2012. 7/25 1137
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その45
母君は昔話などするのに、あちらのお部屋の弁の尼を呼び出しますと、この弁の尼は、亡き大君のご様子が、とても思慮深くおいでになって、さまざまなことをご心配になっているうちに、見る見るはかなくおなりになったことなど話し、
「『おはしまさましかば、宮の上などのやうに、きこえ通ひ給ひて、心細かりし御ありさまどもの、いとこよなき御さひはひにぞ侍らましかし』と言ふにも、わが女はこと人かは、思ふやうなる宿世のおはしはてばおとらじを、など思ひつづけて」
――尼君が「大君がもし生きておられましたなら、中の君と同じように、薫の北の方として、お互いに御文を交わし合って、あれほど心細かったご生活も、きっと今はこの上なくお幸せでございましたでしょうに」と言うので、(母君は)わが娘だとて、同じ八の宮の御胤で、この御姉妹と他人ではないではないか。望み通りの幸運が終わりまで続けてくださるならば、浮舟だって中の君に劣るまいに、などと思いつづけて――
「『世とともに、この君につけては、ものをのみ思ひ乱れしけしきの、すこしうちゆるびて、かくてわたり給ひぬべかめれば、ここに参り来ること、かならずしもことさらには、え思ひ立ち侍らじ。かかる対面の折々に、昔のことも心のどかに、きこえうけたまはらまほしけれ』など語らふ」
――(母君が)「いつもいつも浮舟のことでは心配ばかりしていましたが、幸いにも少し事情がよくなりまして、こうして薫大将が京にお引き取りくださることになりましたので、私がこちらへ参上いたしますことは、もうございませんでしょう。このようにお目にかからせていただく折々に、ゆっくり昔のことを申し上げもし、またお話もうかがいとうございます」などと話しあうのでした――
「『ゆゆしき身とのみ思う給へしみにしかば、こまやかに見えたてまつりきこえさせむも、何かは、とつつましくて過ぐし侍りつるを、うち棄ててわたらせ給ひなば、いと心細くなむ侍るべけれど、かかる御住居は、心もとなくのみ見たてまつるを、うれしくも侍るべかなるかな』
――(尼君が)「私は自分をただもう縁起でもない身と思いこんだことですから、こまごまとお目にかかってお話もうしますのもどうかと気がひけますが、いよいよ私をここに残して京へお移りになりましたならば、後どんなに心細いことでございましょう。でもこのような侘しいお住いではと不安に思っておりましたので、京へのお引越しはほんとうにうれしゅうございます――
さらに、
「『世に知らず重々しくおはしますべかめる殿の御ありさまにて、かくたづねきこえさせ給ひしも、おぼろげならじ、ときこえ置き侍りにし、浮きたることにやは侍りける』などいふ」
――「薫の君は、世にまたとなく重い身分でおいでのご様子ですのに、こうして浮舟様をお尋ね申されたことも並大抵のお心ではあるまいと、以前申し上げておきましたが、決していい加減なことではございませんでしたでしょう」などと言うのでした――
◆わが女はこと人かは=わが娘だって、(同じ故八の宮の御胤)この姉妹と異人(他人)であるものですか
では7/27に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その45
母君は昔話などするのに、あちらのお部屋の弁の尼を呼び出しますと、この弁の尼は、亡き大君のご様子が、とても思慮深くおいでになって、さまざまなことをご心配になっているうちに、見る見るはかなくおなりになったことなど話し、
「『おはしまさましかば、宮の上などのやうに、きこえ通ひ給ひて、心細かりし御ありさまどもの、いとこよなき御さひはひにぞ侍らましかし』と言ふにも、わが女はこと人かは、思ふやうなる宿世のおはしはてばおとらじを、など思ひつづけて」
――尼君が「大君がもし生きておられましたなら、中の君と同じように、薫の北の方として、お互いに御文を交わし合って、あれほど心細かったご生活も、きっと今はこの上なくお幸せでございましたでしょうに」と言うので、(母君は)わが娘だとて、同じ八の宮の御胤で、この御姉妹と他人ではないではないか。望み通りの幸運が終わりまで続けてくださるならば、浮舟だって中の君に劣るまいに、などと思いつづけて――
「『世とともに、この君につけては、ものをのみ思ひ乱れしけしきの、すこしうちゆるびて、かくてわたり給ひぬべかめれば、ここに参り来ること、かならずしもことさらには、え思ひ立ち侍らじ。かかる対面の折々に、昔のことも心のどかに、きこえうけたまはらまほしけれ』など語らふ」
――(母君が)「いつもいつも浮舟のことでは心配ばかりしていましたが、幸いにも少し事情がよくなりまして、こうして薫大将が京にお引き取りくださることになりましたので、私がこちらへ参上いたしますことは、もうございませんでしょう。このようにお目にかからせていただく折々に、ゆっくり昔のことを申し上げもし、またお話もうかがいとうございます」などと話しあうのでした――
「『ゆゆしき身とのみ思う給へしみにしかば、こまやかに見えたてまつりきこえさせむも、何かは、とつつましくて過ぐし侍りつるを、うち棄ててわたらせ給ひなば、いと心細くなむ侍るべけれど、かかる御住居は、心もとなくのみ見たてまつるを、うれしくも侍るべかなるかな』
――(尼君が)「私は自分をただもう縁起でもない身と思いこんだことですから、こまごまとお目にかかってお話もうしますのもどうかと気がひけますが、いよいよ私をここに残して京へお移りになりましたならば、後どんなに心細いことでございましょう。でもこのような侘しいお住いではと不安に思っておりましたので、京へのお引越しはほんとうにうれしゅうございます――
さらに、
「『世に知らず重々しくおはしますべかめる殿の御ありさまにて、かくたづねきこえさせ給ひしも、おぼろげならじ、ときこえ置き侍りにし、浮きたることにやは侍りける』などいふ」
――「薫の君は、世にまたとなく重い身分でおいでのご様子ですのに、こうして浮舟様をお尋ね申されたことも並大抵のお心ではあるまいと、以前申し上げておきましたが、決していい加減なことではございませんでしたでしょう」などと言うのでした――
◆わが女はこと人かは=わが娘だって、(同じ故八の宮の御胤)この姉妹と異人(他人)であるものですか
では7/27に。