遊工房・雑感

日頃のあれこれを綴る日記です

展覧会情報

2011-01-29 21:27:56 | 絵画

彩友会メンバーの一人が ↓の展覧会で 教師向けのワークショップに参加してきたそうだ

Img353_2

ワクワクしていたとても面白い展示だったようだ

そもそも 音楽と深い関係にある作家の展示だけれど

今の作家たちの音も伴うインスタレーション

(これがよく耳にするが意味不明インストールとも関係ある言葉みたいよともかく空間全体 音響や状況も含めて鑑賞者も巻き込んだ展示?)

もあるようだし

ワークショップを含めいろいろなイベントが折に触れあるらしい

時々記事の話題カモとも思ったが

こっちのほうが見てもらえるからこっちにした 

面白そう

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久子さんの記事から

2011-01-29 19:18:47 | ただの記事

私のブログを読んでくださる方の多くは

久子さんのブログも読んでいるけれど

たくさんの方に読んでほしいので

転載します

 

でも  あちらにも飛んでみて

コメント欄も開けて読んでみてください

三月の朗読会で

「一つの花」というお話を読む方がいます

出征していくお父さん 送るお母さんと子ども

二度とふたたびまみえない父と子の話です

 

私の父も1943年に母のおなかに私を残して

出征し

1944年5月3日

オホーツクの海に消えました

遺骨はありません 

下の詩の兵士はもっと若いかたです

裏のおじさんと同じお年

裏のおじさんは特攻隊の生き残りです

 

日の丸については

私は私でいろいろ思いがあります

私は終戦の時は1歳9か月でしたから

久子さんの記憶とも違うし

日の丸に鍛えられたということもありません

 

  兄と弟
      二人の少年兵
           猪 熊 得 郎
(「不戦」2000年2月121号)

一九四三年冬
二つ上の兄は
「国難ここにみる」と「元寇の歌」を歌って
「予科練」を志願した。
十五歳の弟も
必死で父を説得した。

「アッツもタラワも
 そしてマキンも
 みんな玉砕だ。
 今行かなければ
 大変なことになる。」 
「特幹」を志願する。

「日の丸」の金縁の額と
白馬に跨った「大元帥陛下」の写真が
父と子を見下ろしていた。
四日後、とうとう父は諦めた。
 「行きなさい、
  でも、生命(いのち)は大切にな」。

一九四四年夏
「日の丸・君が代」に育てられ
「日の丸・君が代」に鍛えられた
兄と弟は
水戸陸軍航空通信学校の営門で
最後の別れをした。

陸軍特別幹部候補生
陸軍一等兵の弟は
十五歳十一ヶ月
海軍飛行予科練習生
海軍飛行兵長の兄は
十八歳五ヶ月

二人の父は
いつまでも敬礼し見つめ合う息子たちを
黙ってじっと見つめていた。
「日の丸・君が代」に育てられ
「日の丸・君が代」に鍛えられた息子たちと
父はもう会うことが出来なかった。

兄は数日後
土浦海軍航空隊から
特攻隊員として
瀬戸内海大津島(おおづしま)の
人間魚雷「回天」基地に
旅だって行った。

一九四五年早春
兄は沖縄に向かった。
回天特攻隊を乗せた輸送艦は
待ちかまえた
アメリカ潜水艦の雷撃で沈没
回天もろとも、全員戦死した。

一九四五年夏
弟は旧満州公主嶺飛行場で敗戦を迎えた。
「日の丸と君が代」の下
死ぬことを教えた
高級将校たちは
いち早く日本へ飛び去った。

脱走、略奪、殺し合い、
混乱の中で戦友は
 「天皇のため、祖国再建のため
     歩いて日本に帰るのだ」 
そう云って飛行場を離れた
彼らは未だ還っていない。 

天皇の兵士たちは
シベリアへ送られ
飢えと寒さと重労働に
次々と倒れ
六万人が零下三〇度の異国に葬られ
祖国の土を踏むことがなかった。

 「皇居遙拝
  将校を父と思え
  下士官を兄と思え
  天皇のため苦しみに耐えよ」 
今日も戦友が死んだ。
「みそ汁が飲みたい。お母さん。」

一九四七年冬
弟は祖国の土を踏んだ。
故郷は東京大空襲で跡形もなく
水戸で別れた父も兄ももういなかった。
そして云われた。
「シベリア帰りとは云うなよ」

生きるため国土復興のため
一生懸命働いた弟が
やがてお年寄りと呼ばれる頃
高齢者が多いから国が貧しい
福祉・医療費の切り下げ切り捨て。
「老人は 死んで下さい 国のため」

「日の丸・君が代」が
我がもの顔に嘯(うそぶ)いている。
「日の丸・君が代」に育てられた君たちよ
「日の丸・君が代」のため今度こそ死んだらどうだ。
初心忘れるな。
それが愛国心。

冗談じゃあない
「日の丸・君が代」に育てられ
「日の丸・君が代」で鍛えられ
地獄の入り口を
はいまわった俺たち。

そう簡単に死んでたまるか。
俺たちは侵略戦争に
青春を捧げた生証人。
生きること、語ること、
それが、それこそが
「日の丸・君が代」と俺達の闘いだ。

コメント (2)
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芹ごはん

2011-01-29 09:24:50 | 食べ物

Img_0385

春の我が家の定番

でも

まだセリがちょぼちょぼ

今度は

もっとどっさり  セリが入ったの作ろう

 

雪国は信じられない量の雪だというのに

春の先取りで

ごめんチャイ

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!1.4キロ減った

2011-01-29 07:23:35 | 健康・病気

昨日プールで出るとき前の日より200グラム多く

Img246

ヤバいかも

と思って寝た

何?

1.4キロも減ったよ

血圧も165・75になった

 

ああ

よかった

 

むくんだんかしらん?

 

今日は  彩友会の搬入です

会場は下館美術館の一回のカフェ

明日から見られます  ~~~12日まで

上の階では今日から右上のチラシの展覧会が始まります

若い画家のギャラリートークは12日

大塚先生のは19日です

お近くの皆様

どうぞ  お出かけください

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