四 ことことなるもの (11) 2018.1.8
ことことなるもの 法師のことば。男女のことば。下衆のことばに、かならず文字あましたる。
◆◆別々なもの 坊さんの言葉。男・女の言葉。身分の低い者の言葉には、なくてもよい余計な言葉が必ず加わっている。◆◆
■ことことなる=「異異なる」と解いたが「言異なる」「異言なる」「言言なる」などの諸説がある。
五 思はむ子を (12)
思はむ子を法師になしたらむこそは、いと心苦しけれ。さるはいとたのもしきわざを、ただ木の端などのやうに思ひたらむ、いといとほし。精進の物のあしきを食ひ、いぬるをも言ふ。若きは、物もゆかしからむ。女などのあり所をも、などか忌みたるやうに、さしのぞかずもあらむ。それをもやすからず言ふ。
◆◆(その子を親が)かわいがっている子を僧にしていようなら、このことは大層気の毒である。とはいえ、(一人出家すると、七生の父母も救われるなどと言われた)親としてとても頼りになる仕事であるのを、世の人はまるで木の端などのように非情のものと思っているようなのは、たいへんかわいそうである。精進物の粗末な食事をし、寝るのまでやかましく言う。若い法師は好奇心もあろう。女性などの居場所をも、どうしていやがって避けているように、のぞかないでいられようか。ところが、それをもおだやかでないように言う。◆◆
まして験者などの方は、いと苦しげなり。御嶽、熊野、かからぬ山なくありくほどに、おそろしき目も見、しるしあり、聞こえ出で来ぬれば、ここかしこに呼ばれ、時めくにつけて、やすげもなし。いたくわづらふ人にかかりて、物の怪調ずるもいと苦しければ、困じてうちねぶれば、「なぶりなどのみして」とがむるも、いと所せく、いかに思はむと。これは昔の事なり。今様はやすげなり。
◆◆まして験者などの方面は、ひどく苦しそうである。御嶽、熊野、足跡のおよばない山もなくめぐり歩くうちに、恐ろしい目にも会い、やがては効験があり、自然評判が立って、あちこちに呼ばれて、羽振りをきかせるに従って、気楽ではなくなる。ひどい重病人にとりかかって、物の怪を調伏するのも、ひどく苦しいので、疲れ切って、ついちょっと眠ると、「ねむってばかりいて」と非難するのも、たいへん窮屈なことで、当人は、いったいどう思うだろうかと。でも、これは昔のことである。現代は、法師生活は気楽そうである。◆◆
■験者(けんざ)=修験者。病気平癒その他息災の加持・祈祷をする修験道の行者。
■物の怪(もののけ)=「もの」は眼に見えぬ霊的存在。「け」は「異」「気」なども当てる。人にとりつく生霊・死霊の類。
ことことなるもの 法師のことば。男女のことば。下衆のことばに、かならず文字あましたる。
◆◆別々なもの 坊さんの言葉。男・女の言葉。身分の低い者の言葉には、なくてもよい余計な言葉が必ず加わっている。◆◆
■ことことなる=「異異なる」と解いたが「言異なる」「異言なる」「言言なる」などの諸説がある。
五 思はむ子を (12)
思はむ子を法師になしたらむこそは、いと心苦しけれ。さるはいとたのもしきわざを、ただ木の端などのやうに思ひたらむ、いといとほし。精進の物のあしきを食ひ、いぬるをも言ふ。若きは、物もゆかしからむ。女などのあり所をも、などか忌みたるやうに、さしのぞかずもあらむ。それをもやすからず言ふ。
◆◆(その子を親が)かわいがっている子を僧にしていようなら、このことは大層気の毒である。とはいえ、(一人出家すると、七生の父母も救われるなどと言われた)親としてとても頼りになる仕事であるのを、世の人はまるで木の端などのように非情のものと思っているようなのは、たいへんかわいそうである。精進物の粗末な食事をし、寝るのまでやかましく言う。若い法師は好奇心もあろう。女性などの居場所をも、どうしていやがって避けているように、のぞかないでいられようか。ところが、それをもおだやかでないように言う。◆◆
まして験者などの方は、いと苦しげなり。御嶽、熊野、かからぬ山なくありくほどに、おそろしき目も見、しるしあり、聞こえ出で来ぬれば、ここかしこに呼ばれ、時めくにつけて、やすげもなし。いたくわづらふ人にかかりて、物の怪調ずるもいと苦しければ、困じてうちねぶれば、「なぶりなどのみして」とがむるも、いと所せく、いかに思はむと。これは昔の事なり。今様はやすげなり。
◆◆まして験者などの方面は、ひどく苦しそうである。御嶽、熊野、足跡のおよばない山もなくめぐり歩くうちに、恐ろしい目にも会い、やがては効験があり、自然評判が立って、あちこちに呼ばれて、羽振りをきかせるに従って、気楽ではなくなる。ひどい重病人にとりかかって、物の怪を調伏するのも、ひどく苦しいので、疲れ切って、ついちょっと眠ると、「ねむってばかりいて」と非難するのも、たいへん窮屈なことで、当人は、いったいどう思うだろうかと。でも、これは昔のことである。現代は、法師生活は気楽そうである。◆◆
■験者(けんざ)=修験者。病気平癒その他息災の加持・祈祷をする修験道の行者。
■物の怪(もののけ)=「もの」は眼に見えぬ霊的存在。「け」は「異」「気」なども当てる。人にとりつく生霊・死霊の類。