2012. 8/27 1149
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その57
「君、なほわれを、宮に心よせたてまつりたる、と思ひて、この人々の言ふ、いとはづかしく、心地にはいづれとも思はず、ただ夢のやうにあきれて、いみじく焦られ給ふをば、などかくしも、とばかり思へど、頼みきこえて年ごろになりぬる人を、今はともて離れむ、と思はぬによりこそ、かくいみじとものも思ひ乱るれ、げによからぬことも出で来たらむ時、と、つくづくと思ひ居たり」
――浮舟は、侍女たちがやはり自分のことを、匂宮に心をお寄せしたものと決めて、こういうのが大そう恥かしく、内心では匂宮、薫のどちらとも分からずに居るのでした。ただ夢見心地にとりとめもなく、匂宮がひどくじれていらっしゃるのを、どうしてこうまで、とは思いますが、一方では、契り初めてからもう久しくお頼り申している薫の君と、これ限りにお別れしようとは思わないからこそ、このようにひどく思い乱れているのに。成る程、右近の言う通り、良からぬことが起こりでもしたらと、その時はどうしたらよいのかしら、と思案に暮れるのでした――
「『まろは、いかで死なばや。世づかず心憂かりける身かな。かく憂きことあるためしは、下衆などの中にだに多くやはあなる』とて、うつぶし臥し給へば」
――(浮舟は)「私は、何とかして死んでしまいたい。世間知らずで、並はずれた身の上が又とあろうか。こんな苦労をする例は、身分の低い者のなかにでも多くはあるまいに」といって、うつ伏していらっしゃる――
「『かくな思し召しそ。やすらかに思しなせ、とてこそ聞こえさせ侍れ。思しぬべきことをも、さらぬ顔にのみ、のどかに見えさせ給へるを、この御ことののち、いみじく心焦られをせさせ給へば、いとあやしくなむ見たてまつる』と、心知りたるかぎりは、皆かく思ひ乱れ騒ぐに、乳母、おのが心をやりて、もの染め営み居たり」
――(右近が)「そのようにご案じなさいますな。お気を楽にお持ちになるようにと、あのように申し上げたのでございます。以前には、当然ご心配なさる筈のことでも、ただもう平気でのんびりとしていらっしゃいましたのに、この御事(匂宮とのこと)がございましてからは、ひどく苛々なさいますので、一体そうしたことかと、お見上げ申しているのでございます」と、事情を知っている侍女たちは皆同じように心配していますが、乳母は一人満足そうに染物などをしております――
「今まゐり童などのめやすきを呼び取りつつ、『かかる人御覧ぜよ。あやしくてのみ臥させ給へるは、もののけなどの、妨げきこえさせむとするにこそ』と歎く」
――新参の女童の見苦しくないのを呼び寄せては、「こんな子を新しく抱えました。お気に入るかどうかお相手なさいませ。ただ不思議な有様で臥していらっしゃってばかりなのは、物の怪などが邪魔をしているのでございましょう」と言って歎いています――
では8/29に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その57
「君、なほわれを、宮に心よせたてまつりたる、と思ひて、この人々の言ふ、いとはづかしく、心地にはいづれとも思はず、ただ夢のやうにあきれて、いみじく焦られ給ふをば、などかくしも、とばかり思へど、頼みきこえて年ごろになりぬる人を、今はともて離れむ、と思はぬによりこそ、かくいみじとものも思ひ乱るれ、げによからぬことも出で来たらむ時、と、つくづくと思ひ居たり」
――浮舟は、侍女たちがやはり自分のことを、匂宮に心をお寄せしたものと決めて、こういうのが大そう恥かしく、内心では匂宮、薫のどちらとも分からずに居るのでした。ただ夢見心地にとりとめもなく、匂宮がひどくじれていらっしゃるのを、どうしてこうまで、とは思いますが、一方では、契り初めてからもう久しくお頼り申している薫の君と、これ限りにお別れしようとは思わないからこそ、このようにひどく思い乱れているのに。成る程、右近の言う通り、良からぬことが起こりでもしたらと、その時はどうしたらよいのかしら、と思案に暮れるのでした――
「『まろは、いかで死なばや。世づかず心憂かりける身かな。かく憂きことあるためしは、下衆などの中にだに多くやはあなる』とて、うつぶし臥し給へば」
――(浮舟は)「私は、何とかして死んでしまいたい。世間知らずで、並はずれた身の上が又とあろうか。こんな苦労をする例は、身分の低い者のなかにでも多くはあるまいに」といって、うつ伏していらっしゃる――
「『かくな思し召しそ。やすらかに思しなせ、とてこそ聞こえさせ侍れ。思しぬべきことをも、さらぬ顔にのみ、のどかに見えさせ給へるを、この御ことののち、いみじく心焦られをせさせ給へば、いとあやしくなむ見たてまつる』と、心知りたるかぎりは、皆かく思ひ乱れ騒ぐに、乳母、おのが心をやりて、もの染め営み居たり」
――(右近が)「そのようにご案じなさいますな。お気を楽にお持ちになるようにと、あのように申し上げたのでございます。以前には、当然ご心配なさる筈のことでも、ただもう平気でのんびりとしていらっしゃいましたのに、この御事(匂宮とのこと)がございましてからは、ひどく苛々なさいますので、一体そうしたことかと、お見上げ申しているのでございます」と、事情を知っている侍女たちは皆同じように心配していますが、乳母は一人満足そうに染物などをしております――
「今まゐり童などのめやすきを呼び取りつつ、『かかる人御覧ぜよ。あやしくてのみ臥させ給へるは、もののけなどの、妨げきこえさせむとするにこそ』と歎く」
――新参の女童の見苦しくないのを呼び寄せては、「こんな子を新しく抱えました。お気に入るかどうかお相手なさいませ。ただ不思議な有様で臥していらっしゃってばかりなのは、物の怪などが邪魔をしているのでございましょう」と言って歎いています――
では8/29に。