2011.1/13 880
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(57)
冬への衣替えなど、いったい誰が姫君たちのお世話をして差し上げるであろうと、薫は、御帳の帷子(みちょうのかたびら)や、壁代(かべしろ=間仕切りに垂らす布)など、三條の宮の再建後に大君を移り住まわせる時に使用しようと作っておかれた物を、母君に「さし当たって必要なことがありまして…」とお願いなさって、宇治にお上げになりました。もちろん侍女や御乳母などにもわざわざ新調してどっさり差し上げました。
さて、十月一日頃、薫は、
「網代もをかしき程ならむ、と、そそのかしきこえ給ひて、紅葉御らんずべく申し定め給ふ」
――網代も趣深い頃でございましょう、などと、匂宮におすすめ申し上げて、紅葉狩の段取りをつけて差し上げます――
「親しき宮人ども、殿上人のむつまじくおぼすかぎり、いとしのびて、とおぼせど、所せき御いきほひなれば、おのづから事ひろごりて、左の大殿の宰相中将も参り給ふ。さてはこの中納言ばかりぞ、上達部は仕うまつり給ふ。ただ人は多かり」
――匂宮に仕える人々や、殿上人で親しくお思いになる人ばかりをと、薫はごく内輪にして、お出かけになりたいとお思いになりますが、今や匂宮の大きな御権勢に、この事が自然に広がって、夕霧左大臣のご子息の、宰相中将(かつての蔵人の少将)もお供に加わられます。その外には、この薫中納言殿だけが公卿としてはお供されて、結局、殿上人以下はかなりの人数になったのでした――
薫はあちらの山里へ、
「論なう中宿りし給はむを、さるべきさまにおぼせ。さきの春も、花見に尋ね参り来しこれかれ、かかる便りにことよせて、時雨のまぎれに見奉りあらはすやうもぞ侍る」
――匂宮のご一行は、もちろん中休みなさるでしょうから、その御つもりでご用意ください。いつぞやの春も花見の折りに花を求めて参上しました誰彼が、こうしたついでに言寄せて、時雨の雨宿りに紛れて、姫君たちのお姿を垣間見ないとも限りませんから、ご注意ください――
などと、細々とお知らせ申し上げます。山荘では、
「御簾かけかへ、ここかしこかき払ひ、岩がくれにつもれる紅葉の朽ち葉すこしはるけ、遣水の水草はらはせなどし給ふ」
――御簾を掛け替え、あちらこちらを掃除し、岩陰に積もっている紅葉の朽葉を払い、遣水の水草を捨てさせなどなさる――
結構な果物や御肴など、また当日の手伝いの人数なども、薫は用意して差し上げます。
大君は薫を何とも差し出がましいとはお思いになるものの、これも大方の因縁というものであろうと、思い諦めて、万事手ぬかりなく準備なさったのでした。
◆網代(あじろ)=冬に、竹や木を編んで川瀬に渡し、魚を捕ること。宇治川はその名所
◆はるけ=払いのけ
では1/15に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(57)
冬への衣替えなど、いったい誰が姫君たちのお世話をして差し上げるであろうと、薫は、御帳の帷子(みちょうのかたびら)や、壁代(かべしろ=間仕切りに垂らす布)など、三條の宮の再建後に大君を移り住まわせる時に使用しようと作っておかれた物を、母君に「さし当たって必要なことがありまして…」とお願いなさって、宇治にお上げになりました。もちろん侍女や御乳母などにもわざわざ新調してどっさり差し上げました。
さて、十月一日頃、薫は、
「網代もをかしき程ならむ、と、そそのかしきこえ給ひて、紅葉御らんずべく申し定め給ふ」
――網代も趣深い頃でございましょう、などと、匂宮におすすめ申し上げて、紅葉狩の段取りをつけて差し上げます――
「親しき宮人ども、殿上人のむつまじくおぼすかぎり、いとしのびて、とおぼせど、所せき御いきほひなれば、おのづから事ひろごりて、左の大殿の宰相中将も参り給ふ。さてはこの中納言ばかりぞ、上達部は仕うまつり給ふ。ただ人は多かり」
――匂宮に仕える人々や、殿上人で親しくお思いになる人ばかりをと、薫はごく内輪にして、お出かけになりたいとお思いになりますが、今や匂宮の大きな御権勢に、この事が自然に広がって、夕霧左大臣のご子息の、宰相中将(かつての蔵人の少将)もお供に加わられます。その外には、この薫中納言殿だけが公卿としてはお供されて、結局、殿上人以下はかなりの人数になったのでした――
薫はあちらの山里へ、
「論なう中宿りし給はむを、さるべきさまにおぼせ。さきの春も、花見に尋ね参り来しこれかれ、かかる便りにことよせて、時雨のまぎれに見奉りあらはすやうもぞ侍る」
――匂宮のご一行は、もちろん中休みなさるでしょうから、その御つもりでご用意ください。いつぞやの春も花見の折りに花を求めて参上しました誰彼が、こうしたついでに言寄せて、時雨の雨宿りに紛れて、姫君たちのお姿を垣間見ないとも限りませんから、ご注意ください――
などと、細々とお知らせ申し上げます。山荘では、
「御簾かけかへ、ここかしこかき払ひ、岩がくれにつもれる紅葉の朽ち葉すこしはるけ、遣水の水草はらはせなどし給ふ」
――御簾を掛け替え、あちらこちらを掃除し、岩陰に積もっている紅葉の朽葉を払い、遣水の水草を捨てさせなどなさる――
結構な果物や御肴など、また当日の手伝いの人数なども、薫は用意して差し上げます。
大君は薫を何とも差し出がましいとはお思いになるものの、これも大方の因縁というものであろうと、思い諦めて、万事手ぬかりなく準備なさったのでした。
◆網代(あじろ)=冬に、竹や木を編んで川瀬に渡し、魚を捕ること。宇治川はその名所
◆はるけ=払いのけ
では1/15に。