この時代に今の機材を持って乗り込めるタイムマシンにお願いしてみたくなる。ヲタクはいつもないものねだり。

5世紀中頃に作られたとされる稚子塚古墳。1500年以上に亘って、富山の国を見つめて来ました。小さな古墳ですが、稚子塚の森から眺めれば、1世紀と少しくらいの地鉄の歴史なぞ、ほんの僅かな出来事かもしれなくて。そして、令和の御世のこの苦境も、そのほんの僅かの、さらに指先程度の事なのかもしれなくて。時代の移ろいに悠然と佇む稚子塚を横目に、雷鳥カラーが冬枯れの景色を立山方面へ。目の前に立ち塞がる難局に項垂れそうになるけれど、目を開いて、頭を上げてその先へ。

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中加積、人の思いは加積算。

2021年03月23日 17時00分00秒 | 富山地方鉄道

(加積郷のひととき@中加積駅)

先ほど片貝川で撮影した60形を追い越したようなので、どっかでもう一発やれるかな、と思案しつつ中加積の駅に来てみました。以前にも撮影しに来たことはあるんですが、滑川から上市の間は線路が南北に走っていて、午後の上り列車の光線が良好な区間です。中加積は、地鉄の加積四兄弟(?)の中では一番富山側にある駅。「加積」というのは、今の上市町から滑川市・魚津市周辺までの範囲を指した旧くからの地名。主に富山平野の東側の穀倉地帯で形成されていて、石高が増加して積み上がるような肥沃な大地を連想させてくれます。すっかり晴れ渡った午後の加積郷。ホームから眺める集落の向こうに、毛勝三山の前山が見えます。

やおら駅の踏切の鐘が鳴り、電鉄富山行きの60形普通142レが大きく車体を傾けて進入して来ました。午後遅めの順光に、美しく浮かび上がる雷鳥カラー。アンチクライマの銀の飾り帯もピカピカだ。中加積の駅はホームに結構なカーブが付いており、正直カメラを握っている側からすると非常に水平が取りづらい難儀な駅。架線柱の傾きを鵜呑みにしていると、水平が狂ってしまう罠が仕掛けられていたりするのでご注意を。中加積ではホームに乗客1名下車1名。出発信号機が青に変わり、発車して行くまでを順送りで。

電鉄富山行きが去った中加積の駅を構内踏切から。下り線側のレールのカーブっぷりがうねうねとしているのが特徴か。上市方は駅の先で上市川の鉄橋を渡るので、線路は土手に向かっての緩やかな登り坂。構内踏切に接した駅舎はコンクリートモルタル造りで、地鉄の駅では珍しくボックス型の機能重視な作り。無味乾燥な見た目は何となく交番を思い出させますが、屋根は豪雪地域の駅らしく、微妙に片流れになっています。

重々しい仕切りの扉が付いた駅の正面口。最近になってペンキで塗り替えられ、サッシも交換になっているようです。2月の終わりでしたが、大きな鉄のスコップが置いてあるのがいかにも雪国らしいですね。駅前通路確保のための「愛と汗のひとかき運動」ですか。要は無人駅なんで、利用者側が降雪時の通路は確保せいよ!という事なんでしょう(笑)。人の為を思って事を成せば、人生の徳のポイントも加積されて行きそうな・・・そんな中加積の駅です。

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