永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1128)

2012年07月07日 | Weblog
2012. 7/7    1128

十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その36

「侍従も、いとめやすき若人なりけり。これさへ、かかるを残りなう見るよ、と、女君は、いみじ、と思ふ。宮も『これはまた誰そ。わが名洩らすなよ』と口がため給ふを、いとめでたし、と思ひきこえたり」
――お供をしてきた侍従という者も、それなりの若い女房であって、右近ばかりでなく、この者にまで、自分のこのような姿をすっかり見られてしまうことよ、と、浮舟はひどく辛く思うのでした。匂宮も「お前は誰だ、わたしの名をひとに言うなよ」と口止めなさるご様子を、侍従はまことにご立派な御方とお見上げするのでした――

「ここの宿守にて住みける者、時方を主と思ひてかしづきありけば、このおはします遣戸を隔てて、所得顔に居たり。声ひきしじめ、かしこまりて物語しをるを、いらへもえせず、をかしと思ひけり。『いと恐ろしく占ひたる物忌により、京のうちをさへ去りてつつしむなり。ほかの人寄すな』と言ひたり」
――ここの宿守として住んでいる者は、時方をご主人として大切に仕えていますので、匂宮のおいでになるお部屋の遣戸の向こうに得意顔をして座っています。その宿守が、声を低くして畏まって話かけるのを、時方は返事もできずに、宿守の誤解を可笑しいと思うのでした。「たいそう恐ろしい占いが出たので、その物忌のために、京の中から離れて慎んでいるのだ。他人を寄せ付けるな」と、誤魔化して言っています――

「人目も絶えて、心やすく語らひ暮らし給ふ。かの人のものし給へりけむに、かくて見えてむかし、と思しやりて、いみじくうらみ給ふ。二の宮を、いとやむごとなくて持ちたてまつり給へるありさまなども、語り給ふ。かの耳とどめ給ひし一言は、のたまひ出でぬぞにくきや」
――他の人目もありませんので、お二人は気兼ねなく話合って一日をお過ごしになります。匂宮は、薫がお出でになったときにも、こうして打ち解けて逢ったのだろうかと、ひどく恨み言をおっしゃる。また薫が正妻の女二の宮を大そう大事に立てておいでになるご様子なども、嫉妬を促すようにお話になりますが、先日の詩の会で、思わず耳を傾けた薫の吟じられた「衣片敷きの歌句」についての一言だけはおっしゃらないのは、なんとも憎いことですね――

「時方、御手水、御くだものなど、取り次ぎて参るを、御覧じて、『いみじくかしづかるめる客人の主、さてな見えそや』といましめ給ふ。侍従、色めかしき若人の心地に、いとをかし、と思ひて、この大夫とぞものがたりして暮らしける」
――時方が御手水やくだものを取り次いで運んでくるのを御覧になって、匂宮が「ひどく大事にされているらしいお客さんよ、そんなことをして正体を見破られないように、気をつけよ」と時方に注意なさる。侍従は色めいたことに動かされやすい若い者らしく興をおぼえて、この大夫(時方)と物語りして一日を過ごしたのでした――

では7/9に。