永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1131)

2012年07月13日 | Weblog
2012. 7/13    1131

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その39

「かくあやしき住ひを、ただかの殿のもてなし給はむさまをゆかしく待つことにて、母君も思ひなぐさめたるに、忍びたるさまながらも、近くわたしてむことを思しなりにければ、いとめやすくうれしかるべきことに思ひて、やうやう人もとめ、童のめやすきなど迎へておこせ給ふ」
――あのような田舎の暮らしでも、ただ薫の君がお世話してくださるのを当てにしてお待ちするということで、浮舟の母君は心を慰めていましたが、薄々ながら近々京へ連れて行こうというお気持になられましたので、傍目にも体裁よく嬉しいことと思い、次々と女房を召し抱え、女童の可愛らしいのを雇ったりして宇治に寄こすのでした――

「わが心にも、それこそはあるべきことに、はじめより待ちわたれ、とは思ひながら、あながちなる人の御ことを思ひ出づるに、うらみ給ひしさま、のたまひしことども、面影につと添ひて、いささかまどろめば夢に見え給ひつつ、いとうたてあるまで覚ゆ」
――(浮舟も)自分自身、そうなることを初めから待ち望んでいた筈でしたのに、あの無理な思いを一途に通される匂宮のことを思い出しますと、嫉妬に恨み言をおっしゃったご様子やお言葉がまざまざと目に浮かんできて、すこしうとうとする間にも、夢に見えたりして、われながら何と言うことかと厭わしく思われるのでした――

「雨降りやまで、日ごろ多くなるころ、いとど山路思し絶えて、わりなく思されければ、親のかふこはところせきものにこそ、と思すもかたじけなし。つきせぬことども書き給ひて、『ながめやるそなたの雲も見えぬまで空さへくるる頃のわびしさ』筆にまかせて書きみだり給へるしも、見どころあり、をかしげなり」
――雨が降りやまず、何日も続く頃で、この雨に山路を辿るのはかなり難しいことと、匂宮は仕方なくお思いになりますが、親に大切にされている身とは窮屈なものよ、とお思いになりますのも畏れ多いことです。匂宮は思い尽きせぬ事どもをあれこれと書いておやりになり、「つくづくとながめやる宇治の方の雲も見えぬ程に、心ばかりか空までも暗くなるこの頃の心細さよ」と、筆にまかせて書き散らされたものが、却って見事で趣き深いのでした――

「ことにいと重くなどはあらぬ若き心地に、いとかかる心を思ひもまさりぬべけれど、はじめより契り給ひしさまも、さすがに、かれはなほいともの深う、人柄のめでたきなども、世の中を知りにしはじめならばにや、かかる憂きこと聞きつけて、思ひうとみ給ひなむ世には、いかでかからむ」
――特にとりたてて重々しいということでもない浮舟の若い気持ちとしては、匂宮の情熱を以前よりも深く思うのは当然かもしれないけれど、最初にお契りになった薫のご様子もさすがに(思い出されて)あの方(薫)は何と言っても大そう思慮深く、人柄がご立派であることにつけても、浮舟としては最初に知った男性であったからでしょうか、こうした厭な事実を耳にされて私をお嫌いになられたら、その時はいったいどうして生きていけるでしょう――

「いつしかと思ひまどふ親にも、思はずに心づきなしとこそは、もてわづらはれめ、かく心焦られし給ふ人はた、いとあだなる御心本性とのみ聞きしかば、かかる程こそあらめ、またかうながらも、京にも隠し据ゑ給ひ、ながらへても思しかずまへむにつけては、かの上の思さむこと、よろず隠れなき世なりければ、あやしかりし夕暮のしるべばかりだに、かうたづね出で給ふめり」
――いつ薫に迎えられるか、早くそうなればよいと気を揉む母君からも、とんでもないことと厄介がられるに決まっている。このように焦っていられる匂宮にしても、ただもう大そう浮気なお心、ご性質と聞いていますし、こうしている今はとにかく、京にそっと隠し所に移されても、末長く人並みに愛してくださるには、中の君が何とお思いになるでしょう。万事秘密にしておけない世間であってみれば、あの妙な具合になった匂宮との縁というだけで、このように探しだされたのですから――

「ましてわがありさまのともかくもあらむを、聞き給はぬやうはありなむや、と思ひたどるに、わが心も、きずありてかの人にうとまれたてまつらむ、なほいみじかるべし、と思ひみだるる折しも、かの殿より御使ひあり」
――まして薫が、私のこの有様がどうにかなることを、お聞きにならぬ訳がありましょうか。とあれこれ思い思案しつづけながら、ご自分としても薫から過失ありとして嫌われ申されるのは、やはり辛くてならない。そう思い乱れている時に、その薫からお便りが参りました――

では7/15に。