2010.12/15 867
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(44)
その内裏で、匂宮の母君でいらっしゃる明石中宮が、
「なほ、かく一人おはしまして、世の中に、好い給へる御名のやうやうきこゆる、なほいと悪しきことなり。何事も物好ましく、立てたる心なつかひ給ひそ。上もうしろめたげにおぼしのたまふ」
――まだこうして独身でおられて、世間に色好みのご評判が次第に広がっていきますのは全く困ったことです。色好みの風なご態度はお慎みなさい。帝も殊のほかご心配のようにお見受けしますよ――
と、内裏ではなく六条院をはじめ他に寝泊まりされることが多い事を、お諌めになりますので、匂宮はひとしおお辛くて、ご自分のお部屋に下がられますと、すぐに宇治にお文をお出しになります。そこに薫が参上しましたのを頼みに、
「いかがすべき、いとかく暗くなりぬめるを、心もみだれてなむ」
――どうしよう、こんなに暗くなってしまって。気が気ではないのだが――
と、すっかり困りきっておいでになります。薫はこの際、匂宮のお心の内をしっかり
伺っておこうとお考えになって、
「日頃経てかく参り給へるを、今宵さぶらはせ給はで、いそぎまかで給ひなむ、いとどよろしからぬ事にや、おぼしきこえさせ給はむ。台盤所の方にて承りつれば、人知れず、わづらはしき宮仕へのしるしに、あいなき勘当や侍らむ、と、顔の色違ひ侍りつる」
――久しぶりでこうして参内なさったものを、今夜宿直なさらずに早々ご退出なさっては、中宮もなおさら怪しからぬことと思われましょう。台盤所でちょっと承りましたが、内緒のとんだご案内役を勤めましたおかげで、私までお叱りを蒙るのではと、思わず青くなってしまいましたよ――
と、申し上げますと、匂宮は、
「いと聞き憎くぞおぼしのたまふや。多くは人のとりなす事なるべし。世に咎あるばかりの心は、何事にかはつかふらむ。ところせき身の程こそ、なかなかなるわざなりけれ」
――母上(中宮)がたいそうご機嫌が悪いのですよ。大抵は人が何かと告げ口しているからだと思うが、世間から非難される程の浮気心など私がするものか。窮屈な身分が却って恨めしい――
と、自由にお振舞いになれないお身の上を、心から厭わしくお思いのご様子です。
◆台盤所(だいばんどころ)=宮中では清涼殿の一室で女房の詰所。
では12/17に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(44)
その内裏で、匂宮の母君でいらっしゃる明石中宮が、
「なほ、かく一人おはしまして、世の中に、好い給へる御名のやうやうきこゆる、なほいと悪しきことなり。何事も物好ましく、立てたる心なつかひ給ひそ。上もうしろめたげにおぼしのたまふ」
――まだこうして独身でおられて、世間に色好みのご評判が次第に広がっていきますのは全く困ったことです。色好みの風なご態度はお慎みなさい。帝も殊のほかご心配のようにお見受けしますよ――
と、内裏ではなく六条院をはじめ他に寝泊まりされることが多い事を、お諌めになりますので、匂宮はひとしおお辛くて、ご自分のお部屋に下がられますと、すぐに宇治にお文をお出しになります。そこに薫が参上しましたのを頼みに、
「いかがすべき、いとかく暗くなりぬめるを、心もみだれてなむ」
――どうしよう、こんなに暗くなってしまって。気が気ではないのだが――
と、すっかり困りきっておいでになります。薫はこの際、匂宮のお心の内をしっかり
伺っておこうとお考えになって、
「日頃経てかく参り給へるを、今宵さぶらはせ給はで、いそぎまかで給ひなむ、いとどよろしからぬ事にや、おぼしきこえさせ給はむ。台盤所の方にて承りつれば、人知れず、わづらはしき宮仕へのしるしに、あいなき勘当や侍らむ、と、顔の色違ひ侍りつる」
――久しぶりでこうして参内なさったものを、今夜宿直なさらずに早々ご退出なさっては、中宮もなおさら怪しからぬことと思われましょう。台盤所でちょっと承りましたが、内緒のとんだご案内役を勤めましたおかげで、私までお叱りを蒙るのではと、思わず青くなってしまいましたよ――
と、申し上げますと、匂宮は、
「いと聞き憎くぞおぼしのたまふや。多くは人のとりなす事なるべし。世に咎あるばかりの心は、何事にかはつかふらむ。ところせき身の程こそ、なかなかなるわざなりけれ」
――母上(中宮)がたいそうご機嫌が悪いのですよ。大抵は人が何かと告げ口しているからだと思うが、世間から非難される程の浮気心など私がするものか。窮屈な身分が却って恨めしい――
と、自由にお振舞いになれないお身の上を、心から厭わしくお思いのご様子です。
◆台盤所(だいばんどころ)=宮中では清涼殿の一室で女房の詰所。
では12/17に。