永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(979)

2011年07月29日 | Weblog
2011. 7/29      979

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(40)

 中の君のお声が遠く微かにしかきこえませんので、

「いと遠くも侍るかな。まめやかにきこえさせうけたまはらまほしき、世の御物語も侍るものを」
――お声がたいへん遠うございますね。お二人(匂宮と中の君)のことで折りいって申し上げたい事も、またお伺いしたいこともありますのに――

 と申し上げますと、

「げに、とおぼして、すこしみじろぎ寄り給ふけはひを聞き給ふにも、ふと胸うちつぶるれど、さりげなくいとどしづめたるさまして、宮の御心ばへ、思はずに浅うおはしけり、とおぼしく、かつは言ひもうとめ、またなぐさめも、方々にしづしづと聞こえ給ひつつおはす」
――(中の君が)ごもっともと思われて、少しいざり寄っておいでになる気配に、はっと胸つぶれる思いがしますが、薫はさりげなく心をおし鎮め落ち着いた様子で、匂宮の思いの外の浅い愛情を思いつつ、匂宮のお仕打ちを悪く言い、また中の君を慰めもして、あれこれとしんみりとお話になります――

 「女君は、人の御うらめしさなどは、うちいでかたらひきこえ給ふべきことにもあらねば、ただ、世やは憂き、などやうに思はせて、言ずくなにまぎらはしつつ、山里にあからさまにわたし給へ、とおぼしく、いとねんごろに思ひてのたまふ」
――女君(中の君)は、匂宮への恨めしさなどは、ほんの一言でも申し上げるべきことでもありませんので、ただ、何事もご自分の宿世の拙さと諦めていることを察していただけるように、言葉すくなに言い紛らわしながら、あの宇治の山里に、ほんのちょっとでも連れて行っていただきたいお心の内を熱心にお話になるのでした――

 薫は、

「それはしも、心ひとつにまかせては、え仕うまつるまじきことに侍るなり。なほ宮に、ただ心うつくしくきこえさせ給ひて、かの御けしきにしたがひてなむよく侍るべき」
――それだけは、私の一存ではお世話できそうにない事です。やはり匂宮に、ただ素直にご相談なさって、そのご意向に添ってなさるのがよろしいと存じます――

 さらに、

「さらずば、すこしも違目ありて、心軽くも、など思しものせむに、いとあしく侍りなむ。さだにあるまじくば、道のほども御送り迎へも、おりたちて仕うまつらむに、何のはばかりかは侍らむ。後やすく人に似ぬ心の程は、宮も皆知らせ給へり」
――そうでないと、少しでも行き違いがあって、軽々しい行為だなどと匂宮がお思いになっては、たいへん具合悪くなりましょう。そういうご心配さえなければ、道中のお送り、お迎えも私が取り仕切ってご奉仕しますのに、何の差し障りがございましょうか。安心な、他とは違う性分の私を、宮もご存知ですから――

◆かつは言ひもうとめ=かつは・言い・も・疎め

◆世やは憂き=古歌「世やは憂き人やはつらき海人の刈る藻に住む虫のわれからぞ憂き」
      みな私の運が拙いのですの意

では7/31に。