永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(175)

2017年03月10日 | Weblog
蜻蛉日記  下巻 (175) 2017.3.10

「さて例のもの思ひは、この月も時々、おなじやうなり。廿日のほどに、『遠うものする人に取らせん。この餌袋のうちに、袋むすびて』とあれば、むすぶほどに、『出で来にたりや。歌を一餌袋入れて給へ。ここにいとなやましうて、え詠むまじ』とあれば、いとをかしうて、『の給へるもの、あるかぎり詠み入れてたてまつるを、もし漏りや失せん、異袋をぞ給はまし』とものしつ。」

◆◆さて(兼家の訪れのすくないことの)いつもの物思いは、この月も折々につけて変わりがない。そんな二十日ごろにあの人から「遠方に旅立つ人に贈ろうと思う。この餌袋の内に袋をもう一つ作って欲しい」と言って来たので、作っていると、「出来上がったかね。歌をその袋にいっぱい入れてください。私は気分がすぐれず、まったく詠めそうもないが」と言ってきました。なるほど面白そうなので、「ご注文のもの、詠んだだけは全部入れてさしあげますが、ひょっとして、こぼれて無くなってしまうかもしれません、別の袋をくださいませんか」と言ってやりました。◆◆



「二日ばかりありて、『心ちのいと苦しうても、こと久しければなん、一餌袋といひたりしものを、わびてかくなんものしたりし。かへし、かうかう』などあまた書きつけて、『いとようさだまて給へ』とて、雨もよにあれば、すこしなさけある心ちして待ち見る。劣り勝りは見ゆれど、さかしうことわらんもあいなくて、かうものしけり。
<こちとのみ風のこころを寄すめればかへしは吹くも劣るらんかし>
とばかりぞものしける。」

◆◆二日ほど経って、あの人から「気分がよくないのだが、あなたの方の歌の出来方が大分ひまどるので待てず、餌袋いっぱいと頼んだ例のものを、私が苦心してこのように詠んでやった。先方からの返歌はこれこれ」などとたくさん書き付けて、「どちらが優れているか判定して返してください」と言って、雨のふる中を届けてきたので、少し風流な心持ちがして、期待して見ました。兼家の歌の良いものも、返歌で良いものもどちらにも優劣はあるけれども、利口ぶって判定するのも興ざめな気がして、こう言って送りました。
(道綱母の歌)「あなたの方の歌を贔屓目に見るからでしょうか。あなたの歌に比べ、返歌の歌は劣っているように思えます」
とだけ書いてやりました。◆◆

■【解説】 蜻蛉日記 下巻  上村悦子著より
…このころ兄兼道は内大臣、関白であり、二月二十九日は女(むすめ)媓子を入内させ、勝手気ままに人事を行い、兼家は憂鬱至極のころであったので作者を相手に冗談を言ってきたり、また作者も明るく冗談を言って応対もしたのだろう。


■餌袋(えぶくろ)=竹駕籠風のもので、網目があり、口も広いので、使いの者がうっかりすると中身を落す恐れがある。

■東風(こち)=こちらの方。兼家の方。