永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1144)

2012年08月17日 | Weblog
2012. 8/17    1144

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その52

「対の御方の御ことを、いみじく思ひつつ、年ごろ過ぐすは、わが心の重さ、こよなかりけり、さるは、それは今はじめて、さまあしかるべき程にもあらず、もとよりのたよりにもよれるを、ただ心のうちの隈あらむが、わがためも苦しかるべきによりこそ、思ひ憚るもをこなるわざなりけれ」
――中の君の御事を私がこんなにお慕いしながら、長年我慢してきたのは、われながら何と慎重であったことか、といっても、中の君に対する私の恋は、今が今始まったというような不体裁なものでもなく、昔からの縁によるものだけれど、ただ内心にやましい点のあるのが自分としても苦しい気がして、それにご遠慮しているのだが、それもこうなってみれば、馬鹿馬鹿しいことであった――

「このごろかくなやましくし給ひて、例よりも人しげきまぎれに、いかではるばると書きやり給ふらむ、おはしやそめにけむ、いとはるかなる懸想の道なりや、あやしくて、おはしどころ尋ねられ給ふ日もあり、と聞こえきかし、さやうのことに思し乱れて、そこはかとなくなやみ給ふなるべし」
――近頃は明石中宮があのような御不例で、いつもより一層人の出入りが多く、取り込んでいますのに、匂宮はどうしてはるばる遠い宇治までも手紙を書いてやられたのだろうか。もしや、すでに通い初められたのではないか。何という遠い恋の通い路であろうか。そういえば、匂宮の行方が分からず、捜し廻られたことがあると聞いた事があった。そのようなことにお心が乱れて、何となくご気分も悩ましくいらっしゃったのであろう――

「昔を思し出づるにも、えおはせざりし程の歎き、いといとほしげなりきかし、と、つくづくと思ふに、女のいたくもの思ひたるさまなりしも、片端心得そめ給ひては、よろづ思し合sるに、いと憂し」
――昔を思い出すにつけても、宇治の中の君の許にお通いになれなかった時の歎きは、本当にお気の毒なほどであったと、しみじみ考えますと、先日、浮舟がひどく物思いに沈んでいたらしかったのも、理由の一端が分かりかけてみれば、いろいろと思い合わされるにつけ、大そう辛い――

「ありがたきものは、人の心にもあるかな、らうたげにおほどかなりとは見えながら、色めきたる方は添ひたる人ぞかし、この宮の御具にては、いとよきあはひなり、と、思ひもゆづりつべく、退く心地し給へど、やむごとなく思ひそめはじめし人ならばこそあらめ、なほさるものにて置きたらむ、今はとて見ざらむはた、こひしかるべし、と、人わろく、いろいろ心のうちに思す」
――難しいのは人の心というものだなあ、浮舟は無邪気でおっとりしているように見えながら、浮気なことろのある女だったのだ、この宮のお相手にはちょうど良い人だったのだ、と、ご自分は譲って身を退きたい気もなさいますが、最初から正妻として扱うつもりであったのならとにかく、そういう女ではなかったのだから、今のままにして置こう、これきりで逢えなくなるのも残念でならないし、と、見ぐるしいほどいろいろとお心の内でお思いになるのでした――

では8/19に。