永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて (54)(55)その1

2018年04月21日 | 枕草子を読んできて
四一  菩提といふ寺に  (54) 2018.4.21

 菩提といふ寺に、結縁講ずるが聞きに詣でたるに、人のもとより、「とく帰りたまへ。いとさうざうし」と言ひたれば、蓮の花びらに、
 もとめてもかかる蓮の露おきて憂き世にまたは帰るものかは
と書きてやりつ。まことに、いとたふとくあはれなれば、やがてとまりぬべくぞおぼゆる。つねたうが家の人のもどかしさも忘るべし。
◆◆菩提という寺で、結縁講(けちえんこう)をする日に、聴聞に参詣したところが、人の所から、「早くお帰りください。とてもさびしくて」と言ってきたので、蓮(はちす、散華か)の花びらに
(歌)自分から求め望んでも掛かって濡れたい、こうした蓮の露のような尊い講会をさし置いて、どうしてつらい世の中に再び帰るはずがありましょうか
と書いて送った。本当にたいへん尊くしみじみと心打たれたので、そのままお寺に留まってしまいたく感じられる。あのつねとうの家の人のじれったさも忘れるに違いない。◆◆


■菩提という寺=東山の阿弥陀峰あたりにある寺か
■さうざうし=「佐久佐久し」の音便が「さうざうし」で、一人で座っていて心が楽しまない、相手がなく、なすこともなく心が満たされないの意。
■つねたうが家=不審。

                                       

四二  小白川といふ所は   (55)その1  2018.4.21

 小白川といふ所は、小一条の大将殿の御家。それにて上達部、結縁の八講したまふに、いみじくめでたき事にて、世ノ中の人のあつまり行きて聞く。
「おそからむ車は、寄るべきやうもなし」と言へば、露とともにいそぎ起きて、げにぞひまなかりける。轅の上に、またさし重ねて、三つばかりまではすこし物も聞こえねうべし。六月十余日にて、暑き事世に知らぬほどなり。池の蓮を見やるのみぞ、すこし涼しき心地する。
◆◆ 

■■小白川=小白河殿のこと。白河付近であろうが所在は確かではない。
■■小一条の大将殿=小一条左大臣師尹(もろただ)の二男藤原済時(なりとき)。この時46歳



左右のおとどたちをおきたてまつりては、おはせぬ上達部なし。二藍の直衣、指貫、あさぎの帷子をぞ透かしたまへる。すこし大人びたまへるは、青鈍の指貫、白き帷子も、涼しげなり。安親の宰相なども、わかやぎだちて、すべてたふとき事の限りにもあらず、をかしき物見なり。廂の御簾高くまき上げて、長押の上に上達部奥に向かひて、ながながとゐたまへり。そのしもには殿上人、若き君達、狩装束、直衣などもいとをかしくて、ゐも定まらず、ここかしこに立ちさまよひ遊びたるも、いとをかし。実方の兵衛佐、ながあきらの侍従など、家の子にて、いますこし出で入りたり。まだ童なる君達など、いとをかしうておはす。
◆◆左大臣、右大臣をお除きもうしあげては、おいでにならない上達部はいない。上達部がたは、二藍の直衣、指貫といった姿で、薄青色の帷子を透かしていらっしゃる。少し年齢の上の方は、青鈍の指貫に白い帷子といった姿も涼しげである。安親の宰相なども、若々しくふるまって、八講といってもすべてが尊いことだけでもなく、なかなか快い感じの物見である。廂の間の御簾を高く上げて、下長押の上に、上達部が奥に向かってながながと並んで座っていらっしゃる。その下座には、殿上人、若い君達が狩衣、直衣などを風情ある様子に着て、落ち着いて座っても居ず、あちらこちらに歩き回って遊んでいるのも、たいへんおもしろい。実方の兵衛佐、ながあきらの侍従などは、小一条の一門の方なので、いちだんと忙しく出たり入ったりしている。まだ元服前の君達なども、とても可愛らしい様子でそこにいらっしゃる。◆◆

■■左右のおとど=左大臣源雅信、右大臣藤原兼家
■■安親(やすちか)=藤原安親。ただし参議になったのは、この時から一年半後で官位は合わない。
当時65歳。
■■実方の兵衛佐(さねかたのひょうえのすけ)=左大臣師尹の孫。叔父済時(なりとき)の養子となる。当時は左近少将で官位は合わない。