2011. 7/17 973
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(34)
「君は入りて臥し給ひて、はしたなげなるわざかな、ことごとしげなるさましたる親の出でゐて、離れぬなからひなれど、これかれ、火あかくかかあげて、すすめきこゆる盃などを、いとめやすくもてなし給ふめりつるかな、と、宮の御ありさまをめやすく思ひ出でたてまつり給ふ」
――薫はお部屋にお入りになってお寝みになりながら、花婿というものは何とも間の悪いものだなあ。仰山らしい様子をした親(夕霧)が出席していて、普段は親しい身内だというのに、尤もらしく周囲の誰かれが燈火を高くかかげる中で、すすめられる盃などを、ほどよく受け流しておいでだったが……などと、婿君の落ち着いた御様子を思い出していらっしゃる――
「げにわれにても、よしと思ふ女子持たらましかば、この宮をおきたてまつりて、内裏だにえ参らせざらまし、と思ふに、誰も誰も、宮に奉らむと志し給へる女は、なほ源中納言にこそ、と、とりどりに言ひならふなるこそ、わがおぼえのくちをしくはあらぬなめりな、さるはいとあまり世づかず、ふるめきたるものを」
――なるほど、自分にも人並み以上の娘を持っていたならば、匂宮以外には宮中のだれにも差し上げないだろう。誰もかれも、匂宮に差し上げようと娘を持った親は志しててはいるようだが、でもやはり源中納言(薫自身)の方が本当は望ましい、と、めいめいが口癖にしているそうだ。これこそ自分の評判も満更ではないのだな。それにしても自分のように世間並みでもない老人じみた人間の、どこがいいのだろうか――
などと、心中得意にならずにはいられない。
「内裏の御けしきあること、まことに思したたむに、かくのみもの憂くおぼえば、いかがすべからむ、おもだたしきことにはありとも、いかがあらむ、いかにぞ、故君にいとよく似給へらむ時に、うれしからむかし」
――帝から思召しの女二の宮との結婚の事は、それが本当であれば、こんな気の進まない自分ではどうしたものか。光栄なことではあるけれども、どんなものだろう。せめてその女二の宮があの亡くなられた大君によく似ておられたら、その時はどんなにか嬉しいことだろうに――
「と思ひ寄らるるは、さすがにもて離るまじき心なめりかし」
――と、思ったりなさるのは、さすがにこの御結婚をお断りになるお積りではないらしい――
◆離れぬなからひ=縁遠くない間柄=夕霧と匂宮は親戚同士。匂宮の母・明石中宮は夕霧の妹。
では7/19に。
四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(34)
「君は入りて臥し給ひて、はしたなげなるわざかな、ことごとしげなるさましたる親の出でゐて、離れぬなからひなれど、これかれ、火あかくかかあげて、すすめきこゆる盃などを、いとめやすくもてなし給ふめりつるかな、と、宮の御ありさまをめやすく思ひ出でたてまつり給ふ」
――薫はお部屋にお入りになってお寝みになりながら、花婿というものは何とも間の悪いものだなあ。仰山らしい様子をした親(夕霧)が出席していて、普段は親しい身内だというのに、尤もらしく周囲の誰かれが燈火を高くかかげる中で、すすめられる盃などを、ほどよく受け流しておいでだったが……などと、婿君の落ち着いた御様子を思い出していらっしゃる――
「げにわれにても、よしと思ふ女子持たらましかば、この宮をおきたてまつりて、内裏だにえ参らせざらまし、と思ふに、誰も誰も、宮に奉らむと志し給へる女は、なほ源中納言にこそ、と、とりどりに言ひならふなるこそ、わがおぼえのくちをしくはあらぬなめりな、さるはいとあまり世づかず、ふるめきたるものを」
――なるほど、自分にも人並み以上の娘を持っていたならば、匂宮以外には宮中のだれにも差し上げないだろう。誰もかれも、匂宮に差し上げようと娘を持った親は志しててはいるようだが、でもやはり源中納言(薫自身)の方が本当は望ましい、と、めいめいが口癖にしているそうだ。これこそ自分の評判も満更ではないのだな。それにしても自分のように世間並みでもない老人じみた人間の、どこがいいのだろうか――
などと、心中得意にならずにはいられない。
「内裏の御けしきあること、まことに思したたむに、かくのみもの憂くおぼえば、いかがすべからむ、おもだたしきことにはありとも、いかがあらむ、いかにぞ、故君にいとよく似給へらむ時に、うれしからむかし」
――帝から思召しの女二の宮との結婚の事は、それが本当であれば、こんな気の進まない自分ではどうしたものか。光栄なことではあるけれども、どんなものだろう。せめてその女二の宮があの亡くなられた大君によく似ておられたら、その時はどんなにか嬉しいことだろうに――
「と思ひ寄らるるは、さすがにもて離るまじき心なめりかし」
――と、思ったりなさるのは、さすがにこの御結婚をお断りになるお積りではないらしい――
◆離れぬなからひ=縁遠くない間柄=夕霧と匂宮は親戚同士。匂宮の母・明石中宮は夕霧の妹。
では7/19に。