トライアスロンの老選手の方がモデルになってくださるので
わたしは この方を座らせたポーズで描くなんて
どう考えても我慢がならないが
結局 そうなるのだろうか?
わたしは ランニングマシンを持ち込んで 走ってもらうのが
一番いいと思う
そんなのとんでもないだろう
と 武蔵もいい
武蔵も達ポーズをお願いするのでさえ
常識はずれだ
という意見
信じられない!茨城の伝統かよ!と
悪態つきたくなる
フルマラソン走る人なんだから 10分5分でも 15分5分でも
当人に決めてもらえばいいように思うが
走っていたら描けない という人はいる気もするから
まあ
この案は ひっこめてもいい
でも その体格を持った人を座って生かして描けるか
体を通る力を 座って 把握するのは
走ってるのより 難しいだろうに
何で考えないのか
理解に苦しむ
モデルやってくださる方に
ポーズを決めてもらうのが
一番いいと思うのだが
立ちポーズは大変だ という固定観念がどこから湧いてきたのか
全く 理解できない
が
そんなこと 言うわけにもいかないし
あああああ ムズムズ
動いている人体を描きたい!
箕というのがある
こういうの⇒
これになんか種が入ってた
おばさんは よろよろ 歩いてて
お庭テーブルに
手をついて一休み
シンドそう
それ しまうの?
持ってこうか?
と聞くと
玄関さ 入れといとくれ
というので 入れておいた
ら 無造作に入れたので
この 箕の口が北向きに置いてあって
それは
死人が出ると 昔の人は言うのだ
だから 北向きに置いちゃいけない と 注意された
北って 縁起悪いと思うのかもしれないから
気をつけないと・・・
田舎暮らしは 細々と
わけのわからない決まりや 縁起担ぎがあって あたしゃあ
わけ分かんないのだよ
然し こんなの まだ序の口
世界で 異文化世界に飛び込んだえらい女は
王昭君だろうなあ
農耕民族と 騎馬民族は ずいぶんものの考え方が違うだろう
農耕民族のほうが 保守的なのは
農耕というのが きっちり 日程とか守って
自然の推移に沿って生きて行かなきゃならないからだ
いざとなりゃ 天幕を片付けて 大草原を移動しちゃう
という暮らしのほうが自由闊達なものの考え方を生むのかもしれない
全く話は変わるが 今ちょっと揺れた
でも地震情報は出ない
ここの所そういうことが多く
風か?と思ったりもするんだけど
今のは 地震だったよなあ
ここの所ほとんどで地震がないんだけど
そういうのが多くて 実は 不安
★ 地震で間違いなかったようです
地震情報にこの地区の震度は出なかったけど
茨城沖M4.1 揺れたところも震度1の小さい地震だったようだ
山里さんちで懐かしい音楽を聴いて
青春時代に思いをはせてみたけれど
考えてみると 人それぞれ ね
http://pub.ne.jp/nennkinngurasi/?action=comment&entry_id=4946095
ツイスト ジルバ なんたらかんたら
同じ年ごろの若者時代に ダンスパーティーもあったし
踊ってみたりもしたりしたけど
実は私はダンスパーティーはしらける
皆楽しそうだがなあ あまり仲間には入れない方だったよ
いいや帰るわ と言って帰っちゃう方だ
友だちとわいわい ダンスパーティーやってみたかった中学生の時
クラスで夕方まで教室に残ってダンスを教えっこした
それだけがワイワイやって楽しかったかもしれない
今も 飲み会とか お付き合いはあるから 出るけど
本当は宴会も全然苦手 つまんない人間かも
勢いでいろいろ若者時代の中の話も書くけど
そう気楽に誰とでも友達になれるわけではなく
きっちり どこの誰 誰から紹介された誰 という風に
わたしの範囲でわかる人としか口も利かないし見知っている人も
関心はなく 路傍の石
職に就いてから たまたま そういう若者時代の私を見知ってた人と出会って
面白そうな子だから 喋りかけようと思ったけれど
なんか怖いオーラがあって声を掛けられないタイプの
女の子だった と言われたことがある
勿論その彼とはちゃんと知り合って仲良くもなれて
仕事も一緒にやったり
いろいろなイベントで お金のない団体で開催費用を稼ごうと
ポスターをシルクスクリーンで実演販売やろう
などと企画して大いに二人でインクまみれで奮闘して
稼いだりもした
その映画が「 鯉のいる村」だ 山里さんちのほうが舞台の話
驚いたことにkmitoh氏は50年も喫茶店に入ったことがないそうだけど
わたしにとって
喫茶店は 談笑する場なんかじゃなく
一人になる場所で 都会の中で くつろげる大事な空間だった
勿論談笑もしたけど
田舎に来てみて 一人お茶する場所の少なさには本当にびっくりした
だいたい 一人お茶している人 ほとんど見ない
場所が少ないから 結局そのカフェによく行くことになるけど
ウェイトレスの目線はうるさい
(あ いつも 一人で来る人だわ 食事はしない人だわ
お茶でいいのか確認しないと)という意識が
周りにまとわれてて (あなたのことはよくわかってますよ 的 そういうのうるさい)
だいたいの人は連れが居てランチで談笑に来るのだ
おなじみさん わかってますよ という風に接するのが
田舎の接客マナーみたいなのだけど
わたしはよ ミロンガの愛子さん(当時いた女 主 )みたいに
常連扱いする人 無視してほっとくのがいい人
その人の
状態を見て 瞬時に判断して対応できる 接客術になれてるので
なれなれしい 声のでっかい この地区の喫茶店 料理屋レストラン
ときどき うるさいんだよ! と心の中で毒づいている
帰るとき
「お客様お帰りで~す!」っていきなり大声が響くと
内心仰天なんだけど
(は? なんですか?って戻りたくなる 慣れられない)
わたしは家はくつろげる場所じゃなくて嫌いだったので
都会の中で 一人放っておいてくれる 貴重な空間として
喫茶店は 大好き
そのなるべく端っこで 本を読んだり クロッキー帳にグルグル書きながら考え事をしたり
勉強したり 延々 といられる場所だったが
今は 東京の喫茶店もせちがらく
空間は狭いし コーヒー一杯でいつまでも粘る客なんか
居心地悪くされる
今後 家の家事類に追われなくなったら
一人でそういう風に のんびりできる場所は
図書館だね 田舎は 図書館空間充実している
薫り高いコーヒーが出りゃ 最高だがね
喫茶店で 談笑した ということもある
同じ年ごろ東京で青春時代を送った人は
新宿の風月堂はよくご存じと思うけれど
少し年上の先輩方に連れられて 少し難しい芸術談義など
聞かされて いろいろ 知恵を授けられた
あの窓の大きい吹き抜けの空間は
懐かしいよ
ナツさんや山里さんは懐かしがるだろう
新宿だからね ゆすらうめさんはFさんと デートしたかもね
御茶ノ水の ジローは様相一変で今もあるけど
ちょっと中庭のある いいカフェだった
わたしとおしばなさんが共有する思い出だわ
目が覚めて
伸びをして気が付いた
どういう風に寝ても 全然痛くない
右向いても左向いても上向いても大丈夫
すごい!
身じろぎしてもどこかに響いて 寝ていられる位置を探すのに四苦八苦したのが
全く 嘘だったみたい