永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて (14)

2018年01月19日 | 枕草子を読んできて
六    大進生昌が家に  その2  (14) 2018.1.19

 東の対の西の廂かけてある北の障子には、かけがねもなかりけるを、それもたづねず。家ぬしなれば、よく知りてあけてけり。あやしう嗄ればみたるものの声にて、「候はむにはいかが、候はむにはいかが」と、あまたたび言ふ声に、おどろきて、見れば、几帳のうしろに立てたる火の光はあらはなり。障子を五寸ばかりあけて言ふなりけり。いみじうをかし。さらにかやうの好き好きしきわが夢にせぬものの、家におはしましたりとて、むげに心にまかするなンめりと思ふも、いとをかし。
◆◆東の対屋の、西の廂の間にかけて立ててある北の襖障子には、掛け金もなかったのだが、それも詮索しもしなかった。生昌は、この家の主人だから、勝手を知ってあけてしまったのだった。変にしわがれたものの声で「そこへお伺いしてはいけませんか、そこへお伺いしてはいけませんか」と何度も何度も言う声に目が覚めて、見ると、几帳のうしろに立ててある灯台はあかあかとしている。ふすま障子を五寸ばかり開けて言うのであった。たいへんおもしろい。いっこうにこうした色好みめいたことは夢にもしない人が、さては、わが家に中宮様がおいであそばしているということで、やたらに気ままなことをするのであるようだと思うにつけても、ひどくおかしい。◆◆



 わがかたはらなる人を起こして、「かれ見たまへ。かかる見えぬものあンめるを」と言へば、頭もたげて、見やりていみじう笑ふ。「あれは誰そ。顕証に」と言へば、「あらず。家ぬしと局あるじと定め申すべき事の侍るなり」と言へば、「門の事をこそ申しつれ、障子あけたまへとやは言ふ」「なほその事申しはべらむ。そこに候はむいかに、そこに候はむいかに」と言へば、「いと見苦しき事。ことさらにえおはせじ」とて笑ふめれど、「若き人々おはしけり」とて、引き立てていぬる後に笑ふ事いみじ。あけぬとならば、ただまづ入りねかし。消息をするに「よかンなり」とは、たれかは言はむと、げにをかしきに、つとめて御前にまゐりて啓すれば、「さる事も聞こえざりつるを、昨夜の事にめでて入りにたりけるなンめり。あはれ、あれをはしたなく言ひけむこそいとほしけれ」と笑はせた.
◆◆私の側にいる人を起こして、「あれをごらんなさい。あんなみかけないものがいるようよ」と言うと、頭を上げてそちらに目を向けてひどく笑う。「あれは誰なの。開けっぱなしで」と言うと、「いえ違います。ここの主と、この局の主(清少納言)とご相談申し上げなければならないことがございますのです。」と言う。「門のことこそ申し上げましたが、襖障子をお開けくださいとは言いはしませんよ」「それのことを申し上げましょう。そこにお伺いするのはどうでしょう。そこにお伺いするのはどうでしょう」と言うので、側の女房が、「ひどくみっともないこと。今さらあらためてお入りにはなれないでしょう」と笑って言うようだけれど、「若い方がおいでだったのですね」と言って、ふすまを引いて閉めて立ち去った後に笑うことはたいへんなものだった。ふすまを開けたしまったなら、ひたすらまず入ってしまえばいいのだ。申し入れをするのに、「だれが、さしつかえないようです」などと言うはずがあろうか、と、なるほどおかしいので、翌朝、中宮様の御前に参上して、申し上げると、「そんなことをするといううわさも聞いていなかったのに、昨夜のことに感心して入ってきてしまったのだったろう。まあまあ、生真面目なあの男を、間が悪い思いをさせるように言ったようだが、それは何ともかわいそうなことだこと」とお笑いあそばされる。◆◆


■廂(ひさし)かけてある=廂の間。寝殿造りの母屋の外側にある細長い一間。「かけてある」はわかりにくい。続いてあるのに、か?

■ことさらにえおはせじ=色好みの行動と受け取っての発言とみる。黙って無理にでも入ってくるのなら格別、いまさらわざわざ改めて許可をもらって入るなどまぬけなことはできまい。