2010.12/25 872
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(49)
中の君は、
「絶え間あるべくおぼさるらむは、音に聞きし御心の程しるきにや、と、心おかれて、わが御ありさまから、さまざま物嘆かしくてなむありける」
――今から、ご無沙汰の理由をおっしゃるのは、やはり評判の浮気心の現れであろうかと、疎ましく、このような山里の頼りない身の上を思い知らされて、何やかやと物思いに沈んでいらっしゃるようです――
「明けゆく程の空に、妻戸おしあけ給ひて、もろともに誘ひ出でて見給へば、霧わたれるさま、所がらのあはれ多く添ひて、例の、柴積む船のかすかに行き交ふ、あとの白浪、目馴れずもあるすまひのさまかな、と、色なる御心にはをかしくおぼしなさる」
――ようやく明け初める空の様子に、匂宮は妻戸を押し開けて、「ご一緒に」とお誘いになって外をご覧になりますと、霧が晴れていくさまが、宇治という場所ならではの趣を添え、例のように柴舟が行き来しているのがかすかに見え、その後のはかない白波がそぞろにあわれ深く、見馴れぬ住いの景色よ、と、この匂宮の色めかしいお心には、興をそそられるようです――
「山の端の光やうやう見ゆるに、女君の御容貌のまほにうつくしげにて、限りなくいつきすゑたらむ姫宮も、かばかりこそはおはすべかめれ、思ひなしの、わが方ざまのいといつくしきぞかし、こまやかなる匂ひなど、うちとけて見まほしう、なかなかなる心地す」
――山の端にさす夜明けの光がだんだんはっきりしてきますに従って、中の君のご器量の美しく良く整って愛らしいご様子に、匂宮は、この上なく大切に養育された姫君でも、きっとこれ以上ということはあるまい、御姉の女一の宮のことが思い合わされ、身びいきでこそご立派にも見えるのであろう、この美しい中の君のお肌の艶やかさなど、いっそう打ち解けて見てみたい、と思われると、なまじ逢わなかった方が良かったという気さえなさるのでした――
川瀬の音が物騒がしく、ひどく古びた宇治橋がのぞまれるなど、霧が晴れていくにしたがい、ひとしお荒れ果てた岸辺の風景に、匂宮が、
「かかる処にいかで年を経給ふらむ」
――このような荒れ果てた所に、どうして長の年月を過ごされたのでしょう――
と、つぶやいて涙ぐんでおいでになるのを、中の君はたいそう恥ずかしそうにお聞きになっております。
◆女君(おんなぎみ)=男性を知った女性を表現するときに言う。
◆限りなくいつきすゑたらむ姫宮=この上なく大事に育てられた姫宮。姉の女一の宮のような
こと。
◆いといつくしきぞ=非常にご立派
では12/27に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(49)
中の君は、
「絶え間あるべくおぼさるらむは、音に聞きし御心の程しるきにや、と、心おかれて、わが御ありさまから、さまざま物嘆かしくてなむありける」
――今から、ご無沙汰の理由をおっしゃるのは、やはり評判の浮気心の現れであろうかと、疎ましく、このような山里の頼りない身の上を思い知らされて、何やかやと物思いに沈んでいらっしゃるようです――
「明けゆく程の空に、妻戸おしあけ給ひて、もろともに誘ひ出でて見給へば、霧わたれるさま、所がらのあはれ多く添ひて、例の、柴積む船のかすかに行き交ふ、あとの白浪、目馴れずもあるすまひのさまかな、と、色なる御心にはをかしくおぼしなさる」
――ようやく明け初める空の様子に、匂宮は妻戸を押し開けて、「ご一緒に」とお誘いになって外をご覧になりますと、霧が晴れていくさまが、宇治という場所ならではの趣を添え、例のように柴舟が行き来しているのがかすかに見え、その後のはかない白波がそぞろにあわれ深く、見馴れぬ住いの景色よ、と、この匂宮の色めかしいお心には、興をそそられるようです――
「山の端の光やうやう見ゆるに、女君の御容貌のまほにうつくしげにて、限りなくいつきすゑたらむ姫宮も、かばかりこそはおはすべかめれ、思ひなしの、わが方ざまのいといつくしきぞかし、こまやかなる匂ひなど、うちとけて見まほしう、なかなかなる心地す」
――山の端にさす夜明けの光がだんだんはっきりしてきますに従って、中の君のご器量の美しく良く整って愛らしいご様子に、匂宮は、この上なく大切に養育された姫君でも、きっとこれ以上ということはあるまい、御姉の女一の宮のことが思い合わされ、身びいきでこそご立派にも見えるのであろう、この美しい中の君のお肌の艶やかさなど、いっそう打ち解けて見てみたい、と思われると、なまじ逢わなかった方が良かったという気さえなさるのでした――
川瀬の音が物騒がしく、ひどく古びた宇治橋がのぞまれるなど、霧が晴れていくにしたがい、ひとしお荒れ果てた岸辺の風景に、匂宮が、
「かかる処にいかで年を経給ふらむ」
――このような荒れ果てた所に、どうして長の年月を過ごされたのでしょう――
と、つぶやいて涙ぐんでおいでになるのを、中の君はたいそう恥ずかしそうにお聞きになっております。
◆女君(おんなぎみ)=男性を知った女性を表現するときに言う。
◆限りなくいつきすゑたらむ姫宮=この上なく大事に育てられた姫宮。姉の女一の宮のような
こと。
◆いといつくしきぞ=非常にご立派
では12/27に。