永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(970)

2011年07月11日 | Weblog
2011. 7/11      970

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(31)

 匂宮は中の君に対して、いつも以上にご機嫌をおとりになって、全然お食事をなさらないのを心配されて、貴重な水菓子やその道の専門家をお呼びになって特に料理を調えさせなどしては、中の君にお勧め申されますが、中の君は、お食事などまるで人事のように思っておいでのご様子に、「ああ、なんと痛々しいことよ」と歎いていらっしゃいましたが、この日も暮れかけた頃になって、お出かけのために寝殿にお戻りになりました。

「風涼しく大方の空をかしき頃なるに、今めかしきにすすみ給へる御心なれば、いとどしくえんなるに、物おもはしき人の御心の中は、よろづにしのび難き事のみぞ多かりける。ひぐらしの鳴く声にも、山の陰のみ恋しくて、(歌)『おほかたに聞かましものをひぐらしの声うらめしき秋の暮れかな』」
――風も涼しく吹き出して、大方の空の風情も味わいのある頃ですので、匂宮の今風に派手好きなご性分から、いつもよりいっそうお気持が華やいでいらっしゃいますが、一方の中の君は物思いに沈んで、何かにつけて耐えがたいことが多いのでした。蜩(ひぐらし)の鳴く声をお聞きになるにつけ、あの宇治の山里が恋しくて、(歌)「宇治にいたならば、ただ一通りの淋しさと聞くでしょうが、今は蜩(ひぐらし)の声がとりわけ恨めしく聞こえる秋の暮れですこと」――

「今宵はまだ更けぬに出で給ふなり。御さきの声の遠くなるままに、海人も釣するばかりになるも、われながら憎き心かな、と、思ふ思ふ聞き臥し給へり。はじめより物思はせ給ひしありさまなど思ひ出づるも、うとましきまで覚ゆ」
――(匂宮は)この夜もまだ更けないうちに六の君のところへお出かけになるようです。御前駆(おさき)の声が遠ざかっていくにつれ、中の君は涙で枕がぬれとおるのもわれながら厭わしい心だと思い思い、その声を聞きながら臥してしまわれました。匂宮がはじめから自分に物思いをおさせになったこと(夜離れ)を思い出されるにつけ、今更ながら宮の情なさを歎くわが身をおぞましくも思われるのでした――

 中の君はお心の中で、

「このなやましき事もいかならむとすらむ、いみじく命短き族なれば、かやうならむついでにもや、はかなくなりなむとすらむ、思ふには、惜しからねど、悲しくもあり、またいと罪深くもあなるものを」
――このような身重な身体もこの先一体どうなるものかしら、私どもはたいそう短命な血筋なのだから、このような折にでも死んでしまうのかも知れない。そう考えたとて惜しい命ではないけれど、宮に先立って死ぬのも悲しいし、また妊って死ぬのは罪深いとも聞いていることですし――

 と、あれこれ思い煩って寝られぬままに一夜をお明しになりました。

◆海人も釣するばかりになる=古歌「恋をしてねをのみ泣けば敷妙の枕の下に海人ぞ釣する」=泣きぬれて枕の下は海のようになって、まるで海人が釣をするほど

では7/13に。