永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(879)

2011年01月11日 | Weblog
2011.1/11  879

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(56)

「好きずきしき御さま、と許しなくそしりきこえ給ひて、内裏わたりにもうれへきこえ給ふべかめれば、いよいよ、おぼえなくて出だしすゑ給はむも、はばかる事いと多かり」
――匂宮は浮気なご態度を、夕霧はもっての外であると容赦なく非難申されて、帝や后にもお訴え申し上げていらっしゃるらしいので、この上、世間に知られていない方(中の君)を、人前に正室としてお据えになるのは、あまりに憚りが多いのでした――

「なべてにおぼす人のきはは、宮仕への筋にて、なかなか心やすげなり、さやうの並々にはおぼされず、もし世の中うつりて、帝后のおぼしおきつるままにもおはしまさば、人より高きさまにこそなさめ、など、ただ今は、いと花やかに、心にかかり給へるままに、もてなさむ方なく、苦しかりけり」
――通りいっぺんにお思いの愛人の分際ならば、宮仕えの女房のようにしてお側に置けますので、それはそれで気が楽ですが、匂宮は中の君を、そうした、はしたない身分の者と一緒にはお思いになれず、万一、御代が変わって、帝や后(明石中宮)の御意向どおり、東宮にでもなられたならば、中の君を誰よりも高い位に据えてさしあげよう、などと、今のところは大そうはなやかなお扱いを考えていらっしゃるので、そうは言っても
さて、どのようにして良いものかと、途方に暮れていらっしゃるのでした――

 さて、中納言(薫)は、

「三條の宮つくりはてて、さるべき様にて渡し奉らむ、とおぼす」
――(火災で焼けた)三條の宮の再建も済んだので、しかるべきご用意をして大君をこちらへお移し申し上げようと、考えていらっしゃいます――

 薫はお心の内で、

「げに、ただ人は心やすかりけり、かくいと心ぐるしき御けしきながら、安からずしのび給ふからに、かたみに思ひなやみ給ふべかめるも、心ぐるしくて」
――全く、臣下の身は気楽なものだ。匂宮があれほど深く中の君を愛しておられながら、不安なお気持で耐えておられるために、双方で悩み苦しんでいらっしゃるのもお気の毒で――

「忍びてかく通ひ給ふよしを、中宮などにも、もらしきこしめさせて、しばしの御騒がれはいとほしくとも、女がたの御為はとがもあらじ、いとかく夜をだに明かしはて給はぬ苦しげさよ、いみじくもてなしてあらせ奉らばや」
――匂宮が密かに、ああして宇治にお通いなさるのを、御母の中宮にそれとなくお耳にお入れしようか、しばらくは宮へのお小言が厳しくても、中の君の御為には、過ちにはなるまい、宇治でもゆっくりお泊りになれぬお気の毒さを、なんとか首尾よく計らって差し上げたいものだ――

 などと思われて、強いて隠しだてなどなさらない。

では1/13に。


源氏物語を読んできて(878)

2011年01月09日 | Weblog
2011.1/9  878

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(55)

 薫は、

「『かかる御心にたゆめられたてまつりて、つひにいかになるべき身にか』と歎きがちにて、例の、遠山鳥にて明けぬ」
――「そういう貴女のお言葉に騙されて、ついにはどうなっていく私の身でしょう」と歎きつつ、この夜も例の山鳥のように夜を明かしてしまわれたのでした――

 匂宮は、薫がまさか今だに独り寝であろうともお思いにならず、

「中納言の、あるじ方に心のどかなるけしきこそ、うらやましけれ」
――中納言(薫)が、主人気取りでくつろいでいるのは、うらやましいことだ――

 などと、おっしゃいますのを、中の君は妙な事をおっしゃる、と、お聞きになっています。

「わりなくおはしましては、程なくかへり給ふが、あかず苦しきに、宮も物をいみじくおぼしたり」
――(匂宮が)無理を押してお出でになっては、間もなくお帰りになることが、中の君には物足りなくわびしく、また匂宮もおなじく思い乱れていらっしゃるのでした――

 中の君の方では、そうした匂宮のお心の内もご存知ないので、

「いかならむ、人わらへにや、と思ひ歎き給へば、げに心づくしに苦しげなるわざかな、と見ゆ」
――これからどうなることでしょう、世間の物笑いにならねばよいけれど、とご心配でならず、まったく気苦労の多い面倒なご関係のようですこと――

「京にも、かくろへて渡り給ふべき所も、さすがになし。六条の院には、左の大殿、片つ方に住み給ひて、さばかりいかでかとおぼしたる六の君の御事を、おぼし寄らぬに、なま恨めし、と思ひきこえ給ふべかめり」
――広い都の内にも、人目に立たぬような所で、中の君を住まわせ申すような家は見当たりませんし、広い六条院ではあっても、その一方には左大臣(夕霧)がお住いで、その夕霧があれほどまで何とかしてと思っておいでの娘六の君とのご縁組に、匂宮が素っ気ないご態度でいらっしゃるのを、何やら癪に障るとお思い申されておいでのようですし――

◆たゆめられ=弛められ=心が弛む。油断する。

◆遠山鳥(とおやまどり)=山鳥は雄雌が谷を隔てて寝るという言い伝えがあった。独り寝のわびしさ

では1/11に。


源氏物語を読んできて(877)

2011年01月07日 | Weblog
2011.1/7  877

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(54)

 薫は、(大君のお心の中はご存知になれずに)

「宮の御ありさまなども問ひきこえ給へば、かすめつつ、さればよ、とおぼしくのたまへば、いとほしくて、おぼしたる御さま、けしきを見ありくやうなど、語りきこえ給ふ」
――匂宮の中の君へのご態度などをお尋ねになりますと、大君が匂宮の冷淡なことをそれとなく匂わせておっしゃいますので、やはりそう思っておいでなのかと、大君をお気の毒に思われて、宮が中の君を大そう深く思っていらっしゃることや、ご自分がそれとなく宮を観察していることなどをお話して差し上げるのでした――

 大君も、いつになく素直にお話しなさって、

「なほかく物おもひ加ふる程すごし、心地もしづまりてきこえむ」
――それでは、この気苦労の多かったこの頃を過ごしておりましたが、少し心も落ち着きましてから、いろいろとお話いたしましょう――

 と、おっしゃる。

「人にくく気遠くはもて離れぬものから、障子のかためもいと強し、しひて破らむをば、つらくいみじからむ、とおぼしたれば、おぼさるるやうにこそあらめ、軽々しくことざまになびき給ふこと、はた世にあらじ、と、心のどかなる人は、さはいへど、いとよく思ひしづめ給ふ」
――このように、(大君は)憎らしそうに疎ましそうには突き放してはいらっしゃいませんが、障子の戸締りだけは決して油断なさらないのを、薫は、無理に破っては、はしたなく、さぞやご気分を悪くされるであろうと思われますので、まあよい、大君には別にお考えがあるのであろう、軽々しく他の男に靡かれるようなこともあるまいから、と、ゆったりとした御気質の薫は、気安く構えていらっしゃるとはいえ、よくもまあ気持ちを抑えられていること――

「ただいとおぼつかなく、物隔てたるなむ、胸あかぬ心地するを、ありしやうにてきこえむ」
――このような物越しでお話申していますのは、物足りなく不満です。先夜のように、直接お話しいたしましょう――

 と、しきりにお責めになりますが、大君は、

「常よりもわが面影にはづる頃なれば、うとましと見給ひてむも、さすがに苦しきは、いかなるにか」
――この頃はいつもより面やつれしてしまって、お目にかかって見苦しい女と思われましては、それこそ辛うございます。これもまたどういう気持ちでございましょうね――
 
 と、ほのかに微笑んでおられる大君の気配から、幾分打ち解けられたようで、薫はいっそう恋しさが募るのでした。

◆かすめつつ=ほのめかす、ごまかす

◆わが面影にはづる頃=古歌「夢にだに見ゆとは見えじ朝な朝なわが面影に恥づる身なれば」を下書きとして。

では1/9に。


源氏物語を読んできて(876)

2011年01月05日 | Weblog
2011.1/5  876

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(53)

「姫宮も、折うれしく思ひきこえ給ふに、さかしら人の添ひ給へるぞ、はづかしくもありぬべく、なまわづらはしく思へど、心ばへののどかにもの深くものし給ふを、げに人は、かくおはせざりけり、と、見合わせ給ふに、あり難し、と思ひ知らる」
――大君も、丁度良い折に匂宮が来られたことに、ほっと安心され嬉しくお思いになりましたが、おせっかい者の薫が付き添っておられますので、やっかいな、また何か煩わしいことが起こりそうだとも思うのでした。そうはお思いになりながらも、薫のおっとりとして分別もおありになるお人柄は、匂宮とは違っていらっしゃると、お二人をおくらべになって、薫という方は世にも稀なる珍しいお方であるとお考えになるのでした――

「宮を、所につけては、いとことにかしづき入れ奉りて、この君は、あるじ方に、心やすくもてなし給ふものから、まだ客人居のかりそめなる方にいだし放ち給へれば、いとからし、と思ひ給へり。うらみ給ふもさすがにいとほしくて、物越しに対面し給ふ」
――匂宮へのおもてなしは、このような山里ながらも、手厚く心をつくして奥のお部屋にご案内し、こちらの薫には主人側として気楽にお取り持ちなさるのですが、とはいえ、客用の仮初のお部屋に遠ざけてお置きになるのを、薫はまことに辛いとお思いになっておられます。この事をお責めになるのもさすがに大君にはお気の毒と思い、物越しに対面なさいます――

「たはぶれにくくもあるかな。かくてのみや」
――(お伺いするのを差し控えて耐えていましたが)とても居たたまれぬほど恋しいのです。いつまでこのまま、物を隔てての状態で居られましょうか――

 と、ひどくお恨み申し上げます。

「やうやうことわり知り給ひにたれど、人の御上にても、物をいみじく思ひしづみ給ひて、いとどかかる方を憂きものに思ひはてて、なほひたぶるに、いかでかくうちとけじ、あはれと思ふ人の御心も、必ずつらしと思ひぬべきにこそあめれ、われも人も見おとさず、心違はで止みにしがな、と思ふ心づかひ深くし給へり」
――(大君は)だんだん薫が恨むお気持がお分かりになってこられましたが、中の君の身の上を見るにつけても、物事をひどく悲観なさって、いよいよ結婚などのことを厭なものと思いこまれ、やはり一途に、どうにかして中の君のようには気を許すまい、今は確かにいとしく思ってはいる薫の御心も、一旦結婚すれば必ず辛いと思うことが起きるに違いない。自分も相手(薫)も、お互いに見下げたり、背いたりせずに通したい、と、お思いになって、(結婚はするまい)というお気持を、さらに深くされるのでした――

◆客人居(まろうどい)=客用の部屋 

◆いとからし=いと辛し=まことに辛い

◆たはぶれにくくも=古歌「ありぬやとこころみがてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞ恋しき」戯れにくいまでに恋しいの心

明けましておめでとうございます。
今年も感想なども合わせて、よろしくお願いいたします。
では1/7に。