永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1150)

2012年08月29日 | Weblog
2012. 8/29    1150

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その58

「殿よりは、かのありし返りごとをだにのたまはで、日ごろ経ぬ。このおどしし内舎人といふ者ぞ来る。げにいと荒々しく、ふつつかなるさましたる翁の、声嗄れ、さすがにけしきある、『女房にものとり申さむ』と言はせたれば、右近しも会いたり」
――薫からは、あの時の文のお返事さえくださらずに、日が経っていきます。先頃、右近が恐ろしそうに話していた内舎人(うどねり)という者がやって来ました。なるほど荒っぽく粗野な様子の年寄りで、声もしわがれ、さすがにどこか一癖ありげな男が、「女房にちょっと申し上げたいことがございます」と、取り次がせましたので、右近が出て会いました――

「『殿に召し侍りしかば、今朝参り侍りて、ただ今なむまかり帰り侍りつる。雑事ども仰せられつるついでに、かくておはします程ひ、夜中暁のことも、なにがし等かくてさぶらふ、と思して、宿直人わざとさしたてまつらせ給ふこともなきを』」
――(その男が)「殿からお召しがありましたので、今朝参上して、たった今戻りました。様々な御用事を仰せつけられましたついでに、こうして姫君(浮舟)が宇治におられる間、夜中や早朝の見廻りのことなども、拙者どもどもがこうして勤めていると思召して、宿直の者を特に差し向けなさる事もなかったのに――
 
と、続けて、

「『このごろ聞こし召せば、女房の御許に、知らぬ所の人々通ふやうになむ聞こし召すことある、たいだいしきことなり、宿直にさぶらふ者どもは、その案内聞きたらむ、知らではいかがさぶらふべき、と問はせ給ひつるに、うけたまはらぬことなれば、なにがしは身の病重く侍りて、宿直仕うまつることは、月ごろおこたりて侍れば、案内もえ知りはんべらす』」
――「近頃女房のもとに、誰とも知らぬ京の人々が通うとか、お耳にされることがあるとのこと。怠慢も甚だしい。宿直をする者どもは、その素性を知っていよう、何で知らずに済まされる、と仰せられましたが、全然知らぬことなので、また拙者は身体の具合がひどく悪く、宿直をしばらく休ませて頂いていますので、様子をよく存じません」――

 さらに、

「『さるべき男どもは、けだいないくもよほしさぶらはせ侍るを、さのごとき非常のことのさぶらはむをば、いかでか承らぬやうは侍らむ、となむ申させ侍りつる。用意してさぶらへ、びんなきこともあらば、重く勘当せしめ給ふべき由なむ、仰言侍りつれば、いかなる仰言にか、と恐れ申しはんべる』といふを聞くに、ふくろうの鳴かむよりも、いとものおそろし」
――「警備に当たる者どもには、油断なく勤めるように言いつけてありますから、そのようなもってのほかのことがありましたら、どうして手前が知らぬ事がありましょうと申し上げました。すると、よく気をつけて勤めるよう、不都合な事でも生じたら、厳重に処罰なさるとの由、ご命令がありました。どうしてこのようなお言葉があったのかと恐れ入っています」というのを聞きますと、右近は、ふくろうが鳴くのを聞くよりも恐ろしい気がするのでした――

では8/31に。