蜻蛉日記 中卷 (99)の1 2016.2.17
天禄二年(971年)
作者道綱母:35歳
兼家 :43歳
道綱 :17歳
「さて、年ごろ思へば、などにかあらん、ついたちの日は見えずしてやむ世なかりき。さもやと思ふ心づかひせらる。未の時ばかりに先追ひののしる。『そそ』など人もさわぐほどに、ふと引き過ぎぬ。急ぐにこそはと思ひかへしつれど、夜もさてやみぬ」
◆◆さて、これまでの年月(結婚後十六年間)というものを考えると、不思議にも元日にあの人が姿を見せずじまいになる時はなかった。ひょっとして今日も来てくれるかしらと、
気がそわそわする。未(ひつじ=午後一時~三時)の時刻に、やかましい先払いの声が聞こえてきました。「そら、そら」と侍女たちが騒ぎたっているうちに、さっさと門前を通り過ぎてしまったのでした。急ぎの外出だったからかしらと思い返してみたけれど、夜もそれっきりで音沙汰がなかったのでした。◆◆
「つとめて、ここに縫ふ物ども取りがてら、『きのふの前渡りは、日の暮れにし』などあり。いと返りことせまうけれど『なほ、年のはじめに腹だちな初めそ』など言へば、すこしはくねりて書きつ。かくしも安からずおぼえ言ふやうは、『このおしはかりし近江になん文かよふ。さなりたるべし』と、世も言ひさわぐ心づきなさになりけり。さて二三日もすごしつ。」
◆◆翌朝、こちらに仕立物を取りに使いをよこしたついでに、「昨日、あなたの家の門前を通ったけれど、すっかり日が暮れていたので」などと手紙にありました。とても返事を書く気がしませんでしたが、侍女が、「まあまあ、やはり新年早々腹立ちはじめてはいけません」と言うので、少し恨みを込めて返事を書きました。このように心穏やかならず、それを口に出したりするのは、「何か変だと思っていた近江の女に手紙を通わせている。もうそんな仲になったのだろう」と、世間でもさかんに話題にしている不愉快さのせいだったのでした。そんなふうで、二、三日を過ごしました。◆◆
天禄二年(971年)
作者道綱母:35歳
兼家 :43歳
道綱 :17歳
「さて、年ごろ思へば、などにかあらん、ついたちの日は見えずしてやむ世なかりき。さもやと思ふ心づかひせらる。未の時ばかりに先追ひののしる。『そそ』など人もさわぐほどに、ふと引き過ぎぬ。急ぐにこそはと思ひかへしつれど、夜もさてやみぬ」
◆◆さて、これまでの年月(結婚後十六年間)というものを考えると、不思議にも元日にあの人が姿を見せずじまいになる時はなかった。ひょっとして今日も来てくれるかしらと、
気がそわそわする。未(ひつじ=午後一時~三時)の時刻に、やかましい先払いの声が聞こえてきました。「そら、そら」と侍女たちが騒ぎたっているうちに、さっさと門前を通り過ぎてしまったのでした。急ぎの外出だったからかしらと思い返してみたけれど、夜もそれっきりで音沙汰がなかったのでした。◆◆
「つとめて、ここに縫ふ物ども取りがてら、『きのふの前渡りは、日の暮れにし』などあり。いと返りことせまうけれど『なほ、年のはじめに腹だちな初めそ』など言へば、すこしはくねりて書きつ。かくしも安からずおぼえ言ふやうは、『このおしはかりし近江になん文かよふ。さなりたるべし』と、世も言ひさわぐ心づきなさになりけり。さて二三日もすごしつ。」
◆◆翌朝、こちらに仕立物を取りに使いをよこしたついでに、「昨日、あなたの家の門前を通ったけれど、すっかり日が暮れていたので」などと手紙にありました。とても返事を書く気がしませんでしたが、侍女が、「まあまあ、やはり新年早々腹立ちはじめてはいけません」と言うので、少し恨みを込めて返事を書きました。このように心穏やかならず、それを口に出したりするのは、「何か変だと思っていた近江の女に手紙を通わせている。もうそんな仲になったのだろう」と、世間でもさかんに話題にしている不愉快さのせいだったのでした。そんなふうで、二、三日を過ごしました。◆◆