黒鉄重工

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武器学校の公開イベントへ出向く 最終回【2017/4/8】

2018-09-30 21:52:23 | 旅行・イベント記
前回BRTのかしてつバスに乗りましたが、その目的は沿線に保存されている鹿島鉄道の気動車を見に行くためでした。鹿島鉄道廃線時は9台の気動車が在籍していましたが、そのうち6台が保存されています。元の数が少ないとは言え残存率66%は高い数字です。車種が数種類あったのも幸いしていると思います。

で、最初は小川駅停留所近くの小川南病院の介護施設はるるの郷に保存されているキハ432です。
1957年東急車輛製で、鹿島鉄道ではなく富山県の加越能鉄道向けに2台造られたものです。加越能鉄道廃止後の1973年に2台とも鹿島鉄道に譲渡されてきました。そして廃線時まで活躍を続けます。ただし非冷房車なので夏場は走っていなかったようです。


なんといっても湘南顔の前面が特徴でしょう。製造当時流行っていたデザインです。とても好ましい気動車です。
露天保存にも関わらず車体の状態は非常に美しい状態です。


片側にはプラットホームが建てられています。
車両をじろじろと見ていると私を怪しんだだろう施設の従業員が声を掛けてくれ、車内を見せてもらえました。その時に記帳するんですが、今もちらほらとキハ432を訪れる人がいました。


車内もきれいな状態を保っています。座席はロングシート、床は木の板ですし、車幅は少し狭いのかも。
通路中央には長机が置かれていて、何かしら活用されているようです。


運転室は半室構造。左側に細い扉があり、あそこから出入りします(そもそも車体横に扉がない)。逆に運賃収受するところには壁と窓が出来ています。変わった構造をしていますね。
ワンマン運転するにはやや不便な構造だと思いますが、製造時の原型のままなのかはちょっとわからないです。


運転席。当時らしい計器の少ない運転台です。手ブレーキが目に付きます。


車外に出て反対側を撮影。全長16mの両運転台車なのです。


台車は正確なところは不明ですが当時の気動車によく使われていたTR26でしょう。製造元の東急車輛での名称はTS-102Aでした。
当時のディーゼルエンジンは非力でしたので、軽量化と低走行抵抗を念頭に置いて設計された台車です。部品のひとつひとつが細くて弱々しいのが分かります。軸受にはころ軸受を採用して走行抵抗の低下を狙っていたんだそうな。


エンジンはDMF13Cです。DMF13というと1980年代の国鉄末期からJR初期にかけてJRや第三セクター鉄道の気動車に採用されたやつなんですが、キハ432の製造時よりも後のエンジンですしエンジン換装の記録も見当たりません。
実際は1950年代に登場したDMH17を8気筒から6気筒に小型化したエンジンです。DMH17はキハ20系やキハ58系なんかに採用されたのが有名ですかね。DMF13はそれを小型化したんで出力も相応に下がっているようです。
これのエンジンは配管やベルトに至る細かい部品まで残っていて正直驚きました。エンジンは動かすことが出来るなんて噂もありますが、本当なのかも知れません。

というところでキハ432見学は終了。車体から足回り、車内に至るまで美しい状態だったのに驚かされました。今後も大切にされてもらえると思います。


病院から533号線に戻って再びかしてつバスに乗ります。小川駅停留所へは戻らず、そのひとつ先の旧小川高校下停留所でバスを待ちます。
この後はほっとパーク鉾田へ行きます。


もうすぐ鉾田駅というところの坂戸中央停留所で下車します。


グーグルマップによればここを通れば近道。昔から残っている古道なのでしょうな。


バス停から歩いて5分位。ほっとパーク鉾田へ着きました。ここは日帰り温泉・プール施設なのですが、温泉に入りに来たわけではありません。まあこの後入るっちゃ入りますけどね。


敷地内に保存されている鹿島鉄道の2台の気動車、これを見に来ました。KR-505とキハ601です。
鹿島鉄道廃止後に鉾田駅保存会という団体により旧鉾田駅で保存されてきましたが、現在はこちらに移設され引き続き保存されています。気動車2台を移設となると(主に資金面と移設先交渉で)苦労されたと思います。
今もエンジンは動かせる状態で保存されていて、車内の公開イベントもたまに開かれている等活動は積極的です。車両の維持活動も抜かり無く、きれいな状態です。


まずはKR-505から。1988年から4台が新潟鐵工所で製造された16m級の軽快気動車です。鹿島鉄道初の冷房車でした。一般型気動車には珍しい前面非貫通構造も特徴的。
4台しか造っていないのに505がいるのは、504は忌み数字で避けられたから。なお帯の色は1台ずつ異なっています。


台車はNP120T/D。付随台車はT、動力台車はDです。これはTかな。簡素っぽい見た目をしています。


エンジンはDMF13。さっきのキハ431とは違う80年代に出てきた新しい方のDMF13です。


キハ601。見た目はそこそこ新し目ですが実は1936年製の戦前製ディーゼルカーです。
国鉄のキハ07形気動車を1965年に2台譲渡してもらったものです。キハ07は前面が流線型になっているのが特徴でしたが、1972年から近代化改修を行い前面を切妻型にして貫通扉を設置(後に埋めることになりましたが)しました。なので製造年の割に垢抜けた顔つきなのです。ただし側面は部品単位の交換に留まったので原型をよく残しています。車内はロングシート化されたそうな。
塗装は何度か変わったようですが、晩年はキハ58のような急行型気動車と同じ塗装をしていました。元が元だからかよく似合っています。


台車はTR26の改良型のTR29を履いています。といっても基本構造は変わらないのでやはり繊細な印象を受けます。


辺りも暗くなってきたところで今回の鹿島鉄道の保存車巡りは以上です。
鹿島鉄道の保存車は6台いると書きましたが、残りの3台は鹿島鉄道保存会という団体が一箇所に保存してあります。ただしたまに開かれる公開日以外は非公開となっており、見学のハードルが高いのが難点です。公開日も不定期ですので、見に行きたい場合は常にアンテナを張っておく必要があります。
しかし今日見た3台も粒ぞろいであり状態も極めて良好です。これらだけでも一見の価値は大いにあるでしょう。

この後は明日の用事で一緒に行動する人達と合流し、ほっとパーク鉾田で温泉に浸かった後(一日中雨に打たれていたのでよく温まった・・・)、鉾田市内の宿泊施設で一泊しました。

以上おしまい。


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