2011. 7/9 969
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(30)
落葉宮の御文には、
「さかしらはかたはらいたさに、そそのかし侍れど、いとなやましげにてなむ。(歌)『女郎花しをれぞまさるあさ露のいかにおきけるなごりなるらむ』」
――差し出がましいことをいたしますのも心ぐるしく、六の君にご自身でお返事申し上げるように勧めましたが、たいそう辛そうでございますので、(歌)「貴方のどんな御態度によるのでしょう。六の君はいっそう悩ましげでいらっしゃいます。(六の君を女郎花に、匂宮を朝露に譬えた)」
と、上品に書かれております。匂宮は、
「かごとがましげなるもわづらはしや。まことは、心安くてしばしはあらむと思ふ世を、おもひの外にもあるかな」
――何だか不平がましいのも厄介だなあ。本当は中の君と気楽に当分は暮らそうと思っているのに、思いの外になってしまったものだ――
などとおっしゃる。
「また二つなくて、さるべきものに思ひならひたるただ人の中こそ、かやうなる事のうらめしさなども、見る人苦しくはあれ、思へばこれはいと難し。つひにかかるべき御ことなり。宮たちときこゆるなかにも、筋ことに世人も思ひきこえたれば、幾人も幾人のえ給はむことも、もどきあるまじければ、人も、この御方いとほしなども思ひたらぬなるべし」
――ひとりの妻を守る慣いの一般の人の間でこそ、こういう事の起こった時は、妻の立場に周囲の人も同情するでしょうが、思えば匂宮のような貴人では、これは大変難しいことで、結局はこうなる筈だったのかもしれない。匂宮は皇子たちと申し上げる中でも、格別の将来(東宮になること)をお持ちの方と、世の中の人々もお思い申しておいでであってみれば、大勢の女君をお持ちになっても非難する筈もないこと。誰もこの対の御方をお気の毒だなどとは思ってもいないに違いない――
「かばかりものものしくかしづきすゑ給ひて、心ぐるしき方おろかならずおぼしたるをぞ、幸おはしける、ときこゆめる。みづからの心にも、あまりにならはし給うて、にはかにはしたなかるべきが、なげかしきなめり」
――匂宮が中の君をこれほど重々しく、大事にお据えになって、いとしい思いが並々でなくいらっしゃるのを、中の君は幸運な方だとお噂するらしい。中の君ご自身としても、今まであまりにも匂宮が大事になさりつけたので、にわかに具合の悪いことになりそうなことが悲しいのであろう――
中の君はお心の中で、
「かかる道を、いかなれば浅からず人の思ふらむ、と、昔物語などを見るにも、人の上にても、あやしく聞き思ひしは、げにおろかなるまじきわざなりけり、と、わが身になりてぞ、なにごとも思ひ知られ給ひける」
――このように別の妻ができた場合、人はなぜ大事件のように思い騒ぐのかと昔物語などを読んだり、他人の身の上を見聞きしては不思議に思っていたものの、なるほど、いい加減には考えられないことなのだ。と、わが身になってはじめてすべてが分かったのでした。――
では7/11に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(30)
落葉宮の御文には、
「さかしらはかたはらいたさに、そそのかし侍れど、いとなやましげにてなむ。(歌)『女郎花しをれぞまさるあさ露のいかにおきけるなごりなるらむ』」
――差し出がましいことをいたしますのも心ぐるしく、六の君にご自身でお返事申し上げるように勧めましたが、たいそう辛そうでございますので、(歌)「貴方のどんな御態度によるのでしょう。六の君はいっそう悩ましげでいらっしゃいます。(六の君を女郎花に、匂宮を朝露に譬えた)」
と、上品に書かれております。匂宮は、
「かごとがましげなるもわづらはしや。まことは、心安くてしばしはあらむと思ふ世を、おもひの外にもあるかな」
――何だか不平がましいのも厄介だなあ。本当は中の君と気楽に当分は暮らそうと思っているのに、思いの外になってしまったものだ――
などとおっしゃる。
「また二つなくて、さるべきものに思ひならひたるただ人の中こそ、かやうなる事のうらめしさなども、見る人苦しくはあれ、思へばこれはいと難し。つひにかかるべき御ことなり。宮たちときこゆるなかにも、筋ことに世人も思ひきこえたれば、幾人も幾人のえ給はむことも、もどきあるまじければ、人も、この御方いとほしなども思ひたらぬなるべし」
――ひとりの妻を守る慣いの一般の人の間でこそ、こういう事の起こった時は、妻の立場に周囲の人も同情するでしょうが、思えば匂宮のような貴人では、これは大変難しいことで、結局はこうなる筈だったのかもしれない。匂宮は皇子たちと申し上げる中でも、格別の将来(東宮になること)をお持ちの方と、世の中の人々もお思い申しておいでであってみれば、大勢の女君をお持ちになっても非難する筈もないこと。誰もこの対の御方をお気の毒だなどとは思ってもいないに違いない――
「かばかりものものしくかしづきすゑ給ひて、心ぐるしき方おろかならずおぼしたるをぞ、幸おはしける、ときこゆめる。みづからの心にも、あまりにならはし給うて、にはかにはしたなかるべきが、なげかしきなめり」
――匂宮が中の君をこれほど重々しく、大事にお据えになって、いとしい思いが並々でなくいらっしゃるのを、中の君は幸運な方だとお噂するらしい。中の君ご自身としても、今まであまりにも匂宮が大事になさりつけたので、にわかに具合の悪いことになりそうなことが悲しいのであろう――
中の君はお心の中で、
「かかる道を、いかなれば浅からず人の思ふらむ、と、昔物語などを見るにも、人の上にても、あやしく聞き思ひしは、げにおろかなるまじきわざなりけり、と、わが身になりてぞ、なにごとも思ひ知られ給ひける」
――このように別の妻ができた場合、人はなぜ大事件のように思い騒ぐのかと昔物語などを読んだり、他人の身の上を見聞きしては不思議に思っていたものの、なるほど、いい加減には考えられないことなのだ。と、わが身になってはじめてすべてが分かったのでした。――
では7/11に。