蜻蛉日記 中卷 (98)の1 2016.2.10
「十二月のついたちになりぬ。七日ばかりの昼、さしのぞきたり。いまはいとまばゆき心地もしにたれば、几帳引き寄せて、けしきものしげなるを見て、『いで、日暮れにけり、内裏より召しありつれば』とて立ちにしままに、おとづれもなくて十七八日になりにけり。」
◆◆十二月のはじめになりました。七日ごろの昼に、あの人がちょっと顔を見せたのでした。いまはとても顔を合わせる気がしないので、几帳を引き寄せて、不愉快そうにしている私をみて、
あの人は「どれ、もう日が暮れてしまった。内裏からお召しがあったので」と言って出て行ったまま、音さたもなくて十七、八日になってしまいました。◆◆
「今日の昼つ方より雨いとうはらめきて、あはれにつれづれと降る。まして、もしやと思ふべきことも絶えにたり。いにしへを思へば、わがためににしもあらじ、心の本上にやありけん。雨風にも障らぬ物とならはしたりし物を、今日おもひ出づれば、昔も心のゆるぶやうにもなかりしかば、わが心のおほけなきにこそありけれ。あはれ、障らぬものとみし物を、それまして思ひかけられぬ、とながめ暮さる。雨の脚おなじやうにて、火ともすほどにもなりぬ。」
◆◆今日、昼ごろから雨がひどく音を立ててぱらぱらと降ってきて、しみじみと寂しく降り続いています。なおさらのこと、ひょっとしてあの人が来てくれるかという望みも絶えてしまった。昔のことを思うと、私へは必ずしも真の愛情の上の訪れではなかったのかも知れなく、あの人の本来の好き心で来たいから来ていたのだろう。でもその頃は、雨風も厭わずいつも訪ねてきてくれたのにと、今になって思いおこすと、昔だって気の許せるようなことはなかったのだから、私がうぬぼれていたということだったのでしょう。あの人の心を雨風にも障らぬものと思っていたのに、そんなことはますます期待できないことだと、物思いに沈みながらぼんやりと一日を過ごしてしまった。雨足は相変わらずで、灯ともし頃になったのでした。◆◆
■まばゆき心地=顔を合わせたくない気持ち。
■几帳(きちょう)=他から見えないように、室内に立てる道具、土居(つちい)という四角な台に二本の細い柱を立て横木をわたして、これに張(とばり)をかけて垂らす。女は親しい人とも、これを隔てて会うのが普通である。写真。
「十二月のついたちになりぬ。七日ばかりの昼、さしのぞきたり。いまはいとまばゆき心地もしにたれば、几帳引き寄せて、けしきものしげなるを見て、『いで、日暮れにけり、内裏より召しありつれば』とて立ちにしままに、おとづれもなくて十七八日になりにけり。」
◆◆十二月のはじめになりました。七日ごろの昼に、あの人がちょっと顔を見せたのでした。いまはとても顔を合わせる気がしないので、几帳を引き寄せて、不愉快そうにしている私をみて、
あの人は「どれ、もう日が暮れてしまった。内裏からお召しがあったので」と言って出て行ったまま、音さたもなくて十七、八日になってしまいました。◆◆
「今日の昼つ方より雨いとうはらめきて、あはれにつれづれと降る。まして、もしやと思ふべきことも絶えにたり。いにしへを思へば、わがためににしもあらじ、心の本上にやありけん。雨風にも障らぬ物とならはしたりし物を、今日おもひ出づれば、昔も心のゆるぶやうにもなかりしかば、わが心のおほけなきにこそありけれ。あはれ、障らぬものとみし物を、それまして思ひかけられぬ、とながめ暮さる。雨の脚おなじやうにて、火ともすほどにもなりぬ。」
◆◆今日、昼ごろから雨がひどく音を立ててぱらぱらと降ってきて、しみじみと寂しく降り続いています。なおさらのこと、ひょっとしてあの人が来てくれるかという望みも絶えてしまった。昔のことを思うと、私へは必ずしも真の愛情の上の訪れではなかったのかも知れなく、あの人の本来の好き心で来たいから来ていたのだろう。でもその頃は、雨風も厭わずいつも訪ねてきてくれたのにと、今になって思いおこすと、昔だって気の許せるようなことはなかったのだから、私がうぬぼれていたということだったのでしょう。あの人の心を雨風にも障らぬものと思っていたのに、そんなことはますます期待できないことだと、物思いに沈みながらぼんやりと一日を過ごしてしまった。雨足は相変わらずで、灯ともし頃になったのでした。◆◆
■まばゆき心地=顔を合わせたくない気持ち。
■几帳(きちょう)=他から見えないように、室内に立てる道具、土居(つちい)という四角な台に二本の細い柱を立て横木をわたして、これに張(とばり)をかけて垂らす。女は親しい人とも、これを隔てて会うのが普通である。写真。