2011.1/9 878
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(55)
薫は、
「『かかる御心にたゆめられたてまつりて、つひにいかになるべき身にか』と歎きがちにて、例の、遠山鳥にて明けぬ」
――「そういう貴女のお言葉に騙されて、ついにはどうなっていく私の身でしょう」と歎きつつ、この夜も例の山鳥のように夜を明かしてしまわれたのでした――
匂宮は、薫がまさか今だに独り寝であろうともお思いにならず、
「中納言の、あるじ方に心のどかなるけしきこそ、うらやましけれ」
――中納言(薫)が、主人気取りでくつろいでいるのは、うらやましいことだ――
などと、おっしゃいますのを、中の君は妙な事をおっしゃる、と、お聞きになっています。
「わりなくおはしましては、程なくかへり給ふが、あかず苦しきに、宮も物をいみじくおぼしたり」
――(匂宮が)無理を押してお出でになっては、間もなくお帰りになることが、中の君には物足りなくわびしく、また匂宮もおなじく思い乱れていらっしゃるのでした――
中の君の方では、そうした匂宮のお心の内もご存知ないので、
「いかならむ、人わらへにや、と思ひ歎き給へば、げに心づくしに苦しげなるわざかな、と見ゆ」
――これからどうなることでしょう、世間の物笑いにならねばよいけれど、とご心配でならず、まったく気苦労の多い面倒なご関係のようですこと――
「京にも、かくろへて渡り給ふべき所も、さすがになし。六条の院には、左の大殿、片つ方に住み給ひて、さばかりいかでかとおぼしたる六の君の御事を、おぼし寄らぬに、なま恨めし、と思ひきこえ給ふべかめり」
――広い都の内にも、人目に立たぬような所で、中の君を住まわせ申すような家は見当たりませんし、広い六条院ではあっても、その一方には左大臣(夕霧)がお住いで、その夕霧があれほどまで何とかしてと思っておいでの娘六の君とのご縁組に、匂宮が素っ気ないご態度でいらっしゃるのを、何やら癪に障るとお思い申されておいでのようですし――
◆たゆめられ=弛められ=心が弛む。油断する。
◆遠山鳥(とおやまどり)=山鳥は雄雌が谷を隔てて寝るという言い伝えがあった。独り寝のわびしさ
では1/11に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(55)
薫は、
「『かかる御心にたゆめられたてまつりて、つひにいかになるべき身にか』と歎きがちにて、例の、遠山鳥にて明けぬ」
――「そういう貴女のお言葉に騙されて、ついにはどうなっていく私の身でしょう」と歎きつつ、この夜も例の山鳥のように夜を明かしてしまわれたのでした――
匂宮は、薫がまさか今だに独り寝であろうともお思いにならず、
「中納言の、あるじ方に心のどかなるけしきこそ、うらやましけれ」
――中納言(薫)が、主人気取りでくつろいでいるのは、うらやましいことだ――
などと、おっしゃいますのを、中の君は妙な事をおっしゃる、と、お聞きになっています。
「わりなくおはしましては、程なくかへり給ふが、あかず苦しきに、宮も物をいみじくおぼしたり」
――(匂宮が)無理を押してお出でになっては、間もなくお帰りになることが、中の君には物足りなくわびしく、また匂宮もおなじく思い乱れていらっしゃるのでした――
中の君の方では、そうした匂宮のお心の内もご存知ないので、
「いかならむ、人わらへにや、と思ひ歎き給へば、げに心づくしに苦しげなるわざかな、と見ゆ」
――これからどうなることでしょう、世間の物笑いにならねばよいけれど、とご心配でならず、まったく気苦労の多い面倒なご関係のようですこと――
「京にも、かくろへて渡り給ふべき所も、さすがになし。六条の院には、左の大殿、片つ方に住み給ひて、さばかりいかでかとおぼしたる六の君の御事を、おぼし寄らぬに、なま恨めし、と思ひきこえ給ふべかめり」
――広い都の内にも、人目に立たぬような所で、中の君を住まわせ申すような家は見当たりませんし、広い六条院ではあっても、その一方には左大臣(夕霧)がお住いで、その夕霧があれほどまで何とかしてと思っておいでの娘六の君とのご縁組に、匂宮が素っ気ないご態度でいらっしゃるのを、何やら癪に障るとお思い申されておいでのようですし――
◆たゆめられ=弛められ=心が弛む。油断する。
◆遠山鳥(とおやまどり)=山鳥は雄雌が谷を隔てて寝るという言い伝えがあった。独り寝のわびしさ
では1/11に。