青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

さよならお山のモノレール

2019年10月27日 23時00分00秒 | その他私鉄

(不忍の空を飛ぶ@上野動物園モノレール)

日本最古、そして日本最短の距離のモノレールとして、半世紀以上に亘って上野の山を行き来していた上野動物園モノレール。折からの設備の老朽化と諸般の事情により、今月の31日を最後に運休となるということで、最後の姿を撮影しに行って参りました。ホントだったら、今日は群馬の上毛電鉄でデハ101(ツリカケ旧型電車)が走るんで、そっち行きたかったんだけど子供(お父さんばっかりずるい!自分も行く!)とヨメ(明日学校でしょッ!まだ明日の宿題もやってないのにそんな遠出はダメッ!)の許可が下りなかったのでしょうがない。

最近台風だ台風だ大雨だと週末ごとに災厄続きの日本列島。スカッ晴れとは行かないまでも、今週は久しぶりのまともな天気の週末。家族全員での外出も本当に久しぶり。下の娘は上の子とどうしても趣味が合わないのでなかなか外に連れ出してやれなかったんだけど、今日は動物園でパンダとペンギンを見てご満悦でありました。つーか、パンダあんだけ並んで一匹だけしかいねーでやんの。もっと仕事しろ(笑)。モノレールもねえ、何だかんだお名残り乗車の人がかなりいて、30分くらい待ったでしょうか。おかげで一番前のいい席を子供と陣取ったんだけど、あんだけ並んで1分30秒のはかなき空中散歩は、150円のささやかなアトラクションなのでありました。

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華麗なる旅の終わりに

2019年10月21日 17時00分00秒 | 富山地方鉄道

(ムカシトヤマ・ミライトヤマ@富山駅前電停)

市内線7000形の「レトロ電車」が停まる富山駅電停。レトロなトラムが、デジタリックなデザインの未来的な雰囲気の電停で発車を待っています。北陸新幹線の開通で何もかもが変わった富山駅周辺ですが、一番変わったのは市内電車の雰囲気かもしれません。今までは「電鉄富山・エスタ前」の位置が富山駅前の電停でしたが、新たな富山駅の電停は新幹線の高架下に引き込まれ、雨でも濡れずに乗換えをする事が可能になりました。

電停の北側を見ると、既に新幹線と同様に高架となった在来線のホームは取り払われ、富山駅の北口が見通せるようになっていました。工事の進捗が予定通りに進めば、年末には北口から岩瀬浜へ伸びる富山ライトレールとドッキングし、来年の3月20日に直通運転が開始される予定です。また、ライトレールとの接続に先立って、2020年2月には富山ライトレール株式会社と富山地方鉄道株式会社は合併をすることになっており、存続会社の地鉄が一体となって富山市内のLRT運行を担う事となります。

先日、ライトレールと接続後の市内線の運行形態が発表されていましたが、岩瀬浜から大学前・南富山方面への直通便を朝ラッシュは3本ずつの計6本、日中は大学前・南富山へ各1本と環状線へ2本の計4本の直通運転が予定されています。合併するんで同一会社の運行になるにしても、運賃は据え置きの一律210円というのは超破格。岩瀬浜から南富山まで210円ってすっげえな。安すぎるのだが、それだけに富山市のモーダルシフト推進の本気度を見たような気がします。

場面は変わって・・・富山駅電停から8000形に乗り、夜の富山大橋をシュイイイインと渡って辿り着いた大学前の電停。電停から富山大学の前を歩いて7~8分。撮影で遠征に出ると、最近は夜遅くまでとにかくカメラを握っていて旅先の美味しいモノとか何それ美味しいの?という状態になっておりまして(笑)、余裕がないなあとつとに思っていたところTLのフォロワーさんから情報を貰った「カリカット」という名前のお店に来てみました。

北陸地方は、ちょっと東京とは違ったスタイル・・・いわゆる「金沢風」のカレーを出すお店が多いのです。首都圏でも「ゴーゴーカレー」とかが進出しているので食べた事もある人もいるかもしれないけど、ここはそんな北陸系の流れを汲むカレーと、スパゲッティ&ピラフが美味しい学生街(富山大学)の食堂。コの字型カウンターのみで、中では眼鏡のマスターが忙しそうにピラフを作り、パスタを炒めていました。

隣の大学生が食っている大盛りのナポリタン(?)も非常に美味そうだったのだが、とりあえずこの店の名物らしい「野菜玉子カレー」にチキンカツ(200円)をトッピングしてみました。学生街の食堂らしく、大盛りにしなくてもかなりボリューミーなルックスにカロリーの権化とも呼ぶべき揚げ物がガツンと乗ったこのカレーがまずかろうはずがない。

北陸らしいとろみ強目のルーにカリカリのチキンカツを半熟の玉子と絡めて。金沢系カレーはキャベツの千切りがカレーに添えられているのが特徴で、このシャキシャキとしたキャベツをカレーに混ぜ込んで食べるのもまた味わいに変化が付いて良い。卓上にサラダスパイスという調味料が置いてありまして、このスパイスをキャベツにかけて食べるとより風味が増して美味しさがアップするのでお忘れなく。とりあえず加減が分からないのでデフォルトでいただいたのですが、思ったほどには辛くなく、辛いのが好きな人は辛めで注文しても良いのかもしれません。ごちそうさまでした。

すっかり満腹な体を抱えて大学前の電停に戻ると、今回の富山旅のラストランを飾るにふさわしく、7000形の南富山駅前行きが私を待っていました。今度来るときは冬かな?スッカスカの冬ダイヤで撮る立山線とかも面白そうだ。市内線に乗り込み、吊り掛けの音も高らかに渡って行く富山大橋。あとひと月もすればこの大橋から見る立山連峰も雪をかぶって、流麗な姿を現してくれることでしょう。地鉄には「年末年始フリーきっぷ」というアホみたいに割安な切符があるので、それを使えたら・・・とひそかに企んでいるのだがw

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開発、中秋の名月

2019年10月19日 17時00分00秒 | 富山地方鉄道

(夜、鎮まる@開発駅)

9月に富山に出掛けてから、三連休のたびに台風が来るものだからここ1ヶ月くらいまともにカメラを握っていない。そもそも撮影しに行きたかった路線が被災していて正直出掛ける気にもならないのだが。というわけでネタがないのですが、まだ富山で撮影したカットがいくつか残っているのでお付き合いいただきたく。寺田で暗くなるまで撮影し、市内で食事と家族へのいくばくかの土産を求めた後、上滝線の開発の駅へ立ち寄った。富山市の郊外、広い県道沿いの路地裏の奥まった場所にあって、入口を見つけるのに難儀する駅。ちなみにこの駅は「かいはつ」ではなく「かいほつ」なのであるが、北陸方面ではえちぜん鉄道にも「越前開発(えちぜんかいほつ)」なんて駅があります。新潟~福井にかけて開発(かいほつ)姓は多いそうだが、越中国小杉郷開発村がその起源なんだそうな。

岩峅寺行きの下り列車から、家路を急ぐ乗客がパラパラと降りて来た。上滝線は運転本数こそ多くはありませんが、富山市の郊外を南東方向に走っており、沿線住民の数はそれなりにおります。富山市の交通政策では、上滝線の活性化のために南富山から市内線に乗り入れ、中心部にダイレクトにアクセスするというLRT構想もありますが、そもそも市内線600V上滝線1500Vという複電圧問題があって、そう簡単な話ではないようです。

この日は十五夜の月が燦然と夜空に輝き、月の光に照らされて周りの景色にもほの明るさがあった。列車が去り、人っ子一人いなくなった駅で一人カメラを持って撮影していると、駅の周りに住んでいる夫婦から「今日は月がきれいですね」なんて声を掛けられてしまったが、今思えばあれは不審者対策の声掛け対応だったのかもしれないが(笑)。

月明かりの下を、開発の駅に飛び込んで来た14720形。この日は始発から電鉄富山~宇奈月温泉を2往復し、午後は上市ローカルに入り、夜は上滝線の機織り運用を深夜まで続けていた。12月に引退が決まっている車とは思えないハードワークであり、その頑張りには敬意を表したくなる。もとより、全線で100km近くの距離がある地鉄の鉄道線を賄う運用というものは、どうしてもハードにならざるを得ない。

夜の開発駅。街へ帰る娘を見送る母親が、ドアの前で何度も娘に手を振っていた。大きなトランクを持っていたので、連休で娘が実家に帰って来ていたのだろうか・・・。時刻は夜の9時過ぎ、東京までは帰れなくとも、金沢や長野までなら新幹線で十分に間に合う時間。若い子だったから、この時間なら富山駅前からリーズナブルに夜行バスだろうか。

車内の煌々とした灯りがホームに漏れて、ざらりとしたアスファルト引きのホームを照らす。
親子暫しの別れの挨拶を、古豪14720形が優しく見詰めていました。

 

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鉄道の日

2019年10月14日 23時00分00秒 | 日常

(新幹線E7系@長野駅)

本日10月14日は鉄道の日、という事で、この三連休は全国各地で様々な鉄道のイベントが開催を予定されていました。しかしながら、関東甲信越から東北を襲った台風19号の襲来によって、とてもお祝いムードでは迎える事は出来なくなってしまいました。前回の15号が風台風だったので、どちらかといえば自分も暴風の被害を脅威と捉えていたフシもあったのですが、土曜日未明から我が家でも屋根を叩きつけるような雨。それでも、陸地に接近すれば勢力の衰えと偏西風によって台風の速度が上がり遠ざかって行くのが今までのパターンだったのですが、八丈島付近からダラダラと時速30km程度で接近し上陸後も全くそのスピードが上がらず、伊豆半島から箱根丹沢関東山地、そして日光那須福島方面の山塊に暖かく湿った空気がぶつかり続けました。その結果、土曜日から日曜日のまる一日以上をかけて非常に強い雨が降り続いたという猛烈な雨台風でした。

関東甲信越一円の豪雨災害はいずれも多数の人的被害を出していますが、長野県の千曲川流域における堤防の決壊と広範囲の浸水が特に被害が大きいようです。とりわけ浸水地域にあった北陸新幹線の長野新幹線車両所が、最新の新幹線であるE7/W7系10編成120両もろとも水没してしまったという映像は、台風一過の秋晴れだった日曜日の朝に衝撃的な映像として網膜に突き刺さって来ました。近年の自然災害の被害の甚大なことが、本来であれば台風被害とは無縁だったはずの信州も飲み込んでしまった事、個人的にも長野近郊の訪れた場所や見覚えある風景が泥水で変わり果ててしまった姿には、何とも言えない気持ちがあります。


長野市内に限らず、東信では千曲川の赤い鉄橋が落橋してしまった上田電鉄の別所線も大きな被害を出しました。こういった地方ローカル線は、大規模な災害による設備損壊が命取りとなりかねない事情があります。それでも、別所線は地元の足として沿線の住民が存続の運動に強い意欲を持って取り組んでいるイメージがありますし、何といっても分社化されたとはいえ東急グループの一員。地方自治体からの支援と併せ、迅速な復旧作業を願いたいと思います。春まで通った飯山線も、飯山市街や津南方面で洪水被害が出ているようで、もともとそう地盤の強いところを走っていないだけに、被害状況が案じられますが・・・

そして、ふと自分の地元を見れば、小田急は渋沢~新松田間の四十八瀬川による道床洗堀、そして箱根登山鉄道の湯本から上は、複数の土砂崩れや沢水による土砂の流れ込みによってズタズタにやられていた。どうやら小涌谷の蛇骨(じゃこつ)川の鉄橋が土砂とともに押し流されているようだ。台風の通過と並行して箱根の雨量を追っ掛けてたんだけど、時間70ミリくらいの雨量が一日中続いていて、これはヤバいなと思っていたのだが案の定であった。箱根の48時間雨量が1000ミリ超えとか信じられない数字だ。小田急はともかく、登山線の復旧は被害の規模が大き過ぎて現状見通しが全く立っておらず、かなりの長期戦を覚悟しなければならないだろう。登山線の途絶は箱根の観光に甚大な影響を与える事が必至で、沿線のホテルや旅館(特に宮ノ下・強羅周辺)はこの秋の観光需要をかなり逸失したに等しいのではないか。

個人的には、登山線の旧型を最後の紅葉シーズンで撮る事がおそらく叶わないであろう事が残念でならない。自然災害の前に趣味の話などするべきではないのかもしれないが・・・。被災された方々と被災された鉄道会社にお見舞いを申し上げるとともに、まだ被害の状況も錯綜する段階ではありますので、ご自愛くださいますよう。

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トワイライト・デルタ

2019年10月12日 23時00分00秒 | 富山地方鉄道

(北陸の名湯・カルナの館@金太郎温泉)

宮野運動公園の俯瞰の後、午後は曇ってしまったので、沿線を撮り歩くのは少しお休みして魚津の郊外にある「金太郎温泉」へ。知る人ぞ知る(そうでもないか?)北陸の名湯で、硫黄分の濃い白濁した塩辛い湯がゴンゴンと湧いております。湯銭は3時間コースで1,080円と地方の日帰り温泉にしちゃ安くはないのですが、それなりの設備が整っているので健康ランド的な感じもあり。ETCカードとかJAF会員だと安くなるらしい。内湯と露天風呂行ったり来たりしながらデッキチェアで昼寝して体力回復、ココの湯はとにかく濃いのでカラダに硫黄の匂いが染みついてしまった。駅から離れているので電車利用は少し難しい施設だと思うけど、一応魚津駅前から路線バスは出ているようだ。

クルマの窓を開けて、湯上りの体を風に漱がせながら、硫黄の薫りをプンプンにさせて魚津の新川広域農道を行く。高台のストレートから見晴るかす富山湾に、曇天の雲間を衝いて見事な光の道が出来ていた。ミラージュランドの観覧車が、空から零れた光の反射の中で浮かび上がっていて幻想的な風景だ。そう言えばこの辺りの海は春先は蜃気楼が見えることで有名。魚津の名物と言えば、蜃気楼とホタルイカと埋没林なのであった。

そろそろ旅のシメに当たるワンカットを求めて、新川広域農道を通り抜け寺田へ。地鉄の駅には色々と魅力的な駅があるけれども、一番と言えばどこになるだろう・・・うーん、一番は選べないけど、間違いなく五本の指に入るのが寺田の駅じゃないだろうか。電鉄富山へ戻り、夕方は上市ローカルに入っていた14722。10020と共に引退の報を聞いて富山へ足を向けたファンも多かったものと思われる。この形式は12月まで引退の時期が延びるそうですが、既に後継の東急8590の2連×2編成が稲荷町の工場に到着しており、予断は許しません。

本線と立山線を分かつY字に分かれたホーム。その真ん中にどっかりと立っている建物は、瓦屋根を大きく左右に広げさながら航空母艦のようである。屋根上の望楼は、かつてここが信号扱いを行う詰所として使われていた名残り。地鉄電車が今よりもっと賑やかだった頃は、この信号詰所の一階には売店があって、ジュースやアイスクリームを売っていたらしい。「くろワンきっぷ」のヘッドマークと、滑川市のご当地ゆるキャラである「キラリン」のヘッドマークを付けた14760形が交換して行く。

寺田。今でもアルペンルートを構成する経路の一部として、地鉄の中でも重要な役割を持つ駅。立山発のアルペン号はここでスイッチバックし、宇奈月温泉へ向かっていく。いつから使われていたのか、役割を終えた観光協会の広告看板が待合室の脇に忘れられたように置かれていた。地鉄の駅には、こういう古き良き時代、鉄道が交通の中心だった時代、地方が若さと元気に満ち溢れていた時代を惹起するものが溢れていてとても好きだ。地方全体が高齢化と過疎に苛まれる中、緩やかに栄華の時を追憶のものとしていく街の姿は、駅にいちばんよく表れるように思う。

寺田の駅先に構えて小一時間ほど、暗くなるまで撮影を続けてみる。右から来る立山線の列車を撮影するには向きませんが、本線を行き交う列車はいいアングルで撮影出来ます。駅構内を水銀灯が照らし始める頃、カボチャカラーの14760形が電鉄富山へ。地鉄において支線が分岐する駅は稲荷町、寺田、岩峅寺の3つですが、それがどれも同じようにハの字型に開いたホームを持っているのが特徴。いずれも違う鉄道会社が合併を繰り返し、一つの鉄道会社として形成されて行ったせいなのか、どこもホームは方向別にバラバラに分かれておりあまり一体感がありません。

夥しい数のヤブ蚊を虫よけスプレーで追っ払いながら、とっぷりと日が暮れるまで、飽きる事もなくカシャリ、カシャリ。ホームに電車を待つ女子高校生、一人物憂げにベンチで待つこと暫し、カーブの向こうより家路への列車がやって来る。いつもの時間のいつもの電車。そしていつもの風景が、デルタの駅で今日もまた繰り返されて行く。

すっかり暮れた暗がりの中の寺田の駅。航空母艦の艦橋のような望楼が、右舷の本線、左舷の立山線を抱えて、威風堂々と暗闇の中に浮かび上がっている。駅に広がる四つのレールが、10030形のヘッドライトを受けて輝きます。女子高生の乗った街へ行くカボチャ色の電車を見送ったら、やけにお腹が空いた。夕餉の時間が過ぎた駅前の、路地裏にあったお好み焼き屋の赤ちょうちんが、空腹の身にはとても魅力的に見えたのでありました。

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