2010.12/17 868
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(45)
匂宮のご様子に薫はお気の毒に思い、
「同じ御騒がれにこそはおはすなれ。今宵の罪にはかはりきこえて、身をもいたづらになし侍りなむかし。木幡の山に馬はいかが侍るべき。いとど物のきこえや、さはり所なからむ」
――行かれても残られても、いずれにしても騒がれ、問題になることでしょう。今夜のお咎めには、私がお代わり申し上げて、一身を棄てても致しましょう。木幡山にふさわしく馬ではいかがでしょうか。それなら、人目も紛れ、差し障りありませんでしょう――
と、おすすめ申し上げます。夜もとっぷりと暮れてきましたので、匂宮は思いあぐねた末に、お馬でお出ましになられました。薫は、
「御供にはなかなか使うまつらじ。御後見を」
――私は今夜はご一緒いたしません。後のお世話を申し上げましょう――
と、薫は内裏で替わって宿直申し上げます。薫が明石中宮のお部屋にお伺いしますと、
「宮は出で給ひぬなり。あさましくいとほしき御様かな。いかに人見奉らむ。上きこしめしては、諫め聞こえぬ言ふかひなきと、おぼしのたまふこそわりなけれ」
――匂宮はお出かけになった様子です。本当に困ったお心癖ですこと。人は何と思うことでしょう。帝のお耳にでも入りましたなら、私がお諌めしないのがいけないと、きついお叱りを蒙るのが辛くて――
と、たいそうお嘆きでいらっしゃいます。明石中宮にはそれぞれご立派に成長された宮たちがおいでになりますが、今でも若々しく人を惹きつける匂い美しさをたたえておいでになります。薫はお心の中で、
「女一の宮も、かくぞおはしますべかめる、いかならむ折りに、かばかりにてももの近く、御声をだに聞き奉らむ」
――女一の宮もきっとこのようにお美しいに違いない。何かの折に、この位の近さでお側に上がって、せめてお声だけでも伺ってみたいものだ――
と、しみじみ思うのでした。
◆木幡の山に馬=古歌「山科の木幡の里に馬はあれど徒歩よりぞ来る君を思へば」
◆女一の宮=明石中宮腹の第一皇女。匂宮の一番上の姉君。
では12/19に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(45)
匂宮のご様子に薫はお気の毒に思い、
「同じ御騒がれにこそはおはすなれ。今宵の罪にはかはりきこえて、身をもいたづらになし侍りなむかし。木幡の山に馬はいかが侍るべき。いとど物のきこえや、さはり所なからむ」
――行かれても残られても、いずれにしても騒がれ、問題になることでしょう。今夜のお咎めには、私がお代わり申し上げて、一身を棄てても致しましょう。木幡山にふさわしく馬ではいかがでしょうか。それなら、人目も紛れ、差し障りありませんでしょう――
と、おすすめ申し上げます。夜もとっぷりと暮れてきましたので、匂宮は思いあぐねた末に、お馬でお出ましになられました。薫は、
「御供にはなかなか使うまつらじ。御後見を」
――私は今夜はご一緒いたしません。後のお世話を申し上げましょう――
と、薫は内裏で替わって宿直申し上げます。薫が明石中宮のお部屋にお伺いしますと、
「宮は出で給ひぬなり。あさましくいとほしき御様かな。いかに人見奉らむ。上きこしめしては、諫め聞こえぬ言ふかひなきと、おぼしのたまふこそわりなけれ」
――匂宮はお出かけになった様子です。本当に困ったお心癖ですこと。人は何と思うことでしょう。帝のお耳にでも入りましたなら、私がお諌めしないのがいけないと、きついお叱りを蒙るのが辛くて――
と、たいそうお嘆きでいらっしゃいます。明石中宮にはそれぞれご立派に成長された宮たちがおいでになりますが、今でも若々しく人を惹きつける匂い美しさをたたえておいでになります。薫はお心の中で、
「女一の宮も、かくぞおはしますべかめる、いかならむ折りに、かばかりにてももの近く、御声をだに聞き奉らむ」
――女一の宮もきっとこのようにお美しいに違いない。何かの折に、この位の近さでお側に上がって、せめてお声だけでも伺ってみたいものだ――
と、しみじみ思うのでした。
◆木幡の山に馬=古歌「山科の木幡の里に馬はあれど徒歩よりぞ来る君を思へば」
◆女一の宮=明石中宮腹の第一皇女。匂宮の一番上の姉君。
では12/19に。