2012. 1/19 1056
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(27)
北の方は、
「すずろに見え苦しうはづかしくて、額髪なども引きつくろはれて、心はづかしげに用意多く、際もなき様ぞし給へる」
――物越しではありますが、何となく面映ゆく、極まり悪い気がして、額の髪をそっと直さずにはいられないのでした。大将の君をこの上なく奥ゆかしく、たしなみ深く、素晴らしい御方だとお見上げするのでした――
内裏よりそのままこちらへお出でのご様子で、お供の者たちも大勢います。
中の君に薫の大将は
「昨夜、后の宮のなやみ給ふ由うけたまはりて、参りたりしかば、宮達のさぶらひ給はざりしかば、いとほしく見たてまつりて、宮の御かはりに今までさぶらひ侍りつる。今朝もいと、懈怠して参らせ給へるを、あいなう御あやまちにおしはかりきこえさせてなむ」
――昨夜、明石中宮のお加減がお悪いとのことで、参上いたしましたところ、(明石中宮腹の)親王たちがお出でになりませんでしたので、お労しく存じ上げ、匂宮のお代理を勤めて、今までお着き添い申し上げておりました。今朝も大そう遅参なされましたのは、貴女が無理に引きとめておいでになったせいかと、お察しいたしましたよ――
と申し上げますと、中の君は、
「『げにおろかならず、思ひやり深き御用意になむ』とばかりいらへきこえ給ふ」
――「宮のお代わりをしてくださったとは、並み並みならぬお心遣いで…」とだけお答えになります――
「宮は内裏にとまり給ひぬるを見おきて、ただならずおはしたるなめり。例の、物語いとなつかしげにきこえ給ふ。事に触れて、ただいにしへの忘れがたく、世の中のもの憂くなりまさる由を、あらはには言ひなさで、かすめうれへ給ふ」
――匂宮が内裏に宿直(とのい)なさるのを見届けておいて、薫は何か思うところがあってお出でになったのでしょう。いつものようになつかしそうに昔のお話をなさいます。事に触れては、亡き大君を忘れかねて、女二の宮との御仲がいよいよ心染まずなりゆく由を、帝の御手前もあるのでしょうか、それとなく仄めかしてお訴えになるのでした――
◆懈怠(けだい)=ずるけて。なまけて。
では1/21に。
五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(27)
北の方は、
「すずろに見え苦しうはづかしくて、額髪なども引きつくろはれて、心はづかしげに用意多く、際もなき様ぞし給へる」
――物越しではありますが、何となく面映ゆく、極まり悪い気がして、額の髪をそっと直さずにはいられないのでした。大将の君をこの上なく奥ゆかしく、たしなみ深く、素晴らしい御方だとお見上げするのでした――
内裏よりそのままこちらへお出でのご様子で、お供の者たちも大勢います。
中の君に薫の大将は
「昨夜、后の宮のなやみ給ふ由うけたまはりて、参りたりしかば、宮達のさぶらひ給はざりしかば、いとほしく見たてまつりて、宮の御かはりに今までさぶらひ侍りつる。今朝もいと、懈怠して参らせ給へるを、あいなう御あやまちにおしはかりきこえさせてなむ」
――昨夜、明石中宮のお加減がお悪いとのことで、参上いたしましたところ、(明石中宮腹の)親王たちがお出でになりませんでしたので、お労しく存じ上げ、匂宮のお代理を勤めて、今までお着き添い申し上げておりました。今朝も大そう遅参なされましたのは、貴女が無理に引きとめておいでになったせいかと、お察しいたしましたよ――
と申し上げますと、中の君は、
「『げにおろかならず、思ひやり深き御用意になむ』とばかりいらへきこえ給ふ」
――「宮のお代わりをしてくださったとは、並み並みならぬお心遣いで…」とだけお答えになります――
「宮は内裏にとまり給ひぬるを見おきて、ただならずおはしたるなめり。例の、物語いとなつかしげにきこえ給ふ。事に触れて、ただいにしへの忘れがたく、世の中のもの憂くなりまさる由を、あらはには言ひなさで、かすめうれへ給ふ」
――匂宮が内裏に宿直(とのい)なさるのを見届けておいて、薫は何か思うところがあってお出でになったのでしょう。いつものようになつかしそうに昔のお話をなさいます。事に触れては、亡き大君を忘れかねて、女二の宮との御仲がいよいよ心染まずなりゆく由を、帝の御手前もあるのでしょうか、それとなく仄めかしてお訴えになるのでした――
◆懈怠(けだい)=ずるけて。なまけて。
では1/21に。