またまた市役所ロビーでのことです。朝一番のロビーには、業務開始前にもかかわらず人々が三々五々集まってきます。
このロビーには、大型テレビの前にL字型のソファー席があり、そのまた後ろに4人掛けの円形テーブル席が2つあります。私がロビーに着いたときも、L字型のソファーには既に先客が3名いました。
その中の一人は、見るからに高齢の女性でした。ここまで押して来たらしいシルバー・カートを膝の前に置き、白くなったボサボサの髪が帽子からはみ出ていました。
私の方は、いつものように円形テーブル席に着き、例の如く新聞を読み始めました。
「失礼ですが旦那さん、いつもお見かけしてるんですが、今日はまたここでお目にかかれて・・・」と、不意に声がしました。
顔を上げてみると、件の高齢女性が立ち上がって同じソファー席の男性に話しかけていました。話しかけられた男性の方は、ソファー右端のコーナーに座っていて、読み終わった新聞を手に時間を持て余していたようでした。
「はぁ、まぁ・・・」と、その男性。
「ご存じないと思いますけど、いつもお見かけしてるんですよ。」
「それはそれは、そうとは存じ上げず、失礼しました。」
「私は80過ぎていて、こんなふうに歩けなくなったのに今日は久々に・・・」
「私も80過ぎですよ。ここまで来れるんですから、奥さんもシッカリなさっていますよ。まぁまぁ、お掛けになって・・・。」
この男性は、品のいい穏やかな話し方をする紳士で、よく通る声の持ち主でした。顔立ちからしても艶のある声からしても、とても80過ぎの高齢には思えませんでした。
「いつも私は・・・」と、引き続き高齢女性はくどくど話かけていました。
が、彼女の話、声がくぐもっていてよく聞き取れません。上気した口調から少なくとも、久々にいい話し相手が見つかったと喜んでいることはよくわかりました。
かつて某政治家を揶揄した言葉に “言語明瞭 意味不明” という言葉がありました。彼女の場合は、真逆の “言語不明 意図明瞭” とでも言うのでしょうか。
しばらくは愛想良く相槌を打っていた件の紳士、これにはさすがにヤバイと思ったようです。
「これからちょっと用事があるので私はこれで、・・・どうぞそのまま、ごゆっくりなさってください」と話を切り上げ、そそくさとロビーから立ち去って行きました。その間5分足らずだったでしょうか。
残された彼女の方は、曲がった腰を一層かがめてしばらく座っていましたが、いつの間にかシルバー・カート共々姿が見えなくなっていました。
一人暮らしの高齢者は、一日中全く人と話さないことがよくあると聞きます。こんな状態では想像に余る無聊に苛まれることでしょう。
顔見知り以上の仲にならない限り、気楽に話し相手となってくれる人はそうそう見つかるものではありません。ならば有償ではどうかとなりますが、たとえ有償でも聞き手になる気など私にはありません。
精々身体が元気な内に励むべきは、“キョウイクとキョウヨウ“(今日、用があって行くところがある)を日々実践し、四方山話が色々できる術を身に付けておくこと、でしょうか?
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このロビーには、大型テレビの前にL字型のソファー席があり、そのまた後ろに4人掛けの円形テーブル席が2つあります。私がロビーに着いたときも、L字型のソファーには既に先客が3名いました。
その中の一人は、見るからに高齢の女性でした。ここまで押して来たらしいシルバー・カートを膝の前に置き、白くなったボサボサの髪が帽子からはみ出ていました。
私の方は、いつものように円形テーブル席に着き、例の如く新聞を読み始めました。
「失礼ですが旦那さん、いつもお見かけしてるんですが、今日はまたここでお目にかかれて・・・」と、不意に声がしました。
顔を上げてみると、件の高齢女性が立ち上がって同じソファー席の男性に話しかけていました。話しかけられた男性の方は、ソファー右端のコーナーに座っていて、読み終わった新聞を手に時間を持て余していたようでした。
「はぁ、まぁ・・・」と、その男性。
「ご存じないと思いますけど、いつもお見かけしてるんですよ。」
「それはそれは、そうとは存じ上げず、失礼しました。」
「私は80過ぎていて、こんなふうに歩けなくなったのに今日は久々に・・・」
「私も80過ぎですよ。ここまで来れるんですから、奥さんもシッカリなさっていますよ。まぁまぁ、お掛けになって・・・。」
この男性は、品のいい穏やかな話し方をする紳士で、よく通る声の持ち主でした。顔立ちからしても艶のある声からしても、とても80過ぎの高齢には思えませんでした。
「いつも私は・・・」と、引き続き高齢女性はくどくど話かけていました。
が、彼女の話、声がくぐもっていてよく聞き取れません。上気した口調から少なくとも、久々にいい話し相手が見つかったと喜んでいることはよくわかりました。
かつて某政治家を揶揄した言葉に “言語明瞭 意味不明” という言葉がありました。彼女の場合は、真逆の “言語不明 意図明瞭” とでも言うのでしょうか。
しばらくは愛想良く相槌を打っていた件の紳士、これにはさすがにヤバイと思ったようです。
「これからちょっと用事があるので私はこれで、・・・どうぞそのまま、ごゆっくりなさってください」と話を切り上げ、そそくさとロビーから立ち去って行きました。その間5分足らずだったでしょうか。
残された彼女の方は、曲がった腰を一層かがめてしばらく座っていましたが、いつの間にかシルバー・カート共々姿が見えなくなっていました。
一人暮らしの高齢者は、一日中全く人と話さないことがよくあると聞きます。こんな状態では想像に余る無聊に苛まれることでしょう。
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